2768話
レイの話を聞き、ロジャーは最初質の悪い冗談は言うなといった様子だったが、レイが冗談でも何でもなく、本当に心からそのようなことを言っているのだと理解したのだろう。
最初は唖然とした様子で……そして次に、信じられないといった表情を浮かべる。
「それは……本当にそのような真似をしたのか?」
「ああ。何でそういう結論になったのかは俺にも分からない。けど、ネクロマンシーを応用して、魂を核の材料として使っていたのは間違いない。……実際、それで具体的にどういう風に性能が上がるのかは分からないが」
レイが思いつくこととなると、人の魂を使った核のゴーレムは反射的に人間らしい行動を取るというのを見ている。
具体的には、イルナラ達が作ったゴーレムと戦った時にその中のゴーレムの一匹が反射的に腕を上げて顔を庇うような様子を見せていた……といったようなくらいか。
その様子が人間らしいと思ったのは間違いないものの、それでゴーレムの性能が上がっているのかと言われれば、レイとしては首を傾げるしかない。
もっとも、イルナラから聞いた話によると非主流派の錬金術師達に渡された核は失敗作だと思われるようなものだったという話なので、そういう意味ではゴーレムの性能が低くてもおかしくはなかったのだが。
「だが、それは……色々と不味いのではないか? 勿論、人を素材にしているという時点でも不味いのは間違いない。しかし、そこに魂が入ってくるとなると、余計に不味いだろう」
レイにしてみれば、人を素材にしているのと人の魂を素材にしているという点で、そう違いがあるとは思えない。
しかし、ロジャーの言葉から考えると……そしてイルナラ達の様子も含めて考えると、普通に人の身体を素材にするよりも人の魂を素材にする方に禁忌を感じているのは間違いないようだった。
(いやまぁ、それ以前に盗賊を捕らえて素材にしてるのならまだしも、違法な奴隷を素材にしているという点で明らかに不味いんだろうが)
レイにしてみれば、ドーラン工房のやってる手法は外道という認識が強い。
もっとも、盗賊狩りを趣味としているレイにそのようなことを言われたくはないと、ドーラン工房の者達はそう思っているかもしれないが。
「それで、ドーラン工房の方はどうなった?」
「取りあえず儀式に使う祭壇や魔法陣は破壊したから、そう簡単に再開は出来ないと思う。それに、奴隷として捕まっていた連中は全員助け出したしな。儀式をするにも、素材となる人員がいない以上、無理は出来ない筈だ。……盗賊達がどこにいるのかは分からないけど」
結局ドーラン工房の建物を調べてみたが、捕らえられたのだろう盗賊達の姿はどこにも存在しなかった。
それを疑問に思わないでもない。
アンヌを始めとした違法奴隷達のいる場所に、あるいは盗賊がいるのかもしれないという思いもあったのだが、その姿はどこにもなかった。
(もしかしたら、リンディの捜しているゴライアスは盗賊と一緒の場所にいるのかもしれないな。……とはいえ、具体的にはどこにゴライアスや盗賊達がいるのか分からない以上、どうしようもないんだが)
ゴライアスと盗賊達が一緒の場所にいるかもしれないという思いはあったが、それがどこにいるのか分からない以上、ゴライアスを助けるといったような真似もそう簡単に行うのも難しい。
「盗賊達の件は気になるな。……ここに来たというのは、その件を知らせに来たのか?」
「それもある。ただ、現在のエグジニスにおいてドーラン工房は強い影響力を持ってるだろう? なら、俺がロジャーと知り合いなのも当然情報として入手している筈だ。だとすれば、ドーラン工房のゴーレムの秘密を知った……もしくは知ってるかもしれないロジャーを放っておくとは思えない」
そう言われると、ロジャーも何故レイが自分に会いに来たのかを理解する。
それはつまり、自分の身の安全を心配しての行動なのだろうと。
「一応。護衛はいるが?」
「ドーラン工房にはそれなりに腕利きの奴もいた。ロジャーの護衛をしていた連中だと……正直、ちょっと不安なんだよな」
レイから見れば、そこまで突出した強さの持ち主はいなかった。
しかし。それはあくまでもレイから見ての話だ。
これが例えば、リンディが戦うとなると厳しい相手なのは間違いない。
そのくらいの、平均よりも上の強さを持つ腕利きは、ドーラン工房にも雇われていたのだ。
ロジャーの護衛もエグジニスにおいてはそれなりに腕利きではあるのだが、それでもドーラン工房に雇われている腕利きと戦えるかと言われれば、微妙なところだ。
だからこそ、レイは前もって襲撃されるかもしれないと教えにきた。
……実際には、もう襲撃されていてもおかしくはないという思いもあったのだが。
(何でドーラン工房がここまで動きが遅いのかは分からないけど。……血の刃が消滅したのが最大の理由か?)
