2730話
どうやら、セトを狙ってきたらしいというのは、男達の言葉で理解出来た。
そして理解出来ると同時に、深く納得もする。
グリフォンという存在は、ドラゴン程ではないにしろ、ある種伝説的存在だ。
そうである以上、そんなグリフォンが自分の街にいるということを知れば……ましてや、そのグリフォンを連れている人物がガービーと因縁深い孤児院に行ったとなれば、そこでいらない欲を出すなという方が無理だった。
前回来た時は何故ちょっかいを出されなかったのだろう? そうレイは疑問に思ったが、前回はいきなりのことで、ガービーも対応出来なかったという一面が強いだろう。
それ以外にも、アンヌだけを狙って奴隷にしようとしていたと考えれば、その状況で余計な波風を立てたくなかったか。
その辺りの理由はどうあれ、セトが狙われている以上、自分が出ない訳にはいかない。
そう判断したレイは、孤児院の院長や職員達の前に出る。
「そのグリフォンは俺の従魔なんだが、何か用件でもあるのか?」
孤児院の庭に響く、レイの言葉。
そんな言葉に、チンピラ達はレイの方を見る。
……同じチンピラであっても、エグジニスのスラム街にいたチンピラは、見た瞬間にレイやセトの危険性を察して、即座に逃げ出した。
それだけ危機察知能力が高かったのだが……それは、エグジニスという大きな街のスラム街で生き残るのに必要な実力で、虎の威を借る狐の如く、ガービーの威を借るチンピラといったような者達では、レイやセトの危険性には気が付く様子がない。
田舎の街で行動しているだけに、外見だけで相手の実力を判断してしまう。
ましてや、この孤児院はガービーにとって絶対的に上位に位置する場所だ。
「なんだぁ、てめえ……お前が本当にこのグリフォンの持ち主なのかよ?」
「持ち主って表現は止めて欲しいな。セトは俺の相棒なんだから」
「うるせえっ! 気取ったことを言ってねえで、とっととこのグリフォンを俺達に寄越せ! お前のようなガキよりもしっかり使ってやるからよ!」
レイの小柄な外見から、自分達には敵わないと判断しているのだろう。
だからこそ、こうも居丈高にレイに向かって言ってくるのだろうが……それはレイの実力を知っている者にしてみれば、自殺行為でしかない。
狼の群れに襲われたカミラ達を助け出したという話を知っている者達にしてみれば、ガービーの部下達は一体何をやっているのだ? といったようにしか思えない。
中には、そんなレイの話を知っていても、外見から考えるとレイが本当にそこまで強いとは思えない者もいて、そのような者は心配そうにレイを見ていたが。
しかし……レイは、そんな視線を向けられても特に気にした様子もなく前に進み出て、口を開く、
「俺からセトを奪うって言ったのか? お前達はガービーとかいう奴の部下らしいが、そのガービーがセトを奪ってこいと言ったのか? それはつまり、俺を敵に回すという事だな?」
「ああ? うるせえよ。お前は黙ってガービーさんにグリフォンを渡していればいいんだ」
「だから、そのガービーってのがセトを強引にでも連れてこいと……そう言ったんだな?」
淡々と尋ねるレイ。
レイにしてみれば、この一件にはガービーが関わっているという証言が欲しい。
それがあれば、ガービーがレイにちょっかいを掛けてきたということになり、それに対処する方法として、かなり自由度が上がる為だ。
そして自由度が上がるということは、それに対してレイも色々と出来ることが増えるということだ。
具体的には、何故ガービーがアンヌを奴隷にしたのかというのを聞き出せるチャンスも増えるということを意味している。
わざわざ奴隷にしたのに、すぐにエグジニスに売る。
カミラから話を聞いた時から疑問に思っていたのだが、その疑問は院長からの話を聞いて余計に強くなった。
エグジニスで待っているリンディやカミラの為にも、その辺りはしっかりとさせておく必要があった。
そして……レイの様子に、さすがにチンピラ達も何か不気味なものを感じたのか、一瞬戸惑った様子を見せつつ、それでもレイのような小柄な相手に侮られて堪るかといった様子から、自分が感じた不気味なものは気のせいだと判断し、叫ぶ。
