2754話
レイが対のオーブを使ってグリムを呼び出すと、すぐに向こうが反応したのは幸いだったのだろう。
『レイ? どうしたんじゃ? 今は手が空いていたので、何も問題はなかったが』
対のオーブに映ったグリムは、相変わらず骨となった顔ではあったが、それでも話している雰囲気でどこか笑みを浮かべているように思える。
グリムにしてみれば、レイという存在は自分の尊敬するゼパイルの後継者にして、それだけの実力を持つ。
そして何より、アンデッドとなった自分を見ても怖がったり襲い掛かったりといったようことをしない為に、どこか孫とでも思えるような、そんな感情を抱いていた。
そんなレイからの連絡である以上、それを喜ばない筈もない。
「ちょっと分からないことがあってな。それがグリムの専門分野だったみたいだから、話を聞いてみたいと思って」
『儂の? そうなると、アンデッドに関してか?』
「ちょっと違う。何かネクロマンシーに関係する魔法陣や祭壇っぽいのがあったんだよ。……ゴーレムの工房に。そしてその工房では、人を素材にしてゴーレムを作っているという噂がある」
正直なところ、レイとしてはそんな噂があってここにネクロマンシー関係と思われる魔法陣がある時点で、嫌な予感しかしない。
ただ、レイとしては予想が悪い方向に外れたというのも事実。
最初は人を……盗賊を何らかの手段で無力化して捕らえ、その盗賊達を解体してその身体をゴーレムの素材として使っていると、そう思っていたのだから。
だが、そこにネクロマンシーが関わってくるとなると、また微妙に話が違ってくる。
ただの素材として人の身体を使っているのなら、別にネクロマンシーの魔法陣は必要ない。
(可能性としては、人の身体を素材としている以上、腐敗しないようにしている、とか?)
当然のように、人の身体をゴーレムの部品として使う場合、何らかの処置をしなければいずれ腐敗してしまう。
最初はレイもそうならないように錬金術的に処置をしていたのかと思ったのだが、その処置方法がネクロマンシーである、という可能性も否定出来ない。
何故錬金術師が本領とも言うべき錬金術ではなく、ネクロマンシーなどという手段を選択したのかは分からないが。
『ふむ? ネクロマンシーとゴーレムか。聞き覚えのある組み合わせじゃな』
「え? 本当か?」
ネクロマンシーということなら、アンデッドのグリムに聞けば何か分かるだろうと、そう思って対のオーブを使ったレイだったのだが、まさかいきなり有力な手掛かりを得られるとは思っていなかった。
『うむ。じゃが……その者達はどこでこの技術を? これは儂が生きていた頃よりも随分と後じゃが、それでも今からかなり昔に開発された技術じゃぞ?』
「それは……」
嫌な予感しかしない。
そう言いたげなレイに対し、対のオーブの向こう側でグリムは言葉を続ける。
『あくまでも今のは儂の予想が当たっていればの話じゃ。もしかしたら違うという可能性も十分にあるのじゃから、安心せい』
グリムのその言葉を信じてもいいのかどうか、正直なところレイは分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えば最悪の可能性を考えておいた方がいいのは、間違いのない事実だった。
「それで、具体的にはどんな感じになるんだ?」
取りあえずその辺りの話は聞いておく必要があるだろうと判断し、レイはグリムに尋ねる。
そんなレイの様子に、グリムは話すかどうか少し迷った様子を見せつつ……やがて口を開く。
『ネクロマンシーを使っているということは、それはつまりアンデッドに関係ある。さて、アンデッドというのは、具体的にどのような存在じゃ?』
「どのようなって……単純に言えば、動いている死体というか、本来なら死んでないといけないのに、何故か動いているとか、そんな感じだろ? 簡単に言えば、ゾンビとかスケルトンとか」
『うむ。それが一般的な認識じゃな、しかし、そのようなアンデッドは己の意思は存在せん。そういう意味では、今回はあまり役に立たない話と言っても構わんじゃろうな』
「つまり?」
『恐らくじゃが、その魔法陣と祭壇は、人の魂に関係してくるものじゃろう』
