2733話
ガービーとドーラン工房の間にある繋がりが予想以上に以前からのものだったというのは、レイにとっても驚きだった。
そうなると、気になってくるのは……
「一応聞いておくが、お前がドーラン工房に奴隷として渡したのは、アンヌだけか?」
そう、それだった。
ドーラン工房が、何を考えてガービーに目を付けたのかというのは、考えれば理解出来る。
このブルダンにおいて大きな影響力を持っており、大抵のことはどうにか出来る上に、ガービー本人は商人らしく金を欲しがっているのだから。
その上で、ブルダンから通じている街はエグジニスだけであり、ブルダンで何か厄介なことがあっても、それをどうにかするには十分だった。
とはいえ、こうしてレイが首を突っ込んできたように、完全に情報を遮断出来るという訳ではないことを考えれば、ガービーはいざという時はあっさりと切り捨てる為の、トカゲの尻尾だった可能性が高いのだが。
「う……」
レイの問いに、ガービーは何も言えなくなる。
その様子が、ガービーが今までにもドーラン工房に奴隷を渡していたということを意味していた。
「全部言え。そうでないと、こっちも相応の行動をすることになるぞ。もうこうしてドーラン工房を裏切ったんだ。ここでこれ以上のことを喋っても、それは今更だろう?」
「それは……ですが、この件を知ればレイさんは私に何かをするのでは?」
どうやら余程後ろ暗いところがあると見えるその様子は、レイから見てもこの場で拳を振るおうかとすら思ってしまう。
とはいえ……ここで自分が何かを言っても意味はないと判断し、不承不承といった様子を装いながら口を開く。
「お前がきちんと事情を話せば、俺がお前を攻撃するような真似はしない。これならいいか?」
「……本当ですね? そう約束しておいて、実は後でそんな約束は知らないとか、そういうことは言いませんよね?」
「ああ、言わない。安心して事情を話せ」
そう告げるレイに、ガービーは完全に信じたといった訳ではなかったが、それでも今の状況を思えば自分が出来るのはレイに話すことしかないと、そう判断したのだろう。
観念したかのように、自分が今までドーラン工房に雇われて行ってきたことを説明するガービー。
その内容は、レイが予想していたよりもかなり酷いものもあったが、それを聞きつつもレイは表情に嫌悪感を出さないように注意しながら話を聞く。
そうして一時間程が経過し、ガービーの覚えている限りの話を聞き終えると、レイは無言で立ち上がった。
「あ、あの……」
そう尋ねてくるガービーを一瞥すると、レイはそのまま建物の外に出る。
正直なところ、レイとしてはガービーと一緒の部屋にいたくはなかった。
だが、ガービーはまさかレイがそこまで思っているとは予想もしていないのか、立ち上がって背を向けたレイに対し、慌てたように口を開く。
「レイさん。その、どうでしょう? もしよければ宴でも開かせて貰いますが」
ガービーにしてみれば、レイの持つ力……物理的な力ではなく、公爵家との繋がりについて特にそのように思ったのだろうが、そんな状況からすると自分にはどうしようもないと理解してしまっていた。
だからこそ、ここはレイと敵対するよりも友好的な関係を結ぼうとして、レイを宴に誘った。
あるいは、これがガービーではなく他の者が誘ったのなら、レイは宴への誘いを受けていたかもしれない。
しかし、レイを誘ったのはガービー……自分と同じ街に住む相手を何人も嵌めて、奴隷としてドーラン工房に売り払った者たちだ。
最初は何故ドーラン工房がアンヌに限定して目を付けたのかといった風に疑問だったが、実際には何のこともない、以前からブルダンの住人を何らかの理由でガービーが奴隷にしてドーラン工房に売っていたというだけだった。
とはいえ、ガービーが売るのはどんな人物であってもいい訳でない。
ドーラン工房から指定され、その人物をガービーが奴隷にするという形だった。
ドーラン工房からの指定だというのに、大抵の場合は奴隷になってもそこまで騒ぎにならないような者が選ばれる。
