2731話
ガービーに会いたいとレイが言い、護衛はその件を知らせる為に建物の中に入っていった。
レイとしては、ここでガービーに会わせないといったような真似をした場合は、それこそ力ずくで強引に建物の中に入るつもりだったのだが……こうしてあっさりとレイの来訪を知らせるというのは、少し予想外ではあった。
(とはいえ、ガービーが大人しく出て来るのかどうか、分からないけどな)
レイが知っているガービーの情報は、そこまで多くはない。
しかし、孤児院での一件であったり、レイからセトを奪うように部下に命令させたということを考えれば、とてもではないが善良な商人といった認識は抱けなかった。
そもそもの話、善良な商人であれば孤児院に対する支援を止めるといったような真似をするとは思えないのだから、そのように思ってしまうのは当然の話だったが。
そんなレイは、大人しくガービーが出て来るのを待つが、レイとは裏腹に騒ぐ者もいた。
具体的には、数珠繋ぎにされて半ば見世物的な扱いになってしまっているチンピラ達だ。
ここまで移動してくるだけでも、多くの者達の見世物となってしまったのだ。
面子を大事にするチンピラ達にとって、今の状況はとてもではないが許せるものではない。
それでもここまで来るのは、レイと自分達では絶対に勝てない相手がいたから、大人しくしていた。
いや、正確には盛大に不満を口にしていたので、大人しくしていたというのは間違いなのだが。
それでも騒ぐだけで、レイから逃げ出すといった真似はしなかった。
逃げ出そうにも、手は背中側に回されて縛られており、胴体も数珠繋ぎにされていたので、逃げようと思っても逃げられなかったというのが正確なのだろうが。
ともあれ、ここに来るまでは渋々ではあるがレイに従っていたものの、ここまで来てしまえばどうとでもなると、そう考えていたらしい。
今まで以上に大きな声でレイに向かって叫ぶ。
「おらぁっ! ここまで来たんだから、もういいだろ! とっとと俺達を離しやがれ!」
自分のテリトリーだからこそ、こうして大きく叫ぶことが出来るのだろう。
しかし、レイは騒いでいるチンピラ達を一瞥すると、それ以上は特に気にした様子もなくセトを撫でながら建物の中に入っていった相手が来るのを待つ。
そんなレイの態度が余計に苛立たせるのだろう。
チンピラ達はそれ以後も叫び続け……
「うるさいぞ」
その言葉と共に、チンピラ達を結んでいたロープを軽く引っ張る。
……ただし、軽くというのはあくまでもレイの感覚での軽くというものであり、チンピラ達にしてみれば自分達には想像出来ないような圧倒的な力で引っ張られたに等しい。
油断をしていた状態であるだけに、チンピラ達は当然ながらそんなレイの力に逆らえる筈もなく、その場で転びそうになる。
それでも何とか踏ん張ることが出来たのは、レイが本当に軽くしか引っ張らなかったからだろう。
そのお陰でチンピラは何とか転ばなくてすんだのだ。
そして当然ながら、自分にそのような真似をしたレイに不満を口にしようとして……そして、レイの目を見てしまう。
特に殺気を滲ませている――チンピラ達には殺気を感じ取ることは出来ないが――訳でもなく、睨み付けている訳でもない。
ただ、じっと自分を見ているその視線なのだが、それを見た瞬間にチンピラは何も言えなくなった。
レイという存在の強さを感じ取ったといった訳ではないのだろうが、何か理解出来ないような、圧倒的な迫力を感じてしまったというのが正しい。
チンピラを見ていたレイは、一体何故急に黙ったのかは分からない。
分からないが、取りあえず静かになったのだから、それで問題はないだろうと判断し、再びセトを撫でる。
緊迫した空気が周囲に流れるが、それを作り出したレイ本人はそんな様子に気が付かず……いや、敢えて無視して、セトを愛でる。
そうして十分程の時間が経つと、やがて建物から先程中に入っていった男が姿を現す。
「ガービーさんがお会いになるそうだ。レイだけが入ってくれ」
セトは建物の中に入れるなと言外に言っていたが、レイも別にここでセトを建物の中に入れるつもりはなかった。
