2757話
色々と考えた結果、結局レイが出せるのは風雪に匿って貰うという提案だけだった。
「風雪? 暗殺者ギルドの?」
風雪の名前にリンディがそう呟くと、アンヌを含めた奴隷達が動揺した様子を見せる。
「リンディ、言葉に気をつけろ。お前はエグジニスで冒険者をやってるから、多少なりとも風雪の名前を聞いたことあるかもしれない。けど、そうでない者にしてみれば、暗殺者ギルドというだけで警戒すべき存在になるんだぞ」
「あ……その、アンヌさん。風雪というのは暗殺者ギルドだけど、きちんと組織だって行動していて、あまり怖くないらしいわ。だから、そこまで怖がるようなことはないと思う」
レイの言葉を聞いたリンディは、慌てたようにアンヌ達にそう言う。
とはいえ、一般人にとって暗殺者ギルドというのは恐怖の対象でしかない。
そういう意味では、リンディの言葉に怖がる者が多いのは当然のことだろう。
……レイにとっても風雪というのは、血の刃と違ってかなり話の出来る組織という印象がある。
実際には暗殺者ギルドである以上、そのようなことはないのだが。
レイがそのように思うのは、風雪側がレイと敵対するのは不利益にしかならないと判断し、それによってレイと友好的な関係を築こうと思っている為だ。
レイもそれが分かってはいたので、今回の一件で風雪を頼る場合は、何らかの手土産が必要なのは間違いなかったが。
(いっそ、ここで鉄のインゴットを全部処理してしまうか? 俺が持っててもあまり使い道はないけど、暗殺者ギルドならお抱えの鍛冶師とかはいるだろうから、それなりに鉄のインゴットの使い道はあるだろうし)
まさか暗殺者ギルドに所属している者が、武器の製作を外注するというのは……ないことではないが、当然ながらそれなりに危険も多い。
そういう意味では、レイとしてもあまり使い勝手のよくない鉄のインゴットを処分するという意味では、報酬として渡すというのはそう悪い話ではない。
問題なのは、大量の鉄のインゴットではあるが、それを風雪が報酬として認めるかどうかだろう。
「現在のエグジニスの状況でここにいる面々を匿うのは、それこそ風雪のような裏の組織くらいしか存在しないと思う。少なくても俺に思いつくのはそのくらいだな。あるいは、この集団で行動するのではなく、一人二人くらいで誰か知り合いに匿って貰えるといった可能性はあるかもしれないが」
そう言うレイだったが、それは止めた方がいいというのが正直なところだ。
今の状況において誰かの家に転がり込むということは、その人物を今回の騒動に巻き込むということを意味しているのだから。
それを考えれば、やはりこの集団で固まって動いた方がいいのは間違いのない事実なのだ。
「そうだな、そうした方がいいと俺も思う」
錬金術師の一人が、レイの言葉に同意するように告げる。
現在自分達がどのような状況にあるのか、それをしっかりと理解しているからこその行動なのだろう。
何も考えず、ただひたすら自分だけが助かりたいからと騒ぐような相手がいなかったことは、レイにとっても幸運だった。
……もっとも、そのような相手がいたとしてもレイは特に何かをするといったようなことを考えなかったと思うが。
どうしても自分と行動をするのが嫌なら、それはそれでいい。
別行動を取ればいいだけで、それで別行動を取った相手に何らかの被害が出てもレイは気にしない。
そんなレイの考えを読んだ訳でもないだろうが、部屋の中にいる者達の意識は全員で一緒に行動するといったような方向で纏まる。
「そうなると、次の問題はどうやってスラム街にある風雪のアジトに向かうか、だな」
行くべき場所がはっきりとした以上、次に考えるべきはどうやってそこに行くかという方法になる。
「レイなら正面から行っても、どうにでもなるんじゃない?」
ここに来るまでに何度もレイの力を見たリンディのその言葉に、レイは当然といった様子で頷く。
「そうだな。俺が本気になれば、正面からでも脱出することは可能だ。ただし、その場合はドーラン工房の建物にも大きな被害が出るし、ネクロマンシーの一件に関わっていない、普通に職務を遂行しているだけのような奴にも被害が出る可能性がある」
