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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2788/3865

2788話

 奴隷の首輪は全員がきちんと外れ、レイ達はまた元の部屋に戻った。

 ……アンヌを始めとする何人かは、部屋に戻るのではなく仕事を再開していたが。

 アンヌはレイのアドバイスに従い、風雪のアジトの掃除をする上でも自分が知らなくてもいい情報は知らないようにと、注意しながら掃除をしている筈だった。


「さて、ともあれこれでネクロマンシーの件はそこまで心配しなくてもよくなった訳だけど」


 奴隷の首輪が嵌められている以上、命令権を持っている相手には逆らえない。

 レイが破壊した祭壇や魔法陣のあった部屋まで移動し、祭壇の上で横になれといったように命令されれば、それに逆らうことは出来ないのだ。

 そういう意味では、ドーラン工房でゴーレムの核を作っている者達にしてみれば、奴隷の首輪というのはこれ以上ない程に使いやすい物なのは間違いなかった。

 本来の使い方とはかなり違うが。


(あ、でも今は大丈夫だけど、また奴隷の首輪を嵌められれば、結局は同じか)


 勿論、一度奴隷の首輪を嵌められた者なら、再度奴隷の首輪を嵌められそうになれば抵抗するだろう。

 だが……抵抗しているのが冒険者のように身体を鍛えている者であればまだしも、それ以外の面々、具体的には捕まっていた者達のように特に身体を鍛えている訳でもない一般人ならどうなるか。

 もしくは、冒険者であってもより強い相手が、それも複数ならどうなるか。

 あるいはドーラン工房が相手だということで、人間の魂を使った核を組み込まれたゴーレムが出て来るかもしれない。

 そうなると、とてもではないがそんな相手に奴隷の首輪を嵌められるのを防ぐといったような真似は出来ないだろう。


(とはいえ、そういう風にしない為に風雪に匿って貰ってるんだが)


 そんな風に考えていると、不意に部屋の扉がノックされる。

 それはつい先程奴隷の首輪を解除する用意が出来たといったような時と同じような感じではあるのだが……どこかノックされる音が激しく、急いでいるようにレイには思えた。

 ノックの音が急いでいると感じたのは、レイだけではなかったのだろう。

 扉の近くにいた男が、奴隷の首輪が嵌まっていた場所に触れながら、扉を開く。

 するとそこにいたのは護衛兼見張りの男……ではなく、ニナ。

 間近でニナの美貌を見てしまった男は、我知らず身体の動きを止めてしまう。

 ニナはそんな男の様子は全く気にした様子もなく、それどころか邪魔だと男を押しのけて部屋に入り、何事かと寝転がっていたソファから起き上がっていたレイを見つけると、即座に近付く。


「ジャーリス工房が襲撃にあっているようです」


 短い一言だったが、レイは納得すると同時に驚く。

 勿論、ジャーリス工房が襲撃される可能性については考えていたし、何かあった時の為にとロジャーにも忠告し、魔力を大量に消費するという、ゴーレムに搭載予定の防御用のマジックアイテムに魔力を込めてきたりもした。

 それでも、実際にジャーリス工房が襲撃を受けるという可能性はかなり低いと思っていたのだ。


「本当か?」


 ニナがこうして自分に直接会いに来て情報を伝えた以上、虚偽の報告という可能性は低い。

 そもそもニナがレイと接触したのは、風雪とレイが正面から戦った場合は間違いなく風雪が破れると予想しているからであり、ここで虚偽の報告をしてレイを怒らせるような真似は自殺行為でしかない。