勿論、そこにはガービーがそれなりに上手く立ち回っていたから、というのも大きいのだろう。
「宴は別にいらない。……そうだな、端的に言った方がいいか。俺はお前の存在にかなり苛立っている。それこそ、さっきの約束がなければ今ここでお前を殺してもおかしくはないと思える程にな。だから、これ以上お前は俺に話しかけるな。ああ、ただ、これだけは言っておく」
そこで一旦言葉を切ったレイは、殺気を込めてガービーを睨み付ける。
「ひぃっ!」
チンピラ達は視線を感じることも出来なかったが、ガービーは商人であるにも関わらず、レイの殺気をしっかりと感じた。
これはチンピラ達がそこまで無能なのか、それともガービーが商人であっても有能なのか。
恐らくは後者だろうとレイは判断する。
仮にもドーラン工房と取引をしているガービーだ。
殺気を読むくらいのことは出来ても、おかしくはない。
あるいは殺気を感じるとまではいかなくても、レイの視線の鋭さから自分ではどうしようもない相手だと判断してしまっただけなのかもしれないが。
「今日以降もドーラン工房との取引を続けようものなら、今度ここに来るのは……俺だけじゃなくて、公爵家やギルドの上層部を連れてくるといったことにもなりかねないからな。もっとも、取引を続けようにもドーラン工房がこの先も存続するかどうかは分からないが」
「え? それは一体……」
レイの言葉の真意を確かめようとしたガービーだったが、その言葉に返事をするような真似はせず、レイは部屋を出る。
その背中に対し、まだガービーは何かを言っていたが、その話を聞く必要はない。
(奴隷にしてエグジニスに送ったって話だったから、奴隷商人に売ったのかと思っていたんだが……まさか、直接ドーラン工房に売っていたとは。だとすれば、あの奴隷商人に調べて貰うのは意味がなくなるか?)
とはいえ、奴隷商人ならではの自分も知らない情報の類があるかもしれない。
そう判断し、取りあえずレイは奴隷商人には動いて貰うことにする。
(後は……取りあえずドーラン工房にアンヌがいるというのは分かったし、手を出してもいい頃合いか。というか、ここで手を出さないとリンディが暴発しかねないしな)
ただでさえ、リンディは自分の想い人のゴライアスがいなくなったことで、気が急いている。
ましてやドーラン工房が人を素材にしてゴーレムを作っているという噂があるとなると、余計に急いで行動するべきだと判断しておかしくない。
そして、ここでアンヌだ。
(今回はアンヌだったけど、ガービーの話を聞く限りでは結構な人数を奴隷にしてドーラン工房に売っていたらしいしな。その中にはリンディの知り合いもいるかもしれない)
アンヌ以外にも知り合いがいたという話を聞けば、間違いなくリンディは暴走する。
そうレイは確信していた。
そしてリンディは暴走しても、そこまで強い訳ではない。
間違いなくドーラン工房に捕まり……場合によっては、リンディもまたゴーレムの素材になってしまう可能性が高かった。
レイは、今となっては完全にドーラン工房のゴーレムでは人を素材にしていると確信している。
今まで集めてきた情報でも、かなりその疑いは濃かったのだが、それでも確信まではなかった。
しかし、今回の一件を考えれば、さすがに確信せざるをえない。
(だとすれば、エグジニスに戻ってから俺もドーラン工房に対する攻撃を積極的にやった方がいいな。ただし、人に見つからないような形で)
ドーラン工房が人を素材にゴーレムを作っているというのは、あくまも状況証拠からのものであって、決定的な証拠がある訳ではない。
そしてエグジニスはゴーレム産業が盛んな街だ。
そんな場所で決定的な証拠もなしに騒いだところで、それこそ警備兵に捕まってしまうだろう。
エグジニスにしてみれば、ドーラン工房のゴーレムは現在自分達が売れる最高の商品なのだから。
勿論、中には人を素材にしているかもしれないという話を聞けば、それを信じて調べるような者もいるかもしれないが、そのような者はやはり多くはないだろう。
(いっそ、盗賊だけで他に手出しをしていなければ、こっちもどうこう言えなかったんだけどな)
