2734話
「レイさん!」
孤児院まで戻ってきたレイとセトを見て、院長がその名前を呼ぶ。
チンピラ達を連れていってから、ずっとここで待っていたのだろう。
今はもう晩夏……もしくは初秋とでも呼ぶべき季節なので、外で待っていてもまだ寒くはないものの、それでも院長の年齢を考えれば厳しいのは間違いなかった。
それでもレイやセトのことが心配で……そして何より、アンヌがどうなったのかを少しでも早く知りたいと思って、こうして待っていたのだろう。
「待たせたな。どうする? ここで話をするか?」
「いえ、中でお願いします。ここだと……」
言葉を濁す院長だったが、その理由が周囲にいる子供達であるというのは、レイにも理解出来た。
子供達の中でも、ある程度の年齢に達している者にしてみれば、アンヌがどうなったのかというのはしっかりと、もしくは朧気にであっても理解はしている。
そんな子供達よりもっと小さい子供達にしてみれば、自分達と一緒に遊んでくれるセトが戻ってきたのは嬉しいことなのだろう。
セトと一緒に遊ぼうと、庭に向かう。
遊んできてもいい? といった視線を向けてくるセトに頷き、レイは大人達と共に孤児院に入る。
アンヌがいなくなった理由を知っていて、それでいて大人の話に入ることが出来ない子供達は居心地悪そうにしていたが。
とはいえ、今回レイが知った件はそれなりに衝撃的なことだ。
そうである以上、レイとしては子供達に知らせるのはどうかと思うし……もし知らせるのなら、それは自分ではなく孤児院の職員達が知らせるべきだと判断した。
そうしてレイが最初に院長達と話していた部屋に通されると、レイは早速口を開く。
孤児院の職員達にしてみれば、アンヌの行方は気になるところなのだろうから。
「まず最初に。アンヌは奴隷にされたが、奴隷商に売られた訳じゃない。直接とある相手に売られた」
そう告げるレイの言葉に、話を聞いていた職員達の多くは安堵した表情を浮かべる。
奴隷商に売られた場合、一体どのような扱いを受けるのかといったことを心配していたのだろう。
だが……少数の職員と院長は、喜ぶどころか表情を厳しくしていた。
アンヌが現在どのような状況になっているのか、理解しているからこその表情だろう。
奴隷商に売られたというのであれば、それはただ単にアンヌを奴隷として売ったということでしかない。
しかし、奴隷商ではなく特定の場所に直接売られたとなれば……それはつまり、その特定の相手がアンヌという個人を欲しがったという理由になる。
「そして、これを言ってもいいのかどうかちょっと迷ったんだが、アンヌを買った組織はドーラン工房だ」
「ドーラン工房!?」
院長を含め、この場にいる大人達は当然ながらドーラン工房については知っていた。
このブルダンと唯一結ばれている街がエグジニスで、ドーラン工房はそのエグジニスの中でも現在最高峰のゴーレム製造技術を持っている工房なのだから、その名前を知らない方が問題だったのだろうが。
「ああ、院長が考えているのと変わらない、ゴーレムを製造するドーラン工房だ」
「でも、ドーラン工房が一体何故?」
「ドーラン工房は、人の素材を使ってゴーレムを製造しているという噂がある。それと話は変わるが、エグジニスにいたゴライアスも現在行方不明になっていて、リンディが捜している」
「ここでそのようなことを言うということは、つまり……」
「そうだな。ゴライアスの件にもドーラン工房が関わっていると思う」
正確には盗賊の件はともかくゴライアスの件にドーラン工房が関わってくるのかどうかというのは、確証がなかった。
しかし、アンヌの件で明確にドーラン工房の名前が出た以上、やはりゴライアスの件もドーラン工房の仕業と考えてもおかしくないのかもしれないと、レイは結論づける。
今までも敵はドーラン工房が怪しいというのは分かっていたが、そこには決定的な証拠がなかったのだが、ガービーの証言はレイにとっても間違いないだろうと思うには十分だった。
勿論、ガービーのその証言だけで公的にドーラン工房をどうにかは出来ないのだが。
「そんな……何てこと……リンディは、無事なのですか?」
