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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2781/3865

2781話

 レイの言葉にローベルが口を開いたのは、沈黙してそこら中に視線を向けるといったような真似をしてから、たっぷりと十分程も経過してからだった。

 この時間を長いと見るか短いとみるかは、人によって違うだろう。

 場合によっては、ローベルの経営している商会が潰れるといったような可能性すらあるのだから。


「や、やはりドーラン工房の件はこのままにしておけません。情報を知ってしまった以上、ここは動くべきです」


 視線を頻繁に動かしながら、それでも言ってる内容はその外見や態度とは裏腹なものだ。

 一見すると小物にしか見えないローベルだが、その性格はエグジニスという自治都市を動かすのに十分なものだと、そう理解出来てしまう。


「そういう決断を下してくれて、助かる」

「い、いえ。今回の件はドーラン工房のゴーレムの高性能さに目が眩んでいた僕達が原因の一つでもあります。そうである以上、それを正すのは僕達の仕事でもあるでしょう」

「……で、どう動く?」


 レイとローベルの会話に、オルバンがそう割り込む。

 ローベルという人物と初対面のレイは、小物のような性格のローベルがこのような決断をしたことに驚いたものの、以前からの知り合いであるオルバンにしてみれば、この状況でローベルがどのような判断をするのかというのは、容易に想像出来たのだ。

 だからこそ、今の状況で即座に話に割り込むことが出来た。


「そ、そうですね。……問題なのは、僕以外の人達がどう出るかですが……」

「難しいのか?」

「は、はい」


 レイの言葉に、ローベルは申し訳なさそうに頷いて事情を説明する。

 基本的にエグジニスを動かしている者というのは、自分の利益を最優先にする者が多い。

 それだけに、もしドーラン工房が何をしているのかを教えても、それが自分達の利益になるのならと、何もしない可能性が高い。

 いや、何もしないどころか、それが自分達の利益になるのならと判断し、寧ろ積極的にドーラン工房の後押しをする者がいる可能性すらあった。


「というか、多分だけどエグジニスを動かしている者の中には、ドーラン工房と密接に繋がっている者もいるだろうな。でないと、幾ら何でもドーラン工房がここまで派手に動いて今まで隠し通せた理由が分からない」

「オルバンの言いたいことも分かるが、そうなるとやっぱりこっちが不利なのは間違いないか。……いっそ、それが誰なのかを理解出来れば、忍び込むなり、正面から襲撃をするなりするんだけどな」

「それは、出来れば止めて欲しいな。レイにそのような真似をされれば、間違いなくエグジニスが大混乱になる。それこそ、今の状況とは比較にならない程に」


 レイの言葉を聞いたオルバンは、即座にそう言って待ったを掛ける。

 オルバンにしてみれば、ドーラン工房をそのままにするというのは論外だったが、だからといってレイが言ったように街中で堂々と襲撃をするといったような真似は、更に論外だ。


「忍び込んで証拠を奪ってくるというのなら、レイがやらなくても風雪から誰かを派遣する。レイに言うのも何だが、こっちは本職だ。冒険者のレイよりはこの手の仕事に慣れている」

「それはそうだろうが……けど、相手もローベルと同じ立場の奴なんだろう? なら、ローベルが風雪と繋がってるように、別の暗殺者ギルドと繋がってる可能性も否定は出来ないんじゃないか?」

「だろうな。だが、その場合は上手くいけば争わずに説得出来る可能性も……ない訳じゃない」


 言葉の途中で数秒沈黙した辺り、本人も決して自分のその言葉が叶えられると思っている訳ではないのだろう。

 それはレイも分かったが、今の状況を思えばそれについて突っ込むよよりも前にやるべきことがある。


「そもそも、その相手が誰なのか分からないと、どうしようもないけどな」


 エグジニスを動かしている者の中で、一体誰がドーラン工房と繋がっているのか。

 それが分からなければ、そもそもどうしようもない。


(最悪、ローベル以外の全員をどうにかするって方法もあるが……そんな真似をすると、この一件が片付いた後でローベルの立場が悪くなる。そうなるとローベルが排除されて、再びドーラン工房が息を吹き返すといった可能性もない訳ではないし)


