2744話
ゴーレムの核についての疑問を、レイは率直に錬金術師達に尋ねる。
「その核ってのは、ゴーレムにとって大事な物なんだろう? なのに、お前達が現在のドーラン工房で現在非主流派であるにも関わらず、それを主流派の錬金術師達から貰ってるのか?」
「それは……仕方がないんだよ。ゴーレムの核を作るには色々と貴重なマジックアイテムが必要なんだけど、私達はそれを自由に使うことは出来ないんだ」
「それはまた……」
ゴーレムの核を自由に作れないというのは、錬金術師としては色々と思うところがあるのは間違いない。
ましてや、このエグジニスはゴーレム産業で有名な街だ。
そんな街にいる錬金術師ともなれば、当然ながらゴーレムの製造に特化した……あるいはそこまでいかなくても、相応に得意としているのは間違いない。
だというのに、そのゴーレムの中でも最重要部品の核を自由に作れないというのは、不遇という表現がこれ程似合う者もそうはいないだろう。
(とはいえ、それはあくまでも俺から見た印象だけど。実際に錬金術師達がどう思っているのかは、それこそ錬金術師じゃなくて冒険者の俺には分からないし)
そのような状況であっても、こうしてまだドーラン工房に残っているのだ。
そうである以上、そこには相応の理由があるのは間違いなかった。
「何でそこまでして、まだドーラン工房に残ってるんだ? ドーラン工房の錬金術師なら、それこそ他の工房でも普通に雇ってくれるんじゃないか?」
ドーラン工房に所属しているということは、相応の技術を持っている錬金術師であるということをそのまま示していた。
つまり、その気になればレイの前にいる錬金術師達はすぐにでもドーラン工房を出て、他の工房に移籍するといったようなことも出来るのではないか。
それがレイの疑問だったのだが……
「契約で縛られている以上、それは出来ないんだ」
心の底から無念そうな様子で、錬金術師が呟く。
錬金術師にしてみれば、本来なら自分もそのようにしたかったのだろう。
しかし、レイに言ったように契約により他の工房に移るといったような真似は出来ない。
その上で、現在はドーラン工房の中でも非主流派であり……ゴーレムを製造するにも十分にその腕を発揮出来ないといったところなのだろう。
「どうする? 見た感じ、この連中は本当に何も知らなさそうだぞ? 俺達が何でここに来たのかってのも、分かってないみたいだし」
「それは……」
レイの言葉に、思い切り不満そうな様子を見せるリンディ。
リンディにしてみれば、ドーラン工房の錬金術師というだけで、既に許せる相手ではないのだろう。
孤児院のアンヌ、それに恋する相手のゴライアスの二人を連れ去った――ゴライアスに関してはまだ証拠がないが――相手なのだから。
それこそ、先程レイが止めなければ怒りのあまり長剣でここにいる錬金術師達を斬り殺していた可能性は高い。
「落ち着け。この連中が嘘を吐いていなくて、その上で本当にドーラン工房の中では非主流なら、こっちにとっては悪い話じゃないぞ」
「……そう、ね。そうかもしれないわね」
半ば自分に言い聞かせるように呟くリンディ。
そんなリンディの様子に、錬金術師達は安堵する。
レイによって止められていたとはいえ、今にも自分達に攻撃をしてきそうな相手だったのだから、その相手が少しは落ち着いた様子を見せたのは精神的に悪い話ではなかった。
錬金術師達は、殺気の類を感じられたりはしない。
感じられたりはしないが、それでも目の前にいるリンディが殺気を放っていると、どこか居心地の悪いものを感じていたのだろう。
「さて、なら取りあえず……ほら、これを使え」
レイはそう言い、ミスティリングからポーションを取り出すと、それを先程ネブラの瞳で怪我をさせた相手に渡す。
最初はこの錬金術師達がドーラン工房の錬金術師……正確には人を素材にしてゴーレムを作っている錬金術師だと思ったからこそ、乱暴に攻撃をした。
しかし、話を聞いた限りでは違う。
上手くいけば、色々と情報を入手出来るという意味で、重要な存在だった。
だからこそ、ポーションを渡したのだ。
