2737話
レジェンド16巻、発売しています。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
マルカとニッキーがレイの部屋にやって来たのは、ある意味で都合がよかった。
何しろ、レイとリンディが夜になったらドーラン工房に忍び込む以上、カミラを誰かに預ける必要があった為だ。
カミラは自分もレイ達と一緒にドーラン工房に向かうつもりだったが、当然ながらレイやリンディは連れていくつもりがなかった。
そんな中で、タイミングよくマルカ達がやって来たのだから、カミラの面倒を見るように頼むのは当然の話だった。
「そんな訳で、俺達がドーラン工房に行ってる間、カミラを見ていて欲しいんだけど、構わないか?」
「引き受けよう」
「……随分とあっさり引き受けるんだな」
レイにしてみれば、カミラの一件をこうまであっさりと引き受けて貰えるというのは、少し予想外だった。
勿論、それしか手段がない以上、どうしてもマルカに引き受けて貰う必要はあったのだが……もう少し交渉のようなことをする必要があるとばかり思っていたのだ。
しかし、実際にはこうしてあっさりとレイからの要望を聞いて貰えたのだから、それを疑問に思うなという方が無理だろう。
だが、レイの言葉にマルカは不満そうな様子を見せる。
「妾とて、色々と考えてはおる。このエグジニスに来たのも、ドーラン工房のゴーレムを求めてじゃしな」
マルカにしてみれば、クエント公爵家を代表してドーラン工房のゴーレムを欲し、こうしてエグジニスに来ているのだ。
だというのに、そうして入手したゴーレムが人を素材としており、ましてや盗賊のような存在だけならともかく、何の罪もない者を陥れて奴隷にし、素材としているとなれば、許容出来るものではない。
もしそのような手段で製造されたゴーレムを購入し、それを他の者達に知られたら……それはクエント公爵家の名誉を汚す行為に他ならない。
そういう意味では、今までドーラン工房のゴーレムを購入していた者達にしてみれば、今回の一件が公になった場合は面目を失うようなものなのだが。
「なら、甘えさせて貰うよ。ニッキーもいいのか?」
「いいっすよ。お嬢様一人を守るのと、それに一人追加された程度ですし」
普通なら、護衛対象が一人から二人に増えるというのは護衛をする者にしてみれば大きな負担となる。
だが、ニッキーはマルカの護衛をしているのを見れば分かるように、クエント公爵家の擁する戦力の中でもかなりの腕利きだ。
ましてや、マルカも同年代の子供は勿論、大人を相手にしたところで魔法の実力に限っては互角以上に戦えるだろう。
そうである以上、ニッキーの護衛する対象にカミラ一人が加わったところで、そこまで負担ではない。
「なら、取りあえず……腹が減っては戦は出来ぬとも言うし、食堂で何か食べるか」
「ふむ、腹が減っては戦は出来ぬか。初めて聞く言葉じゃが、真理ではあるな。もっとも、レイと一緒に行動していれば、飢餓でどうしようもなくなるなどといったようなことは、まずないのだろうが」
マルカの言葉が、ベスティア帝国との戦争の一件の示しているのは明らかだった。
実際、レイのミスティリングの中にはかなりの量の食料が入っているので、レイと一緒に戦争に参加しても、飢えるといった心配はまずしなくてもいいだろう。
とはいえ、レイが戦争に出た場合、それこそレイとセトがいるだけでどうにかなってしまい、そもそも戦争として成り立たないといった可能性の方が高いのだが。
「そう言って貰えると嬉しいけど、どうせならここの食堂で食べた方がいいだろ。折角美味い料理があるんだから」
ミスティリングに入っている料理も当然ながら出来たてを保存しているので、それを取り出せば普通に美味い料理なのは間違いない。
ましてや、収納されているのはレイが食べて美味いと判断した料理なのだ。
だが、その料理はいつでも食べられるのに対して、星の川亭の食堂で食べる料理は今だけしか食べられない。
そんな訳で、レイは他の皆と共に食堂に向かうのだった。
「さて、そろそろいい時間だな」
食堂で夕食を食べ、部屋に戻ってきて食休みが終わった頃にレイが呟く。
窓から外を見れば、そこには月や星が浮かんでいるのが見える。
夜空には多少の雲が見えるものの、基本的には天気がいい。