「それは出来れば止めて下さい」
レイが最後まで言ったかどうかといったようなところで、イルナラがそう告げる。
ドーラン工房に対して色々と思うところはあるが、それでも自分の愛すべき場所なのは間違いない。
今は主流派の関係で色々とまともではなくなっているドーラン工房だが、今のような状況になってしまった以上、後々ドーラン工房を立て直すにしても、建物が壊されたり、主流派とは関係のない者達まで怪我をさせるような真似は出来れば避けて欲しいというのが正直なところだ。
「だろうな。それに……俺がどうにか出来るのは、あくまでも俺が一人であった場合だ。守るべき相手が、一人二人程度ならともかく、これだけの人数を全員守りながら正面から突破というのは、まず不可能だ」
一応戦力としてはリンディもいるが、リンディは弱くはないが突出した強さを持っている訳でもない。
それこそ少数の護衛ならまらだしも、これだけの人数を護衛するといったような真似は不可能に近い。
(今更……本当に今更の話だけど、俺がドーラン工房に侵入した時にゴーレムを倒したりといったような真似をしなければ、あのゴーレムも戦力として使えたのかもしれないな)
そう思うが、侵入した当初は非主流派などいるというのは完全に予想外だったのだ。
一応ドーラン工房についてはマルカやそれ以外からも話を聞いたりしたが、内部で派閥が出来ているというのは知らなかった。
いや、組織である以上は派閥が出来ていてもおかしくはないのだろう。
しかし、一応派閥とはなっているものの、現在の非主流派は勢力的に圧倒的に劣勢だ。
そうである以上、主流派としてはイルナラ達の存在を表に出さないようにしているという可能性は十分以上にあった。
「そうなると、やっぱり正面から堂々と脱出するってのは難しいな。……イルナラ、今日の騒動で警備兵とかが動く可能性はあると思うか?」
「あるかないかと言われれば、ある。しかし、表向きの調査で終わるかと」
「だろうな」
イルナラの言葉は、レイにとっても予想通りのものだ。
これが真っ当な技術を使ってゴーレムを作っているのなら、それこそ主流派は積極的に警備兵に協力するだろう。
しかし、現在のドーラン工房のゴーレムはネクロマンシーを使っている。
それも違法奴隷や盗賊を使って。
そのようなことは、主流派の面々も当然のように知られたくはないだろう。
だからこそ、表向きの調査しかしないというイルナラの意見はレイにも納得出来るものだった。
もっとも、レイが魔法陣や祭壇を破壊し、あまつさえ破壊した祭壇を奪ってしまったということを考えると、それも絶対確実にとは言えないのだが。
「そうなると、やっぱり強引にでも脱出した方がいいな。ただし、建物にはあまり被害を出さない方向で」
あまり被害を出さない方向でと言っているものの、被害を出さないとは言わない。
そんなレイの態度にイルナラも気が付いたが、だからといって何かを言うようなことはない。
イルナラは現在の自分の状況を思えば、レイに守って貰っているのだ。
そうである以上、ここで自分が何かを言っても図々しいとしか思われないと理解していたのだろう。
「ゴーレムが……ああ、そう言えば俺が戦った以外に別のゴーレムはないのか? 別のゴーレムがあれば、それなりに戦力になるだろ?」
ふと思いついたことをレイが口にするが、イルナラ達は首を横に振る。
「私達が以前作ったゴーレムは、もう売られています。そうして次に用意されたゴーレムが、今日のゴーレムなので」
そう言われると、レイも残念だが何も言えなくなる。
ゴーレムを戦力として使えるのなら、それなりに使い勝手はいいと思ったのだが。
「そうなると、建物にそこまで被害を出さないようにして脱出するとなると……この地下室の上にある部屋の壁を壊して建物の外に出て、そして外にある壁も破壊して一気に街中に脱出するといった手段だな」
「……レイ、建物はなるべく破壊しないでどうこうするって言ってなかった?」
レイの立てた作戦――と呼んでもいいのか微妙だが――を聞いたリンディは、呆れたようにそう言う。