それなりに大きな建物だけに、入ろうと思えばセトも建物の中に入ることが出来るだろう。
だが、無理に入ったところでセトにとっては自由に身動きが出来なくて動きにくいだけだろうし、サイズ変更のスキルをわざわざ使うまでもない。
結局のところ、レイにしてみればセトを外で待たせておくというのは当初の予定通りだった。ただし……
「俺だけが入る以上、セトはここに残すことになる。だが……言うまでもないと思うが、もしセトに妙にちょっかいを掛けたりしようものなら、その時はどうなるか分かってるな? 俺はセトが反撃でお前達を殺しても、何も言うつもりはないぞ?」
本来なら、従魔が何らかの騒動を起こした場合、その責任を取るのは主人だ。
そういう意味では、もしセトが騒動を起こした場合にレイがその責任を取る必要があった。
しかし、騒動は騒動であっても、従魔のセトを自分の物にしようとして襲い掛かって返り討ちに遭うといったようなことになった場合は、当然ながら襲い掛かった方が警備兵に捕まる。
エグジニスでのロジャーの一件も、もしレイが警備兵に訴えるような真似をすれば、実はロジャーは警備兵に捕まっていただろう。
もっとも、ロジャーはエグジニスにおいて高い技術を持つ錬金術師として知られている。
もし捕まっても、そこまで大きな騒動になるようなことはなかっただろうが。
そういう意味では、実はブルダンであってもガービーの影響力を考えれば、似たようなことになってもおかしくはないのだが。
「わ、分かった。こっちで余計な真似をする奴がいないように見張っておく」
レイの言葉に、護衛達は慌ててそう告げる。
護衛達にしてみれば、その返事は当然だった。
ガービーが一体何を考えてセトを襲わせるなどといったような真似をしたのかは、分からない。
……いや、単純に金になると判断したからなのだろうというのは分かるが、だからといってランクAモンスターを襲うように命令するというのは、とてもではないが信じられなかった。
そもそも、ランクAモンスターを襲わせるのに、冒険者でも何でもないチンピラ達を向かわせてどうするのか。
勿論、だからといって自分達に行けと言われても絶対にそれは断るが。
護衛達はセトについての情報を知らなかったが、セトはランクAモンスターのグリフォンであると同時に、多数のスキルを使う希少種という扱いで、ランクS相当となっている。
実際には魔獣術による効果なのだが……ともあれ、護衛達がそれを知らないのは運がいいのか悪いのか。……あるいは、護衛達にとってはランクAモンスターもランクSモンスターも、戦って勝つことが出来ないという点では同様なので、もしかしたらその情報を知っていても特にどうこうしなかった可能性が高いのだが。
とにかく、護衛達はここでセトにちょっかいを出させるような真似は絶対にしないと心に誓う。
そんな護衛達の様子を見て、取りあえずこの相手は信用してもいいと判断したのだろう。
レイはセトを撫でながら、口を開く。
「じゃあ、俺はガービーとかいう奴に会ってくる。何かあったら、セトが自分の判断で行動しても構わないぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かった! と喉を鳴らすセト。
レイとセトのやり取りに、話を聞いていた護衛達は我知らず唾を飲み込む。
セトが自分の判断で行動してもいいということは、それはつまり誰かがセトを捕らえようとした場合、セトの判断によって相手を殺しても構わないと言ってるのだ。
それは極端な話かもしれないが、それでもそこまでのことをやってもいいと、そうレイが言ってるのは間違いない。
護衛達の様子を一瞥すると、レイは建物の中に入っていく。
セトはそんなレイを見送ると、建物から少し離れた場所で寝転がった。
仮にも自分を狙っている者達の前でそのような態度はどうなんだと、周囲で様子を見ている者達の何人かは思ったが、セトにしてみればここにいるような相手が自分を狙ってきても、容易に倒すことが出来る。
ここが孤児院ではない以上、守るべき相手もいない。
そう考えれば、こうしてリラックスするのは特に問題がなかった。
