2736話
レジェンド16巻、正式な発売日となりました。
この時勢、外にあまり出歩けないので、レジェンド16巻で少しでも楽しんで貰えると嬉しいです。
4万文字オーバーの追加エピソードもありますので、続刊に繋げる為にも是非とも応援よろしくお願いします。
取りあえず荒ぶる様子を見せたリンディを落ち着かせることにしたレイだったが、だからといって今回の一件でどう動くのかといったことを考える必要があった。
アンヌの件もあり、ここで動かないという選択肢はない。
ドーラン工房がどのような理由でアンヌを奴隷として欲したのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもドーラン工房の人を素材にしているという噂を考えれば、そこに繋げるのは難しい話ではなかった。
そしてアンヌがいつゴーレムの素材にされるのかといったようなことは、現状では分からない。
そうである以上、レイとしては素早く行動に移る必要があるのは間違いなかった。
もしここで動きが遅くなり、その結果としてアンヌがゴーレムの素材とされてしまっては、レイにとっても決して看過出来ないことになるのは事実なのだから。
「けど、もう数時間待て。夕方ともなれば、当然だが工房の方でも人が活発に動いている筈だ」
「でも……いえ、分かったわ」
頭に血が上っているリンディではあったが、それでも現在の自分の状況についてはしっかりと理解しているのだろう。
本当に渋々といた様子ではあったが、それでも結局はレイの言葉に頷く。
リンディも今ここでドーラン工房に攻め入った場合、それがどうなるのかは分かったものではないと理解出来たのだろう。
今の状況を思えば、それこそ最悪の結果が待っている可能性も高いのだから。
……だが、自分達が動くのが遅れた影響でアンヌを助けられなかったといったようなことになったら、それこそ許容出来ない。
それが分かっているだけに、出来るだけ早くドーラン工房に攻め入りたいと思うのは当然だった。
また、ドーラン工房に攻め入ればゴライアスの手掛かりを見つけられるかもしれないというのも大きい。
「問題なのは、本当に工房にアンヌがいるかどうかだな」
「どういう意味?」
レイの呟きに、リンディは鋭い視線を向ける。
話が理解出来ず、二人の様子に黙って成り行きを見守っているカミラですら、思わず怖がってしまうような、そんな鋭い視線を。
それこそまるで敵に向けるかのような、そんな視線だ。
「落ち着け。頭に血が上っていて、まともな考えが出来なくなっているぞ。よく考えてみろ。普通に考えて、人を素材にするといったような真似をしている場合、誰でも行ける場所でそんな真似をしていると思うか?」
「それは……」
レイの言葉でようやく少しは落ち着いたのか、リンディが大人しくなる。
同時に、視線もまたレイに対して厳しいものではなくなっていた。
「だろう? そうなると、ドーラン工房に忍び込むにしても、まずやるべきなのはその場所を突き止めることだ。具体的には、ドーラン工房の職員……出来ればその辺について詳しい技術者を捕らえて情報を引き出す必要がある」
ドーラン工房を襲うのはともかくとして、その結果として何も情報を引き出すような真似が出来ない場合、間違いなくレイ達はドーラン工房から警備兵に通報され、追われることになる。
そうなった場合、レイの方はそれこそ最終的には一旦エグジニスから出て、ギルムに戻って、そこで色々と手を打つといったような真似も出来るが、リンディはそうはいかない。
いや、最悪リンディやカミラだけならセト籠に乗せて逃げ出すといった真似も出来るが、ブルダンにある孤児院はそのような真似は出来ない。
そうである以上、ここで失敗するといった真似は絶対に出来ないのだ。
「そうね。どうにかして情報を聞き出して、アンヌさんを助ける必要があるわ」
「ああ。手掛かりなしといった真似には出来ない。そうである以上、こちらとしてはどんな手段も使う必要がある。それこそ、尋問……いや、拷問でもな」
「……ええ」
拷問と言われるのはリンディにとっても予想外だったのか、数秒沈黙した後で改めて頷く。
そうして覚悟を決めたリンディだったが……ここで、予想外のことが起きる。
