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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2771/3865

2771話

 ニッキーの願いというのは、レイが予想した通りのものだった。

 それは、レイと一緒にドーラン工房の者達と戦いたいという内容。

 しかし、マルカは当然のようにその提案を却下する。


「駄目じゃ。そもそも、ニッキーは妾の護衛じゃろう。なのに、肝心の妾を放り出してレイと一緒に行動するなど、許可が出せる訳がなかろう」


 実際には、マルカも年齢不相応な実力を持っている。

 それこそ、その辺の者を相手にした場合は容易に倒すといった真似が出来る。

 だが魔法特化とまではいかないが、それでも戦闘技術の比率としては魔法の方が強いマルカにしてみれば、強敵と戦った場合は不覚を取る可能性も高い。

 その辺の事情を考えると、マルカとしてもニッキーの提案に許可を出せる筈もなかった。


「そう、ですか」


 マルカの言葉を聞いたニッキーは、そう呟く。

 決意の籠もった表情でマルカに話し掛けた割には、マルカが駄目だと言っただけですぐにそれを受け入れたのは、見ていたレイにとっても意外だった。


(いやまぁ、普通に考えればマルカの言葉が正しいし、とてもじゃないがニッキーの提案が受け入れられるといったようなことはないんだろうが)


 レイはニッキーの過去に何があったのかは分からない。

 分からないが、違法奴隷達を犠牲にして、その魂でゴーレムの核を作っているという話をした途端にこのような状況であったと考えた場合、何となくだがニッキーの過去に何かがあったのだろうと予想は出来る。

 それはつまり、何か同じような出来事があったのだろうと。

 だからこそ今回の件をレイから聞いて、許せなかったのだろう。

 とはいえ、現在の自分はマルカの護衛としてこの場にいるのだ。

 そのような状況で護衛対象のマルカを放って、レイと一緒に行動するというのは好ましくない。

 それくらいに関しては、十分に理解出来た。

 だからこそマルカから自分の提案を却下されても、それに対して不満を露わにしたりはしなかったのだろう。


「ニッキーが何を考えて俺と一緒に行動しようとしたのかは分からない。ただ、リンディやアンヌ、カミラは安全な場所に匿われることになるから、取りあえず心配はいらないと思う」


 自分でも気休めだとは思うが、そう告げるレイ。

 風雪という暗殺者ギルドに匿われているので、本来ならそこまで信用は出来ない。

 何しろ、暗殺者ギルドなのだから。

 裏の組織である以上、それこそ自分達の利益の為なら何をしてもおかしくはないというのが、一般的な暗殺者ギルドに対する印象だろう。

 実際、その印象は決して間違っている訳ではない。

 世の中に存在する裏の組織の多くは、自分達の利益になるのならどのようなことをしてもいいと考えているのだから。

 だが、裏の組織だからといって、その全てがそのような性格ではないのも、また事実。

 義理や人情といったものを重要視する組織も、また存在するのだ。

 そしてレイが見たところ、風雪というのはそのタイプの組織だった。

 一度請け負った依頼を、自分達の利益になるからといった理由であっさりと反故にしたりはしない。

 風雪を率いるオルバンと面会したレイは、半ばそう確信していた。


「そう……ですか」


 いつもなら、そうっすかと言うのだろうが、今のニッキーにはそんな元気もあまりないのだろう。


「しっかりしろ。お前の仕事はマルカの護衛だろ」


 レイの言葉に、ニッキーは顔を上げる。

 実際には、ニッキーを戦場に連れていくといった方法はない訳でもない。

 結局のところニッキーはマルカの護衛である以上、マルカの側にニッキーがいる必要があるのだ。

 それはつまり、マルカが敵の中にいればニッキーも自然とそこにいなければならないということを意味してる。

 とはいえ、レイはそのことをニッキーに教えるつもりはない。

 レイもまた、マルカをわざわざ危険な場所に連れていく必要はないと、そう判断していた為だ。

 後方にいた場合、魔法を得意とするマルカは間違いなく優秀な援護役となる。

 それは分かっているが、それでも好んでマルカを戦いの場に連れてはいきたくない。


「とにかく、俺はこれからカミラを風雪のアジトに連れていく。出来れば明日くらいには一度ここに戻ってくるつもりだが、それが本気で出来るかどうかまでは正直分からない。だから、明日俺が戻ってこなくてもあまり気にしないでくれ」

