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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2728/3865

2728話

 レイが孤児院のあるブルダンに向かうと決まれば、まずやるべきはセトやカミラと合流することだった。

 ブルダンまで移動するにはセトの力が必要である以上、それは当然のことだろう。

 幸いにして、セトは目立つ。

 レイとリンディが大通りに行けば、そんなセト達はすぐに見つけることが出来た。


「あ、リンディ姉ちゃん! アンヌ姉ちゃんはどうなったの!?」


 セトの背の上で串焼きを食べていたカミラだったが、リンディの姿を見ると即座にそう尋ねる。

 当然ながら、そんなカミラの様子は周囲にいる者達に色々と意味ありげな視線を向けられる理由になったのだが、カミラはそんなのはまるで関係ないといった様子でリンディに期待の視線を向ける。

 しかし、リンディはそんなカミラに近付くと、首を横に振る。


「エグジニスで一番大きな奴隷商の店に行ったけど、アンヌさんはいなかったわ。ただ、その店の人が親切な人で、私達に代わって色々と情報を集めてくれるそうよ」


 実際には親切心ではなく、打算の一面が強かったのだが……それをカミラに言う必要はないと判断したのだろう。


「本当!? じゃあ、これでアンヌ姉ちゃんは見つかるんだよね?」

「多分、その可能性が高いとは思うわ。そんな訳でアンヌさんの一件も取りあえず一段落したところだし、レイはこれからブルダンに行くらしいから、手紙を書くことにするわ。……いい? カミラがエグジニスに来たというのも書くから、戻ったら怒られることを覚悟しておきなさい」

「うげっ」


 リンディの言葉は、カミラにとって非常に痛い代物だった。

 自分が孤児院に戻った時、一体どうなるのかといった風に思うのは当然だろう。

 今の状況を思えば、それこそ間違いなく厳しく……それこそ、これまで何度も叱られてきた中で、一番厳しく叱られてもおかしくはないだろう。

 実際にはカミラが来たおかげでアンヌの件を知り、こうして素早く対応出来たという一面もあったのだが……それを考えても、カミラが無茶をしたのは間違いない事実だった。

 勿論、カミラも現在の孤児院の状況をどうにかしようと考えていたのは間違いないし、現実にそれによってアンヌの件をリンディに知らせることが出来て、その上でレイが一緒にいたという偶然に助けられながらも、こうして現在はエグジニスの中でも最大規模の奴隷商の手助けを得ることが出来ていた。

 そう考えれば、カミラの行動が決して間違いだった訳ではない。

 しかし……それでも孤児院の大人にしてみれば、最悪の結末が頭にあってもおかしくはなかったのだ。

 そう考えれば、カミラが厳しく叱られるというのはどうしようもないことだったのは間違いない。


「安心しろ……って俺が言うのも何だけど、孤児院に行ったらカミラが知らせてくれたからアンヌを捜すことが出来たって風には言っておくよ。そうすれば、多少は説教の時間も減るだろ」

「本当!?」


 カミラにしてみれば、今のレイの言葉はこれ以上ない救いだった。

 今の状況を考えれば、レイに頼るしかないのも事実だったが。


「ああ、本当だ。だからリンディの書く手紙に、お前もリンディに頼んで書いて貰え。文字を書けるのなら、自分で書けばいいけどな」


 そう言いながらも、多分カミラは文字を書けないだろうと、そうレイは予想していた。

 この世界の識字率は、それなりに高い。

 例えば冒険者の場合、文字を読むことが出来なければ依頼ボードに貼られている依頼が具体的にどのような依頼なのかを誰かに聞くなりしなければならない。

 だが、朝一番……依頼書が依頼ボードに貼られる時、そんな真似をしているような余裕は当然のようにない。

 皆が割のいい仕事を欲してギルドに集まってきているのだから、それは当然だろう。

 他の冒険者を押しのけてでも自分達の仕事を手に入れようとしているのだから。

 そうなると、パーティを組んでいる誰かが文字を読めるか、もしくは……朝の忙しい時間が終わり、依頼ボードに残った依頼がどのような依頼なのか、ギルド職員か誰かに読んで貰うしかない。

