2738話
レジェンド16巻、発売しています。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
エグジニスの中でも夜になって人の少なくなった場所の一つが、ドーラン工房の周辺だった。
元々ドーラン工房との取引においては、工房のある場所に直接行くのではなく、別に事務所が用意されており、そこでゴーレムを購入したいと申請したり、あるいは特殊な素材を入手したから売りたい、もしくは材料の搬入の手続きが行われている。
(考えてみれば、人を素材にしてゴーレムを製造していたからこそ、ドーラン工房の錬金術師達にしてみれば、工房に人を近づけたくなかったのかもしれないな)
視線の先に存在するドーラン工房を見ながら、レイはそんな風に思う。
ドーラン工房にしてみれば、人を素材にしてゴーレムを製造しているのが事実なら、絶対にそれは人に知られたくないだろう。
だからこそ、関係者以外がドーラン工房に来る必要性を少しでも少なくする為に、事務所を離れた場所に用意するというのはレイにとっても強く納得出来ることだった。
だが、それはつまりドーラン工房は最初から人を素材としてゴーレムを作るという行為を前提にしていた、ということを意味してもいるのだが。
「さて、こうして見た感じだと、特に普通の工房と違うようには見えないが……どう思う?」
「そうね。私もこの辺りまでは何度か来たことがあるけど、こうして見ている限りでは特にどうという風には思えないわ。けど……それはそれで、ちょっと疑問でしょう? 人に知られたくない……後ろめたいことがあるのなら、当然だけど中に入られないようにするといったようにはしてると思うんだけど」
「だろうな。特にドーラン工房は現在のエグジニスの中では最高の技術を持つ工房だ。その技術を盗もうとして、他の錬金術師が……といったような可能性も否定は出来ない」
勿論、その場合は錬金術師本人が来るのではなく、錬金術師の雇った者が忍び込もうとするのだが。
(もしかしてエグジニスにあそこまで多数の暗殺者ギルドがあるというのは、その辺も関係しているのかもしれないな。……もう行動は暗殺とかじゃなくなってるけど)
とはいえ、風雪や血の刃は分類上こそ暗殺者ギルドということになっているし、実際に暗殺の依頼も多いが、それ以外にも汚れ役のような依頼もあるというのを風雪の者に聞いた覚えがあった。
それを思えば、工房に忍び込んで技術を奪うといったような依頼があっても、おかしくはなかった。
(問題なのは、暗殺者ギルドの奴に技術を盗めと言われてもそれを奪うような真似が出来るかどうかだけど)
レイがゴーレムの内部を見ても分からないように……そしてロジャーが人を素材にして能力が上がるのかどうかとドーラン工房のゴーレムを調べてすぐには分からなかったように、技術を盗むと言っても、そう簡単には出来ない。
適当に盗んできたのが、依頼人が欲しかった技術なのか。
あるいは、技術書の類があればまた話は別だろうが、そう簡単に出来ることではない。
「レイ、どうするの?」
今回の一件の主導権はリンディにあるのだが、それでも冒険者としての経験ではレイの方が上だ。
……単純に冒険者になってからの時間では、レイとリンディはそう大差がない。
あるいは、リンディの方が長い可能性もあった。
しかし、レイは多くの……それこそ普通の冒険者なら一生で経験する以上のトラブルに巻き込まれてきた。
また、レイの身体がゼパイル一門の技術によって作られているということもあり、セト程ではないにしろ鋭い五感を持っているので、何らかの罠の類があれば見破れる可能性がある。
少なくても、リンディは自分よりレイの方がその手の行動は得意だろうと、そう理解していたし、実際にそれは間違っていない。
「うーん、そうだな。こうして見る限りだとそれっぽい罠が幾つかある。あるけど……それがどういう役目なのかはちょっと分からないな」
あるいは、これ見よがしに用意されている罠の類は、もしかしたフェイクではないかという予想もある。
