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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
273/3865

0273話

 明日には開戦という話が広まり、戦争に参加している者達が忙しく動き回っている中で、レイはダスカーの部下である騎士に連れられてミレアーナ王国軍本陣の中を歩いていた。

 向かうのは視線の先にある、巨大な天幕だ。見るからに巨大なその姿は、既に天幕というよりは1つの家と呼んでもいい程の大きさを誇っている。

 だがその巨大な天幕へと視線を向けるレイは、驚きの表情1つ浮かべることはない。

 何しろ視線の先にあるのは確かに巨大な天幕なのだが、あくまでもただの天幕でしかない。エレーナやダスカーが使っていたマジックアイテムとしての天幕ではないのだ。それだけで既にレイの目には、これから向かう先にいるのが地位や派閥はともかく財力を含めた貴族としての実力では先の2人よりも下だと判断されていた。

 もっとも、貴族としての実力というのは周囲にどれだけの影響を及ぼせるかというものが大きい。そういう意味では、これから会うのは国王派に所属しており、遠征軍の総大将やその幕僚に任じられた者達だけに実力があるといってもおかしくはないのだろう。

 それ以前に公爵という貴族の中で最も高位の貴族の娘で姫将軍の威名を持つエレーナや、あるいは辺境という地を統べているラルクス辺境伯のダスカーと、一般の貴族と比べるのが間違っているのだが。


「さ、ついたぞ。……ダスカー様は礼儀に関しては気にしないが、国王派やルノジスのような典型的な貴族は礼儀にうるさい。くれぐれも失礼の無いようにしろよ」

「そもそも、冒険者の俺に礼儀を求められても困るんだが……まぁ、善処はしよう」


 そんなレイの言葉に苦笑を浮かべつつ溜息を吐き、騎士は天幕の前にいる警備の兵士達へと声を掛ける。


「ラルクス辺境伯ダスカー様に仕えるサンジュだ。呼び出されたレイを連れてきた。取り次ぎを頼む」

「は! 少々お待ち下さい」


 警備の兵士の片方が素早く右手の握り拳を心臓に触れさせるような敬礼をすると、そのまま天幕の中へと入っていく。

 その様子を眺めていたレイは、警備兵の質はそれ程悪くないと判断する。


(話に聞いていた限りだと、国王派はこの戦争を勝って当然と判断してるって感じだったが……その割には兵士の練度はそれなりだな。てっきりだらけきっているとばかり思っていたんだが。いや、だらけているのは貴族達だけで、実際に戦場に立つ兵士達はそんな訳にはいかないのか。戦場でだらけていれば、まず確実に死ぬだろうしな)


 実際の戦争は初めてだが、それでもモンスターとの戦いや対人戦闘の経験はそれなりに多いレイだけに、納得するのは早かった。


「いいか? くれぐれも失礼な態度は取るなよ? もしそんな真似をすれば、ダスカー様にも恥を掻かせることになるんだからな」


 待っている間にもそう告げてくる騎士のサンジュの様子に頷いていると、やがて天幕の中から先程の兵士が戻ってくる。


「どうぞ。皆さんお待ちです」


(……皆さん、ね。さて、どんな皆さんなのやら)


 サンジュが剣の収まった鞘を警備兵に預けているのを目にし、レイもまたローブの内側に隠し持っていたミスリルナイフを手渡す。

 そして先に天幕に入ったサンジュの後を追うようにしてレイもまた中へと入っていく。

 天幕の中で貴族達はコの字が縦になったように3つの集団に別れているのをレイは目にする。


「ほう、あの男が話に出ていた?」

「何と、まだ子供ではないか。これは確かにルノジス殿が言っていたように得体の知れない者と言えなくもないな」

「いやいや。冒険者でも重要なのは実力でしょう。実際に先陣を任せても大丈夫な実力があるのなら、私としては全く構いませんが?」

「となると、やはりその実力を直接見せて貰う必要があるでしょうな」

「ルノジスもみっともない真似をする。己の力に自信があるからこその今回の件かもしれないが、俺でもあの子供……いや、あの冒険者は尋常ではない実力を持っているのは理解出来るぞ」

「ほう? 貴公が他人を褒めるとは驚いた。それ程の実力を秘めていると?」

「所詮冒険者なんてのは貴い血を持つ我等貴族とは違うのだ。肉の壁とでもして使ってやればいいだろうに」

「しかり、しかり。あの程度の男も使いこなせぬようではイマーヘン侯爵家の行く末も不安ですな」

「ひぃ……ひぃぃぃぃっっっ!」


 そして中にいた者達がレイを見た瞬間、一軒家程の広さを持つ天幕の中にいた貴族達から様々な声が聞こえてきた。それらの殆どはレイ自身が予想していたように見かけで侮るようなものではあったのだが、他にも一目でその実力を感じ取った者達の声もありレイ自身が思っていた程に敵地という訳では無かった。