 だが、当然のように依頼が残るということは、それ相応の理由がある。

 報酬が安いか、危険度が高いか、もしくは非常に面倒な依頼か。

 これが腕利きなら危険度が高い依頼ということで報酬にも期待出来ると判断したりもするのだろうが、文字を読めない冒険者というのは大抵が冒険者になったばかりの低ランク冒険者だ。

 そんな訳で、少しでも報酬のいい依頼を受けたかったり、あるいは依頼書に書いてある内容を読めないせいで依頼を失敗したりということを考えれば、当然のように冒険者は字を覚える。

 生活が……いや、場合によっては生死が関わってくるのだから、冒険者も必死だ。

 それこそ日本で学生が勉強をするのとは、その必死さが違う。

 とはいえ、それはあくまでも冒険者……いや、もっと大人になってからのことで、カミラのような子供が字を読み書き出来るとはレイにも思わなかった。

 そもそもの話、カミラは勉強するよりも外を駆け回っている方が似合う性格をしているのだから。

 案の定、カミラはレイの言葉に大人しく頷き、リンディに代筆を頼むのだった。






「じゃあ、行ってくる。手紙は間違いなく渡すから、安心してくれ。出来れば今日中にはエグジニスに戻ってくる。向こうで何もなければの話だけどな」


 エグジニスの門の前で、街を出る手続きを終えたレイは、見送りに来たリンディとカミラにそう告げる。

 リンディはレイの言葉に、真剣な表情で頷く。

 本来なら、やはりリンディもブルダンに行きたいのだろう。

 とはいえ、セト籠の存在は目立つので、それによって孤児院に迷惑を掛けるとなれば、迂闊に使う訳にもいかない。

 かといって、レイが提案したようにセトの足に掴まって移動するというのは、とてもではないが出来ない。

 最悪、リンディは何とかなるかもしれないが、カミラはどうしようもないだろう。

 それを分かっているからこそ、今回の一件に関しては諦めることにした。

 事情を書いた手紙をレイに預けることが出来たから、というのも大きいのだろうが。


「お願いね。色々と」


 そんな風に言ってくるリンディに頷き、レイはセトと共にブルダンに向かうのだった。






「いや、何もない様子で到着出来たな。これはちょっと予想外だったけど」


 地上にあるブルダンを眺めながら、レイはそんな風に呟く。

 正直なところ、トラブルを引き寄せる自分の性格を思えば、もしかしたらブルダンに行くまでに何らかの問題が起きるのではないかとすら思っていた。

 だが、実際には全く何の問題もなく到着したのだから、どこか拍子抜けしたような気分になってもおかしくはなかった。

 とはいえ、普通に考えればそれが当然のことなのだが。


「グルルルルゥ?」


 地上に降りる? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの背を撫で、そうしてくれと頼む。

 地上に降下していくセト。

 ブルダンの警備兵達は、上空から降下してきた巨大な相手を見て、咄嗟に武器を構える。

 基本的にこの辺りにモンスターはそう多くはないし、動物の類も街に近付くことは少ない。

 だがそれでも、万が一の為にこうして門番としているのだから、敵が上空から襲ってきたのなら、それに対処する必要があるのは間違いなかった。


「敵……だ……?」


 敵だ! と、本来なら門番はそう叫びたかったのだろう。

 だが、落下してきたモンスターの姿をよく見れば、どこか見覚えのある存在だった。

 ……いや、見覚えがあるどころではなく、セトは一度見たらその強烈な印象からそう簡単に忘れるような真似は出来ないだろう。

 ましてや、そのセトの背にレイが乗っているのを見れば、少し前にカミラを始めとした子供達を助けたというのを思い出さない訳がなかった。


「えっと……その、レイだったよな? で、そっちのグリフォンがセト。うちに何か用なのか?」


 構えていた槍を下ろし、門番の一人がレイにそう尋ねる。

 ここがエグジニスであれば、街に入る為の順番待ちをしている者がそれなりにいてもおかしくはないのだが、このブルダンは規模こそ街だが、田舎の街といったような場所だ。

 それだけに、街を出入りする者もそう多くはなく、そういう意味ではレイ達が街中に入りたいと言っても順番待ちは必要なかった。


「ああ。孤児院にちょっとな」


 孤児院。

