2739話
レジェンド16巻、発売しています。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
どさ、と。そんな音と共にレイはリンディを背負ったまま地面に着地する。
空中を歩けるという効果を持つスレイプニルの靴というのは、戦闘においてもかなり使い勝手のいいマジックアイテムではあるが、それ以外の時でもこうして色々と使い勝手がいいのは間違いない。
そんなマジックアイテムを持っているからこそ、レイはこうしてドーラン工房の周囲を覆っている壁を跳び越えるといったようなことをしようと思ったのだ。
それも、単純に壁を跳び越えるのではなく、壁のかなりの高さを飛ぶといった形で。
単純に壁を跳び越えるというだけなら、それこそ壁のすぐ上に侵入者を察知するような仕掛けの類がないとも限らない。
それを思えば、今回のように空中を蹴ってかなりの高さまで行けば、さすがにそこにまで防犯設備の効果範囲は及んでいないだろうというレイの予想だったのだが……
「どうやら問題なかったみたいだな。……リンディ、下ろすぞ?」
レイは自分の背におぶさっているリンディにそう言ったのだが、何故か反応がない。
「リンディ? どうした?」
「……あんなに高くまで上がるとは、思っていなかったのよ……」
うんざりとした様子で呟くと、リンディはレイの背から降りる。
セトに乗って空を飛ぶのが普通になっており、更にはスレイプニルの靴もそれなりに使う機会のあるレイにしてみれば、高い場所というのは慣れている。
これで実はレイが高所恐怖症の類であれば怖いと思ったのかもしれないが……今の状況を思えば、そのような訳にもいかないのだろう。
そしてリンディはこの世界においては一般的な……そう、普通の冒険者でしかない。
空を飛ぶ機会というのは滅多になく、そういう意味ではレイにおぶられてとはいえ、あそこまで高い場所というのは経験がなかったのだろう。
(盗賊のアジトになっている山の頂上付近まで行けば……いや、それとこれとは話が違うか)
山の頂上と、レイにおぶわれて十m程の高さまで上がるというのは、どうしても意味が違ってくる。
「ほら、落ち着け。いつまでもこうやってじっとしている訳にはいかない。アンヌを助けるんだろ?」
「っ!?」
おぶわれている状況のリンディだったが、アンヌの名前を出すと即座に我に返る。
今の状況を思えば、アンヌは少しでも早く助け出したいと、そう思うのは当然のことなのだろう。
レイにしてみれば、ある意味でリンディを扱いやすくする魔法の言葉でもあったが。
「そうね。今は出来るだけ早くアンヌさんを助けないと。情報を集める意味でも、気合いを入れ直す必要があるわ」
そう言い、大きく深呼吸をするリンディ。
そうしながら、改めて視線の先に存在する建物を見る。
ドーラン工房の研究所、もしくは工房。ともあれ、今は少しでも早くその建物の中に侵入する必要がある、そんな建物を。
「よし、落ち着いたようなら行くぞ。……ただし、どんな罠があるのか分からない以上、俺が先頭になる」
リンディはそんなレイの言葉に否とは言えない。
リンディとしては、年下のレイを前にして進むのはどうかと思わないでもない。
しかし、純粋に冒険者の能力として考えればレイの方が上なのは間違いない。
そうである以上、リンディが何も言う様子はない。
そうしてレイはリンディを後ろにつれて進む。
とはいえ……
(罠がない? 壁の防犯設備に自信があったのか、それとも俺が見つけられないだけなのか)
周辺の様子を確認しつつ、レイはそんな風に思う。
周囲で何かが起きていないかと思うが、レイの目から見た限りでは特に何か異常はないように見える。
