2720話
セトには表で待っていてもらい、ギルドに入ったレイは……
「レイ? どうしたの?」
そうリンディに声を掛けられる。
正直なところ、リンディがいたのは嬉しい。
嬉しいのだが、同時にいてしまったか……といった思いを抱いたのも事実。
出来ればリンディにはいてほしくなかったという思いもある。
そう思いつつも、しかしリンディがいた以上は話をしない訳にもいかない。
「リンディに会おうと思ってな。これから時間があるか?」
何も知らない者が聞けば、レイがリンディを口説いているようにしか見えない光景。
実際、レイのことを知っている者も知らない者も、何人かはレイがリンディを口説いていると思って見ている者もいる。
とはいえ、リンディはそれなりに顔立ちが整っており、それなりに男に言い寄られることもある。
しかしゴライアスに恋しているリンディは、他の男に口説かれたからといってそれに付き合うことはない。
臨時のパーティで依頼を受け、その打ち上げとしてパーティ全員で……となれば、また話は変わってくるが。
そんなリンディのことを知っている者達は、レイの誘いを断ると、そう思っていたのだが……次の瞬間にリンディの口から出たのは、予想外の言葉。
「分かったわ。ちょっと待っててちょうだい」
そう言い、リンディは一度レイの前から離れ、レイが以前見た覚えのある者達の場所に向かい、一言二言話すとレイの方に戻ってくる。
「話はすんだから、行きましょう」
「いいのか? 見た感じ何か用事があったみたいだけど」
時間的にこれから依頼を受けるといったようなことではないのだろうが、それでも見た感じではパーティの仲間と何らかの用件があるように思えた。
しかし、そんなレイの言葉にリンディは全く問題ないと頷く。
「ええ。少し戦闘訓練をする予定だっただけだから。レイの話の方が重要でしょう?」
勿論、冒険者にとって戦闘訓練というのは非常に重要な出来事だ。
そうでなければ、その技量が上がるということはないし……それどころか、技量が劣化する可能性すらあった。
それをどうにかする為には、当然のように訓練をする必要がある。
冒険者になり、街の外で依頼を受けられるようになって、そこで才能があったことによりモンスターを圧倒するといった者が、それで自分は天才なんだと考え、訓練をしなくなり……結果として落ちぶれていくというのは、ありふれた話だ。
そういう意味では、リンディがここで訓練を止めるのは不味いのだが、それを考えた上でもリンディにとってレイと話すという時間は必要だった。
周囲にいる冒険者のうち、何人もが驚きの表情を浮かべているのだが、リンディはそれを気にした様子もなくレイと共にギルドから出る。
「それで、どこで話をするの?」
「ロジャーにも同時に話したいことがあるからな。まずはロジャーの隠れ家に向かう」
隠れ家? とリンディは呟くが、レイの表情を見ればそれ以上は今は聞かない方がいいと判断したのだろう。
それ以上は無理に聞くといったような真似をせずにレイについていく。
(この様子からすると、多分ゴライアスさんの一件で何かあったのよね? わざわざ私を呼びにきたんだし。けど、そうなると……一体何があったのかしら?)