ここでリンディが無事かどうかを聞いてくるというのは、リンディがゴライアスのことをどう思っているのか知っているからこその言葉だろう。
リンディ本人は自分の恋心を隠しているつもりなのかもしれないが、生憎と院長には……いや、それ以外にもここにいる職員達は全員がその件について知っていたらしい。
だからこそ、ゴライアスの件でリンディが無茶をしていないかと心配になったのだろう。
「取りあえず、今は問題ないと思う。ただ、アンヌの件もあると限界を超えるだろうから、その時は俺も一緒に行動するつもりだよ」
「ありがとうございます」
院長にしてみれば、レイは孫のような年齢ではある。
だが、それでもレイが強いというのは、子供達を助けた件、そして今回のガービーの一件を見れば明らかだった。
また、院長の長い人生経験から考えてもレイは信用出来るし十分な実力を持っていると、そう理解は出来たが故の、感謝の言葉だった。
他の職員達も院長に少し遅れてレイに感謝の言葉を口にする。
この孤児院の職員にとっては、アンヌは勿論のこと、リンディやゴライアスもまた大事な家族なのだから。
「そこまで感謝されることじゃないから、あまり気にしないでくれ。これは成り行きだし……それこそリンディと遭遇していなければ、こっちも色々と面倒なことになっていた可能性があるしな」
そうレイが言ったのは、心の底からの本音だ。
もしリンディと会うようなことがなかった場合、ゴライアスが行方不明になっている件を知らず、そうなると場合によってはレイはドーラン工房のゴーレムに人の素材が使われている……それも盗賊の類ではなく、強引に奴隷にした相手や、ゴライアスのように何らかの手段で連れ去った者の素材が使われている可能性があったのだ。
それはレイにとって、最悪の結果に等しかった。
マジックアイテムを集める趣味を持つレイであっても、さすがに人の素材を……それも違法な方法で人を素材にしたゴーレムを使いたいとは思わない。
もしリンディと接触するような機会がなかった場合、レイはドーラン工房のゴーレムを購入していた可能性があるのだ。
……とはいえ、ドーラン工房のゴーレムは多くの者が欲しがっている。
それを思えば、レイがドーラン工房のゴーレムを入手出来るとは限らなかったのだが。
「とにかく、リンディにこの件を知らせる必要がある。そうである以上、そろそろエグジニスに戻ろうと思っているんだが、リンディに手紙か何かを書くなら持っていくけど、どうする?」
「ありがとうございます。すぐにでも準備しますので、少々お待ち下さい。その、他の皆も手紙を書いてもいいでしょうか?」
院長としては、自分だけではなく他の職員達もリンディに手紙を書きたいと、そう思ったのだろう。
レイとしては、それくらいは別に構わないので素直に頷く。
「俺に負担はないから、手紙の数は問題ない。……ただ、あまり時間をとる訳にはいかないから、出来るだけ早くしてくれると助かる」
セトに乗って移動するので、多少の時間のロスはレイにとって大したものではない。
だが、それでもアンヌの件を少しでも早くリンディに知らせ、ドーラン工房に侵入するなりなんなりする為には、ここで待つ時間は少なければ少ない方がよかった。
レイの言葉に院長は頷き、口を開く。
「話は聞きましたね? リンディに手紙を送りたい人は、すぐに準備をして下さい。彼を待たせてはいけません」
『はい』
院長の話を聞き、そう答えたのは何と全員。
これはレイにとっても少し驚きだった。
てっきりリンディに手紙を書くとしても、半分くらいの者ではないかと思っていたのだから。
「では、失礼します。……レイさんは、私達が手紙を書いている間、どうしますか?」
「ああ、ここで待ってる。俺もちょっとやっておきたいことがあるし。俺のことは気にしなくてもいいから、ゆっくりしてきてくれ」
レイの言葉に院長は不思議そうな表情を浮かべたものの、まずはリンディに対する手紙を書くのが最優先だと判断して他の職員達と共に部屋から出ていく。
そうして部屋の中に自分だけになったのの確認すると、レイはミスティリングの中から紙とペンを取り出す。