「……魂?」
グリムの言葉から出た言葉は、レイを驚かせると同時に納得させるのにも相応しいものだった。
そして同時に、人間を素材にしていたというレイの予想が覆る。
「人間の死体ではなく、魂をゴーレムの素材にしていた?」
『儂の予想ではそうなる。そしてこの祭壇の様子からすると、ゴーレムそのものではなく、もっと別の部品……そう、核といった物に魂を宿らせておったのじゃろう』
グリムの口から出てきた言葉は、レイにとって予想通りのものだった。
そしてグリムの言葉を聞きながら、この建物に入ってすぐに戦ったイルナラ達のゴーレムと戦った時のことを思い出す。
ゴーレムの中の一匹にレイが攻撃をしようとした時、反射的に腕を上げたように思えたのだ。
それはゴーレムにプログラムされた動きというよりは、人間が攻撃された時、反射的に手で自分の身体を庇おうとしているように思えた。
それが真実なのかどうかは、レイには分からない。
しかし、それでも魂がゴーレムの核に宿っていると言われれば、レイとしても納得出来る点ではあった。
(イルナラ達はそれを知っていたのか? いや、あの様子から考えると、まずそれはない。人を素材にしているという点で、強い拒否反応を示していたし。そうなると、考えられる可能性としては……いや、そう言えばゴーレムを作る時に使う核は主流派から渡されるとか言ってたな)
核の中に人の魂が封じられているとは知らず、そのままゴーレムを作っていた。
そう考えれば、レイも納得出来る。
「この魔法陣と祭壇、どっちもないと魂をゴーレムの核に封じるといったような真似は出来ないのか?」
『レイの言う通りじゃが、よりどちらの方が重要なのかと言われれば、やはり祭壇じゃろうな。対のオーブ越しではあるが、その祭壇は見るからに力を発しておる。それはレイも分かるじゃろう?』
「分かるか分からないかと言われれば、分かるな。俺と一緒に行動している奴が入ることを許されていないこの区画に入った時、間違いなく何かを感じたし。その何かはこの部屋に入ったことで、より強くなった」
『ふむ、どうやら間違いないようじゃな。それで、祭壇と魔法陣、レイはどちらの方により違和感がある? ……レイの言う、何かじゃが』
その言葉にレイは改めて魔法陣と祭壇の双方を見る。
どちらも共に何かが……嫌な感じがするものの、こうして改めて見ればそれは一目瞭然だった。
「祭壇だな。魔法陣からも何かは感じるけど、やっぱりより強く感じるのは祭壇だ」
『そうか。レイの感覚は鋭い。そうである以上、間違いはないじゃろう。であれば、やはりその祭壇の方が重要度という意味では強いのじゃろう』
「そんなに簡単に決めてもいいのか?」
レイにしてみれば、普通にそのように感じているだけにすぎない。
それが本当にグリムの言うようなことになっているのかと言われれば……それは、やはり素直に納得するのは難しかった。
戸惑った様子を見せるレイに、対のオーブの向こう側にいるグリムは頷く。
『レイの身体のことを思えば、その勘は正しい可能性が高い。そうである以上、その選択は間違いではないじゃろう。もっとも……それを最後に決めるのは、あくまでもレイじゃ』
「……分かった」
『さて、では用事はこれで終わりでいいのじゃな? 儂は向こうの世界の観察に戻るとしよう』
向こうの世界の観察と言われてレイが思い浮かべるのは、当然ながらケンタウロス達の存在となる。
後々は向こうとギルムで貿易をするという話もあったのだが、その辺が現在どうなっているのかはレイにも分からない。
基本的にレイが行ったのは、あくまでもダスカーに向こうの一件について教えただけだ。
その後に一体どうなったのかは、多少なりとも興味はあるものの、今はそれよりも優先するべきことがある。
「分かった。じゃあ、また」
『うむ。また何かあったら連絡をするがよい』
そう言い、対のオーブが切れる。
本来ならグリムは強力極まりないアンデッドだ。
だというのに、レイと接する態度は孫に接する祖父といった感じになる。
勿論それはレイがゼパイル一門の関係者であるというのも大きいのだろうが、同時にレイとグリムが上手くやっているという証でもあった。