「分かったのじゃ。しかし……いや、レイには言うまでもないが、気をつけるのじゃぞ」

「ああ、ともあれマルカはドーラン工房のゴーレムを購入しようとするのは、キャンセルした方がいい。……いらないだろ?」


 レイの言葉に、マルカは当然だと即座に頷く。

 本来ならマルカは、クエント公爵家の者として高性能なゴーレムを欲してエグジニスまでやって来たのだ。

 だというのに、その噂になっているというゴーレムがネクロマンシーを用い、人の魂を使ってゴーレムの核を作り、それこそがドーラン工房のゴーレムが高性能だった理由だと聞かされれば、マルカとしてはとてもではないがそのようなゴーレムは欲しくない。


「他にも何人か知り合いがおるから、その者達にも今回の件を教えても構わぬか?」

「どうだろうな。その件が知られると、間違いなく大きな騒動になるのは間違いない。だとすれば、迂闊に秘密を喋るといったような真似はしない方がいいんじゃないか?」

「ぬぅ。じゃが……」


 マルカにも、クエント公爵家としての付き合いがある。

 そうである以上、自分と同じ派閥の仲間に対しては、しっかりと話をしておいた方が色々と便利な状況になるのは間違いなかった。

 また、国王派という派閥的にも、その方がダメージが少ないのは事実。


「なら……そうだな。ネクロマンシーの件は言わないで、色々と問題があるといった様子で濁して伝えるのなら構わない。ネクロマンシー云々の件は、後でエグジニスを仕切っている奴に直接話を持っていくことになってるからな」

「助かるのじゃ」


 レイが譲歩してくれたことに、感謝の言葉を口にするマルカ。

 マルカにしてみれば、この件だけでもレイには強い感謝の気持ちがある。


「そんな訳で、ニッキー。マルカの護衛は頼んだぞ。星の川亭に殴り込みに来るような馬鹿はいないと思うが、絶対にいないとも言い切れないしな」


 レイが星の川亭に戻ってきた時にいた者達であれば、レイの闘気を間近で感じたことによって、星の川亭に突入するといったようなことはまずないだろう。

 だが、レイがこうして星の川亭に入った後で改めてやって来た者達の場合は、レイの存在について話だけを聞いて自分なら何とかなるかもしれないと、そう考えてもおかしくはなかった。

 百聞は一見にしかず。

 直接レイを見た者でなければ、本当の意味でレイの実力を感じるといったようなことは難しい。


「分かったっす。俺も護衛っすから、仕事はきっちりやるっすよ」


 レイと一緒に行けない……正確にはドーラン工房と自分が戦えないというのを諦め、気分を切り替えたのか、ニッキーはいつもの口調に戻ってそう言う。


「そうしてくれ。さて……あ、やっぱり寝てるか」


 取りあえずこれで話が終わったのでスラム街に戻ろうと判断したレイだったが、そこに連れていく筈のカミラは、ソファの上でぐっすりと眠っていた。

 休んでいろと言ったのはレイなので、これは当然のことだったが。

 ……というか、最初からこれを狙っての言葉だった。


「最初からそのつもりであったのじゃろう?」

「さて、どうだろうな」


 レイが何を考えているのかは分かっているといった様子のマルカの言葉に惚けながら、カミラを担ぎ上げる。


(取りあえずセトに乗せれば問題ないだろうし、このまま運ぶか)


 リンディの時のようなお米様抱っこではなく、横抱き。……いわゆる、お姫様抱っこでカミラを運ぶレイ。

 もしリンディがこの件を知れば、恐らく不満を爆発させてもおかしくはないだろう。

 これは宿から出てすぐにスラム街に向かうのではなく、まずは厩舎にいるセトに会いに行くからこそだ。

 カミラをレイが担ぐのではなく、セトの背に乗せて移動する。

 そうすればレイも両腕を自由に使うことが出来るので、もし宿の周囲にいる者達が……あるいはそれ以外の者が襲ってきても、特に問題なく対処出来るのは間違いなかった。

 一階に下りると、そこには先程レイに声を掛けてきた者達以外にも結構な人数が増えていた。


「レイ? どうしたの……って、その子供は?」


 真っ先にレイに声を掛けてきたのは、先程レイが星の川亭に入った時に声を掛けてきた女だ。

 その目に浮かんでいるのは、疑問。

 何故レイがカミラを抱き上げているのかと、そんな風に思うのは当然だった。


「この子供は今回のドーラン工房の件に関わってる奴だ。その為に、場合によっては狙われる可能性がある。というか、多分だけど現在星の川亭の近くに集まってる連中の目的の一つだな」