いわゆる、羽根ペンの類なのでインクもないと使えないが。
(そう言えば、魔力をインクに変えて書き続けることが出来る羽根ペンってマジックアイテムもあったよな。それなりに高いらしいし、使い捨て……とまではいかないけど、消耗品らしいが)
羽根ペンの先は当然ながら使えば消耗していく。
とはいえ、レイが羽根ペンを使うといったことはあまりないので、そういう意味ではかなり長期間使えるペンなのは間違いないが。
あれば便利だし、後である程度纏めて買っておこうと考えながら、紙にとある内容を書いていく。
それは、ガービーから聞いた内容だ。
具体的には、今までドーラン工房からの依頼でガービーが陥れ、奴隷として売り払った人物達のリスト。
ガービーの部下のチンピラ達……それもただのチンピラではなく、明らかに孤児院に来た者達と比べて格上の存在に対して、それらしいことをレイは匂わせてきた。
あの様子からすると、それなりの動きになるのは間違いないだろうと思えた。
思えたが、どうせなら他にも色々とガービーを攻撃する手段はあった方がいい。
レイが直接ガービーに危害を加えないという約束はしたが、他の者に情報を漏らさないとは言っていない。
(とはいえ、ガービーのブルダンにおける影響力の大きさを考えると、こういう情報があったからって、ガービーを破滅させるといった真似は……無理だろうな)
そうなればいいのだろうが、恐らくそうはならないだろうと思える。
また、ガービーが破滅するのはともかく、その後釜となった人物がガービーよりも最悪な存在という可能性も否定は出来ない。
そういう意味では、このブルダンという街についてそれなりに根付いているガービーの影響力を削いだ方がいいのでは? とレイは思う。
(ただ、その辺を決めるのは俺じゃないしな。この情報をどう使うか……あるいは使わないのも、この孤児院の連中が決めればいい)
情報を持っているというだけで、ある程度の力にはなる。
もっともそれをガービーが知れば何とかしてその情報を奪おうとするだろうが……レイの存在を思えば、迂闊な真似は出来ない。
そんな風に考えつつ、レイは紙に自分の知ってる限りのことを書き終わる。
書き終わってしまえば、この部屋でただ待ってるのも暇なので、セトが子供達と遊んでいる庭に向かおうとしたのだが……
「ね、ねぇ。レイ兄ちゃん」
そんなレイに対し、子供の一人が恐る恐るといった様子で話し掛けてくる。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは見覚えのある子供だった。
カミラと一緒にレイが狼から助けた子供のうちの一人。
「どうした?」
「アンヌ姉ちゃん……大丈夫なんだよね?」
「どうだろうな。取りあえずエグジニスに戻ったら、出来るだけ早く動くつもりではあるが……それでも、絶対はない」
「ひぐっ……」
よほどアンヌに懐いているのか、子供はレイの絶対はないという言葉を聞くと目に涙を浮かべる。
とはいえ、ここで気休めを言うのもどうだろうなと、そんな風に思いつつ……レイは口を開く。
「どうなるのかは、分からない。だが、俺もリンディも出来る限りのことはする。それでいいか?」
レイとしては、珍しい程に思いやりを持った言葉。
子供もそれを理解したのか、レイの言葉を聞くと素直に頷く。
「うん、分かった。……アンヌお姉ちゃんをお願い」
そう言い、走り去る。
そんな子供の背を見て、レイはやるせない思いを抱き……
「やっぱりガービーを数発殴っておくべきだったか?」
苛立ち紛れに呟く。
とはいえ、ガービーはドーラン工房にとってはいつでも切り捨てることが可能な末端でしかないのは、容易に予想出来る。
そうである以上、有り得ないことではあるが、もしガービーがドーラン工房からの依頼を断ったとしても、そうなれば誰か他の者にドーラン工房は依頼を持っていった筈だった。
「そうなったら、ブルダンの中でまた混乱が起きていたかもしれないな」
なら、今の方がまだよかったのかもしれないと考えつつ、レイは庭に出て……院長達がやって来るまで、セトと一緒に子供と遊ぶのだった。




