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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2782/3865

2782話

 ローベルが一人のドワーフを連れて戻ってきたのは、部屋から出ていって二十分程が経過してからのことだ。

 それなりに長い時間待たされたのだが、ローベルもその辺は最初から予想していたのか、ローベルが出て行ってからすぐにメイドがやって来て軽食を置いていった。

 酒がないことにオルバンは残念そうだったが、レイにしてみれば酒は特に好んで飲むような物でもないので、軽食があれば問題はない。

 ましてや、エグジニスを動かしている者の一人であるローベルの屋敷だけに、出て来た軽食はどれも非常に美味い料理が大半だ。

 特にレイが気に入ったのは、サンドイッチ。

 サンドイッチくらいならいつでも食べられるだろうにと、呆れの視線をレイに向けていたオルバンだったが、皿に乗せられていたサンドイッチを食べると、その表情が一変する。

 サンドイッチという料理ではあるが、とてもではないがその辺の屋台やパン屋で売られているサンドイッチと一緒にするような真似は出来なかったのだ。

 パンはふんわりと柔らかく、中には果実を使ったのだろう酸味のあるソースで味付けされた肉があり、その肉も余程注意深く調理されたのか、シットリとしておりパサつくといった様子はない。

 野菜も新鮮で瑞々しく、その辺のサンドイッチよりも数段上の味なのは間違いない。

 それを理解すると、レイだけではなくオルバンもまたサンドイッチにばかり手を伸ばし……そうしてローベルがドワーフと共に戻ってきた時には、既にサンドイッチ以外の料理も含めて大半が二人の胃の中に入った後だった。


「お、お待たせしました」


 本来なら、その言葉に長く待たされたといったような言葉が出てもおかしくはないのだが、軽食で満足していたレイは首を横に振る。


「いや、そこまで待っていた訳じゃないから、心配しないでくれ。用意された軽食はどれも美味かったし」


 レイの言葉にオルバンも同意するように頷く。

 それどころか、出来ればもっとあのサンドイッチを食べたいとすら口に出す。


「そ、そうですか。安心しました」


 レイとオルバンが待たされたことで怒っていないと理解し、ローベルは安堵した様子を見せる。

 落ち着かない様子で周囲に視線を向けているローベルは、やはり小物っぽく見えてしまう。

 とはいえ、それがローベルの普段の態度で、実際にはそんな小物とは思えないような能力を持っているのは、それこそレイとオルバンが現在ここにいることが証明していた。


「ローベルさん、儂に見て欲しいゴーレムの核ってのは、その机の上にある奴かい?」

「え、ええ。そうですよ。お願いします」

「おう」


 上司に対する態度とは思えないドワーフだったが、レイもまた自分の態度を考えれば、それに対しては特に何も言えないだろうと判断し、そのまま話の成り行きを見守る。


「へぇ……これはドーラン工房のゴーレムの核か」


 さすがローベルがわざわざこの場に連れてきた人物というだけはあり、三十秒もしないでゴーレムの核がどの工房の物なのかを当てる。


(職人ってのはやっぱり凄いな。俺から見ると、他のゴーレムの核と違いがあるようには思えないけど)


 そう思うレイだったが、そもそもレイはドーラン工房以外のゴーレムの核を直接見たことはない。

 いや、もしかしたらエグジニスに来てそういう機会はどこかにあったかもしれないが、生憎とレイの記憶には残っていなかった。


「そ、それでどうですか? このゴーレムの核を見て、何か感じることはありますか?」

「ああ? 感じることって言われてもな。ゴーレムの核ってのは分かるが……それだけだろ? 何か特別な感じってのはねえぞ」


 ゴーレムの核をじっくりと見ていたドワーフだったが、ローベルの言葉にそう返す。

 ドワーフが何かを隠しているといった訳ではなく、純粋にゴーレムの核を見ても特に何かおかしい様子はないと、そう言いたげだった。


(人の魂が使われてるってのは、ドワーフにも感じられないのか? それとも単純に、このゴーレムの核は人の魂が使われる前の物だったのか。ともあれ、ネクロマンシーについて詳しくない普通のドワーフに事情も説明しないで見ても、分からないというのはしょうがないか)