「そんな子供が……?」


 戸惑ったように呟く女。

 いや、戸惑っているのは女だけではなく、他の者達も同様だった。

 普通に考えて、レイが抱き上げている子供が今夜の一件に関わっているとは思えないのだろう。

 とはいえ、レイはそれ以上の情報を与える必要はないと判断し、宿を出る。

 宿の中にいた護衛達は、レイに対して色々と言いたいこと、聞きたいことといったものがあったのだが、今のレイにそのような話をしても恐らくは聞いて貰えないだろうと判断し、それ以上何か声を掛けるような真似はしない。

 それに……今こうしてここに集まっているのは、あくまでも自分達の主人や依頼主を守る為だ。

 現在星の川亭の周辺にいる怪しげな者達の狙いが先程の子供だというのなら、その子供が宿から出ていくというのは護衛達にとって決して悪い話ではない。


「取りあえず、私はこの件を報告してくるわ」


 そう女が言うと、他の者達もそれぞれに自分のやるべきことを行うべく行動を起こすのだった。






「じゃあ、セト。頼むな」

「グルゥ」


 厩舎から出て来たセトは、その背に未だに眠ったままのカミラを乗せている。

 外に出たのだから、そろそろ起きてもおかしくないのでは? とそう思ったのだが、幸いなことにカミラはまだぐっすりと眠っており、全く起きる様子はない。

 ここで起きられると色々と騒がしいので、そういう意味では助かったのだろう。


(とはいえ、星の川亭を出ればこのカミラを狙っている連中がいる。俺に直接攻撃するのは難しくても、カミラを連れ去るくらいなら……とか、そんな風に考える奴がいてもおかしくはないんだよな。それが出来るかどうかは別として)


 カミラを連れ去るには、セトに接近してセトの背の上にいるカミラを奪取する必要がある。

 普通に考えて、そんな真似が出来るかと言われれば……出来る者が皆無とまではいかないが、それでもエグジニスにいる者達の実力では難しいだろう。

 セトの尻尾辺りで吹き飛ばされて、それで終わりになる筈だ。

 ……それでもクチバシや爪の生えた前足で攻撃するといったような真似をされないという点では、十分に手加減されているのだが。


「さて」


 星の川亭の敷地の端が近付いてきたところで、再びレイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出す。


(いっそ、セトの王の威圧でも使えば手っ取り早いんだろうけど……星の川亭の近くで使う訳にはいかないしな)


 あるいは、今が日中であればそのような手段もあるだろう。

 だが、今は真夜中だ。

 そんな中で王の威圧を使った場合、間違いなく周囲で眠っている者達は目が覚めるだろう。

 王の威圧の効果はなくても、それを使う際のセトの鳴き声は間違いなく周囲に響き渡るのだから。

 そのような真似は止めておいた方がいい。

 そうレイが判断するのは当然だった。


(そうなると、やっぱり俺に戦いを挑むのが自殺行為であると認識させるのが一番手っ取り早い訳だ)


 セトと共に星の川亭の敷地の外に出ると、当然ながらそこには多くの冒険者が待ち伏せていた。

 大半はレイが星の川亭にいる間にやって来た者なのだろう。

 すぐにでもレイに襲い掛かって……と思っているのが分かりやすかったものの、そのような者達もデスサイズと黄昏の槍を手にしたレイを見た瞬間、畏怖し、恐怖し、圧倒されて動けなくなる。

 もし攻撃を仕掛けたら、間違いなく死ぬ。

 そう本能で察してしまうだけの迫力や闘気をレイの身体から放たれている。

 小柄なレイに対し、周囲にいる多くの者は体格がいい。

 だというのに、それでも自分達が勝てるとは思わず……結局、レイとセト、そしてセトの背にいるカミラを素通りさせるのだった。

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[気になる点] >リンディの時のようなお米様抱っこではなく リンディは「おんぶ」だった筈では?
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