 だが、ニナは本当だと思っていても、ニナに情報を持ってきた者が嘘をついていたり、もしくは大袈裟に報告したといった可能性もある。

 だからこそ、レイは確認の意味を込めて尋ねたのだが……


「はい。こちらの手の者が直接見てきました。間違いなくジャーリス工房が襲撃されています」

「ドーラン工房か?」

「いえ、冒険者です」

「……冒険者がか? 一体何故? いやまぁ、今までの流れからすると、ドーラン工房に雇われている冒険者なんだろうが」


 実際にレイはドーラン工房に雇われている冒険者と何度か遭遇している。

 そうである以上、ジャーリス工房を襲っているのが冒険者だと聞かされれば、ドーラン工房に雇われた冒険者だろうと予想するのは難しい話ではなかった。


「詳細は分かりません。ジャーリス工房が襲われている以上、まずはとにかく報告した方がいいと思いましたので。ただ……一番可能性が高いのは、やはり……」


 そこまで言うと、ニナは言葉を止めてレイを見る。

 そんなニナの様子を見れば、レイもまた何が目的でジャーリス工房が襲撃されたのか予想するのは難しくない。


「俺を誘き寄せる為か」

「はい。もしくは、一緒に逃げ出した相手が目当てかもしれませんが……」


 一応といった様子でニナがそう告げると、リビングにいた面々が少しだけ怯えた様子を見せる。

 自分達がドーラン工房に狙われているのかもしれないと考えると、やはり怖さが最初に来るのだろう。

 しかし、そんな面々に向かってレイは否定の言葉を口にする。


「違うな。ドーラン工房が誘き出そうとしているのは、間違いなく俺だ」


 そう言い切れる理由は、やはりレイが奪った祭壇だろう。

 現在ミスティリングの中に入っているそれは、ドーラン工房にとってネクロマンシーを使う上で必須の物の筈だった。

 それだけ大事な物である以上、予備がある可能性も否定は出来なかったが……グリムとの会話から相応に貴重なマジックアイテムだというのは理解していたので、恐らくそれはないだろうと考えていた。

 だからこそ、ドーラン工房としては何としても祭壇を取り返したかったのだ。

 とはいえ祭壇を取り戻すにも、まずはレイを見つける必要がある。

 その手段として、レイと繋がりのあるロジャーがいるジャーリス工房を襲撃したのだろう。


(あれ? でも俺がドーラン工房に雇われている冒険者から聞いた話だと、ゴーレムを使ってスラム街にいる俺を見つけるとか、そんな風に言ってたと思うんだが。あの話は嘘だったのか、それともドーラン工房が方針を変えたのか、もしくは同時進行してるのか)


 ドーラン工房が何を考えて今のような状況になっているのかは分からなかったが、とにかくジャーリス工房が襲撃されていると聞けば、そこに向かわないという選択肢はレイにはない。

 ロジャーにはゴーレムの製作を頼んでいるし、出会いこそ最悪だったが、今はそれなりに友好的な関係を築いている。

 そうである以上、そんなロジャーのいるジャーリス工房が襲撃されていると聞けば、助けにいかないという選択肢はない。

 例えこれが自分を誘き出す為の行動であるというのが分かっていても、襲ってきているのが冒険者……それもギルムの冒険者ではなく、エグジニスの冒険者であるのなら、それに対処する方法は幾らでもある。

 それこそ正面から戦っても負けるつもりはレイにはなかった。


「分かった。なら、ジャーリス工房に行ってくる」


 普通なら、この状況でレイがそう言うのなら止めようとするだろう。

 しかしレイの強さを知っているニナは素直に頭を下げる。


「ご武運を」


 そう告げてくるニナをそのままに、レイは部屋を出る。

 レイとニナの会話を聞いていた者達は、レイに何かを言おうとしつつも、結局その何かを言うような真似は出来なかった。

 つい先程まで、レイはソファで寝転がっていた。

 その時であれば、容易に声を掛けるといったような真似も出来ただろう。

 しかし、ジャーリス工房が襲撃されているという話を聞いた今となっては、レイの放つ雰囲気そのものが完全に変わってしまっていた。

 勿論、実際にはこの状況で話し掛けても、レイが何かをするといったような真似はしないだろう。

 それくらいは部屋にいた者達も何となく分かっていたのだが、それでも……そう、どうしても声を掛けるといった真似が出来なかったのは間違いのない事実だった。

 これが異名持ち冒険者……と、そんな風に思っている者も何人かいたが。

 部屋に残っていた者からそんな風に思われているというのに気が付いているのか、いないのか。

 レイは早足で風雪のアジトを進む。

 レイの存在が気にくわない何人かが、最初そんなレイにちょっかいを出そうとするも……レイの様子を見て、今ここで下手なちょっかいを出した場合、最悪の結果になるだろうと判断して、そのままレイを行かせる。

 そうして地下のアジトから出ると、カモフラージュ用の建物の外ではセトが寝転がっていた。


「グルルゥ!」


 レイの存在を察し、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 そんなセトに対し、レイは軽く頭を撫でてから口を開く。