(いや、夜の空を見て天気がいいって表現はどうかと思うけど)
リンディもレイの言葉に窓から空を見ると、頷く。
「そうね。じゃあ、そろそろ行きましょう。こっちの準備はいつでもいいわ」
「リンディ姉ちゃん……」
「カミラ、アンヌさんは私が助けてくるから、ここで大人しく待っていてね」
カミラにそう言い聞かせるリンディ。
しかし、カミラはそんなリンディの言葉に不満そうな様子を見せつつも黙り込む。
カミラとしては、今でもやはり自分も一緒にドーラン工房に行きたいとは思っているのだろう。
しかし、懇々と説得された身としては、自分が行っても足手纏いになるだけだと思っているのだろう。
……ここでカミラが一目惚れしたマルカと一緒に待っているというのに魅力を感じていない訳ではないのだろうが。
「レイ、お主のことじゃから問題はないと思う。しかし、相手はドーラン工房じゃ。何をしてくるのか分からん以上、くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
「レイの兄貴のことっすから、大丈夫だとは思うっすけど……本当に気をつけて下さいね」
マルカとニッキーがそれぞれに告げてくる言葉にレイは大丈夫だと言葉を返し、リンディと共に宿を出るのだった。
「やっぱりまだ大通りには結構な人数がいるな」
「グルルルゥ」
レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。
そんな一人と一匹の横ではリンディが呆れと不満の込められた視線をレイに向けていた。
その理由としては、これからドーラン工房に忍び込むというのに、セトを連れている為だろう。
「ちょっと、レイ。何でセトを連れてきたの? 思い切り目立ってるんだけど?」
レイがエグジニスに来てから、多少の時間は経つ。
だが、多少の時間ではセトをまだ見たことがない者がいるのも、間違いのない事実なのだ。
それだけに、セトを珍しがって見ている者が多い。
宵の口といった辺りで泥酔している者は少ないので、セトを連れているレイに絡んでくるような者はいなかったが。
そんな状況ではあるが、これからドーラン工房に忍び込むというのに、こんなに目立ってどうするというのが、リンディの不満の原因だった。
あるいは、セトが施設に侵入するのに向いているような、そんなモンスターであれば、まだ納得も出来ただろう。
だが、全長三mオーバーのセトは、普通の入り口から建物の中に入るのも難しい。
場合によっては、サイズ変更のスキルもあるのだが、生憎とリンディはそれを知らない。
いや、知っていても、サイズ変更はまだレベルが二でそこまで大きく大きさを変えられないし、時間制限もある以上、ドーラン工房の侵入には向いていないのだが。
勿論、リンディもセトが高ランクモンスターであるというのは知っているし、盗賊との戦いにおいてその実力を多少なりとも見ているので、戦闘力に関しては何も不満はない。
しかし、これから行うのはあくまでも侵入という行為なのだ。
そうである以上、セトがいても一緒に建物の中に入るような真似は出来ないし、建物の外にセトがいれば当然ながら目立ってしまう。
その辺の事情を考えれば、セトを連れていく意味はないようにリンディには思えた。
敢えて理由を考えるとすれば、それこそセトの存在によって多くの者が集まり、それがドーラン工房に対する陽動になるのではないか、と。そんな風に考えるくらいか。
とはいえ、実際にそのようなことをするよりもっと別の方法があるとリンディには思えたが。
「目立ってるのは大通りを進んでいるからだろ。ドーラン工房の近くに行けば、この時間ならあまり人はいない筈だ」
「だからってセトを連れていく必要は……」
「グルゥ……」
リンディの言葉を聞き、セトは悲しそうに喉を鳴らす。
一緒に行っちゃ駄目? と、そう円らな瞳で見られると、リンディも思わず一緒に来てもいいと、そう言いそうになるが、それを我慢して口を開く。
「目立たなくても、誰かに見つかれば間違いなく騒ぎになるわよ? なのに何でセトを連れていくの?」
「そうだな。幾つか理由があるが……セトは五感が鋭い、それもちょっとやそっとではなく、グリフォンに相応しいくらいにな」
「グルゥ!」
