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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2766/3865

2766話

 ロジャーが危ない。

 そう判断したレイは、すぐにその場を後にすることにした。


「悪いが、カミラの件もあるし、何よりロジャーの件もある。俺は今すぐここを出て、まずはロジャーに事情を話してくる」

「私達はここで待ってるから、そっちについてはよろしくお願いするわね」


 リンディと言葉を交わすと、レイは周囲で話を聞いている者達……特に、アンヌやイルナラの二人を見る。


「そんな訳で、俺は一旦ここからいなくなる。俺が戻ってくるまでここでじっとしていてくれ。いいな?」


 レイの言葉に、二人は……そして周囲で話を聞いていた者達はすぐに頷く。


「ああ、そうだ。ついでだ。これを風雪の連中に渡しておいてくれ。別に今すぐって訳でないから、明日でもいい。報酬だ」


 そう言い、レイはミスティリングの中から次々に鉄のインゴットを取り出していく。

 風雪にアンヌ達を庇って貰う為に渡すと言っておいた報酬。

 まだ渡していなかったし、今からカミラやロジャーに会いに行く以上、今から風雪のアジトのどこかに置いておくといった時間もない。

 それだけではなく、アンヌ達もここで何かやるべきことがあった方がいいだろうと、そのように判断したからこその行動だった。

 そうして次々にミスティリングから出されていく鉄のインゴットを、周囲で見ていた者達は最初は興味津々といった様子で見ていたものの、次第にうんざりとした表情に変わっていく。

 このインゴットを自分が運ばなければならないと、そう考えているからだろう。

 実際には風雪に所属している者に手伝って運んでも、何の問題もないのだが。

 ともあれ、今日はもう寝るにしても明日からは何もやることがないというのは、色々と不味いだろう。

 そう判断し、一応ということでレイはやるべきことを残しておいたのだ。

 ……鉄のインゴットだけに、一つ二つならともかく、多数を運ぶとなると結構な重労働になるだろうが。


「じゃあ、こっちの件は任せる。俺はロジャーに会いに行くから」

「ええ。……けど、ロジャーがどこにいるのか分かるの?」

「まずはジャーリス工房に行ってみる。ドーラン工房の件で至急ロジャーに会いたいと言えば、多分何とかなると思う。ジャーリス工房にいなかったら、家に戻ってる可能性も高いし。……とはいえ、俺が知ってるのは隠れ家的な場所だけだが」


 ドーラン工房がまだここまで有名ではなかった頃、ロジャーがエグジニスの中でも最高峰の錬金術師だったのは間違いない。

 その時にレイが知っている隠れ家以外にも複数の隠れ家を持っていたとしても、それは特に驚くべきことではなかった。

 とはいえ、今の状況でそのようなことを心配しても意味はない。

 今はとにかくロジャーに事情を説明するのが最優先だった。


「じゃあ、ここの件に関しては任せた」

「ええ、気をつけてね。……可能なら、ゴライアスさんの情報を持ってきてくれると嬉しいけど、これに関しては無理はしなくてもいいから」


 そんな言葉を聞きながら、レイは扉から外に出る。


「悪いが、アジトの外に出たい。案内をしてくれ」

「はい、では私が」


 中の話が聞こえてきたのか、それとも上司からレイの指示には従うように言われていたのか。

 その辺は分からなかったが、特に揉めるようなこともなくレイを外に出してくれるというのは、非常に助かることなのは間違いなかった。

 護衛兼見張りに案内して貰い、レイはあっさりと風雪のアジトの外に出る。

 途中で誰かに襲われるといったようなこともなく、本当に何事もなく。

 とはいえ、本来ならそれが正常ではあるのだが。

 それにレイはオルバンとも面会して、友好的な関係を築いている。

 そんな状況で何の理由もなく――もしくは言い掛かり程度の理由で――レイを襲うといったようなことをした場合、それは風雪を率いるオルバンの顔に泥を塗ることになってしまう。

 風雪に所属している者の中で、そのような真似をしようと考える者はまずいないだろう。

 それを証明するかのように、こうしてレイは素直にアジトから出たのだった。


(風雪くらいの規模なら、他の暗殺者ギルドからスパイがいるとか、そういう奴がいてもおかしくはないと思うんだけどな)