レイの暗殺を頼むくらいなのだから、血の刃とドーラン工房の間に深い関係があったのは間違いない。
そうである以上、他の暗殺者ギルドとの付き合いがあったのかどうかは微妙なところだろう。
そうである以上、ドーラン工房がロジャーを捕らえようとした場合、暗殺者ギルドではなく雇っている冒険者に頼むのが一番可能性が高いだろう。
とはいえ、雇われている冒険者もレイや一緒に逃げた者達を捕らえるのならまだしも、今夜の一件には無関係であろうロジャーを捕らえろというのは素直に頷けるようなものでもない。
もっとも冒険者によっては、金額によって引き受ける者もいるだろうが。
ともあれ、自分が狙われているというのを知っているか知らないか。
事前情報があるかないかというのは、この場合大きな意味を持つ。
「その情報はありがたくもらっておく。とはいえ、私は護衛の者達を信じている。……まさか、私を襲ってくるのがレイやセトのような強さを持っている訳でないだろう?」
「それはない。……そう言い切りたいところだが、世の中には隠れた猛者というのはそれなりにいる。ドーラン工房がその手の者を雇っているという可能性は十分にあるな」
ドーラン工房には、盗賊や違法奴隷、そして何よりネクロマンシーの件といったように、後ろ暗いことが多い。
そうである以上、何かあった時の為の切り札があってもおかしくはなかった。
とはいえ、そのような切り札があるのならレイが逃げ出した時にそれを使ってもおかしくはないのだが。
「話は分かった。しかし、ネクロマンシーか。人を素材にしているというだけでも問題になってもおかしくないのに、それに加えて……」
「あれ? 意外だな。人を素材にするのは、ロジャー的にはそこまで忌避感がないのかと思ってたんだが」
「私を何だと思っている。……とにかく、今の状況を考えればその件を知った私も狙われる可能性が高い、か」
「なんなら、ドーラン工房で助けた連中みたいに風雪に匿って貰うか?」
「そんな真似が出来る訳がないだろう」
それはしたくないという意味ではなく、ロジャーの立場として出来ないと、そのように言ってるようにレイには思える。
「何でだ?」
「レイには分からないかもしれないが、私はこのジャーリス工房の筆頭錬金術師だ。そして今はドーラン工房に負けてはいるものの、そう遠くないうちに再びジャーリス工房はエグジニスの中でも最高の工房に返り咲く」
「それは分かるけど、だからって風雪に匿って貰わないというのと、どういう関係があるんだ?」
「矜持と言ってもいい」
「……ようはプライドの問題か?」
「そう思って貰っても構わない。それにここで私が逃げるような真似をした場合、ジャーリス工房に大きな被害が出かねない」
「それは……まぁ、そうだろうな」
ジャーリス工房がロジャーにとって大事なら、姿を消したロジャーを誘き出す為にジャーリス工房にちょっかいが出されるという可能性は決して否定出来ない。
それでも自分の身の安全を重視すべきでは? とレイは思うが、すぐにそれは自分が結局のところ部外者の意見だからだろうと納得する。
今回の一件が終われば、レイはエグジニスから出ていくことになるだろう。
そうなれば、エグジニスで何かがあってもレイが関わるといったことは基本的にない。
あるいは、何らかの理由で指名依頼があるといったようなことになれば、また話は別かもしれないが。
「分かった。なら、俺はこれ以上何も言わない。だが、ドーラン工房がお前を狙ってくる可能性は十分にあるから、気をつけろよ」
「勿論だ。私も一方的にやられるというのは面白くないのでな。それに……レイに頼まれたゴーレムの試作品……というのは少し言いすぎか。試作品の試作品の試作品といったような奴もある」