静寂に満ちた部屋で、改めてレイは周囲を見る。
不思議なことに、魔法陣と祭壇からはグリムと話すよりも前に感じた何かはそこまで強くはない。
全く感じなくなった訳ではないのだが、明らかにそれは弱まっているのだ。
レイにとっては疑問でしかなかったのだが、未知の存在がその意味を理解出来たからこそ、そのようになったのだろうと、そう思う。
未知というのはそれだけで恐怖だ。
だが、それは未知ではなくなれば恐怖ではないということを意味してもいた。
だからこそ、今となっては何かを感じるものの、そこまで強くなくなったのだろう。
(祭壇を破壊するにしても、イルナラの意見を聞いた方がいいか)
この祭壇の理屈は理解した。
理解したものの、出来ればイルナラにも話を聞いてから処分した方がいいと判断したレイは、穴を開けた壁に向かう。
「イルナラ、ちょっといいか? 大体の事情は分かった」
「事情が、分かった?」
イルナラもレイが師匠から話を聞くというのは分かっていた。
対のオーブという希少なマジックアイテムを持っていることには驚いたものの、それでもレイの師匠と相談したことでいきなり魔法陣や祭壇がどのような効果を持っているのかを知ることが出来るとは思わなかったのだろう。
「ああ、師匠は物知りだからな」
驚きの表情を浮かべるイルナラに対し、自慢げな様子でレイが告げる。
その表情を見れば、レイが嘘を吐いていないということは明らかだ。
つまり、本当にこの場所で何が起きているのかが分かったということなのだろう。
「では、ここで一体何が?」
「俺達は、そもそも勘違いしていた。人を素材にしてゴーレムを作っていると思っていたけど、実際には違う。勿論、ある意味で人を素材にしているというのは間違ってないんだが、俺達が予想していたのとは全く別の方法だった」
「具体的には?」
「その魔法陣と祭壇。俺が師匠に対のオーブ越しに見せたところによると、祭壇の上……その片方に置かれた人物から魂を抜くといった効果があるらしい」
「魂を抜く?」
「そうだ。そして抜かれた魂は、祭壇のもう一方にある場所に置かれた核に使われる。それが具体的には核に閉じ込めるのか、溶かすといったような感じなのか、その辺は俺にも分からないが。とにかく、そういう感じで魂は核に使われる。そして魂を得た核を使ったゴーレムは……」
「一般的なゴーレムより高い性能を持つ」
小さく震えながら、それでもイルナラは自分やドーラン工房にとって最悪の結末を口にする。
ドーラン工房のゴーレムが他のゴーレムよりも高い性能を持つ理由が、それだった。
そして……次の瞬間には、何かに気が付いたかのように息を呑む。
「私達が使っていたゴーレムは……もしかして……」
「核を主流派から貰っていた以上、そうなんだろうな」
「しかし! 私達の作っているゴーレムは、主流派の作っているゴーレム程の性能はなかった!」
だから違うと、そう言うイルナラ。
それに対し、レイは少し考えた後で口を開く。
「その辺は俺にも詳しいところは分からない。けど、お前達の話を聞く限りだと、主流派がお前達に核を渡すとして、性能のいい核を渡すと思うか?」
「それは……」
「こういう真似をして核の性能を高めているとなると、お前達に渡された核は性能の低い物、もしくは失敗作とか、そういう可能性もあるんじゃないか」
レイの言葉に、多少なりとも思い当たることがあったのだろう。
イルナラは難しい表情を浮かべて、黙り込む。
状況証拠という点では、レイの言ってる内容が正しいのだろうと、そう納得してしまったのだ。
とはいえ、納得してしまった以上は現在の状況ではどうしようもないのは間違いない。
まさか人間の身体を素材にしているのではなく、人間の魂を素材にしているというのはイルナラにとっても完全に予想外だった。
「これを……私は一体どうしろと……」
愕然とした様子のままで、何とかそれだけを呟くイルナラ。
そんなイルナラに対し、レイが示したのは……
「取りあえずこのままにしておくと、祭壇は色々と危険だ。そうである以上、この祭壇は破壊した方がいいんじゃないか?」
そのような提案だった。