2740話
レジェンド16巻、発売しています。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
ウォーターゴーレムを破壊したレイは、リンディと共にドーラン工房の建物に向かう。
正確にはもう敷地内には入っているのだが、今までいたのは……一種の庭に近い。
そうである以上、目的の建物に向かわないという選択肢はなかった。
自分の前を進むレイの姿を見ながら、リンディは心の底から安堵する。
何故なら、もしレイがドーラン工房に侵入してアンヌを助けないと言った場合、リンディが一人でここに来るつもりだったからだ。
もしそのようなことになっていた場合、リンディの実力ではウォーターゴーレムを倒すのは、難しかっただろう。
レイの持つデスサイズで腕を切断してもすぐに再生したのだ。
それを思えば、リンディの長剣でウォーターゴーレムを倒すのは……不可能ではないだろうが、非常に厳しかったのは間違いない。
リンディの使っている長剣は、当然ながら魔剣の類でもない普通の長剣だ。
そしてリンディは魔法を使える訳でもなければ、何らかのスキルを使える訳でもない。
……そう表現するとリンディがかなり劣っているように思えるが、そもそも魔法を使える者がかなり希少で、スキルを使えるといった者も魔法使い程ではないにしろ、希少だ。
冒険者全体の割合で見れば、魔法もスキルも使えない者が大多数だった。
ギルムでは例外的に魔法使いやスキルを使える者が多かったが、それはあくまでもギルムという、ミレアーナ王国の辺境だからこその話となる。
集まってくる冒険者は基本的に腕利きの者が多いので、当然ながら魔法やスキルを使える者が多かったのだ。
それに比べると、このエグジニスはそこまで腕利きの冒険者が揃っている訳ではない。
中には当然ながら腕利きもいるが、比率として考えればかなり少数だろう。
そしてリンディはエグジニスの冒険者の中でも、決して突出した存在ではない。
そうである以上、当然の話だが魔法やスキルの類は使えなかった。
つまり、もしレイがいない状態でここに来ていた場合、間違いなく詰んでいたのだろう。
……それ以前に、リンディの場合はドーラン工房を覆っている壁を防犯設備に引っ掛からないで乗り越えるといった真似が、そもそも出来なかった可能性が高いのだが。
「リンディ、そろそろ建物に到着するぞ。準備はいいな?」
「ええ。とはいえ、今のところレイに頼るしかないんだけど」
「その辺は気にするな。アンヌと遭遇した時にきちんと対応してくれればいい」
その言葉は、リンディを戦力として期待していないと言っているようなものだった。
当然リンディとしてはそのようなことを言われて面白く思う訳がない。
しかし、今の状況を考えればレイに助けて貰っている以上、不満を口にするような真似が出来ないのも事実だった。
また、アンヌがどのような状況になっているのか分からない以上、顔見知りで女同士のリンディに何かあった時の世話を頼むというのも、当然の話だろう。
「分かったわ。……アンヌさん、ここにいればいいんだけど」
「その辺は、情報収集次第だろうな」
レイとしては、正直なところこのような分かりやすい場所にアンヌのような無理矢理奴隷にしたような人物を置いておくとは思えない。
思えないが、それでも情報を持っている職員や錬金術師の一人や二人いるのは間違いないと思えた。
(あのウォーターゴーレムの一件がある以上、あの開発者とかはいてもおかしくはないと思う)
あのウォーターゴーレムが具体的にどのような役目を持って、敷地内に放されていたのかは、レイにも分からない。
しかし、試験的な意味合いが強いのだろうというのは予想出来る。
そうである以上、そのゴーレムを製造した者は自分のゴーレムがどのように動くのかといったことを確認したくなるのは錬金術師として当然のようにレイには思えた。
レイが知っている錬金術師であれば、間違いなくそうするだろう。
ギルムにいる多数の錬金術師達は、自分の知識に対して貪欲だ。
それこそ、自分の作品の活動は絶対に見逃すといったようなことはないくらいに。
とはいえ、それはあくまでもレイが知っている錬金術師であればの話だ。