「俺が頼んだ? ここでそういう風に言うってことは、防御用のゴーレムか?」
レイがロジャーに頼んだゴーレムは、二つ。
一つは清掃用のゴーレム。
そしてもう一つが、防御に特化した性能を持つゴーレム。
前者は、それこそ普通に街中でも購入することが出来るので、ロジャーにしてみれば容易に作ることが出来るものの、後者は話が別だ。
レイが苦手……とまではいかないものの、決して得意ではない護衛という依頼。
それを受けた時、護衛対象を守る為にあれば便利だと思って頼んでいたのが、防御用のゴーレムだった。
とはいえ、ロジャーは防御用のゴーレムの制作は進めていたものの、他にも色々とやるべき事が多い。
オークナーガの素材をどう使うのかの研究や、ドーラン工房のゴーレムの解析、それ以外にもジャーリス工房に所属する錬金術師としての仕事もやる必要がある。
そう考えれば、防御用のゴーレムの開発にはそこまで力を入れられず……結果として、現在出来ているのは試作の試作の試作といったような代物だった。
「そうだ。ただ、まだゴーレムというよりは防御用の機能を作っているといったところなんだが……」
何故か言葉を濁すロジャーに、レイは言葉の先を促す。
「何か問題でもあったのか?」
「魔力が足りない」
「……魔力が?」
「そうだ。当初予想していたのは、魔力によって障壁を作るといった機能だったんだが、私の技術ではとてもではないが障壁を作り出すことは出来ない。いや、正確には障壁を作ることは可能だが、一瞬にして魔力を使い果たし、障壁が消えてしまう」
悔しそうな様子を見せるロジャーだったが、そんなロジャーとは裏腹にレイは笑みを浮かべつつ口を開く。
「問題なのが魔力だけなら、それは問題にもならない」
「……どういうことだ?」
レイが何を言ってるのか理解出来ないといった様子のロジャー。
ロジャーには相手の魔力を感じられるような特殊な魔眼を始めとした感覚はない。
だからこそ、レイの魔力量がどれだけのものなのか分からなかったのだろう。
「俺の魔力量は多い。そうだな。例えば、これを見てみろ」
そう言い、レイは自分の腰からネブラの瞳を外してロジャーに渡す。
「このマジックアイテムは、ネブラの瞳。魔力で鏃を作り出すといった効果を持つが、普通の魔力量で使えるような代物じゃない」
レイの言葉に、ロジャーはネブラの瞳を軽く調べる。
本来なら未知のマジックアイテムだけに、もっとしっかりと調べたいのだろうが、レイの言葉から今は時間がないと理解していたからだろう。
それでもロジャーの技量であれば、ネブラの瞳が魔力を大量に消費するというのは理解出来たらしい。
魔力を使って障壁を生み出すといったようなゴーレムを作っているのも、すぐにその辺りを理解した理由なのかもしれないが。
「これは……この魔力消費量で、普通に使えるのか?」
「俺なら、と言っただろう? 俺の魔力は多い。魔力を確認出来る力を持つ奴が俺の魔力を確認すると、腰を抜かす程度には」
実際には腰を抜かすといった程度ではすまないのだが、レイもこれ以上は何も言わない。
まさか混乱して泣き喚いたり、場合によっては漏らしたり……とそんなことがあったというのは、レイにとってもあまり言いたくないのだから。
「そこまでの魔力が? なら……これに魔力を流しておいて貰えないか? そうすれば、私の方である程度使うといったようなことも出来る」
そう言いながらネブラの瞳を返してくるロジャーに頷き、レイはその指示通りに防御用の装置に魔力を流す。
大量の魔力が必要とする……そうレイは聞いていたものの、そこに流し込んだ魔力はネブラの瞳よりも若干多い程度のものでしかなく、レイにしてみれば全く問題はなかった。