 だが、その中の1人が唐突に取った行動で賑やかだった天幕の中の様子は一変する。

 天幕の中で待ち受けていた貴族の1人がレイを見た瞬間、悲鳴を上げながら座っていた椅子から跳び上がり、頭を押さえるようにして地面へとしゃがみ込んだのだ。そう、まるで小さい子供が夜に鳴った雷を怖がり布団にくるまって恐怖を耐えるかのように。

 天幕の中にいた殆どの貴族にとってその行動は予想外だったのだろう。ただ唖然として地面にしゃがみ込んで、何も見たくない、聞きたくない、言いたくないとばかりの格好を取っている者へと視線を向けていた。

 そんな中、貴族達の中でも実力者と言われる数人、あるいはレイ自身の強さを元々知っていた者達は何が原因でこのような事態が起きたのかを理解する。


(……なるほど)


 そしてそれは、レイもまた同様だった。これまでにも同じような経験が何度もある為、今しゃがみ込んでいる貴族は自分の魔力を感知する能力を持っていたのだろう、と。


「……一体、何がどうしたんだ?」


 ポツリと、貴族達の中の1人が呟く声が静まり返った天幕内へと響き渡る。

 そして他の貴族達の視線は、その殆どがレイへと向けられる。分かっているのだ、レイが原因だということは。だが、そのレイが何かするような行動を取った訳でも無い以上は犯人と決めつけることも出来ず、沈黙が天幕内を支配する。

 だが、やがて貴族達のうちの1人。中央に座ってこれでもかとばかりに派手な飾り付けのされた鎧を着ている50代程の男が苛立たしげにしゃがみ込んでいる男へと怒鳴りつけた。


「ええいっ、国王派の恥晒しめが! おいっ、お前達はこいつを連れていけ!」


 周囲にいた護衛の騎士達へと命じ、その姿が天幕の中から消えると改めてその男は視線をレイへと向ける。

 その視線を感じつつ、レイもまた初めて天幕の中にいる貴族達へと視線を向ける余裕が出来ていた。

 そこには見覚えのある者達が何人もいた。最も身近な例で言えばレイの直接の雇い主であるダスカーだろう。他にも先陣を引き受けた時にダスカーの周囲にいた貴族達の姿もあるし、国王派の貴族達が並んでいる位置の端には、どこか面白そうな顔でレイへと視線を向けているシミナールの姿が。そして中立派の向かいにいる貴族派の集団の中には特に表情を変えずにレイへと信頼しきった視線を向けているエレーナに、今回の騒動の原因となったのであろうルノジスの姿もある。一瞬ではあるがレイと視線が合うと、まるで道端に転がっているゴブリンの死体でも見たとでも言いたげに不愉快そうな表情を浮かべるルノジス。そして……


(……誰だ?)


 貴族派達の中心。中立派で言えばダスカーと同じ位置にいる1人の男。その男を見た瞬間、レイはどこか既視感に襲われる。

 まるでどこかで会ったことがあるような、そんな気分。

 自分がじっと見つめられているのに気が付いたのだろう。男もまた、レイへと視線を返してくる。


(ほう、気が付いたのか? ギルムの街でやりあった時には顔を隠していた筈だが)


 内心で感嘆したように呟いたのは、ケレベル公爵騎士団長という肩書きを持ち。ケレベル公爵の名代としてケレベル公爵軍を率いてこの戦争に参加したフィルマ・デジールだ。以前、レイの能力をエレーナに聞かされたリベルテ・ケレベルの命によりギルムの街でレイと戦ったことがあった。しかしそれはあくまでも顔を隠してであったというのに、今のレイは殆ど本能的にフィルマの様子に違和感を覚えて視線を向けていた。

 だが戦闘力ならともかく、腹芸に関して言えばケレベル公爵騎士団を率いているフィルマにレイが敵う筈も無い。自分と視線が合っても殆ど表情を変えず、まるで初対面の相手のように視線を向けてくるフィルマにレイも自分の思いは気のせいだったのかもしれないと思い始める。

 そんな時、フィルマから少し離れた場所にいた1人の貴族が突然前へと進み出て来た。


「おい、貴様! 冒険者風情がケレベル公爵騎士団の騎士団長へと無遠慮に視線を向けるとは何事だ! もう少し己の分を弁えろ!」


 その声に滲ませた優越感と他人を踏みにじって当然だと思っている様子に、貴族達の中でも思わず眉を顰める者がいるのだが本人は全くそれに気が付かないままレイへと侮蔑の視線を向けている。

 ルノジス・イマーヘン。今回レイがこの場に呼ばれることになった原因の人物だった。

 ルノジスとしては、冒険者であるレイに貴族である自分達との身分の差を思い知らせてやるという思いがあるのだろう。そしてルノジスが何故そんな行動を取ったのかといえば、時々視線をフィルマの横にいるエレーナへと向けられていることからも明らかだった。