 正直なところ、レイがそこまでローベルの心配をする必要があるのか? という思いもある。

 しかし、今後のことを考えると、ドーラン工房のような存在が出て来るのは避けて欲しいのも事実。


「とにかく、情報を集めるのは風雪の方でやる。レイが動けば目立つから、それは避けたい」


 そうオルバンに言われると、レイも納得するしかない。

 セトと一緒に行動している時点で目立ってしまうのは事実なのだから。

 レイ本人はそれなりに隠密行動も得意だという自負がある。あるのだが、やはり客観的に見た場合、風雪の暗殺者に任せる方が確実なのは間違いないだろう。


「分かった。……ただ、何かあったらすぐに知らせてくれ。そうなればこっちでもすぐに動くから」


 レイが動くというのは、秘密裏に行動が出来なくなったということを意味している。

 そう暗に匂わせるオルバンだったが、レイはそれに反論出来ない。

 もし反論した場合、恐らくドーラン工房に侵入した際のことを言われると、そう理解していた為だ。

 実際にはドーラン工房に侵入した件は、最初から穏便にすませるつもりがなかったのだが。

 何しろ、最大の目的としてアンヌを助ける為というのがあったのだ。

 レイだけならともかく、冒険者としてはそこそこといった実力のリンディと、荒事に関しては素人のアンヌを連れての行動である以上、とてもではないが見つからずにすませるといった真似は不可能だった。


「し、しかし……悠長に全員を調べてとなると、時間が掛かりすぎるのでは?」


 レイとオルバンのやり取りを見ていたローベルのその言葉は、事実でもある。

 レイ達が行動に出るのが遅くなった場合、その時間はドーラン工房側にとって有利になる可能性が高い。

 また、それだけではなく時間が経過すればする程に、ローベルの商会がドーラン工房のゴーレムを売買することによって受ける被害も大きくなっていく。

 ましてや、ローベルの商会はエグジニスの中でも上位に位置するだけの規模を持つ。

 それだけに、ドーラン工房のゴーレムの真実が広がった場合、受ける被害も大きいのは間違いない。


「な、中には盗賊を素材にした程度なら構わないという人もいるでしょうが、それは全体で見れば三割……いえ、どんなに多く見積もっても、二割といったところでしょうか。それ以外の客には、何らかの弁償をする必要が出てきます」


 ゴーレムというのは、基本的に高額だ。

 ましてや、現在エグジニスの中で一番高性能のゴーレムとして名高いドーラン工房のゴーレムともなれば尚更だろう。

 あるいはドーラン工房と直接取引をして入手したものであれば、多少は安く買えるのだろうが……間にローベルの商会が入っていれば、当然ながらそれだけ値段は高額になってしまう。

 今の状況でドーラン工房についての話をする訳にはいかない以上、ローベルの商会は売ればそれだけ将来的に損をするというのを理解した上で、それでも商売を続ける必要があった。

 不幸中の幸いなのは、ドーラン工房で作られるゴーレムの数は少なく、そう簡単に入手することが出来ないということだろう。


(恐らく、魂をゴーレムの核の素材にするにも、一人でゴーレムの核を一個作るといったような真似が出来ないからだろうけど)


 もし一人の魂で一個のゴーレムの核が出来るとすれば、今まで行方不明になった盗賊の数から考えて、もっと多くのゴーレムが出来ていてもおかしくはない。

 だが、実際に売られているゴーレムの数は決して多くはない。

 そうである以上、ゴーレムの核を作るのに必要な魂は複数なのだろうと予想出来る。


(あ、でもゴーレムの核が大量に置かれていた場所があったな。あそこから何個か持ってきたけど……あの核って、実はもう人の魂を使われている奴だったりするのか?)


