2743話
レジェンド16巻、発売しています。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
デスサイズを突きつけられた錬金術師達は、その刃で自分が斬り裂かれるのは嫌だったらしく、レイの質問に大人しく答えるという選択をする。
真っ先にこの場から逃げようとした者達が、容赦なくネブラの瞳によって生み出された鏃に足を貫かれたのが、この場合は大きかったのだろう。
それによって、レイは情報を聞き出す為に相手を傷つけることを一切躊躇わないと、そう理解したのだから。
そんな相手を前にして、冒険者でも何でもない……ただの錬金術師達が逆らえる訳がない。
そういう意味では、錬金術師達は最善の選択をしたのは間違いなかった。
もっとも、それはあくまでも現時点での話で、レイや……何よりもアンヌやゴライアスの件で怒り狂っているリンディの尋問――場合によっては拷問――を受けることになるのだから、それが幸福かどうかというのはまた別の話だったが。
「ともあれ、友好的な対応をとってくれたようで何よりだ」
そう告げるレイに、錬金術師達は本来なら声を大にして異を唱えたい。
しかし、自分に突きつけられているデスサイズの刃や、レイが止めなければ間違いなく長剣を振るうだろうリンディを前に、反論出来る筈もない。
「それで……繰り返すが、何を聞きたいのだ?」
「幾つかある。ただ、そうだな。まずはこれを聞いておくか。ドーラン工房で人を素材にしてゴーレムを製造しているというのは、本当か?」
「……は?」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、錬金術師の口から出たのは間の抜けた声。
一瞬、誤魔化しているのか? とレイは疑問に思う。
もし人を素材にしてゴーレムを作っているというのが公になれば、それは大きなスキャンダルとなる。
盗賊を素材としているのなら、法的に問題はない。
盗賊は基本的にモンスターと同じ扱いなのだから。
だが……それでも盗賊は盗賊だ。
モンスターと同じ扱いではあっても、人――獣人、ドワーフ、エルフ含む――であるのは間違いない。
法的に問題がなくても、倫理観的には話が別となる。
人を素材としていると聞けば、多くの者が嫌悪感を抱くだろう。
中には人を素材としていても全く問題ないと思う者もいるかもしれないが、どうしてもそのような者達は少数となる。
そうである以上、もし錬金術師がその辺りを知っていれば惚けてもおかしくはないと、そうレイは考えたのだが……錬金術師の様子を見る限り、惚けているようには思えない。
(どうなっている? ドーラン工房の錬金術師なら、それを知らないなんてことがあるのか?)
そんな疑問を抱くレイだったが、目の前にいる錬金術師達を見ている限り、本当に人を素材にするといったようなことを隠しているとは思えない。
「嘘を吐くと、どうなるか分かってるでしょう?」
今のやり取りに納得出来なかったのか、リンディは長剣の切っ先を男に向ける。
それこそ、いつでもその切っ先で身体を貫けるといったように示すかのように。
だが、そのような真似をしても男は首を横に振るだけだ。
しかし、そんな錬金術師達の態度は寧ろリンディに苛立ちを覚えさせるには十分なものだった。
「そう。そこまでして隠すの。なら、しょうがなわいわね。手足の一本がなくなっても、同じようなことが言えるのかどうか、試してみましょうか」
普段なら、リンディもこのようなことを口にはしないし、実行したりといった真似もしない。
しかし、今は少しでも早くアンヌやゴライアスを助けようという思いがあった。
だからこそ、目の前の錬金術師から情報を得ようとしているのだろう。
今にも長剣が振り下ろされそうなリンディに、錬金術師達は強張った顔で助けて欲しいと叫ぶ。
リンディが取りあえず手足の一本でも……と思ったところで、レイがその肩を掴んだ。
「その辺にしておけ。見たところ、そいつらは嘘を吐いているようには見えない」
いつもなら自分がリンディの役なのに、とそう思いつつ告げる。
尋問をする場合、脅かし役となだめ役とに別れていると、スムーズに尋問を進めることが出来るというのは、レイも知っている。
日本にいた時に漫画やTVで得た知識だが、エルジィンにやってきてそれは決して間違っていなかったというのは、今まで多くの相手から情報を得てきたレイにしてみれば実際に体験した出来事だ。
しかし、そのような場合でもレイは大抵が脅かし役となっていた。