 その言葉がレイの口から出た瞬間、二人の門番の表情が悲しみや不満、怒り、やるせなさ……といったように、様々に混ざった感情が浮かぶ。

 それはつまり、アンヌの一件を知っているということを意味していた。

 そんな門番達の様子に納得しながら、レイは疑問を口にする。


「それで、カミラがエグジニスまでアンヌの件を知らせに来て、リンディと一緒に保護したんだが……何でカミラを通らせたんだ?」


 普通に考えれば、カミラはまだ子供だ。

 レイ達と最初に会った時もそうだったが、何故こうも簡単に街の外に出られるようになっているのか。

 それがレイにとっては純粋な疑問だった。

 そんなレイの疑問は、門番達の痛いところを突いたのだろう。

 困った様子で、門番の一人が口を開く。


「どうやら、街の外に出られるような場所が幾つかあるみたいでな。子供達は、そういう場所を見つけるのが上手い」

「あー……うん。なるほど」


 その門番の言葉には、レイも納得してしまう。

 レイも子供の時に、小学校の近くにある工場に入り込む場所を見つけては、友人達と一緒に工場の敷地内に入り込み、秘密基地をつくっていたりした。

 そのような経験がある以上、門番の言うことも理解は出来た。出来たが……


「それ、色々と不味くはないか?」

「ああ、不味い。商人とか荷物を持っている奴はまず使えない場所だが、盗賊とかが街中に入り込むという意味では、十分に使われる可能性はあるからな」

「そういう風に言うってことは、今はその場所を通れないようにしてるのか」

「そうなる。……それにしても、カミラは無事にエグジニスに到着したのか……」


 心の底から安堵した様子で、門番の一人が呟く。

 もう片方も、その言葉には深く同意したように頷いていた。

 子供が一人でブルダンを出て、エグジニスまで行く。

 それが成功する可能性がどれだけ低いのか、門番として納得しているからこその言葉だろう。

 レイもまた、そんな門番達の言葉に頷く。


「今はエグジニスでリンディと一緒に待ってるよ。本当ならここに来る時に連れてきたかったんだが、こっちの都合でそれも無理でな」

「それでも、カミラが無事だったことは喜ぶべきことだよ。本当に助かった。ありがとう」


 レイは門番に感謝されながら、街に入る手続きをするのだった。






「さて、まずは孤児院だな」


 ブルダンの中に入ったレイが最初に目指すのは、当然ながら孤児院だ。

 そもそも、カミラの件やアンヌを捜している件、そしてリンディから貰った手紙を渡す為にブルダンまでやって来たのだから、当然だろう。

 それと今回の一件でガービーという男が一体何を考えてこのような真似をしたのかも、出来れば調べたいところだった

 盗賊の消失やドーラン工房からの襲撃といったように、現在のレイは色々と抱えている。

 しかし、そんな状況であってもアンヌの一件は放っておく訳にもいかなかった。

 この辺は、アンヌを知っているからこそ自分から動いたといった一面が強いのだが。


「グルルルルゥ」


 レイの隣を進むセトも、これから孤児院に行くというのは理解しているのか、喉を鳴らしてレイの言葉に同意する。

 いつもなら、セトは自分と一緒に遊んでくれる相手がいる場所にいるのだから、嬉しそうにしてもおかしくはない。

 それがこうしてあまり嬉しそうにしていないのは、セトも今の状況で暢気に喜んでいられるような時ではないと、そう理解している為だろう。

 そうして道を進み……ブルダンの住人から驚きの視線を向けられつつも、進むレイとセトの視線の先には、やがて目的の孤児院が見えてきた。

 おや、と。

 孤児院の様子を見て、少しレイは疑問に思う。

 何故なら、孤児院の庭から子供が遊ぶ声が聞こえてきた為だ。

 アンヌの件で、子供達は心細く思っているのでは? と、レイはそんな風に思っていた。

 しかし、聞こえてきた声は紛れもなく子供達の遊んでいる声だ。

 これが泣き叫ぶような声であれば、レイも子供達がアンヌがいないことに対して泣いているのだろうと、そう理解したのだろうが。

 そういう意味では、子供達が悲しんでいないという点では悪くないのだろうと思いながらも、何故アンヌの件で悲しんでいない? と疑問に思いながら、レイはセトと共に孤児院に入っていくのだった。

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