「レイ、どんな感じ?」
「マジックアイテムを使った防犯設備の類はないと思う。思うが……そうなると、また別の心配が必要になってくるな」
「別の心配?」
「ああ。もし俺が誰かの侵入を警戒するのなら、当然壁だけじゃなくて庭にも何らかの防犯装置を置く。ドーラン工房はエグジニスの中でもトップクラスの技術力を持つんだから、マジックアイテムを作るのも不可能じゃないだろうし」
そういうレイだったが、ドーラン工房のゴーレムが人の素材ありきの高性能であった場合、もしかしたら純粋なゴーレムの製造技術はそう高くないのかもしれないとも思う。
(その辺はロジャーに後で聞くべきだな。今、その辺を調べているらしいし)
人の素材を使った結果として、ゴーレムはどうなるのか。
それは気になるところではあったが、今はそれよりも防犯設備について考える方が先だと判断し、頭を切り替える。
あるいはゴーレムが人の素材ありきであった場合、防犯設備にも人の素材ありきという可能性もある。あるのだが……それでもレイの予想としては、マジックアイテムにまで人を素材にしたりはしないだろうと思えた。
だとすれば、敷地内に防犯設備がない理由としては……
「防犯設備があると、困る場合」
「え? それは……」
どういうこと? と、そうリンディが尋ねようとしたところで、その言葉が最後まで言われることはなかった。
ずしゃり、という重い何かが地面を踏み締める音がリンディの耳にも聞こえてきた為だ。
「ドーラン工房が作ったゴーレムの性能試験として、ここで暴れさせるとかだな」
「ちょっと待ってよ。幾ら何でも街中でゴーレムが本格的に暴れたりしようものなら、いくらこの周辺には人が少なくても……それが知られない訳がないでしょ!?」
叫ぶリンディだったが、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、口を開く。
「なら、近付いてきてるのは何だと思う? それに……色々と後ろ暗いことをしているドーラン工房だぞ? 音を周囲に聞こえないようにするようなマジックアイテムの類があっても、おかしくはないと思うが?」
「それは……」
レイの言葉に反論出来ず、リンディは黙り込む。
実際にアンヌの件や人を素材にしてゴーレムを作っているという噂、それ以外にも様々な状況証拠が、ドーラン工房が黒だと示している。
そうである以上、レイの言うように何かあった時……具体的には今のような状況で音を周囲に漏らさないようにしているということがあっても、おかしくはなかった。
そして……レイの説明を現すように、ゴーレムが姿を現す。
ただし、それは一見してゴーレムであると認識するのは難しいだろう。
何しろ身体が岩や土、それ以外の鉱石といったようなものではなく、水で身体が出来ていた為だ。
ウォーターゴーレムとでも呼ぶべきゴーレムではあったが……それを見てレイが驚いたのは、そのゴーレムの凄さというよりは奇妙さを理解してのものだ。
(あのゴーレム……見た感じだと、身体の中に特にそれらしい部品はない。魔石っぽいのはあるけど、それだけだ。どうなっている? ドーラン工房のゴーレムは、人を素材にしてるんじゃなかったのか?)
そう、それこそがレイが疑問に思った最大の理由。
レイが知っている限り……いや、予想している限りでは、ドーラン工房のゴーレムというのは人を素材として高性能を得ているという物の筈だった。
しかし、こうして見る限りではウォーターゴーレムの身体には、とてもではないが人を素材にしたような部品があるとは思えない。
(考えられるとすれば、魔石のある場所か?)