いや、ある意味では予想通りではあるのかもしれなかったが。
「うん、拷問だろうとなんだろうと、俺はやるよ。アンヌ姉ちゃんを助けるんだ!」
レイとリンディの話を聞いていたカミラが、そう言ったのだ。
え? と、レイとリンディは二人揃ってそんな間の抜けた声で呟く。
当然ながら、二人共カミラを連れていくといったようなことは全く考えていなかったためだ。
ドーラン工房で待っているだろう騒動を思えば、ここでカミラを連れていくのは、それこそ自殺行為に等しい。
カミラがいても間違いなく戦力にはならないだろうし、それどころか足を引っ張るだけになるだろう。
場合によっては、レイ達がドーラン工房の技術者を尋問している最中に、カミラが向こうの人質になる……といった可能性も否定出来ない。
「何を言ってるんだ? カミラはここに残って貰うぞ」
「そんな! 何でだよ!」
レイの言葉に、カミラは信じられないといった様子で叫ぶ。
レイとリンディの話を聞いていた以上、カミラは間違いなく自分も一緒にドーラン工房に行けると、そう思っていたのだろう。
「当然でしょ。カミラは子供の中では強いかもしれないけど……足手纏いなのよ」
「そうだな。狼を相手にして殺されそうになっていたことを忘れたのか? これから行く場所には、あんな狼とは比べものにならないような強敵がいるんだぞ?」
それは、嘘偽りのない事実だ。
ドーラン工房ではエグジニスにおいて最高のゴーレムを作っている以上、当然ながら警備にもゴーレムを使っていると思っていいだろう。
レイはドーラン工房のゴーレムが具体的にどのくらいの強さなのかというのは分からない。
わざわざ人間の素材を使っている以上、相応の強さを持っているのは間違いないだろう。
実際にそのゴーレムの性能が高いからこそ、エグジニスにおいても現在は最高の工房と呼ばれているのだから。
とはいえ、レイがロジャーから聞いた話によると、人間を素材にしてもそこまで高い性能を出せる筈がないと言われていたのだが。
その辺りに関しては、結局のところ実際に戦ってみるまで、その性能は分からない。
だが、以前レイがエグジニスの近くで見たストーンゴーレムは盗賊を蹂躙していた。
そのようなゴーレムでも、ドーラン工房のゴーレムには及ばないのだ。
そんな場所にカミラを連れていける筈もない。
「リンディでさえ、正直危ない場所なんだ。そんな場所にお前を連れていったら、どうなるか……それこそ、考えなくても分かるだろ?」
「それは……」
レイの言葉に、カミラは悔しそうな表情を浮かべる。
自分もアンヌを助けに行く気満々だったというのに、それが駄目と言われたのだから、落ち込むのも当然ではあった。
とはいえ、この件に関してはレイも退く気はない。
レイだけではなく、リンディもまたカミラを連れていく気は一切ないだろう。
「一応言っておくが、俺達が出て行ってからこっそりと来るといったような真似もなしだぞ。そういうことをした場合、俺やリンディはそっちに気を取られることになって、その結果お前のせいでアンヌが死ぬといったようなことになる可能性もあるんだからな」
「……うん」
強気な性格をしているカミラも、さすがに自分のせいでアンヌが死ぬかもしれないと言われれば、レイが言うような真似をする訳にはいかない。
「なら……ん?」
何かを言おうとしたレイだったが、不意に扉の方を見る。
リンディとカミラは、何故いきなりレイが話すのを止めたのかと、不思議そうにレイの視線の先を見ていたが……不意に誰かが扉を叩き、ノックする音が聞こえてきた。
「入っていいぞ、マルカ、ニッキー」
防音設備が整っているので、本来なら少しレイが声を大きくして言っても、それが扉の外まで聞こえるといったことはない。
しかし、それはあくまでも普通ならばの話だ。
相手が普通でなければ、当然のようにレイが発した声を聞くのは難しい話ではない。
それを示すように扉が開き、レイが名前で呼んだ二人……マルカとニッキーの二人が部屋の中に入ってくる。
「レイ、どうしたのじゃ? いつも食堂に来る時間になってもいなかったから、迎えに来たのじゃが……うん? 初めて見る顔がおるな」
「ああ、リンディと同じ孤児院のカミラだ」