 ドワーフがこの件について分からないのを残念に思いながらも、レイとしてはそれに口を挟むような真似はしない。

 ここで下手に人の魂が使われているかもしれない、などといったような真似を口にした場合、目の前のドワーフがどう反応するのか分からないからだ。

 嫌悪感を剥き出しにして、ドーラン工房が許せないといったような態度になるのならいい。

 だが、場合によってはそんな秘術があるのかと興味を持ち、その技術について知りたいとドーラン工房に向かったりといったような真似をしかねないという思いもある。


(何だかんだと、ドワーフの中には技術馬鹿的な存在が一定数いるのも事実だしな)


 今まで何人かのドワーフに会ってきたレイの印象的にはそのような感じとなる。


「こ、このゴーレムの核に不自然な場所とかは……ありませんか?」

「不自然な場所? あー……どうだろうな。こうして見た感じだと、そうでもないが」


 ローベルが何を言ってるのか分からないといった様子で、ドワーフはそう返す。

 実際、これは誤魔化しでも何でもなく、ドワーフの目から見ても自分の持っているゴーレムの核は特に何か不審な点はない。

 あるいは魂を感じるといったような特殊な能力があれば、ゴーレムの核に魂が使われているかどうかといったようなことを判別出来たかもしれないが、生憎とドワーフにそのような能力はない。


「そ、そうですか。ありがとうございます。もう戻ってもいいですよ」

「なんでぇ、こんなことの為に儂を呼んだのかよ? これがどうしたってんだ?」

「こ、この件は知らない方がいいですから、何も聞かずに出ていって下さい」


 雇い主のローベルにそう言われると、ドワーフもこれ以上は何も言えなくなる。

 とはいえ、態度はどうあれドワーフはローベルを雇い主として気に入っている。

 それだけにローベルが何か厄介な事態に巻き込まれているのではないかと、レイとオルバンの二人に視線を向ける。

 幸か不幸か、ドワーフはレイやオルバンが誰なのかを知らなかったらしく、それで騒ぐといったようなことはなかった。


「あんたら、うちの大将を妙なことに巻き込んだりはしてねえよな?」

「巻き込んでいる」


 ドワーフの言葉を聞いて、即座にそう断言したのはオルバン。


「オルバン?」


 普通こういう時は巻き込んでいないと言うんじゃないか? とレイは疑問に思う。

 しかし、オルバンはレイに視線を向けられても特に気にした様子もない。

 ドワーフが自分を睨んでいるのを理解しつつ、口を開く。


「面倒に巻き込んだのは事実だ。だが、この面倒をそのままにしておいた場合、ローベルの商会だけではなく……場合によってはエグジニス全体に最悪の結果が待ち受けている可能性も否定は出来ない。それを何とかするのにローベルの力が必要なんだ」

「……」


 オルバンの口から出た言葉に、ドワーフは沈黙を保つ。

 そうして黙ったまま、その視線はオルバンからローベルに向けられる。

 ローベルはドワーフの言いたいことを理解したのだろう。黙ったまま小さく頷く。

 それは、今回の面倒に関わった結果として、自分が一体どのような状況になるのか、しっかりと理解した上でオルバンに協力しているということを示していた。

 そんなローベルの様子を見れば、ドワーフもこれ以上何かを言うようなつもりはない。

 そこまでローベルが決意をしているのなら、ここで自分が何を言ったところで意味はないと、そう理解しているのだ。

 外見は小物にしか見えないローベルだが、実際には違うというのは、その下で働き、そして直接接していれば嫌でも理解出来る。

 そうである以上、ローベルがこのような様子になっているのなら、ここで自分が止めるように言っても意味はないと、そう理解しているのだ。


「そうかい。……なら、こっちからは何も言わねえよ。だが、何かあったらすぐに言ってくれ。儂らはローベルに恩義を感じている。ましてや、ローベルが何か大きな失敗をして、そのまま消える……などというのは、我慢出来んからな」