 ただし、エレーナ本人は極寒ともいえる視線をルノジスへと投げかけているのだが、それに気が付いていないのはある意味幸せというべきか。


「……」


 ここまで案内してくれた騎士のサンジュの忠告――問題を起こせばダスカーの迷惑になる――というのを思い出し、ただ黙って口を閉じて視線をダスカーの方へと向ける。

 そしてダスカーもまた、レイが自分の面目を保つ為に黙って言われるままになっていると気が付いたのだろう。視線を国王派の貴族達へと、その中でも中心にいる50代の男へと向けて口を開く。


「アリウス殿、とにかくそちらが問題としているレイはこの通り来たのだが、これからどうする?」

「ふんっ、元々の問題はその冒険者が先陣を任せられる程の実力があるかどうかなのであろう?」

「そうらしいな。もちろん俺としてはギルムの街で活躍している冒険者である以上、その実力は理解している。先陣を任せるのに全く不安は持っていない。何しろギルムの街で冒険者ギルドに登録後、最速でランクCまで駆け上がってきた実力を持っているんだぞ? それもグリフォンすらも従えて」


 ダスカーの言葉に周囲がざわめく。

 グリフォンというのは、それ程にインパクトがある存在だった。

 だが、当然ダスカーの言葉が面白くない者もいる。


「はっ、ラルクス辺境伯も冗談がお好きですな」


 そう。今回の騒動の原因、ルノジスその人だ。


「ほう、冗談だと? 何が冗談なのか、教えて欲しいものだな」

「その男の実力に決まってるでしょう。確かにその男はギルド登録後に最速でランクCまで駆け上がったのかもしれない。実際に証拠がある以上はそれを認めましょう。だがそれは、あくまでもその男だけではなくグリフォンのおかげなのでは?」


 ルノジスの言葉を聞き、再び周囲の貴族達はざわめく。

 グリフォン程のモンスターを連れていれば、それこそ子供でもランクアップするのは難しくないとする者達、特に貴族派でルノジスと親しい者や、国王派の中でもこの揉め事を歓迎する者達の声が大きい。

 特に国王派は、この揉め事が原因で貴族派と中立派の関係が悪くなれば、ベスティア帝国との戦争で両者の戦力の消耗が激しくなるだろうと対立を煽っている者が多い。


(ちっ、馬鹿共が。ただでさえ現状ではベスティア帝国が有利だってのに、ここで更に火種を抱えてどうするってんだ)


 内心で舌打ちをしたダスカーだったが、既に周囲では穏便に事態を済ませられる状況ではない。

 あるいは、国王派の貴族達の中にはレイが入って来た時に無様を晒した同僚のことがあるのかもしれないと判断する。

 ダスカーの記憶が確かであれば、あの時に強く脅えていた貴族は国王派の中でも貴族であり、同時に有能な魔法使いとして有名な男であったのだから。その面目を潰されたというのは、貴族達がレイに対して厳しい目を向けるのに十分な理由だろう。

 どうこの場を治めるかと考えていたダスカーだったが、そんな中で不意に1人の人物と視線が絡む。

 その人物は貴族派の中心におり、ダスカーにしても要警戒の人物として把握していた人物だ。ケレベル公爵騎士団の騎士団長、フィルマ・デジール。精悍であり一種の覇気ともいえるものを身に纏っている人物。


(へぇ。向こうも俺と同じ心づもりのようだな)


 視線が合ったその一瞬。目と目でお互いの意見を交換し合ったダスカーとフィルマは同時に頷き、そしてフィルマが声を上げる。


「静まれ!」


 さすがに当代随一の武人と言われているだけはあり、その口から吐き出された言葉には力が籠もっていた。たった一声で周囲の貴族達の言葉を止めたのを見れば誰もがフィルマの力量を納得せざるを得ないだろう。


「そこのレイという者の力を見極めたいというのなら、実際に戦闘を見せて貰えばいいだけだ。……ルノジス、今回の騒動はお前の言葉から始まったものだな?」

「……はい」


 さすがに傲岸不遜なルノジスも、ここで貴族派の総大将であるフィルマに食って掛かるような真似をせずに素直に頷く。


「なら話は簡単だ。ルノジス、お前がそのレイという冒険者と戦え。そして自分で実力を確かめてみろ」

「私に冒険者風情と戦え、と?」

「そうだ。何か異論があるか?」

「……いえ、お言葉に従います」


 実家は侯爵家と同じでありながら、自分は次期当主。それに比べて向こうは所詮は当主の次男。即ち次期当主の代用品でしかない。そう思っているルノジスだったが、それでもフィルマから放たれる圧力に逆らうことは出来ず、素直に頷く。


「アリウス殿、構いませんな?」


 ルノジスが頷いたのを見て、この場の最高責任者ともいえる国王派の貴族にしてミレアーナ王国軍の総大将でもあるアリウスへと尋ねる。


「うむ。儂としてもそこの坊主の力は見てみたいからな」


 アリウスが鷹揚に頷き、こうしてルノジスとレイの戦いが決定することになる。

 ちなみに国王派の端にいたシミナールは、一連の出来事に面白そうな笑みを浮かべつつ成り行きを見守っていたのだった。

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