「そうだよ、ガービーさんからの命令だ! お前、ガービーさんに逆らう気か!」
「はい、ご苦労さん」
その言葉を聞いたと思った瞬間、叫んだチンピラの意識は途切れるのだった。
「さて。まぁ、こんなものだろ」
「うわぁっ! 兄ちゃん凄い凄い凄い!」
「本当に凄いよ! 格好いい!」
ガービーの指示だという言葉を確認すると、レイはチンピラ達をあっという間に気絶させたのだ。
子供達の前ということもあり、骨を折ったり血反吐を吐かせたりといったような凄惨な光景ではなく、鳩尾を殴って気絶させるという穏便な方法で。
……なお、穏便な方法であるのは間違いないが、それでもレイの力で鳩尾を殴られたのだ。
当然ながら、チンピラ達の意識が戻った後も少し動いただけで悶絶する……とまではいかないが、かなりの激痛があるのは間違いない。
それもすぐにその痛みが消えるようなことはなく、最低でも数日は痛みに苦しむことになるだろう。
それでも、セトを寄越せと言ってきた相手に対してレイがする処置としては、軽いものだ。
これはレイがチンピラ達を敵らしい敵とは思っておらず、目的はアンヌの件でガービーから情報を引き出す方が先だと、そう判断しているのが大きい。
そういう意味では、同じようにセトを欲したロジャーへの対処は極めて甘かったということになる。
とはいえ、ガービーとロジャーでは状況が違いすぎるのだから、それも仕方がないのだろうが。
「そんな訳で、俺はこいつらを派遣してきたガービーって奴に会いに行ってこようと思うんだが、その時にアンヌの件も聞いてくるよ」
「それは……いいのですか?」
他の者達と同様、レイの強さに驚いていた院長だったが、アンヌの名前が出るとすぐ我に返る。
それは他の者達も同様で、アンヌの名前が出た瞬間にガービーの手下のチンピラがあっという間に気絶させられたのを喜んでいた状態から、真面目な表情に変わった。
子供達の中にも、アンヌがいなくなった事情について知っている者は、レイに向かって真剣な……そして懇願するような視線を向けていた。
この孤児院においてアンヌという人物の存在感が大きいということの証だろう。
「ああ。アンヌの一件は俺も気になることがあるしな」
ガービーという人物が、一体何を考えているのか。
それを知りたいレイは、物的証拠――人を証拠扱いするのはどうかと思ったが――のチンピラ達をミスティリングから取り出したロープで縛ると、三人を起こす。
とはいえ、当然だが優しく声を掛けて起こすといったような真似をする筈もなく、顔を軽くビンタして力ずくで起こすといったやり方だったが。
最初は気絶したままロープで引きずって起こそうという風に考えたのだが、子供達の前でそういうのは止めて欲しいと院長に言われてしまっては、レイも諦めるしかない。
どうしてもそのようにしたかった訳でもないので、院長の頼みを聞いて頬を叩くことによって起こしたのだ。
「が……え? ちょっ、これは何だよ!」
「起きたな、次」
「ぶふぇっ! な、何が……?」
「次」
「痛っ! 何を……」
そんな風にして、全員を起こす。
起こされた者達にしてみれば、自分は一体どのような状況にあるのかが全く理解出来ない。
中にはレイによって気絶させられたということすら理解出来ない者もいる。
そんなチンピラ達だったが、それでも自分の手が縛られて動けず、そして胴体を縛っているロープによって仲間と数珠繋ぎになっているのに気が付くと、慌てたように叫び出す。
「てめえっ! 一体何を考えてやがる!」
チンピラの一人がレイに向かって叫ぶ。
チンピラ達にしてみれば、自分達はガービーというこのブルダンにおいて大きな影響力を持っている人物の部下なのだ。
そんな自分達に、このような真似をするというのは許容出来ない。
そう思ってもおかしくはないだろう。
広い世界を知っていればまだしも、チンピラ達はこのブルダンで産まれ、ブルダンで生き、ブルダンで死ぬ。
そのような者にしてみれば、ブルダンこそが世界の全て……とまではいかないが、それでも世界の大部分となってもおかしくはない。
