2745話
ゴーレムについての話をしていたレイやイルナラ率いる錬金術師達だったが、そのような状況に我慢出来なくなったリンディが口を開く。
「ゴーレムについての話はそれくらいにしてちょうだい。今はとにかく、アンヌさんやゴライアスさんを捜すのが最優先でしょう」
リンディにしてみれば、アンヌを助け出す為にドーラン工房にこうしてやって来たのであって、ゴーレムの性能についての論評を聞きにきた訳ではない。
……助け出す者の中にさりげなくゴライアスの名前が入っているが、これは恋する乙女としてはある意味で当然のことなのだろう。
レイもゴライアスの名前が入っていることには気が付いたものの、それについて何かを言うようなつもりはない。
実際にゴライアスも孤児院の関係者……それもアンヌからゴライアスに紹介状のような手紙を書いて貰った以上、助け出せるのなら助けたいという思いがあったのも事実だ。
半ば違法奴隷に近い……つまり、場合によっては普通の奴隷と言い張られる可能性があるアンヌと違い、ゴライアスの場合はいきなり行方不明だ。
もっとも、リンディの知らない場所でゴライアスもまた何らかの理由や方法によって奴隷とされている可能性は否定出来なかったが。
「ああ、悪い。そうだな。まずは奴隷が住んでいる場所に向かうか。そこにアンヌがいてくれれば、楽なんだけどな」
そう言うレイだったが、実際にはそうなることはないだろうという思いがそこには込められていた。
当然だろう。半ば違法奴隷であるアンヌだ。
もしその件が大きく知られるようなことになった場合、間違いなく面倒なことになると、そう理解しているのであれば、アンヌを普通の奴隷と一緒に行動させるような真似はしない筈だった。
それ以外にも、アンヌはドーラン工房側で指定して、わざわざ奴隷にしたのだ。
(普通に考えれば、アンヌに一目惚れしたドーラン工房の者が……と思うけど、ガービーから聞き出した件によると、今までにも何度か同じことをしているらしい。そうなると、一目惚れ云々という可能性は考えなくてもいい筈だ)
そうしてレイが思い浮かべるのは、最悪の可能性。
即ち、ゴーレムの素材にする為にアンヌを欲したというものだ。
だからこそ、アンヌを普通の奴隷と一緒にするとは思えなかった。
それでも万が一ということがある。
奴隷の管理をしている者が面倒臭がったり、あるいはドーラン工房の事情について深く考えたりしていない場合、場合によっては奴隷は奴隷として一ヶ所に纏めておくといったような真似をしないとも限らなかった。
だからこそ、レイとしては可能性としては限りなく低いとしても、そちらを見に行かないといった選択肢は存在しない。
「とにかく、普通の奴隷がいる場所に案内してくれ」
「それは構わない。しかし、ここはともかく……研究所の中を歩き回っていれば警備兵の類であったり、主流派の錬金術師に遭遇する可能性もあるかもしれないが、その場合はどうする?」
「お前達が雇った護衛の冒険者といったようには?」
「それは……難しいと思う。私達非主流派が護衛の冒険者を雇ったとなると、目立つ。そうすれば、何故今更? といったように思う者も多いと思う」
非主流派である以上、イルナラ達が護衛を雇う必要はない。
だというのに、何故わざわざ護衛を雇う必要があるのか、と。
そう疑問に思われると説明されれば、レイも納得するしかない。
「なら、警備兵として雇われている連中はどうだ? 現在主流派の錬金術師を相手にするのなら難しいと思うけど、そういう連中ならイルナラ達にもあまりちょっかいを出してきたりはしないんじゃないか?」
主流派、非主流派といった違いはあれども、イルナラ達がドーラン工房の錬金術師であるのは変わらない。
そうである以上、警備兵も迂闊にイルナラ達に手を出すような真似はしないのではないか。
そうレイが尋ねると、イルナラを含む錬金術師達はそれぞれに難しい表情を浮かべる。
「駄目なのか?」
「いや、大体は大丈夫だと思う。だが、中には私達が非主流派であるというのを理解した上で、絡んでくるような相手もいる」
「それは……幾ら何でも、そういう奴を雇って大丈夫なのか?」
