2764話
ドーラン工房で行われていたこと……具体的には人を殺して、その魂をゴーレムの核に使っているという説明をすると、オルバンは驚きの表情を浮かべる。
レイの様子からろくでもないことであるというのは想像していたのだろうが、そんな想像を超えるようなろくでもなさだったのだ。
とはいえ、そんなレイの説明に納得出来たのも事実。
オルバンにとっても、ドーラン工房のゴーレムは何故あそこまで性能が高かったのか、理解は出来なかった。
それを探って欲しいという依頼も幾つか来ていたのだが、そんな中で何人かをドーラン工房に派遣しても戻ってこなかったことから、最終的には諦めることになっている。
その理由をまさかこんな状況で知ることになるというのは、オルバンにとっても予想外だった。
「人の魂を、ね。……ドーラン工房の連中、そんなことをやっていたのか」
当たり年のワインだと自慢していたそのワインを飲むオルバンだが、その表情には美味いワインを飲んでいるといった様子はない。
オルバンにしてみれば、レイの口から聞いた情報は面白いものではなかったということの証だろう。
「ああ。とはいえ、それが盗賊を捕らえてそれを使ってるというだけなら、そこまで問題じゃなかったんだろうが」
この場合の問題がないというのは、あくまでも法律的に問題はないという意味だ。
それで問題がなくても、人の魂を素材とした核を使ったゴーレムが欲しいのかと言われれば……勿論、それでも欲しいという者はいるだろうが、絶対にそれを欲しくないといった者もいるだろう。
その辺りの状況に関しては、それこそ人それぞれと言ってもいい。
しかし、それでも現在のように大人気で誰も彼もが欲しいというようなゴーレムにならないのは間違いなかった。
「人を誘拐したり、違法な手段で奴隷にして、その人物の魂を使うか。……盗賊だけでやっていればよかっただろうに、何故そんな真似をするようになった?」
「俺に聞かれても分かる訳がないだろ。ただ、予想するとなると魂の質の問題とかじゃないかとは思うが」
「魂の質? それがゴーレムの核に影響すると?」
「あくまでも俺の予想でしかないけどな。じゃないと、それこそ何でわざわざ違法な手段を使って人を集めるのかといったことに納得出来ないし」
レイの説明にはオルバンもある程度納得出来たのか、ワインを飲みながら頷く。
「それで、レイはこれからどうする? 私達に彼らを預け、その後は?」
「どうすると言われてもな。俺がドーラン工房に侵入したのは、間違いなく知られていると思うし」
ドーラン工房の内部で何人にも顔を見られているし、大鎌を使っているのも見られており、更にはセトの姿まで見られているのだ。
普通に考えれば、この状況で今夜侵入したのが自分ではないと、そう判断されることはまずないとレイには思えた。
ましてや、ここ最近はレイがエグジニスに来たという話がかなり広まっているのだから、尚更だろう。
だからこそ、ドーラン工房の面々は今夜の侵入者がレイであるというのは間違いなく察している筈だった。
そのような状況である以上、自分は表立って動き回るのは難しい……と、そう思っていたレイだったが、ふと思う。
(俺が侵入したのは間違いないけど、それを向こうが大人しく警備兵に知らせるかと言われれば、微妙なんだよな)
もし警備兵に知らせるとなると、ドーラン工房の後ろ暗いところも知られる必要がある。
ある程度のことなら誤魔化すといったような真似も出来るかもしれないが、ドーラン工房の全てをとなると、当然だが難しいだろう。
「俺が堂々と表を歩いていると、警備兵に捕まったりすると思うか?」
「は? それは……いや、待ってくれ。そうだな」
レイの言葉に、何かを考えつつオルバンはワインを飲む。
それはワインの味を楽しむというよりは、ワインを口に運ぶことにより自分の考えを整理しているかのような、そんな様子だ。
レイもそれは分かったので、それについては特に何かを言うでもなく、オルバンの考えが纏まるのを黙って待つ。
テーブルの上にある料理――正確には酒の肴――を食べるのを止めるつもりはなかったが。
そうして数分が経過し、やがてオルバンが口を開く。