 最大規模であるということは、当然のように他の暗殺者ギルドからはその地位を狙われていてもおかしくはない。

 もしくは明確に敵対していなくても、風雪の情報を入手したいと思う組織は多いだろう。

 そのような者達にしてみれば、風雪にスパイを送り込むといったようなことは普通に行われてもおかしくはなかった。

 そして、風雪とレイの関係が友好的になるのを望まないといった者は、当然のように多いだろう。

 そのような者達にしてみれば、ここで風雪に所属している者がレイに攻撃をするといったような真似をすれば、それは決して悪くない展開の筈だった。

 しかし、今回の一件に関しては結局そのようなこともないままに、レイはアジトから出た。


「グルルルルゥ!」


 アジトの側で横になっていたセトが、レイが出て来たのを察すると嬉しそうに喉を鳴らしながら近付き、レイに顔を擦りつける。


「ちょっと待たせたか? 悪いな、セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、気にしないでとセトの喉が鳴る。

 セトに慣れているレイにしてみれば、そんなセトは愛らしい様子なのは間違いない。

 しかし、セトに慣れていない者……具体的にはスラム街の住人の振りをして、風雪のアジトを守っている者達にしてみれば、セトというのは愛らしい存在ではなく凶悪なモンスターといったようにしか見えない。

 そんなセトと嬉しそうに戯れているレイは、正直なところ理解不能な存在だった。

 自分がそのような扱いを受けているとは思っていないレイは、セトに乗ってその場を立ち去る。


「セト、スラム街を出るまでは急いでくれ」


 セトの背に乗って頼むレイには、セトは任せてと走る速度を上げた。

 体長三mを越えるセトが、スラム街を走る光景というのは一種異様な迫力がある。

 スラム街だけに、道は決してよくはない。

 それどころか、石や木、場合によっては金属といったものが地面には普通に落ちているのだが、セトは器用にそれを避けながら走る。

 本来なら、セトの頑丈な足でであればそのような障害物を踏んでも全く問題はない。

 それでも注意をしているのは、背中に乗っているレイに負担を掛けたくないと思ってのことだった。


(てっきりドーラン工房の追っ手がスラム街にも来てるのかと思ったけど、そういうのは全く来ていないな)


 素早く流れていく光景を見ながら、レイは若干疑問に思う。

 ドーラン工房にしてみれば、ネクロマンシーを使うという禁忌に手を染めているのを知られ、更には祭壇をレイに奪われている。

 その辺りの理由を考えると、ここでレイを逃がすといった選択肢はドーラン工房にはない筈だった。

 そしてレイ達がスラム街方面に逃げ込んだというのは、ドーラン工房の追っ手達も知っている筈であるにも関わらず、スラム街に追っ手の姿はない。


(こっちに来てないって事は、星の川亭やジャーリス工房に向かってるとかか?)


 嫌な予感を抱くレイ。

 出来れば、その嫌な予感が当たらないことであって欲しいと思う。

 しかしスラム街に来ていない以上、その嫌な予感が当たる可能性は決して否定出来ない。


(となると、最初にどっちに向かえばいい?)


 レイ達に人質として使われる可能性の高いカミラがいる星の川亭。

 レイと親しく、ゴーレムを作る錬金術師としては間違いなく腕の立つロジャー。

 そんな二人のどちらが狙われている可能性が高い以上、レイはどちらかに向かう必要があった。

 どちらに行くか。

 少し迷い……そしてレイは決める。


「ジャーリス工房に向かうぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らす。

 カミラのことは心配だったがカミラにはマルカ達が護衛をしてくれている。

 それに比べて、ロジャーの方には……護衛は何人か雇われているものの、決して腕が立つという訳ではない。

 普通の相手ならある程度何とか出来るかもしれないが、それでも腕の立つ冒険者が相手では難しい筈だった。


(となると、やっぱり急がないといけないな)


 そう判断したレイは、スラム街の出口が見えたところで、セトに更に頼む。


「本来ならスラム街から出たらセトから下りて移動するつもりだったが、俺の予想が当たっていた場合、ロジャーが不味いことになるかもしれない。悪いが、スラム街を出てもこのまま乗って移動する。その代わり、街中に入って見つかったらセトは敵の注意を惹いてくれ。俺はその隙にジャーリス工房に向かう。一応言っておくけど、攻撃してきた相手に反撃するのはいいけど、殺すなよ」