これは単純に、レイがデスサイズを持っているといったことからそういう役目が向いていたり、貴族が相手でも平気で力を振るうという情報が広がっているのも大きいのだろう。
そんなレイではあったが、今のこの状況を思えば脅かし役はリンディに譲らざるをえない。
……脅かし役どころか、もしレイがリンディを止めていなければ、本当にリンディは尋問していた相手に長剣を振るっていただろうが。
「レイ、邪魔をするの?」
「お前は何か勘違いしてないか? 俺達がやるのは、あくまでもアンヌを助けること。それと人を素材にしているという証拠を得ることだ。その為に必要なのは情報であって、この連中を痛めつけるようなことじゃない」
「ぐ……それは……」
レイの言葉に、リンディは押し黙る。
そして多少なりとも頭が冷えれば、自分が一体何をしていたのか……それがはっきりとするのだから。
そう、今の自分は間違いなく情報を聞き出すよりも前に、力を振るおうとしていた。
「分かったわ、じゃあ、ここからはレイに任せる」
自分が冷静でないことを理解し、大人しくレイに場所を譲る。
そんなやり取りを見ていた錬金術師達は、知らず知らずのうちに安堵していた。
当然だろう。もしリンディがこのまま尋問を続けた場合、その手に持つ長剣を振るわれていた可能性があるのだ。
だが、レイならば尋問をするにしても、そこまで暴力を振るわないのではないかと。
「分かった。……さて、そんな訳で尋問役が代わった訳だが、リンディを止めたからといって、俺がそこまで優しい訳でもないぞ。何かあったら、即時に力を振るう。それは忘れるな」
レイのその言葉に、錬金術師が息を呑む。
レイはリンディと違って、すぐに暴力を振るうようには思えない。
だが、それは絶対に暴力を振るわないといった訳ではなく、レイがその気になれば即座にその力を振るうと、そう言っているのだ。
特にリンディは長剣という、ある意味で見慣れた武器を持っているものの、レイが持つ武器はデスサイズという大鎌だ。
凶悪な外見の武器だけに、いざ力を振るうとなるとレイの方が怖さという点では明らかに上だった。
「さて、話は分かって貰えたな? ……そんな訳で、詳しい事情を聞かせて貰おうか。まずはそうだな。お前達はここで何をしていた?」
「……君達がゴーレムと戦う際のデータ収集をしていた」
「だろうな」
それに関しては、レイも特に驚くようなことはない。
レイ達が戦っていた巨大な部屋……それこそレイのイメージでは体育館と呼んでもおかしくはないような、そんな場所の隣にある部屋にこうしていたのだ。
そうである以上、レイ達の戦いを見ていたのは当然のことだった。
「それで、自慢のゴーレムが俺に負けたのを見て、どう思った?」
「理解不能、だ。普通に考えて、あれだけの数のゴーレムを……それも私達が製造したゴーレムに、たった一人で勝てるとは思えない」
「それはちょっと言いすぎだろ」
理不尽な結果に納得出来ないといった様子を見せる錬金術師達だったが、レイにしてみればあのゴーレムはそれなりに強いと思ったものの、今までレイが戦ってきた強敵に比べれば、雑魚……というのは少し言いすぎかもしれないが、決して難敵ではない。
「言いすぎ? 言いすぎだと? 私達があのゴーレムを製造するのに。どれだけの苦労を……」
レイの言葉に不満を露わに叫びそうになった錬金術師だったが、レイはデスサイズを突きつけることでそれを止める。
「お前達の苦労話はどうでもいい。次の質問だ。ドーラン工房では奴隷を使ってるな?」
「は? ああ、それは間違いない。しかし、それがどうかしたのか?」
一体何を考えてそんなことを聞くのかといったように、先程の憤りから一転、戸惑ったように告げる。
この世界において、奴隷というのは存在して当たり前のものだ。
そうである以上、ドーラン工房で奴隷を使っていたからといって、それがどうしたというのか。
レイもまた、日本の価値観を引きずるつもりはない。
そもそも、レイもまた盗賊を捕らえては犯罪奴隷として売り払っているのだから。
だが……それが、最初から奴隷にしたい人物が決まっており、それを半ば違法な手段や脅迫といった手段で奴隷にするといったようなことであれば、思うところがある。
具体的にはアンヌのように。
「そうだな。それが普通に奴隷商人から購入した奴隷なら、俺も文句はない。だが、ブルダンにいるガービーに要請して、半ば無理矢理奴隷にした相手となれば、話は違ってくる」
その言葉に、錬金術師は再び意表を突かれた表情を浮かべる。
レイが尋問していた錬金術師だけではなく、他の者達も同様にだ。
(ん?)