……もっとも、そのポーションはそこまで高品質なものではなく、あくまでも相応の値段で売られている程度のポーションでしかなかったが。
それだけに、ネブラの瞳によって受けた傷を一瞬で治すといったような真似は出来ないが、それでも血を止め、痛みを和らげるような真似は出来る。
「い、いいのか……?」
ポーションを受け取った者の一人が恐る恐るといった様子でレイに尋ねるが、その言葉にレイは頷く。
「ああ、お前達がドーラン工房で非主流派だというのなら、俺達の敵じゃない。それに……お前達もドーラン工房という名前に愛着はあるんだろ? そんなドーラン工房の錬金術師達が、半ば違法行為で奴隷にした女を連れてくるとか、人を素材にしてゴーレムを製造するのは許容出来ないだろ?」
「それは……」
レイの言葉に、話を聞いていた錬金術師達が何も言えなくなる。
今の状況を思えば、自分達以外の主流派の錬金術師達が何をしていても、それを知る術がないからだ。
それと同時に、仮にもドーラン工房に所属する錬金術師がそのような真似をしているのかといった……一種の希望的な観測もあった。
「あんた達が言う、人を素材にしているというのは、何らかの証拠があっての言葉なのか?」
「幾つかの状況証拠から間違いないとは思っているが、確実な証拠はない。今回のドーラン工房への侵入は、その証拠を得るのも目的の一つだった。……もっとも、最優先なのはリンディの知り合いが半ば違法な手段で奴隷にされてドーラン工房に引き渡されたらしいから、それを助けることだが」
「それは……」
レイの言葉を聞き、納得したくないといった様子の錬金術師。
いや、そのような表情を浮かべているのはレイと話している錬金術師だけではなく、他の錬金術師達も同じだ。
だが、レイはそんな相手に向かって更なる真実を突きつける。
「エグジニスの周辺で盗賊が消えているという話を聞いて、それを調べ始めたら何度も暗殺者に狙われた。何でドーラン工房が暗殺者ギルドの血の刃を使ってまで俺を殺そうとするんだ? それは当然、俺に探られたくないことがあるからだろ?」
実際にはドーラン工房のゴーレムを購入する時に魔の森で入手した未知のモンスターであるクリスタルドラゴンの素材を提供してもいいと匂わせたり、あるいはレイがミスティリングを持っているのを知って、更にはレイの従魔のセトを目当てに……と、色々と襲撃される可能性はある。
それでもレイは一番可能性が高い理由として、盗賊の件を探ったことだと思っていた。
「それは……けど、血の刃に頼んだというのは、レイの予想でしかないんだろう?」
錬金術師も、現在の自分の状況や主流派の者達のことを考えれば、レイの言ってるようなことをしていてもおかしくはないと思う。思うのだが、それでもやはり自分の愛するドーラン工房の錬金術師がそのようなことをしているとは思いたくない。
しかし……そんな錬金術師に、レイはミスティリングから取り出した契約書を渡す。
それは、血の刃とドーラン工房の間で結ばれた、レイの暗殺に関する契約書。
それを見せられると、今まで何とかドーラン工房のことを信じようとしていた錬金術師も、それ以上は何も言えなくなる。
そして何も言えなくなるということは、それはつまりレイが言っているドーラン工房の諸々を認めてしまったのと同じことだった。
「これは……」
「分かっただろう? ドーラン工房というのが、昔……お前達が主流派だった頃は立派な工房だったのかもしれない。だが、今は違う。お前達の正統派の錬金術師をこうして追いやり、自分達の思うように好き勝手をしている。それも半ば違法で奴隷にしたり、人をゴーレムの素材にしたりな」
実際には、レイは目の前の錬金術師達が本当に正統派の錬金術師かというのは分からない。
だが、今必要なのはあくまでも目の前の者達をその気にさせて、少しでも情報を得ることだ。
……見た感じでは、実際にそのような感じであると思えるというのもあったが。
「そうですよ、イルナラさん! あの連中がドーラン工房を仕切るようになってから、俺達はいいところ雑用とか……そんな扱いじゃないですか! なら!」