 ロジャーに見せてくればよかった。

 そう思いつつ、レイは口を開く。


「実はドーラン工房からゴーレムの核を盗んできたんだが……これ、人間の魂を使われてるのかどうか、分かるか?」


 そう言い、レイはミスティリングの中からゴーレムの核を一つ取り出す。


「ひぃっ!」


 ローベルはそんなゴーレムの核を見て悲鳴を上げる。

 ドーラン工房でどのようにしてゴーレムの核が作られているのか、それを知っているからこそ、その核を見て悲鳴を上げたのだろう。

 そんなローベルに対し、オルバンは特に驚くような様子もないまま、テーブルの上に置かれたゴーレムの核を観察していた。

 この辺は、暗殺者ギルドを率いているからこそのものだろう。


「こ、これがドーラン工房の……?」

「ああ。ドーラン工房に忍び込んだ時に奪ってきた物だ。……ここにいる俺達だと、この核を見ても何か分かることがなさそうだけど」


 ローベルは商会を経営しているものの、ドーラン工房のゴーレムを売ることはあっても、ゴーレムそのものには詳しくない。

 オルバンは暗殺者ギルドを率いているが、それでゴーレムの詳細についてはそこまで詳しくはない。

 そういう意味では、魔法使いのレイがこの中では一番ゴーレムに詳しい筈なのだが、レイの場合は魔法使いは魔法使いでも、理論的に魔法を使うのではなく、感覚で魔法を使うタイプであり、ゴーレムの理論については詳しくなかった。

 そんな訳で、ここにいる三人では詳しくないのだが……


「よ、よければその……うちの商会でゴーレムに詳しい者を呼びましょうか?」


 エグジニスというゴーレム産業で有名な街で商会を経営しているだけあり、ローベル本人はゴーレムにそこまで詳しくなくても、商会の中にはゴーレムについて詳しい者がいる。

 その人物を呼ぼうかと、そう言ってきたのだが……


「それ、危険じゃないか?」


 オルバンが待ったを掛ける。


「何がだ?」

「あのなぁ、レイ。これはドーラン工房のゴーレムの秘密だぞ? それを迂闊に他の奴に見せてどうする? 下手をすれば、そいつも今回の騒動に巻き込むことになるぞ」

「む……」


 そう言われると、レイもすぐにゴーレムに詳しい者を連れてこいとは言えなくなる。

 ドーラン工房が行っているネクロマンシーを使ったゴーレムの核の製造というのは、それだけ外聞が悪いのだ。

 それを示すように、ローベルもドーラン工房のゴーレムの件が公になった場合、そのままゴーレムを使い続ける者は二割もいればいい方だと、そう言っていた。


「けど、ゴーレムの核について調べられる奴がいるのに、それを使わないのはどうかと思うぞ。……ロジャーに見て貰えばいいんだろうが、昨日の今日だと考えると迂闊にそんな真似も出来ないし」

「で、では、こうしたらどうでしょう」


 ロジャーとレイに繋がりがあると聞いても、ローベルは特に驚いた様子もなくそう話に割り込む。

 レイの情報を集めていたローベルにしてみれば、レイとロジャーの繋がりについては十分に理解していたのだろう。


「ゴ、ゴーレムに詳しい者を呼びますが、その者にはこのゴーレムの核がドーラン工房のゴーレムの核だとは教えません。その辺りについて何も言わないまま、ゴーレムの核を見て貰うというのは」

「それは……なるほど。ありかもしれないな。だが、そのような真似をしてもゴーレムの核を見れば、これがドーラン工房のゴーレムの核だと分かるんじゃないか? 専門家なら尚更」


 オルバンの言葉にローベルは頷く。


「そ、そうかもしれません。ですが、このゴーレムの核を調べるにはそれくらいしか……勿論、何かあったらその者を守るようにしますから」

「分かった。ローベルがそう言うのなら、俺からはこれ以上は何も言わない。レイはどうだ?」

「俺もそれで構わない。俺としては、このゴーレムの核について何か理解出来たら嬉しいしな」


 オルバンとレイが揃って頷くと、ローベルも決意を込めた様子で立ち上がる。


「で、ではちょっと待っていて下さい。人を呼んできますので」


 そう言い、部屋を出ていく。


「何でローベルがわざわざ自分で呼びに行くんだ? 呼んでくるように、部下に言えばいいのに」

「それがローベルのいいところで、部下から慕われている理由なんだよ」

「そういうものなのか? ローベル本人がこうして動くのは、色々と問題があると思うんだが。……まぁ、それでいいのなら、俺からはこれ以上は何も言えないが」


 レイはソファに座ったまま、ローベルが戻ってくるのを待つのだった。

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[一言] 例え盗賊でも、生きた人間を素材にネクロマンシーで造られたゴーレムなんて、下手をしたら邪教扱いだわな。
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