冒険者である以上、ドーラン工房に雇われているのだから、主流派や非主流派に限らず対応する必要がある。
だというのに、積極的にイルナラ達に絡んでくる冒険者となると、依頼の評価的には決して褒められた訳ではない筈だった。
「仕方がないさ。主流派の紹介という形だし」
そう言われれば、レイも納得出来た。
いわゆる、コネ。
とはいえ、この世界においてコネ……コネクションというのは、そう珍しいものではない。
ギルドで冒険者を雇うよりも、何らかの知り合いということで紹介された者の方が信用度は高い。
とはいえ、今のレイの状況として考えれば決して嬉しくない出来事だが。
「しょうがない。もしそういう連中と遭遇したら、深い眠りについて貰うとしよう」
レイの言葉を聞いた錬金術師の一人が、恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの、その眠りって……もしかして永遠の眠りとか、そういうことじゃないですよね?」
永遠の眠り。つまりレイがその相手を殺すといったように思っての問い。
しかし、当然ながらレイもそんな相手を殺すといったような真似をするつもりはない。
「そんな訳ないだろ。ただ気絶させるだけだよ。もっとも、意識が戻って騒がれたりしたら面倒だから、しっかりと気絶させるけど」
レイの説明を聞き、あからさまに安堵した様子を見せる錬金術師達。
ゴーレムとの戦いを見ていたり、この場から逃げようとした錬金術師に対して容赦なく攻撃をしたりといったような真似をしていただけに、もしかしたら……という思いを抱いてしまったのだろう。
「ほら、納得したのならさっさと行くぞ。ここで下手に時間を使うようなことになれば、それこそリンディの我慢が限界になるし」
そんなレイの言葉に、錬金術師達はリンディに視線を向け……即座に頷くのだった。
「あれだけの騒動があったのに、静かなものだな」
建物の中を進みながら、レイは呆れたように呟く。
ゴーレムとの戦いもそうだが、分厚い壁をデスサイズで斬り裂いたのを思えば、その音が周囲に響いて、それこそドーラン工房で雇っているという研究者がやって来てもおかしくはない。
だというのに、現在通路を歩いているのはレイ達だけで周囲に聞こえている音はレイ達が……正確には錬金術師達が歩く音が響いているだけだ。
「ここは本館から離れてますしね。私達のように非主流派がいるだけです。ようは、隔離されてるんですよ」
レイの言葉を聞き、女の錬金術師が不機嫌そうにそう告げる。
他の錬金術師達も頷いているのを見ると、全員が同じ意見なのだろう。
「けど、侵入する奴がいても、俺達とは違う場所から侵入するかもしれないだろ? そういう場合はどうするんだ? そうなると、他の場所から建物の中に入ったりすることになると思うけど」
「そうなったら、主流派の錬金術師達のゴーレムと戦うことになっていたと思いますよ」
あっさりそう告げる錬金術師の一人に、レイはこの場合はどっちがよかったのか? と少し悩む。
こうしてイルナラ達の協力を得られたのはよかったが、主流派ではない以上、持っている情報は決して多くはない。
もし主流派の錬金術師がこうして待ち受けている場所に突入していれば、それこそ詳しく情報収集が出来たのは間違いないだろう。
(だとすれば、そっちの方が結局はいい情報を入手出来たな)
レイは入る場所を間違えたと思いつつ通路を進んでいると……
「誰か来るぞ」
前の方から近付いてくる気配を察知し、そう告げる。
イルナラ達はレイの言葉に不思議そうな視線を向けるも、レイの力を知っているリンディは納得の表情を浮かべながら口を開く。
「レイが言うのなら本当に誰かが来るんだと思うわ。気をつけて」
レイだけではなくリンディまでもがそう告げたことで、イルナラ達はようやくレイの言葉が本当だと判断したのだろう。
緊張した様子で通路を進み……前方から誰かが来たのを見て驚き、続いて嫌そうな表情を浮かべるイルナラ達。
そんな様子に、レイは嫌な予感を覚える。
だが、こうして遭遇してしまった以上は何か出来る訳でもない。
成り行きに身を任せようと判断し……そんなレイの視線の先で、警備兵と思しき数人の中から、一人がイルナラ達の方に近付いてくる。