「ジャーリス工房……ロジャーのいる工房が襲撃されているらしい。襲撃している相手は冒険者。正確には、ドーラン工房に雇われている冒険者だと思う。そうなると、多分……いや、間違いなく警備兵は動かない。あるいは動いてもかなり時間が経ってからになると思う」


 だから俺が助けに行く。

 そう告げるレイに、セトは分かったと喉を慣らす。

 セトにしてみれば、ロジャーとの出会いは決していいものではなかった。

 しかし、その後のやり取りでそれなりに気に入っている人物でもある。

 だからこそ、ここでロジャーが襲撃されており、それをレイが助けに行くのなら、そんなレイに協力しないという選択肢はなかった。

 ……なお、風雪の門番的な役割を果たしている者達は、レイの説明を聞きながらも、自分達には関係ないとスルーしていた。

 実際には色々と興味があるのは間違いないのだろうが、風雪の門番をしているだけあって自分が知るべきではないことを知りたいとは思わない。

 もし知ってしまえば、それこそレイの行動に巻き込まれる可能性が否定出来ないのだから。

 そんな門番達の様子には、当然のようにレイも気が付いてはいた。

 そんな様子を残念に思いながらも、レイはそちらにはこれ以上何も言わずに、屈んだセトの背に乗る。


「じゃあ、行くぞセト。今回は急いでいるし、何より俺が来たというのを向こうに知らせる必要があるから、空を飛んでもいい」

「グルゥ? グルルルルゥ」


 本当に空を飛んでもいいの? と喉を鳴らすセト。

 以前何度かレイが言った、街中で空を飛ぶのは禁止だというのを覚えているのだろう。

 レイはそんなセトの首の後ろを、何の問題もないと叩く。


「元々今回の一件で俺はもう警備兵とかに指名手配されている筈だ。そうである以上、一度や二度空を飛んでも問題はないだろ。それに、ギルムでも空は飛んでるだろ?」


 実際にはギルムの場合はクリスタルドラゴンの件であったり、ランクA冒険者になったということで注目されているからこそ、半ば緊急避難的な許可ではあるのだが。

 それでも、レイはここで空を飛ぶといったようなことを躊躇うつもりはない。

 その中には、レイの件を公に裁くのは難しいというのもある。

 何しろレイの件を上……この場合はエグジニスの外に出した場合、自治都市であるにも関わらず、自治が出来ていないということを意味する。

 また、それを抜きにしても、この件をエグジニスの外に出した場合は何故そのようなことをする必要があったのかといったことを調べる必要があり、それが公になれば当然のようにドーラン工房の一件についても知られることになるだろう。

 ドーラン工房としては、とてもではないがそのような真似は出来ない。

 つまり、レイがセトに乗って空を飛んでも……そしてドーラン工房に侵入した件も、エグジニスの内部では色々と問題になるものの、一歩外に出れば咎められる可能性は少なかった。


(まぁ、あくまでも可能性である以上、絶対ではないんだが。中にはその辺を全く考えずに行動するような奴もいるだろうし)


 世の中には後先のことを考えない者というのもいる。

 その場の感情だけで動くような者達は、それによって最終的にどのような状況になるのかが、全く分からない。

 そういう意味では、もしかしたらエグジニス内部だけではなく、公にレイを指名手配するといったような真似をする者がいる可能性は決して否定出来なかった。

 勿論、そういう流れになった場合、レイにとって都合がいいのは間違いない。間違いないのだが、それを行った者によってレイが賞金首の類にでもなったりした場合、それはレイにとって大きなマイナスとなる。具体的にはかなり面倒臭い出来事というのが正しい。

 異名持ちのランクA冒険者。

 そうなれば、当然ながらレイの賞金はかなりの額になるだろう。

 そんな額を狙って賞金稼ぎがギルムまで来るというのは、考えたくはない。

 実際にはレイがやった諸々は賞金首になるような重大犯罪ではないものの、その辺は報告する者によってどうにでもなる。


(そうなると、やっぱり面倒だし……その辺は、ドーラン工房の連中に止めて欲しいな)


 そう考えつつ、レイはジャーリス工房での戦闘に思いを馳せるのだった。

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