また、寝転がっているセトは眠っているように見えるが、実際には何かあった時、すぐに対処出来る。
だからこそ、今の状況では全く問題がなかった。
「お、おい。ちょっと……この縄を解いてくれよ」
セトが眠ったのを確認したチンピラの一人が、護衛の男達に向かってそう言う。
レイがいなくなり、セトが眠った今となっても、チンピラ達は当然のように縛られたままだ。
そうである以上、当然だが今もまだ周囲の者達から見られている。
見世物になるのは面白くないので、今なら自分達を縛っているロープを解いて貰える。
そう思って護衛に尋ねたのだが……護衛達は、揃ってチンピラの言葉に対し、首を横に振る。
まさかそんな態度をされるとは思っていなかったのか、ロープを解いて欲しいと言ったチンピラ達だけではなく、他のチンピラ達までもが何故ロープを解いてくれないのかといった視線を向けていた。
だが、護衛達にしてみれば当然のことだ。
寧ろ、何故この状況でロープを解いて貰えると思ったのかと、そんな疑問すら抱く。
レイとセト。
双方共に、自分達では……それこそ大袈裟でも何でもなく、百人以上で戦いを挑んでも勝てるとは思えない。
寧ろレイやセトに蹂躙されて終わってしまうだろう。
だからこそ、レイやセトを怒らせたチンピラ達のロープを解くような真似は、とてもではないが出来なかった。
「お前達のロープを解いて、俺達がレイに不満を抱かれたらどうする? いや、そもそもお前達のロープを解こうとすれば、グリフォン……セトだったか? そのセトが何らかの行動をしてこないとも限らない。そして俺達はとてもではないがセトには勝てない。よって、ロープを解かない」
分かったな? そう視線を向けられるチンピラ達だったが、それで納得出来る筈もない。
それでもロープで縛られている以上、どうしようなく……チンピラ達に出来るのは、ただ騒ぐだけだった。
「こちらへどうぞ」
建物の前でチンピラ達が騒いでいる頃、レイは建物の中をメイドに案内され、扉の前にやって来ていた。
メイドがそう言って扉を開けるが……部屋の中には誰の姿もない。
「ガービーは?」
「現在準備をしております。すぐに来るとのことですので、少し待っていて欲しいと」
「そうか。……まぁ、約束もなしに来たんだし、それは当然か」
そう呟くレイだったが、そもそもガービーが自分に喧嘩を売ってきたから、こうして乗り込んできたのだ。
そのような状況で約束を取り付けておけというのが、そもそも無理な話だろう。
もっとも、それを言うのならそもそもセトを襲うといったような真似をしなければ、そのような話にはならなかったのだが。
メイドからお茶を用意されたものの、レイがそれに手を付けるようなことはない。
孤児院の院長から聞いた話や、セトを奪いにやって来たチンピラ達のことを思えば、とてもではないがガービーという相手は信じることは出来ない相手だ。
そうである以上、ここで迂闊に出された紅茶の類を飲んだりした場合、そこに何か妙な薬が入っていないとも限らない。
(とはいえ、その辺を心配するのなら、この部屋そのものも心配した方がいいと思うんだが)
例えばこうしてレイがいる部屋の中に何らかの薬を気体にして流し込んだりといったようなことをされる可能性も十分にあった。
普通に考えれば、レイを相手にそのような真似をするのは自殺行為でしかないだろう。
しかし、ガービーという人物の性格はそのようなことを平気でやるといったような印象を受ける相手だ。
そのような馬鹿な真似をしないとも限らない。
(そうなった場合、こっちも遠慮は無用だけどな。相手が先に手段を選ばずに攻撃してきたんだから、こっちもそれに対して手段を選ばずに攻撃しても文句はない筈だ)
そんな風に考えつつ、レイは改めて部屋の中を見回す。
この応接室は、悪趣味とまではいかないものの、かなり特徴的な調度類が置かれているのは間違いない。
趣味がいい……いや、いい趣味をしているといった表現が相応しいような、そんな部屋。
今の状況を思えば、そんないい趣味をしている部屋の中で落ち着くような真似も出来ず……レイはただ、ガービーが姿を現すのをじっと待つのだった。