「そこまで破壊はしてないと思うが? というか、このくらいしないと脱出するのは難しいぞ?」
レイにしてみれば、ドーラン工房の建物を半壊にもしないで脱出するのだから、そのくらいの被害は問題ないという認識だった。
しかし、それはあくまでもレイの認識であって、リンディを始めとした他の者達にしてみれば、大きく違う。
この辺りは、高ランク冒険者であるというのもあるが、その戦闘スタイルによるものも大きい。
「他に何かいい手段があったら、それでもいいけど。……どうする?」
改めてレイにそう問われると、そのような都合のいい方法を思いつく者はいない。
そうである以上、やはりここはレイの意見を採用するしかないという結論となる。
……やはり、イルナラはレイの提案に思うところがあったらしく、残念そうではあったが。
「話は決まったな。なら、とっととここから脱出するぞ。幸い、今はまだ向こうの援軍は来ていないようだし、それを考えれば余計な面倒を起こすよりも前に脱出したい」
レイにしてみれば、ドーラン工房に雇われている者達を倒すのは難しい話ではない。
しかし、今の状況を思えば敵と戦って無駄な時間を費やすよりも、さっさと建物を破壊して脱出してスラム街に向かった方がいい。
幸い、今は夜だ。
それも普通の人なら寝ているだろう時間。
だからこそ、夜に街中をこれだけの人数で纏まって移動していても、そこまで人目は引かない。
……見回りをしている警備兵の類に見つかれば、また話は別だが。
「分かったわ。アンヌさん、準備はいいわよね?」
「ええ。奴隷の首輪も、錬金術師の人達が命令してくれたおかげで自由に行動出来るようになってるわ」
アンヌがそう言い、他の奴隷となっていた者達もその言葉に頷く。
(奴隷の首輪は、出来れば外したいんだよな。これをつけているだけで、奴隷として目立ってしまうし。……風雪の方で何とか出来ればいいんだが)
恐らく風雪なら何とか出来ると、そう考えるレイ。
理由としては、やはり暗殺者ギルドだけあって、正規の手段ではない方法で奴隷の首輪を外すといったようなことは出来るのではないか? と思っていた為だ。
勿論それはあくまでもレイの予想でしかない。
しかし、エグジニスという錬金術師の多い街で最大規模の暗殺者ギルドとなれば、そのようなことは出来てもおかしくはない。
(その辺の話は、風雪のアジトに行ってからだな。そもそも、最悪俺達を受け入れないという可能性だってあるんだし)
レイと風雪の関係を考えれば、風雪が断るようなことはないと思えた。
しかし、それも絶対とは言えない。
何らかの理由……例えば血の刃の一件の後始末として、他の暗殺者ギルドと戦うといったようなことになっていたり、風雪の中でレイに対する不満が高すぎてという理由だったり。
その辺の事情がどうなっているのかは分からない以上、結局のところ直接アジトに行って話を聞くしかない。
レイとしては、多分大丈夫だろうとは思っているのだが。
「ゴライアスさん……」
アンヌを始めとして他の面々に対して出発の準備が整っているのかといったようなことをしてると、不意にレイの耳にそんな声が聞こえてくる。
声の主が誰なのかは、考えるまでもないだろう。
その声を発したリンディは、悔しそうな色がある。
アンヌがここにいた以上、もう一人の探し人のゴライアスもこの建物のどこかにいる可能性は高い。
出来ればゴライアスを捜しに行きたいのだろうが、リンディもアンヌの件を考えるとそんな真似はそう簡単に出来る訳がなかった。
「それじゃあ、行くぞ」
全員の準備が出来たと思ったところで、レイはそう告げる。
アンヌを含め、元々ここにいた者達は特に準備らしい準備をする必要がない。
奴隷としてここに連れて来られたのだから、私物の類を持っていないのは当然の話だろう。
イルナラ達はドーラン工房で働いていた以上、ここに私物の類があってもおかしくはない。
しかし、今のこの状況を思えばまさか私物を取りに行く訳にいかないのも事実。
こうして、レイ達はそれぞれに思うところはあれど、地下室から出るのだった。