「ドーラン工房がどこまで自分達の行為を隠したいかによるが、それでも完全にレイが自由に動けるという可能性は低いと思う。ただし、具体的に警備兵がレイの身柄を拘束するとまではいかないだろう」
「そんなものか?」
「深紅のレイ。たった一人でベスティア帝国との戦争を終わらせたという実力者を相手に、警備兵がどうにか出来るとでも?」
「何だかその噂、俺が聞く度に大袈裟になっていってるような気がするんだが」
実際には、別にレイだけでベスティア帝国との戦争を終わらせた訳ではないし、レイが火災旋風を使って倒したのもベスティア帝国軍全てという訳ではなく、あくまでも前線に出て来ていた者達でしかない。
しかし、噂というのは広がるにつれて大きくなっていくのは当然の話だ。
そういう意味ではベスティア帝国との戦争でのレイは、噂の元となる行為そのものが非常に派手だった以上、その噂が広まるに連れて更に大きくなっていくのは当然の話だった。
「その辺は仕方がない。噂というのはそういうものだ」
「……あの戦争そのものが、もう何年も前なんだけどな」
だというのに、未だに噂がそのまま広がっているというのはレイにとっては寧ろ驚きだった。
日本では噂というのはすぐに消えて次の新しい噂が流れるといったようなことは、珍しくも何ともなかったのだから。
「そういうものだ。吟遊詩人とかが歌の題材にしてるから、余計に」
「吟遊詩人が? いや、前にちょっと聞いたようなことはあったけど、まだあの戦争について歌にしてるのか?」
「吟遊詩人にしてみれば、派手な活躍……それも大袈裟でも何でもなく、レイが一人で行った一件だ。それを思えば、下手に脚色の類をしたりしなくてもいいし、何よりもベスティア帝国を一方的に倒すというのは、ミレアーナ王国の人間にしてみれば聞き覚えのいい話なのだろう」
そう言われると、レイとしてもそういうものか? と疑問に思いつつ、それ以上は何も言えない。
自分の名前が売れるというのは、そう悪い話でもないのだから。
もっとも、名前が売れたことによってレイに興味を持つ者が増え、それが原因で面倒に巻き込まれる……といったようなことも、珍しくはないのだが。
「ともあれ、だ」
吟遊詩人やレイの噂についての件で話が逸れていたのを元に戻すように、オルバンが口を開く。
「レイから色々と事情を聞いたりといったような真似はあるかもしれないが、ドーラン工房にもよるが、恐らく捕まるといったことはない。寧ろ、ドーラン工房の狙いとしてはレイを捕らえるといったような真似はせず、警備兵によって動きにくくするといったような真似をする可能性が高い」
「それはそれで面倒だな」
自由に動きにくくなるというのは、レイにとってもあまり面白いことではない。
「それは仕方がないだろう。とはいえ、実際にドーラン工房がどう動くのかは私にも分からないが」
「ともあれ、ドーラン工房のやってる件を公にした方がいいのは間違いないよな。問題なのは、具体的にどのようにするか、だが」
「それに関しては、こちらが手を貸すようなことは恐らく出来ないだろう」
ドーラン工房から逃げ出したアンヌやイルナラ達を匿うのなら、まだ何とかなる。
しかし、ドーラン工房が人を殺して魂をゴーレムの素材にしている。それも、素材とする者達は盗賊以外に違法奴隷の類も多数いるとなれば、話は変わってくる。
その一件が公になれば、ゴーレム産業で栄えているエグジニスにとっては非常に大きなダメージとなってしまう。
そこまでの大事になってしまう場合、例えエグジニスの中でも最大規模の暗殺者ギルドの風雪であっても、迂闊な真似はとてもではないが出来ない。
風雪は強力な者が揃っているものの、だからといってエグジニスに所属する者達の実力者――権力的な意味で――を相手に戦って勝てる程の実力はない。
「レイが正面からそのような相手と戦ってくれれば……それでも無理か」
「無理だろうな」
レイは個として考えた場合、圧倒的なまでの強さを持つ。
また、従魔のセトもランクS相当のグリフォンという、極めて強力な存在だ。
それでも、勢力と戦う……それも守るべき相手が多数いるとなると、その状況で勝つのは難しい。