「あ、ありがとう」


 ドワーフに対し、ローベルの口から出る感謝の言葉。

 心の底からそう言ってるというのは、見ているレイにも理解出来る。

 ローベルに感謝の言葉を言われたドワーフは、少し照れ臭そうにしながら口を開く。


「ふんっ、ローベルの下で働いているんだから、当然だろう。……じゃあな」


 これ以上ここにいては、それこそまた何かを言われるのか分からない。

 そう判断したのだろう。

 部屋を出ていくドワーフを眺めつつ、オルバンは笑みを浮かべながらローベルに声を掛ける。


「いい部下がいるな」

「そ、そうでしょう?」


 もしこれでローベル本人が褒められたりしていた場合、照れ臭くなって素直に認めるといったようなことは出来なかっただろう。

 だが、褒められたのはローベルではなく部下だ。

 だからこそ、ローベルは素直にオルバンの褒め言葉を受け取ったのだろう。


(自分を過小評価してる、もしくは自分に自信がないとか、そういう感じなのか? いや、けどそんな状況でエグジニスを動かせる一人になるとは、ちょっと思えない)


 思えないものの、ローベルが実際にエグジニスの中においても有数の実力者であるというのは、間違いのない事実なのだ。


「ともあれ、結局俺が持ってきたゴーレムの核は外れだった訳だ」


 地下とはいえ、ゴーレムの核が無造作に並べられていたのを考えれば、それが人の魂を使った後のゴーレムの核であるのかどうかというのを想像するのは難しい話ではない。

 しかし、それでも万が一という可能性を考えたのだが……それは外れだった。

 

(とはいえ、あのドワーフがネクロマンシーに詳しくない以上、もしかしたら実は人の魂が使われた後、という可能性も決して否定は出来ない訳なんだが)


 結局のところ、ネクロマンシーに詳しい人物に直接見て貰わないと、確実なことは分からない。

 それこそ、グリムのような相手に。

 ……とはいえ、グリムの件は知られてはいけないレイの秘密の一つでもある。

 そうである以上、グリムについて話す訳にはいかなかったが。


「外れかどうかは一旦置いておくとしてだ。まずドーラン工房と繋がっている者を調べる必要がある以上、こっちで動く。それは構わないな?」


 ゴーレムの核に対する興味はもうなくしたのか、オルバンはそう言う。

 レイもローベルも、そんなオルバンの言葉に否といった様子はない。

 実際にドーラン工房の一件を調べるというのは、レイやローベルにとっても否定するような真似は出来ない。


「分かった。なら、そっちの件は改めて任せる。……ただ、あまり長時間こっちが行動を起こさないと、ドーラン工房側が妙な真似をしかねない。そう考えると、出来るだけ早く行動に移した方がいいと思うけど、その辺はどうだ?」

「分かっている。ドーラン工房の一件はこっちとしてもそのままには出来ないからな」

「ぼ、僕の方でも色々と動いてみますね」


 ローベルに会ってすぐにこのようなことを言われた場合、この言葉を信じるといった真似は出来なかっただろう。

 だが、オルバンと共にローベルと話をし、その結果として態度とは裏腹に信用出来る相手であるというのは、理解出来た。

 だからこそ、ローベルのその言葉に対してもレイは特に反論するような真似はせず、素直に頷く。


「分かった。けど、今の俺達にとってローベルは重要人物だ。動くにしても、相手に怪しまれるような行動はしないでくれよ」

「わ、分かってます。その辺は慎重にやるつもりですので」


 安心して下さい。

 そう態度で示すローベルに対し、レイはそうかと頷く。


「さて、これで話は決まったし、後は動くだけだな。レイは……いざって時の為に、スラム街にいて貰う必要があるが」

「出来れば星の川亭に戻りたいんだけど、あそこにいる連中を巻き込むと考えると、それも難しいか」


 今日は風雪のアジトにある客室――正確には何らかの理由で風雪に匿って貰う者が使う部屋――のリビングで眠ったものの、どうせならレイもゆっくり出来る場所で眠りたい。

 それこそ床やソファではなく、きちんとしたベッドの上で。

 しかし風雪のアジトは現在かなりの人数がいて、数人で一つの部屋を使っている状態だ。

 勿論、客室ではない場所を使えばきちんとしたベッドもあるのだろうが……レイも匿って貰う以上、無理は言えなかった。

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