先程の、人を素材にしてゴーレムを作っているといった話をした時と、同じような違和感。
隠しているのではなく、本当に知らないかのように思える態度。
その様子を見る限り、心の底からそのように思えてしまう。
(どうなっている? いやまぁ、今更だけど考えてみれば錬金術師はドーラン工房の中でも重要な人材だ。そんな人材を、幾ら分厚い壁に守られているからといって護衛も付けずに纏めておくか?)
そう、本当に重要な錬金術師は、工房にとっても大きな財産となる。
複数の護衛がいたロジャーが、そのいい例だろう。
しかし、こうして見た限りではこの部屋の中に護衛はいないし、部屋の外にも護衛はいない。
もし護衛がいれば、錬金術師の何人かがレイに攻撃されたときにさっさと出て来ているだろう。
護衛としての能力が低いだけ……という可能性もあるが、ドーラン工房の錬金術師を護衛する者がそこまで能力が低い筈もないだろう。
つまり、目の前の錬金術師達は本当に護衛がいないということになり……
「お前達、もしかしてドーラン工房の錬金術師の中では非主流派なのか?」
レイは単純に思い浮かんだ言葉をそのまま口にしただけだったのだが……その言葉を聞いた錬金術師達の反応は大きい。
悔しそうな、悲しそうな、それ以外にも様々な感情が入り交じった、そんな複雑な表情を浮かべる錬金術師達。
それが、レイの言葉が事実であることを示していた。
「なるほど。非主流派だからこそ、ドーラン工房の闇を知らないのか……だが……」
錬金術師達が非主流派であるというのは、恐らく間違いなく、だからこそドーラン工房の闇について知らなくても理解は出来る。出来るのだが……同時に、レイは先程の戦いを思い出す。
ゴーレムの中の何匹かがとった、妙な行動。
それは半ば反射的に自分の顔を庇うといったようにも見えた。
ゴーレムの行動というよりは、人間の反射にも思える行動。
つまり、人間を素材に使っているゴーレムなのではないかと疑うには、十分な根拠を持つ。
だからこそ、今の状況を思えば何故そんなゴーレムをこの錬金術師達が使っていたのかという疑問を抱くには十分だった。
「俺は人を素材にしたゴーレムが具体的にどういう性能を持つのかは分からない。分からないが、先程戦ったゴーレムの中にはそれらしい反応……人間の反射行動のようなものをするゴーレムがいた。これはどういうことだ?」
「何? それは……どのゴーレムだ?」
不思議そうに尋ねてくる錬金術師に、レイはそのゴーレムの特徴を告げる。
その特徴の表現が不本意だったのか、何人かはレイの説明に不満そうにしていたが……
「それは……核、だな。あの連中から渡された核を使っているゴーレムだ」
レイの説明ですぐに事情が分かったのか、先程からレイと話していた錬金術師は即座にそう告げる。
「核? それってゴーレムにとっては重要な物だよな?」
野生のモンスターとなっているゴーレムと違い、錬金術師に作られたゴーレムはその核が魔石の代わりをする。
実際にレイがとなりの巨大な部屋で複数のゴーレムと戦った時にも、その核を狙って攻撃をしていたのだ。
(そんな……言ってみればゴーレムの中で一番大事な部分を、自分達で作らずに誰か……主流派の連中から貰ったのか? それは幾ら何でも……)
そう疑問に思うレイだったが、見た感じでは錬金術師達が嘘を言ってるようには思えず、そのまま尋問を続けるのだった。