先程の悲しそうな様子は何だったのかといったように、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
「それは……まぁ、分かるけど。でも、セトは工房の中に入ることが出来ないのは同じでしょ? なら、結局意味がないと思うんだけど」
「セトは人に見つからないようにするのも上手いから、特に問題はないと思う」
実際には光学迷彩のスキルがあるからこそだが、それがなくても高ランクモンスターだけあって気配を消すといったようなことは普通に出来る。
また、現在は夜なので建物の陰に隠れれば、そう簡単に見つかるようなこともない筈だった。
「それでも、結局建物の中に入ることが出来ないのなら、それは意味がないじゃない」
リンディも、決してセトを嫌っている訳ではない。
しかし、今はアンヌを助けられるかどうかといった瀬戸際なのだ。
そうである以上、リンディとしては見つかる可能性の高いセトを連れていくという選択肢は存在しなかった。
「建物を捜索している間に、外から援軍が来た場合とかはセトにその対応を任せられる。それに……いざとなったら、本当にいざとなったらの話だが、建物から脱出する時にセトに頼る可能性もある。万が一の話だけどな。ただ、アンヌを助け出すことが出来ても、アンヌを庇いながら移動するのは難しいだろ?」
アンヌは孤児院の職員で、子供達と遊ぶことや日々の家事によって相応の体力はある。
だが、それはあくまでも日常生活についてのものであって、捕らえられている状況から逃げ出すような体力があるかどうかは微妙だろう。
また、奴隷として連れて来られた以上どのような扱いをされているのかも分からない。
どうせ素材になるからということで厳しい環境にいた場合、逃げるにもそもそも体力がない可能性は否定出来なかった。
「セトが? ……そう。ならしょうがないわね」
レイの説明にリンディは納得した様子を見せる。……それでもまだ完全に納得した訳ではなかったが。
リンディの態度はレイにも理解出来たが、取り合えず納得したのならと、それ以上突っ込むような真似はしない。
「それで、アンヌの件だが……」
レイの口からアンヌの名前が出ると、リンディの表情は厳しくなる。
「アンヌさんがどうしたの?」
「可能なら今日中に見つけ出して連れてきたいが、それが無理な場合のことも考えておく必要がある。俺達が忍び込んだ場所にアンヌがいるか、もしくは残っている誰かがアンヌの居場所を知ってるのならともかく、そうでない場合は今夜中にアンヌを助けるのは難しくなるだろ」
「それは……」
当然ながら、リンディもレイの言葉は理解出来る。理解出来るものの、それで納得出来るのかどうかというのは、また別の話だったが。
「そうなった時は、どうする?」
「……何でそれを私に聞くの?」
「今回の一件、俺はこうしてリンディと行動を共にしているのは間違いないが、結局のところ主導権を持ってるのはリンディだからだよ」
レイもアンヌに対しては好意を抱いている。
しかし、レイとアンヌの付き合いは短い。一日どころか、数時間程度の付き合いでしかないのだから当然だろう。
そんなレイと比べると、リンディとアンヌはそれこそ年単位の付き合いなのだ。
それも恐らくは一緒に孤児院で寝起きしていたのだろうと、そう思える相手。
そうである以上、レイとしては今回の一件の主導権はリンディにあると、そう認識していた。
「それは……」
レイの言葉に、リンディは何も言えなくなる。
レイの実力を考えれば、それこそ今回の一件で主導権を握るのが自分なのはおかしい。
そう思いもするが、それ以上にアンヌを助ける際の行動で自分が主導権を握るというのは嬉しくもなる。
同時に、自分のミスがアンヌを助けられるかどうかを決めるということに直結するのだと考えると、思うところがない訳でもなかったが。
「安心しろ。何かあったら俺も協力する。ともあれ、まずはドーラン工房に忍び込んで、そこに残っている奴から情報を聞き出すのが最優先だな。……残ってる奴がいるといいんだが」
「それはいるでしょう? ……いない場合は、どうするの?」
「そういう時は、書類とかから情報収集をするしかないだろうな」
そんな会話をしつつ、二人と一匹はドーラン工房に向かうのだった。