レイやセトは強力な戦力だが、ならばその戦力と戦わなければそれでいいのだから。
だからこそ、レイと戦わず……もしくは何人かが決死の覚悟で足止めをし、その隙に風雪のアジトに他の者達が攻め込んでアンヌやイルナラといった面々を人質にするといったような方法を取られると、レイとしては厳しい。
「そんな訳で、私達が出来る協力は決して多くない。それは理解して貰えると思う。それを前提として、改めて尋ねるぞ? これからどうするつもりだ?」
そう言われ、レイは悩む。
これが適当な相手であれば、それこそある程度どうとでも対処は出来るのだが、エグジニスという一つの街が相手だというのが話を複雑にしている。
それだけではなく、ここには明確な領主がおらず、自治都市であるというのも面倒になっている理由の一つだ。
ここにもし領主や代官といった者がいた場合は、レイの冒険者としての名前や、最悪ダスカーやエレーナといった面々の協力を得て、上からどうにか押さえつけるような真似も可能となる。
しかし、ここが自治都市である以上、明確なトップはいない。
錬金術師の工房や商人といった者達の集まりが、合議制に近い形でエグジニスを運営している。
「エグジニスを動かしている連中を纏めて消す」
「……本気か?」
真剣な表情で視線を向けてくるオルバンに、レイは首を横に振る。
「まさか。そんな真似をしたら、それこそ賞金首になってしまうだろ。勿論、冗談だよ」
「今の様子からすると、とても冗談を言ってるようには思えなかったのだが」
そう告げるオルバンは、ワインの入っているコップを持っていない方の手で握っていた短剣の柄からそっと手を離す。
ソファの隅、レイからは見えない場所に隠されていた短剣だったが、その短剣を使わなくてもよかったのは、オルバンにとって安堵すべきことだ。
「そうだな。もう本当にどうしようもなくなったら、そういう選択肢も出て来るだろうが……少なくても今の状況でそんな真似をしようとは思わないな」
「出来ればそういう事態にはなって欲しくないな。もしそのような事態になれば、私もレイと敵対することになるだろう」
「……だろうな」
風雪はエグジニスを拠点としている暗殺者ギルドだ。
そんな風雪にとって、現在エグジニスを動かしているような者達を全員殺されるというようなことになれば、それはとてもではないが受け入れられることではない。
それこそ、レイと戦ってでも防がなければならない、そんな状況となる。
レイもそれが分かっているからこそ、オルバンの言葉に短く返したのだ。
「とはいえ、殺す殺さないはともかくとして、このエグジニスを動かしている奴に会って、ドーラン工房の一件を知らせるといった真似はした方がいいだろ。何か伝手はないか?」
「先程、もうこれ以上の手伝いは難しいと言ったばかりなのだが」
「そこを何とか出来ないか? 別に話し合いに出る必要はない。俺が会える手筈だけをつけてくれればいい」
直接会うのではなく、レイとこの街の支配者の一人と会う手筈をつける。
そう言われたオルバンは、それなら検討の余地はあると考えたのか、少し考え……やがて口を開く。
「もし私が協力しない場合、レイはどのような行動を取る?」
「そうだな。そういう人物に会わないといけない以上、俺が出来るのはそいつの家を調べて忍び込んで会いに行くとかだな。見つからなければ、戦いにはならないだろうし」
「協力しよう」
このままレイを放っておけば、また大きな騒動になると判断したオルバンは即決する。
下手にレイを好きに行動させた場合、それこそドーラン工房どころの件ではないような、そんな騒動になってもおかしくはないのだから。
「そうして貰えると、俺としても助かるよ。それで、具体的には誰を紹介して貰えるんだ?」
合議制に近い形でエグジニスを動かしている以上、当然だがそこには多数の人員が絡んでいる。
そして人というのは三人いれば派閥が出来る以上、誰を紹介されるのかというのは大きかった。
「私が知ってる中でも、穏便な性格をしている者を紹介するよ」
ワインの入ったコップを手に、オルバンはそう告げるのだった。