出来れば悪い報告ではないといいんだけど。
そう思いながら、レイとセトの後ろを進む。
そして……珍しいことに、レイは道に迷うことなくロジャーの隠れ家に到着した。
「ロジャー、いるか? ちょっと話がある」
扉をノックし……するとやがて扉の向こう側で何かが動く気配がし……
「レイ? どうしたんだ?」
やがて扉が開き、そこからロジャーが顔を出す。
そのことに安堵しながら、レイは言葉を続ける。
「ちょっと話がある。お前にも関係のあることだ」
「話? ……分かった」
渋々といった様子で、レイを家に上げる。
本来なら、オークナーガの素材についてもっと研究していたいというのがロジャーの正直な気持ちなのだろう。
それでもレイの話を聞く気になったのは、レイに対してはオークナーガの件で恩があるというのもあるし……それ以外にも、もしかしたらもう少し何か素材を貰えるかもしれないといった下心もあったのだろう。
ともあれ、レイとリンディはロジャーの隠れ家に入る。
当然ながら、セトは中に入ることが出来ないので、外で待っていたが。
とはいえ、それはレイにとってもそれなりに助かるのは間違いない。
血の刃が消滅したとはいえ、残党がまだ自分を狙っている可能性は否定出来なかったし、それ以外にも血の刃が消滅したと知ったドーラン工房が他の暗殺者ギルドに頼んで自分を狙うといった可能性は否定出来なかったのだから。
ドーラン工房の件を話す以上、その邪魔をされない為にもセトが外で待っていてくれるというのは、レイにとって非常に助かるのは間違いなかった。
「さて、それで一体何の用件で来たんだい?」
少し不満そうな様子を見せるロジャーに対し、レイはリンディを見てから、改めてロジャーを見て口を開く。
「昨日の夜に、俺はスラム街に行った。暗殺者の件を解決する為にな。その件で色々と分かったことがあるから、こうして説明をしにきたんだ」
「……私とリンディの二人にか?」
少しだけ意外そうに、そして興味深そうにロジャーが呟く。
ロジャーにしてみれば、自分とリンディの間に一体どんな関連があるのか分からなかったからだろう。
そんなロジャーに比べると、リンディはここに来るまでの間にレイから自分とロジャーに話があるということを聞いていたので、そこまで驚く様子もない。
「そうだ。一応言っておくが、これから俺が話すのは事実もあるが、予想というのもある。その上でかなり驚くような内容もあるから、それを承知の上で聞いて欲しい。……くれぐれも俺の話を聞いた後で暴れたりとか、そういう真似はしないようにな」
改めてレイがそう言うと、ロジャーとリンディも気軽に聞けるような話ではないと理解したのか、真面目な表情になる。
そんな二人が頷いたのを確認し……それからレイは、自分が一番扉に近い場所にいるのを改めて確認してから、口を開く。
「まずは一つ。さっきも言ったが、俺を狙っていた組織を潰した。その組織の名前は血の刃。エグジニスで暮らしているのなら、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
例えエグジニスで暮らしていても、一般人であれば暗殺者ギルドという存在は知っていても、その名前については知らなくてもおかしくない。
だが、リンディは冒険者で、ロジャーはエグジニスの中でも最高峰の錬金術師だけに裏の情報に多少なりとも通じているだろうというのがレイの予想だった。
そうである以上、血の刃という暗殺者ギルドの名前を知っていてもおかしくはない。
事実、レイの口から出た血の刃という言葉に二人は反応した。
「どうやら知ってるようだな。取りあえず、俺を狙っていたのはその血の刃だった。とはいえ、何度も繰り返すようだが、その血の刃は壊滅したから心配しなくてもいい」
こうしてレイが何度も壊滅したと繰り返すのは、血の刃の名前は知っていても、実際にそのような相手に狙われた経験がない二人を落ち着かせる為だった。
(リンディはともかく、ロジャーはエグジニスの中でも最高峰の錬金術師だ。それを考えれば、暗殺者に狙われた経験があってもおかしくないと思うけど。ましてや、この性格だし)
最初の出会いがセトを襲ったというようなものだっただけに、ロジャーは必ずしも人当たりのいい性格という訳ではない。
それらの事情があれば、ロジャーを殺そうと狙う者もいるだろう。
一応ロジャーには護衛がいるのだが、その護衛もそれなりの技量ではあってもそこまで強い訳ではない。
事実、レイが気配を探れば少し離れた場所にそれらしき気配がある。
(そもそも、俺達が訪ねてきた時に護衛じゃなくロジャーが自分で出てきたって時点でちょっとな)