勿論、知識ではブルダンの外にも広い世界があるというのは知っているだろう。
しかし、それはやはり知識で知っているだけであって、実際には知らないのだ。
だからこそ、今こうしてレイの前にいるチンピラ達はガービーの名前を出せばどうにかなると思っていたし、実際に今まではそれでどうにかなってきた。
だが、現在チンピラ達の前にいるのはレイだ。
それこそ、相手が貴族だろうが敵と認識すればその力を振るうことを躊躇しない。
そんなレイにとって、例え街の中で強い影響力を持っているとはいえ、それがブルダンという田舎での話であれば、それがどうした? という風に返すだろう。
だからこそレイは脅しの言葉を気にした様子もなく、チンピラ達を数珠繋ぎにしているロープの先端を持ってガービーのいる場所に向かう。
当然ながら、そのような行動はチンピラ達にとって決して耐えられるようなものではない。
ガービーの手下として、ブルダンでは暴力を担当していた者達だ。
そんな者達が縛られて連れ歩かれているのだ。
プライドや面子といったものが、これ以上ない程に汚されてるのは確実だった。
事実、街中を歩くレイとセトよりも、数珠繋ぎにされているチンピラ達の方が多くの視線を集めている。
そのような状況である以上、これからチンピラ達がブルダンでどのような扱いになるのかは……生憎と、レイにも分からない。
そんな風に考えつつ、レイは街中を進む。
そうして孤児院の院長から聞いていた、ガービーの商会の本部とも呼ぶべき建物が見えてくる。
この街において大きな影響力を持っているというだけあり、何かあった時の為に建物の前には数人の護衛の姿があった。
当然の話だが、商会の本部である建物を守る人物というのは、レイが捕まえてきたチンピラのような存在ではなく、相応の技量を持つ者達だ。
そんな者達だからこそ、グリフォンのセトを見ればその危険性を十分に理解したし、何よりグリフォンを従魔にしている人物となれば一人しか思いつかない。
「深紅の……レイ……」
何故こんな場所に。
信じられないといった様子で呟くその言葉は、本当に何故ここにレイがいるのか信じられないといった様子だった。
勿論、護衛をしている者達もレイが以前このブルダンにやってきたのは知っている。
知っているが、それでも何故今ここにいるのかといったことは、理解出来なかったのだ。
この辺りの情報の不備は、ガービーの商会がブルダンでは大きな影響力があるとはいえ、それは結局田舎だからこそということを示していた。
「この連中が俺からセト……グリフォンを奪おうとしてな。それがガービーとかいう奴の命令だって話だったから、直接話をつけにきた」
「それは……」
「ふざけるな! 何でお前なんかをガービーさんが相手にすると思ってるんだ!」
護衛が何かを言うよりも前に、数珠繋ぎにされたチンピラの一人が叫ぶ。
このチンピラにしてみれば、レイとガービーではガービーの方が上と、そう判断されているのだろう。
しかし、チンピラ達よりも常識を持っている護衛達にしてみれば、ガービーとレイのどちらが格上なのかというのは、十分に理解していた。
田舎の街で強い影響力を持っているガービーと、異名持ちの高ランク冒険者。
レイについての情報は知ってはいても、ランクA冒険者になったということまでは護衛達も知らなかったが、それでもランクB冒険者というだけで一般的に見れば十分高ランク冒険者だ。
そんな二人のどちらが強い影響力を持っているかと言われれば……チンピラ達はともかく、護衛達は即座にレイだと断言するだろう。
そんな状態であるからこそ、何でこんな面倒なことにと不満を露わにするのは当然の話だった。
「待ってくれ。ガービーさんにレイが来たという話をしてくる」
護衛達にしてみれば、レイがどのような相手であれ、自分達の雇い主に会いに来たと言われれば、それを伝えない訳にはいかない。
それでも本来なら、護衛達に見覚えのある男達……チンピラ達を数珠繋ぎにしていることを止めるようにといったようにした方がいいのだが、相手がレイとなればそのような真似も出来なかった。