「グルルルルルゥ!」


 レイの頼みに、セトは任せてと喉を鳴らす。

 ……スラム街だからいいようなものの、もし大通りでセトが今のような大声で鳴いた場合、問題になるかもしれないなと、そんな風に思うも、今はとにかくジャーリス工房に向かうのが先だと判断してセトには何も言わない。

 そうして街中に出ても、セトは全く速度を落とすことなく走り続ける。

 それでいながら、グリフォンとしての本能からくるものなのか、走りながらも殆ど音を立てていない。

 また、この時間になれば大抵の者は既に眠っており、出歩いているのは酔っ払いか、見回りの警備兵くらいだ。……普通なら、だが。

 今は当然のようにドーラン工房から放たれた追撃隊の姿もある。

 そして警備兵はどこまで本気なのかは分からないが、レイを始めとした侵入者を捕らえるべく動いていた。

 そんな者達にとっても、音もなく走るセトという存在はなかなか気が付きにくい。

 あるいはギルムにいるような腕利きの冒険者や警備兵であれば、また多少は話が違ったかもしれないが。


(結構人数がいるな。それに……この様子だと、そろそろ不味いか?)


 幾らセトが音を立てずに走っているとはいえ、体長三mを越える巨体だ。

 当然ながら、それだけの巨体が走っていると目に付く者も出て来る。


「いたぞ、グリフォンだ!」


 そしてとうとう、セトが走っているのを見つけた人物……ドーラン工房の追っ手と思われる男がセトの姿を見つけ、叫ぶ。


「ちっ、見つかったか。じゃあ、打ち合わせ通り俺は別行動を取る。セトはある程度敵を誘導したら、星の川亭に戻っていてくれ」

「グルゥ!」


 背中に乗っているレイの言葉に鳴き声を漏らし、セトは裏通りに向かう。

 そうして暗闇の中を進んでいる時、レイはセトの背から下りる。

 地面に着地したレイは、すぐ近くにあった木箱の陰に身を隠し……すると、セトを追ってきた冒険者達が一切レイの存在に気が付かず、セトを追っていく。


(腕利きなら、俺の存在に気が付いてもいいんだけどな。セトを追うことに夢中になっていて、背中に乗っていた俺の存在に気が付くといったようなことはなかった訳か。そのうち俺の存在にも気が付くかもしれないが、それまでは余裕があるな。なら、後はジャーリス工房に……)


 セトを追っていた者達が全て自分の隠れている場所を通りすぎたのを確認したレイは、行動を開始する。

 出来るだけ人に見つからないように、そして気配を殺し、音を立てないようにしてジャーリス工房のある方に向かう。

 途中で何人かの冒険者や警備兵を見掛けるものの、気配を消しているレイの存在に気がつくことはなかった。


(腕利きがいないという俺の予想は当たっていたな。いやまぁ、腕利きがいてもここに出て来てないだけって可能性はあるけど。っと、また来たな)


 近付いて来る二人の警備兵の姿を見たレイは、素早く建物の陰に隠れる。


「おい、本当にどうなってるんだ? ドーラン工房の方からの情報はこれ以上ないのかよ?」

「俺が知るか。せっかくこれからキリシーちゃんを口説こうと思ってたのに……」

「ああ? ふざけんなこら。キリシーちゃんは俺が前から狙ってたんだぞ」

「そんなの知るか。狙ってたのなら、さっさと口説けばよかったじゃねえか」


 そんなやり取りをしながら、レイの近くを通りすぎていく二人の警備兵。

 全くレイの気配に気がついた様子はない。

 それどころか、レイやセトを捜すのに積極的ではなく不満を抱いているというのも、見れば明らかだった。


(これは、多分俺にとっては悪くない話……なんだよな? 警備兵にしてみれば、夜中に急に呼び出されていきなり仕事をしろって言われてるんだから、不真面目な奴にしてみれば当然かもしれないけど)


 ああいう奴なら買収出来るのでは?

 一瞬そう思ったレイだったが、下手に迂闊な真似をすると面倒なことになりそうなので、それは諦めてジャーリス工房に向かうのだった。

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