そんな風に思いつつ、血の刃の名前に多少なりとも落ち着いた様子を確認すると、レイは話を続ける。
「そして、これだ」
レイがミスティリングから取り出したのは、血の刃とドーラン工房の間で交わされた契約書。
それを渡すと……
「なっ!?」
「えっ、嘘でしょ」
ロジャーとリンディの二人が、揃って驚愕の声を上げた。
そこに書かれていたのがドーラン工房とあったのだから、当然だろう。
ロジャーとリンディは信じられないといった様子で契約書を見て、レイを見て、契約書を見て、レイを見て……改めて契約書を見る。
「レイ、一応聞くけど……これは偽造じゃないのよね?」
「そうだ。風雪という暗殺者ギルドを知ってるな?」
『え?』
何故ここで風雪の名前が出て来るのかといった、完全に意表を突かれた様子で呟く二人。
そんな二人を見て、レイはどうやって血の刃を潰したのかを話す。
(そう言えば、風雪の拠点を教えてくれたあの二人って、どうなったんだろうな。真っ先にスラム街から逃げ出した筈だし、風雪も俺の気分を損ねるような真似はしないだろうから、多分大丈夫だとは思うけど)
血の刃の件を話しながら、レイはそんなことを思う。
普通に考えれば、血の刃と全面対決――奇襲したので風雪の被害は少なかったが――することになった最大の理由は、やはり風雪の拠点を教えた二人にあるだろう。
もっとも、レイが風雪の拠点について知っていたのは、ロジャーの護衛から大体の場所を聞いたからというのが大きい。
ロジャーの護衛は暗殺者の拠点といった認識でしかなく、そこが風雪の拠点だとは知らなかったが。
ともあれ、レイが情報料として渡した大量の斧を抱えて逃げた二人の行方が少し気になるレイだったが、取りあえず大丈夫だろうと判断して会話を続ける。
「そんな訳で、俺を狙ったのはドーラン工房な訳だ。正確には、ドーラン工房全体の意思なのか、もしくはドーラン工房の一部の者の思惑なのか、その辺は正確には分からないが。もし一部の者の思惑の場合、実際にゴーレムを作っている錬金術師達は何も知らない可能性が高いな」
錬金術師が知らないかもしれないと口にしたのは、ロジャーが暴走しないようにと考えてのことだった。
同じ錬金術師だけに、レイを襲ったのが許せず、ドーラン工房に突っ込むのではないかと、そう思ったのだ。
もっともレイを襲うということであれば、レイと会った時にセトを襲っていたロジャーが言うべきことではないのかもしれないが。
ただし、セトを襲ったロジャー達とレイを襲うように暗殺者ギルドに依頼したドーラン工房では、色々と条件が違う。
「そう……だといいんだが。それで、何故暗殺などといった真似を?」
ロジャーに促され、レイは二人が暴走しないように気をつけながら口を開く。
「あくまでも可能性。俺が思いついた内容だが、二つ予想出来る。一つは、盗賊の消失を俺が調べていて、それで俺が邪魔だと判断した為。この場合、あくまでも予想になるが、ライドンが言っていた盗賊を素材にしているといった可能性が高い。……落ち着け!」
レイが最後まで何かを言うよりも前に、ロジャーが立ち上がろうとしたのを見てそう叫ぶ。
レイの言葉で我に返ったロジャーが座るのを見て、リンディに視線を向けて言葉を続ける。
そのリンディはレイが何を言いたいのか理解しているのだろう。
先程のロジャーと同じく、すぐにドーラン工房に向かって走り出したいのを、何とか我慢していた。
「リンディにとってはあまり面白くない話になるかもしれないが、予想を続けるぞ。盗賊の消失がドーラン工房の仕業だった場合……そしてゴライアスの行方不明がドーラン工房の仕業の場合、ゴライアスもゴーレムの素材として使われている可能性がある」
そんなレイの言葉は、リンディに悲壮な表情を浮かばせるには十分だった。
「そしてもう一つ。……俺がクリスタルドラゴンの素材を持っているのはドーラン工房も知ってるだろうから、それを奪おうとしてというもの」
こちらについては、ロジャーやリンディも納得しやすかったのか、特に反応しない。
……最初にレイが口にした予想が、それだけ衝撃的だったというのもあるのだろうが。
「あるいは、最初はそのどちらかが目的だったが、現在では両方を目的にしている可能性もある。そう考えれば、今回の一件は色々と納得がいくだろう。……落ち着け!」
再びロジャーとリンディが立ち上がろうとしたのを見て、レイは鋭く声を掛ける。
「暴走するなと言っただろう。これはあくまでも仮定に仮定を重ねた内容でしかない。……それで、ロジャー。聞きたいんだが、人間をゴーレムの素材にするといった事によってゴーレムの性能は上がるのか?」
そう、レイは尋ねるのだった。