実際、日本にいた時に見たTV番組において、車にドライブレコーダーがついているといったステッカーが貼ってあったり、盗難防止装置がついているというステッカーが貼ってあるだけで、車関係のトラブルは少なくなるというのを見たことがあった。
実際にはそれらの装置がついておらず、ステッカーがあるだけで、十分効果があるのだ。
それを考えれば、この世界においてもこれ見よがしにそれらしい装置を設置しておきながら、実は張りぼてでしかないといったような可能性も否定は出来ない。
そう思ったレイだったが、すぐに首を横に振ってそれを否定する。
普通の……それこそ中堅どころといった程度の工房であれば、そのような真似をしてもおかしくはない。
だが、ここは現在エグジニスの中でも最高の技術を持つ、ドーラン工房なのだ。
その上、人を素材にしてゴーレムを作っているといった可能性も高い以上、当然だが中には部外者に見せてはいけないような物も多数あるだろう。
そうである以上、装置の類は全て本物であると考えてもいい。
ドーラン工房は多くのゴーレムを売り上げており、資金的に余裕がある以上、侵入者に対抗する為の設備でしっかりと本物を使っている可能性は非常に高い。
「装置があるなら、どうするの? このまま強引に突入する?」
尋ねながらも、リンディの視線はもし突入しないで帰ると言った場合は絶対に許さないといったように示していた。
そしてレイもまた、当然ながらこの状況で建物の中に入らないという選択肢は存在しない。
「突入する。ただし、ドーラン工房の連中には出来るだけ見つからないようにしたい。見つかってしまえば、中にいる奴を捕らえて情報を聞き出すといったような真似も出来ないしな」
「そうね」
レイの言葉に少し不満そうではあったが、リンディが頷く。
ドーラン工房はかなり広い建物で、警備装置の類も充実している。
そうである以上、アンヌがどこにいるのかは自分達で捜すよりも職員か誰かを捕らえて話を聞いた方が手っ取り早いだろう。
リンディもそれが分かっているからこそ、レイの言葉に素直に頷いたのだ。
勿論、本当にどうしようもなくなった場合は、可能な限り暴れてアンヌを捜そうとするだろうが。
「問題なのは、奴隷の首輪がどうなってるかだよな。場合によっては、かなり強引な手段を使わないといけなくなるぞ」
奴隷の首輪は奴隷の証であり、所有者の命令に従わせるといった効果を持つマジックアイテムだ。
もしアンヌの主人として設定されたドーラン工房の者が、決してその場から動くなといったようなことであったり、ドーラン工房の敷地内から外に出るなといったような命令をしていた場合、アンヌはそれに逆らうことは出来ない。
強靱な精神や身体能力、魔力といったものがあれば奴隷の首輪にも対抗は出来るのだろうが……レイが知っているアンヌという人物は、性格的には立派であっても、奴隷の首輪を防げるような能力は持っていない。
そうなると、奴隷の首輪を解除するか、壊さないといけない。
とはいえ、当然の話だが奴隷の首輪は奴隷に対する枷である以上、そう簡単に壊れるようには出来ていない。いないのだが……レイの場合は、デスサイズを使えば多少強固な作りであっても、それを破壊するのは難しい話ではない。
「分かってるわ。全く……もしアンヌさんに奴隷の首輪をつけて、妙な命令を出しているような奴がいたら、どうしてくれようかしら」
そう告げるリンディの視線は、お世辞にも穏やかとは呼べず……寧ろ凶悪という表現が相応しかった。
レイもその言葉の意味は分かってるので、セトの頭を軽く撫でてから口を開く。
「セト、俺達がいなくなったら隠れていてくれ。そして誰か危なそうな奴が来たら……そうだな、自分の判断で行動してもいいから、よろしく頼むな」
「グルゥ!」
普通なら従魔に全てを委ねるというのは危険な行為だ。
しかし、セトは高ランクモンスターのグリフォンであり、魔獣術によって生み出された存在でもある。
それだけに、このような状況でも自分で判断出来る能力を持っていた。
とはいえ、セトの精神年齢的にはまだ遊びたい盛りの子供といったところなのだが。
「グルゥ!」
任せて! と喉を鳴らすセト。
そんなセトに再度頼むと小さく言ってから、レイはリンディに視線を向ける。