「リンディの……? しかし、リンディの孤児院というのは、この街ではなくブルダンという街にあるという話を聞いた覚えがあったが?」
「ああ。ちょっと事情があってな」
マルカがリンディの育った孤児院がどこにあるのかを知っていたことにも驚いたレイだったが、考えてみればレイが暗殺者の血の刃に襲われた時、宿屋で一緒に待っていたのだ。
また、その後のライドンの部屋で話をした時も一緒だったことを考えれば、年は離れていても女同士ということで仲よくなっていてもおかしくはない。
リンディの性格を考えれば、幼くても公爵令嬢と友達になるというのは少し意外だったが。
「何かあったのか?」
レイの口にした、事情があってという言葉だけで何かトラブルがあったのだと、そう理解したのだろう。
「どうする?」
今回の一件の主導権を握っているのは、あくまでもリンディだ。
勿論、レイもアンヌを助けたいとは思っているが、リンディの方がよりアンヌとの付き合いが長い。
そうである以上、レイとしてはこの辺りの判断はリンディに任せたいと思うのは当然だった。
「話しましょう。マルカさんなら、何か分かるかもしれないわ」
自分よりもかなり年下のマルカをさんづけで呼ぶのはどうかとレイは思ったが、それでもリンディにしてみれば最大限の譲歩なのだろう。
公爵令嬢と一介の冒険者、それも孤児院出身の冒険者となれば、二人の間にある身分の差はかなり大きい。
寧ろマルカ様と呼んでない辺り、リンディとマルカの間で色々とあった証なのだろう。
マルカに話すと判断したリンディは、早速事情を話す。
……そんなリンディの側では、マルカの可愛らしさに目を奪われているカミラの姿があった。
年齢的にはカミラの方が若干年上だが、それでもマルカとカミラは同年代なのは間違いない。
そしてカミラにとって、マルカという人物の持つ愛らしさに目を奪われるのは当然のことだった。
(とはいえ……)
恐らく一目惚れに近い感情を抱いているカミラだろうが、その恋が成就することはないとレイには思えた。
リンディとマルカの間にある友人関係ならともかく、恋人関係となればそれが叶うことはないだろう。
ただ、それをカミラに言うのも少し可哀想な気がしたので、取りあえず今は黙っておく。
「そうか、孤児院の者が……しかし、これで明らかにドーラン工房は黒となった訳じゃな」
「そうっすね。けど、まずはそのアンヌって人を助ける必要があるっすけど……これから行くんすよね?」
ニッキーの言葉に、レイとリンディはそれぞれ頷く。
そんな二人の様子を見て、ニッキーは悔しそうな表情を浮かべた。
ニッキーにしてみれば、レイは自分の尊敬する兄貴分――年下だが――といった感じだし、リンディはマルカの友人だ。
そんな二人がドーラン工房に忍び込みに行くとなると、本来なら自分もそんな二人に協力したい。
協力したいのだが、今の状況でそのような真似をするとなると、マルカの護衛を疎かにする必要があった。
正直なところ、とてもではないがそんなことは出来ない。
マルカがレイと友好的な存在だというのは、それこそ情報を集めようとすればすぐに知ることが出来る。
そうなった場合、もしかしたらレイに対処する為にマルカを狙ってくるといった可能性も否定は出来ないのだ。
勿論、マルカは高い実力を持っている。
複数の魔法を使いこなすその実力があれば、大抵の相手はマルカを捕らえるといったような真似は出来ないだろう。
しかし、それでもまだマルカは子供だ。
貴族としての教育を受けており、大人びてはいるものの、ドーラン工房が……あるいはドーラン工房から依頼を受けた者が連れ去ろうとすれば、それは不可能ではないのだから。
そうである以上、ニッキーがレイに協力をするというのは不可能だった。
ニッキー個人としては、是非とも協力したかったのだが。
「レイの兄貴、出来れば俺も協力したかったんすけど……」
申し訳なさそうなニッキーに、レイは首を横に振る。
「気にするな。今のお前はマルカの護衛なんだからな。そっちを優先するのは間違いない。それに……ドーラン工房が追い詰められて、マルカを狙う可能性は十分にある」
そう告げるレイの言葉に、ニッキーはしっかりと頷くのだった。