「よー、イルナラさんじゃないか。こんな夜にどうしたんだ? いつものように無駄な努力をして、意味のないゴーレムとか作って……」
ないのか? そう言おうとした男は、イルナラの側にいる者達の中に知らない顔を見つける。
それと同時に、レイとリンディもまた話し掛けてきた相手を見て、今の会話からして、恐らくはこの男が主流派からの紹介で護衛をしている人物なのだろうと予想した。
(面倒なことになったな。どうせなら、こんな奴じゃなくてもっと普通の相手と接触したかったんだけど)
フラグか? と思いつつも、会ってしまったのなら仕方がないと判断する。
(問題なのは、こいつじゃなくて他の警備兵だよな)
イルナラに絡んでいるのを聞き流しつつ、レイは他の警備兵達に視線を向ける。
自分勝手にイルナラに絡んでいる男を迷惑そうにしている者もいるが、そんな中の一人だけがレイとリンディという、初めて見る顔に警戒の視線を向けていた。
恐らくこの男がこの連中の中では一番腕が立つのだろうと納得しつつ……レイは足を踏み出す。
そして警備兵達……特にレイとリンディを怪しんでいた男ですらも気が付けない一瞬の間に、レイの姿は警備兵達の前に移動していた。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、レイの拳が警備兵の中でもレイを怪しんでいた男の胴体にめり込む。
「ごふっ!」
信じられない。
そんな表情を浮かべながら、男は意識を失う。
レイとリンディの存在を警戒していたにも関わらず、いつの間にか……本当にいつの間にか自分のすぐ側までやって来ていたのだ。
一体何をどうすればそのような真似が出来るのか、全く理解出来ていない様子だった。
そしてレイとリンディを警戒していた以外の他の警備兵も続けてレイの手によって気絶させられる。
まさかこのような場所で実際に騒動は起きないだろうと、そう考えていた為か、警備兵達は仲間が気絶させられたというのに動きが鈍く、ろくに反撃をする様子もなく床に崩れ落ちる。
なお、リンディも一人警備兵を気絶させることに成功している。
純粋な能力という点では、リンディと警備兵は大体同じくらい……あるいは若干警備兵の方が上なのだが、警備兵の油断とアンヌやゴライアスを助け出すというリンディの気迫がその能力差を逆転させた。そして……
「うわあああああっ! お、俺にこんなことをしていいと思ってるのか! 後悔するぞ!」
声の聞こえてきた方に視線を向けたレイが見たのは、イルナラを始めとする錬金術師達に殴る蹴るの暴行を受けている男の姿だった。
仮にも警備兵として雇われている以上、コネであってもそれなりの実力はあったのだろう。
だが、そのある程度の実力は数の差を補うといったようなことが出来るだけの実力差ではなかったらしい。
また、今まで散々絡まれてきた錬金術師達には、当然のように強いストレスがあった。
それだけに、何らかの手段で相手を転ばせると起き上がらせるような真似をせず、徹底的に殴る蹴るといったような真似をしたのだろう。
レイが驚いたのは、男だけではなく女の錬金術師も必死になって男を蹴っていたことか。
その女の顔はそれなりに整っていることかから、何となくレイには女がどのような被害を受けたのかを理解するが……かといって、このまま気絶させるような真似もさせず、ただ痛めつけるだけというのでは意味がない。
「色々と思うところはあるんだろうが、その辺にしておけ。今はそいつをとっとと気絶させて先に進むぞ」
「お前ぇっ! お前が……」
男がレイを見て何かを言おうとしたものの、レイはそれを聞く様子も見せず、あっさりと気絶させる。
コネで入ってきたという男はやはり予想通りにそこまで強い訳ではなかった。
そうである以上、レイとしては特にこの男をそのままにしておく必要を感じなかったのだ。
錬金術師達の殴る蹴るの暴行から救ったのだから、ある意味レイは男に慈悲を見せたという一面もあったのは間違いないだろう。
「さぁ、ここで時間を消費している暇はない。さっさと行くぞ」
そう、レイはイルナラ達に告げるのだった。