先程の凶悪な表情が消えていたリンディは、レイの視線を受けて頷く。
これからドーラン工房に忍び込むと、そう理解したのだろう。
周囲に誰もいないのを確認し、建物を覆っている壁の近くまで行く。
(問題なのは、この壁にある防犯装置がどういう効果を持つマジックアイテムか、なんだよな。……警報を鳴らすとかじゃなくて、何らかの手段で攻撃してくるとか、そういうのだといいんだけど。いや、壁に触れなければ察知しないとか、そういうタイプの可能性もあるのか)
そう思いながら、レイはリンディに話し掛ける。
「さて、これから忍び込む為に壁を越える訳だが、当然のように壁にも何らかの防犯用のマジックアイテムがあると思って間違いない。けど、そういうのは大抵が一定以上の重量が掛かったりとか、人影だったり、熱だったり……そういうので発動する可能性が高い」
レイの説明に、リンディは壁を見ながら頷く。
その辺の知識に関しては、リンディもそこまで多くを持っている訳ではない。
そうである以上、レイの説明にそういうものかと納得することしか出来なかった。
リンディはまだマジックアイテムを自由に購入出来るような、金銭的な余裕はないのだから、当然かもしれないが。
「そんな訳で、まずは壁に触れないで向こう側に渡る。それもちょっとやそっとの高さじゃなくて、かなりの高さからな」
「それは分かったけど……どうやって移動するの? レイはともかく、私はそんなに高く跳べないわよ?」
「だろうな。俺だってマジックアイテムを使わないと、そんな真似をするのは無理だ。そんな訳で……お姫様抱っこ、お米様抱っこ、おんぶ……どれがいい?」
「お姫様抱っことおんぶは分かるけど、お米様抱っこって一体何よ?」
米がない……少なくても一般的ではない以上、レイの口からお米様抱っこといったような言葉が出ても、それは理解出来なかったらしい。
「簡単に言えば、リンディを肩に担いで移動する方法だな」
「……それだと女云々じゃなくて、完全に荷物扱いじゃない」
お米様抱っこの説明に、不満そうな様子を見せるリンディ。
ゴライアスに恋しているリンディとしては、別にレイに女として見て貰いたい訳ではない。
しかし、女以前に荷物として扱われるのはさすがにプライドが傷つく。
勿論、他にどうしようもないのなら、そのような真似も受け入れるのだが、幸いにも現在は他にリンディを運ぶ手段が幾つかあり……
「いっそ、セトに乗せて貰って移動すればいいんじゃない?」
「忘れたのか? 俺一人ならともかく……もしくはカミラのような子供ならともかく、大人を連れてはセトは飛べないんだよ。まぁ、リンディがセトの前足にぶら下がってなら、何とかなるかもしれないけど」
足にぶら下がるという言葉に、リンディは嫌な顔をする。
セトの背に乗って空を飛ぶのならまだしも、足にぶら下がって空を飛ぶとなると、あまりやりたくない。
また、セトが空を飛ぶとなると、ある程度の助走距離が必要となり、その上で一旦それなりの高度まで上がり、その状況で地上すれすれに降下してきて、そこにリンディが掴まるといった形になるので、レイがリンディを運ぶよりも絶対に目立つ。
この周辺に人がいないのは間違いないが、セトが空を飛ぶような真似をした場合、当然ながらそれは遠くからでも見ることが出来るし、一体どれだけの人数に見られるのかが分からない。
今は夜なので、日中と比べて明かりが少なく、そのおかげで見つかる可能性は低いのがせめてもの救いか。
また、日中と違って現在は酔っ払っている者も多いので、そういう意味でも見つかりにくいだろう。
あるいは酔っ払いが飛んでいる何かを見たといったところで、普通に考えてそれを信じるような者は少ないだろう。もしくは、酔っ払い本人もすぐに自分の言ったことを忘れてもおかしくはない。
そんな風に考えつつ、レイはリンディにどうやって運ばれる? と改めて視線を向け……最終的にリンディは、おんぶを選ぶ。
お姫様抱っこは恋する乙女的に、ゴライアスにならともかくレイにはしてもらいたくなく、お米様抱っこは荷物扱いで許容出来ず……結果として選んだのが、せめて人間扱いされるおんぶだった。