それは正確には魔石ではなく、魔石ではない何か。
そう理解出来るくらいには、ウォーターゴーレムの身体の中にあるそれは普通の魔石とはかなり違っていた。
今の状況を思えば、それにこそ人の素材が使われている可能性が高く……ある意味、これだけでも大きな収穫ではあった。
「リンディ、退避してろ!」
「え? ちょっ、レイ!?」
レイの指示に戸惑った様子を見せるリンディだったが、レイはそんなリンディは全く気にした様子もなく、ウォーターゴーレムに向かって突っ込んでいく。
当然、ウォーターゴーレムも自分に向かって近付いて来るレイを敵と認識したのか、右腕を振るってレイに振り下ろしてくる。
液体で身体を構成している以上、別に人型ではなくてもいいのでは? と、そんな風に思いつつ、レイは相手の一撃を回避する。
大振りの一撃だけに、レイも回避するのは難しい話ではなかった。
そうして自分のすぐ側にあるウォーターゴーレムの腕をデスサイズで斬り裂くが……その切断面は、あっさりと繋がってしまう。
その様子を見ても、レイは特に驚かない。
恐らくそうなるだろうという予想をしての一撃だったのだから。
デスサイズで水を斬っても、当然ながらそれはダメージとはならない。
しかし……それはあくまでも相手が普通の水であればの話だ。
現在レイが戦っているウォーターゴーレムは、身体の大分が水で出来ているものの、あくまでもゴーレムである以上、その身体は普通の水で出来ているといったようなことはない。
「なら、これで!」
繋がった腕がそのまま横薙ぎに振るわれるのをしゃがんで回避し、左手の黄昏の槍でウォーターゴーレムの胴体を突き、右腕のデスサイズで胴体を切断する。
ただし、その一撃は双方ともにただ攻撃したのではなく、双方の武器に魔力を流しての一撃だ。
瞬間、風船が破裂するような音と共にウォーターゴーレムは破裂する。
「うおっ!」
今の一撃で倒せるだろうと思ってはいたレイだったが、それでもまさかいきなり破裂するというのは予想外だった。……それでもウォーターゴーレムが破裂すると思った瞬間には地面を蹴って素早く移動しており、それによってウォーターゴーレムを構成していた水で濡れるといったようなことがなかった辺り、異名持ちのランクA冒険者に相応しい実力の持ち主であるのは間違いないだろう。
「レイ!?」
そんなレイの様子に、離れた場所から悲鳴のようにレイの名前を呼ぶリンディ。
月明かりくらいしか光源がなく、夜目が利く訳でもないリンディにしてみれば、ウォーターゴーレムの放った何らかの攻撃によってレイが吹き飛ばされたようにしか見えなかったのだろう。
「大丈夫だ!」
リンディにそう声を掛け、デスサイズを持ち上げて自分に問題はないと示す。
その言葉を証明するかのようにすぐにレイは動き出す。
向かうのは、ウォーターゴーレムのいた場所。
ウォーターゴーレムの身体を構成していた水は、レイの魔力を纏ったデスサイズと黄昏の槍の一撃によってあっさりと破壊されたものの、モンスターとしてのゴーレムの中では魔石と同じ役割をした部品は、もしかしたらまだ無事ではないかと思っていたのだが……
「駄目か」
レイの魔力が予想以上だった為か、もしくは機密保持として最初からそうなるようになっていたのかはレイにも分からなかったが、その部品は木っ端微塵という表現が相応しい状態となっていた。
「出来れば欲しかったんだけどな」
このウォーターゴーレムもドーラン工房製のゴーレムである以上、人が素材として使われている可能性は高い。
しかし、ウォーターゴーレムの体内には部品らしい部品は魔石代わりの物しかなかった。
そう考えると、人を素材として使うのに必要な装置は魔石代わりの物……もしくはそこに含まれている可能性が高かった。
そうである以上、出来れば入手してドーラン工房のゴーレムを解析しているロジャーに渡したかったというのが正直なところだ。
「取りあえずヒントを手に入れただけでもよしとしておくか」
「どうしたの?」
ウォーターゴーレムの残骸を見て呟くレイに、近付いてきたリンディが尋ねる。
いきなり姿を現したゴーレムに驚き、リンディは何故レイがそこまで不思議に思っているのかが理解出来なかったのだろう。
「いや、このゴーレムだが妙だと思わないか? 普通に考えた場合、ドーラン工房のゴーレムだぞ? だとすれば……」
「っ!? 人を素材に!?」
「正解だ。だが、戦ってみたところでそれらしい部品っぽいのはなかった。もっとも、魔石の代わりの部品があったから、もし人を素材にした部品があるのなら、そこにあったんだろうけど……向こうもそれが分かっている為か、いざという時にはあっさりと破壊出来るようにしてあったらしい」
実際にはレイの魔力による攻撃で破壊されたという可能性も否定出来ない……どころか、その可能性の方が高かったのだが、レイはそれについては取りあえず言わないでおく。
ドーラン工房の中に入れば、同じようなゴーレムがまた襲ってくる可能性が高い以上、そちらから情報を入手出来るといった可能性は十分にあったのだから、そちらに期待しての事だ。
とはいえ、今回ドーラン工房に侵入したのは、あくまでもアンヌを助けるのが最優先、という事もあったのだが。