それはレイの正直な感想だ。
この世界において、盗賊というのは人型のモンスター的な扱いとなっている。
それこそレイが盗賊狩りを趣味としているのに、殆ど責められることがないのはその為だろう。
尚、ここで殆どとしたのは、この世界においても人の命は何よりも重要で、盗賊であっても殺すのは駄目だと主張する者がいる為だ。
そのような者にしてみれば、盗賊狩りを趣味とし、平気で盗賊を殺し、生かしても犯罪奴隷として売るレイという存在は、決して許される存在ではない。
とはいえ、当然それはこの世界の一般的な常識ではないのだが。
ともあれ、盗賊は倒せば寧ろ褒められるし、殺しても文句を言う者は少ないのだから、ドーラン工房が人を素材としているにしても、盗賊を捕らえて素材にするのなら……今よりはゴーレムは売れなくなるだろうが、それでも犯罪とはならない。
そこで危険を冒して盗賊以外を素材にしているということは……
(多分、まだ何か秘密があるんだろうな)
建物から出ると、そこにはセトと護衛、そしてロープで数珠繋ぎになったチンピラ達と、そんな様子が珍しいのか見物客の類がいる。
普通ならチンピラ達は見物客を威嚇するなりなんなりして追い出しそうなものなのだが、レイの耳に入ってくる限りでは、見物客の大半はチンピラ達よりも格上の存在らしい。
(とはいえ、あのチンピラ達の弱さを考えれば、それこそ格下の方が圧倒的に少ないだろうが)
呆れつつも、レイはそんなチンピラ達を無視してセトの方に向かう。
護衛が何かを言いたそうにしていたが、結局レイに声を掛けるようなことはなかった
今ここでレイに話し掛けるような真似はしない方がいいと判断したのだろう。
そしてセトの周囲には、他に誰の姿もない。
チンピラ達がセトを奪おうとしてやって来て、更にここにはそのチンピラ達よりも格上の者達が集まっているにも関わらず、セトにちょっかいを出した者はいないように思えた。
(あるいは、ちょっかいを出して倒された奴がいたのかもしれないな。血の臭いの類がないのを考えると、そうなった場合でもセトは殺したりしなかったらしいが。いや、首の骨を折るとかすれば、血を流さなくても殺すことは出来るけど)
物騒なことを考えつつもセトに近付くと、すぐにセトは半ば眠っていた状態から目を覚まし、レイを見て嬉しそうに喉を鳴らす。
「グルルルルゥ」
「悪いな、ちょっと待たせたか?」
そんなやり取りをしながらその場を後にしようとしたレイは、ふと振り返って未だに数珠繋ぎにされているチンピラ達に視線を向ける。
「お前達も、これからどうするのかしっかりと考えておいた方がいいぞ。この街の住人を奴隷にして売り飛ばしてるんだから、お前達もその対象になる可能性は十分にあるんだからな。何しろ、冒険者にもなれないような者達だ。そんなお前達をガービーはどう思っているんだろうな」
そう告げ、その場を後にしようとしたレイだったが……
「おう、ちょっと待てよ。それは一体どういう意味で? ガービーさんは俺達もどうこうするってのか?」
チンピラではなく、その周囲にいた者達……チンピラ達よりも格上の者達の中でも、特に偉そうな男がレイに向かってそう声を掛けてくる。
そんな男の言葉に、レイは隣にいるセトを撫でながら視線を向け……そして頷いた。
「ああ。そうなるな。ガービーが今までこの街の住人を何人、何十人……いや、あるいはそれよりもっと多くを奴隷にして売り払ってきたんだぞ? なら、そんなガービーが自分の役に立たないその連中をどうするのか、考えるまでもないと思うが?」
そんなレイの言葉に何を思ったのか、レイに話し掛けてきた男は少し考える様子を見せる。
周囲にいる者達の態度から、恐らくここに集まっている者の中でも特に重要な人物なのだろうというのは、レイにも予想出来たが、だからといってわざわざ詳しく話を聞いたりはしない。
そういう人物だと理解し、後はお前達に任せると態度に示して、その場を後にする。
(俺がガービーに直接手を出すようなことはしないといったが、これは直接じゃないしな)
そんな風に思いながら。