レイと話していた、イルナラと呼ばれた男はそんな仲間の言葉に少し考え……やがて頷く。
イルナラは、何も正義感だけで頷いた訳ではない。
勿論、もし本当にドーラン工房が人を素材にするなどといった真似をしているのなら、そのようなことは何としても止めさせなければならない。
その一件が事実として広まった場合、ドーラン工房の名前は地に落ちる。
小さい頃からドーラン工房に憧れ、そして錬金術師になってドーラン工房で働くことが出来た身としては、絶対にドーラン工房の名前を汚すような真似は出来なかった。
「話は決まったみたいだな。で、ドーラン工房で奴隷を連れて来たら、どうする?」
本当なら、レイとしては人を素材にしたゴーレムについて聞きたかった。
とはいえ、腕利きの錬金術師であるロジャーが調べてもすぐに分からないようなことを、同じドーラン工房の錬金術師だからといって、今初めて人を素材にしているといったようなことを聞いた者達が、その答えを知ってるとは思えない。
そうである以上、レイとしてはリンディが暴走しないようにする為にも、アンヌのことを聞くのを優先するのは当然だった。
……とはいえ、リンディもイルナラ達がドーラン工房の錬金術師であってもアンヌの一件には関与していないというのを理解した為か、殺気はかなり収まっているが。
「どうすると言われても、ドーラン工房で使われている奴隷なら、専用の住居があるけど。レイ達が捜しているのは、違法奴隷なんだろう? そうなると、普通の奴隷と一緒にしてるかどうかは分からないぞ」
「違法……完全に違法って訳じゃないけど、法にのっとったやり方って訳でもないんだよな。そういう意味だと、やっぱり半ば違法って表現が一番相応しいと思う」
「その辺はどうでもいいけど、なら取りあえずは奴隷が寝泊まりしてる場所に行ってみるか? そこにいないとなると……それこそ、連中しか入れないような場所にいる可能性もあるけど……」
イルナラが言葉を濁したのは、そうなると詳しい場所は分からないと、そう言いたいからだろう。
「そうなると、それこそドーラン工房の中を手当たり次第に捜す必要があるな。……そう言えば、俺がゴーレムを倒してから随分と経つけど、お前達以外に誰も来ないな。その辺はどうなってるんだ?」
「侵入者の相手は私達の仕事だ。主流派の連中は……自分のゴーレムが完成した時に、性能試験をする時くらいしかここには顔を出さないよ」
「それが今日は災い……いや、幸いした訳か。けど、俺達が戦ったゴーレムはそれなりに強かったぞ?」
「一方的にやられたようにしか思えなかったのだが」
レイの言葉をお世辞か何かだと思ったのだろう。
イルナラは少し不満そうな様子を見せる。
しかし、レイは決してお世辞を言ってる訳ではない。
「水で出来たウォーターゴーレムは、デスサイズで切断してもすぐに戻ったぞ。魔法を使えない奴にしてみれば、かなり戦いにくいと思う」
レイの言葉に、イルナラの近くにいた錬金術師の女が嬉しそうな表情を浮かべる。
それを見れば、その女がウォーターゴーレムを作ったのは間違いないだろう。
「とはいえ、何であのウォーターゴーレムだけが建物の外にいたのかは疑問だが」
「ああ、それは。必ず一匹はゴーレムを外に出すように言われているからだよ」
イルナラの説明で、あっさりとその理由が判明する。
一体何故そのような真似をするのかは、レイにも分からなかったが。
「ただ、水で身体が構成されているだけあって、核のある場所が分かったから、そこを一点突破すれば戦いやすいと思う。そういう意味では、泥水のゴーレムは核が見えなくて更に厄介だったな」
わぁ、と。
レイの言葉を聞いて別の錬金術師が嬉しそうな様子で声を上げる。
レイに褒められたことが、よほど嬉しかったのだろう。
そんな相手に、自分の上位互換のゴーレムを作られたと考えたウォーターゴーレムの制作者は、悔しげな表情を浮かべる。
今のような状況においても、自分のゴーレムの上位互換を作られるというのは錬金術師として面白くなかったのだろう。
その後も、簡単にではあるがレイは戦ったゴーレムについて説明し、それによって錬金術師達は一喜一憂するのだった。