ドーラン工房の錬金術師が、ギルムの錬金術師と同じとは必ずしも言えない。
ましてや、ドーラン工房の錬金術師は人を素材にしてゴーレムを製造するといったような真似をしており、そう考えるととてもではないがレイの知っている錬金術師達と一緒には出来ない。
(一緒には出来ない、よな? あの連中もさすがに人を素材にしてゴーレムやマジックアイテムを作るとか、そんな真似はしないと思うけど)
絶対に大丈夫だと、そう断言出来ないのは、やはり普段の錬金術師達を知っているからだろう。
半ば自分に言い聞かせるようにしながらも敷地内を進み……やがて建物のすぐ側まで到着する。
「てっきりまた新しいゴーレムが出るかと思ったんだけど、まさかあのウォーターゴーレムしか姿を現さないとは……これは少し予想外だったな」
「でも、苦労は少ない方がいいでしょう? ……あれだけ派手に戦ったんだから、もう研究所の中にいる連中には気が付かれていると思うけど」
連中、と。そう告げるリンディの表情は、苦々しげな色が強い。
研究所の中にいる者達が、アンヌを強引に奴隷にするようにガービーに依頼をしたのだと、そう理解している為だ。
当然ながら、リンディの怒りや憎しみは依頼をしたドーラン工房の者達だけではなく、実際にそれを実行したガービーに対しても向けられている。
とはいえ、ガービーに関してはレイがブルダンへ行った時に色々と手を打ったという話を聞いているので、ざまあみろといった感情の方が強いが。
敢えて不満なところを口にするとすれば、ガービーが破滅……とまではいかなくても、ブルダンにおける影響力が小さくなっていく過程を自分の目で見られないといったところか。
「リンディ、行くぞ」
「ええ」
短く言葉を交わし、二人は研究所に入っていく。
既にその態度は、忍び込むといったようなものではない。
堂々と乗り込むといったような表現が相応しいだろう。
レイとしては、出来ればこっそりと忍び込んで情報を聞き出したかったというのが正直なところなのだが、敷地内でウォーターゴーレムと戦ってしまった以上は、そのような真似を出来る筈もない。
(せめてもの救いは、後ろ暗いところのあるドーラン工房にしてみれば、誰かが侵入したといったような話を警備兵には出来ないってところか? ……まぁ、ドーラン工房がどこまで手を伸ばしているのかによっては、警備兵がドーラン工房に配慮するといったようなことにもなりかねないけど)
警備兵が敵に回る可能性を理解しつつも、レイはやはりその可能性は低いだろうと予想していた。
大鎌と槍を使っている侵入者……となれば、当然ながらすぐにでもレイだと特定されるだろう。
そしてレイだと判断すれば、当然ながらレイがドーラン工房のゴーレムを購入しようとする時に出した条件……クリスタルドラゴンという未知のランクSモンスターの素材を持っていると考えて、それを入手しようとしてもおかしくはない。
あるいは、血の刃に暗殺依頼をだしたように、ここでレイを殺すことが出来れば、ドーラン工房にとっては最善の結果となるだろう。
その辺りの事情を考えると、やはりここは自分達でどうにかするだろうと思えた。
「リンディ、多分ドーラン工房の錬金術師達は、何が何でも俺を殺そうとしてくる筈だ。……出来るだけお前に被害がいかないようにするけど、最低限自分の身は自分で守ってくれよ」
「ええ。……いっそ、別行動を取る? そうすれば私がレイの足を引っ張ることもないし、アンヌさんを捜す効率も上がるけど」
「やめておけ。あの、ウォーターゴーレムみたいなのが出て来たら、どうする? リンディが冒険者としてはそれなりの技量を持ってるのは分かるが、それでも勝てない相手はいる。それに……」
「レイ?」
途中で言葉を切ったレイにリンディが訝しげに尋ねるものの、レイはそれ以上は何も言わずに首を横に振るだけだ。
レイが少しだけした心配。
それは、もしかしたら血の刃の残党がここにいるのかもしれないということだった。
レイの暗殺を依頼した事実からも、ドーラン工房と血の刃に相応の繋がりがあったのは間違いない。
そうである以上、後ろ暗いところのあるドーラン工房の警備として雇われていてもおかしくはないし、そうして雇われていたおかげで風雪の襲撃から逃れられたという可能性もある。
あるいは、何とか風雪の襲撃から生き延びるか、何らかの理由で当時アジトにいなかった暗殺者がアジトに戻ってきたら血の刃が壊滅しており、血の刃と繋がりのあったドーラン工房に匿って貰っているという可能性も否定は出来なかった。
(別に匿って貰うのはドーラン工房じゃなくてもいいんだろうけど、ドーラン工房は現在のエグジニスの中では強い影響力を持つ。どうせ匿って貰うのなら、そういう相手の方がいいだろうし)
レイは改めて真剣な表情でリンディに視線を向け、口を開く。
「場合によっては、血の刃の生き残りがいる可能性もある。そうである以上、やっぱりリンディと別行動をするのは難しい」
「それは……」
リンディは反論出来ずに黙り込む。
実際、リンディが血の刃の暗殺者と戦おうとした場合、勝てるかどうかは微妙だろうとレイは判断する。
風雪によって潰された血の刃だが、エグジニスに存在する暗殺者ギルドの中ではそれなりに大規模だったのだから。
当然のように、そのようなギルドに所属する暗殺者と戦った場合、リンディが勝つのは難しい。
「分かったわよ」
リンディも渋々といった様子ではあるが、頷き……そして、レイはリンディと共に建物の中に入る。
「鍵が掛かってないのは、元々そうなのか、それとも俺達を内部に引き込む為なのか。……どう思う?」
「まさか、建物の鍵を意図的に開けているとは思えないし、そうなると多分私達……というかレイを誘き寄せるのが目的でしょうね。いえ、もしかしたらレイだけを特定した訳じゃなくて、侵入者は誰でも建物の中に誘き寄せようとしている可能性が高いかもしれないけど」
「そっちの可能性もあるのか。まぁ、どのみち俺達には中に入らないという選択肢はないけどな。行くぞ」
そう言い、レイは建物の中に入っていくと……
「嵌められた、か」
建物の中に入った瞬間、レイにはそれが理解出来た。
何しろ、扉の向こう側は大きな空間に……そう、例えば体育館とでも呼ぶべきような、そんな場所になっていたのだから。
そして、レイのそんな呟きが発せられると同時に、レイとリンディが入ってきた扉が自動的に閉じる。
当然だがレイの後ろにいたリンディが自分で閉めた訳ではない以上、扉も一種のマジックアイテムだったのだろう。
とはいえ、日本において自動ドアを知っているレイにしてみれば、扉が自動的に閉まる程度で驚くようなことはない。……レイが知ってる自動ドアはコンビニにあるような横に動くタイプで、今レイの後ろで閉まった扉は取っ手がついており、前後に開く形の扉であるという違いはあったが、結局のところその程度の違いしかない。
「さて、俺達をこうして中に誘き寄せたってことは、何か愉快な出し物でもあるんだろう?」
呟くレイの言葉に反応したかのように、不意に広い空間に幾つもの明かりが点灯していく。
突然の状況の変化にリンディは驚くものの、この建物の中の気配を察知していたレイにしてみれば、何人分かの気配があるというのは理解していたので、特に驚くようなことはない。
そして、そんな中で見えてきたのは……広い空間の中に、多数の……十匹以上のゴーレムがいるというものだった。
(そう言えば、今更の話だけど……錬金術師の作ったゴーレムも数え方は匹でいいのか?)
普通のモンスターは、基本的に匹で数えられる。
動物であれば、馬は一頭、二頭といったように数えられるものの、モンスターであればユニコーンやペガサスといったような馬のモンスターも一匹、二匹と数えられていた。
それと同じように、モンスターとして自然発生したゴーレムも一匹二匹と数えていたものの、ならば錬金術師が製造したゴーレムはどう数えるべきなのか。
そんな風に疑問に思ったものの……今はまず、ゴーレムの数え方よりも先に、やるべきことがあった。
「来るぞ。俺が基本的にゴーレムの相手をするから、リンディは自分の身を守っていて、余裕があったらこっちの援護をしてくれ」
「分かったわよ! 全く、まさかこんなことになるなんて……こんな真似をした連中、絶対に許さないんだから!」
リンディの半ばやけくそ気味な叫びを聞きながら、レイはデスサイズと黄昏の槍を構えつつ、ゴーレムに向かって突っ込むのだった。