2719話
マルカ達に事情を説明し、そうして明らかになったドーラン工房がレイの暗殺を血の刃に依頼したという話。
これは、マルカ達にとっても驚きではあったが……
「考えてみれば、納得出来るのかもしれないのじゃ」
マルカの口から出たその言葉に、レイとニッキーは視線を向ける。
どういうことだ? とそんな説明を求める声に対し、マルカは考えを纏めながら言う。
「レイの持つクリスタルドラゴンの素材ではなく、人を素材にしたゴーレムという話じゃが……少し大袈裟な話になるのじゃが、ここ暫くの間、エグジニスのゴーレムは新型であっても以前のゴーレムを少し強化したり、使用用途を少し変えたり……といった物が多かった。昨日来たロジャーにしてみれば、あまり認めたくない話じゃろうがな」
そこまで告げたマルカは、異論はないな? とレイとニッキーを見る。
ニッキーはマルカの護衛をする為にエグジニスにきたのだから、当然のようにその情報については知っていた。
しかしレイは、ギルムで最近エグジニスで高性能なゴーレムが売られるようになったという情報だけを聞いてやって来たので、そこまで詳しい事情は知らず。マルカの言葉にそうだったのかと納得した様子を見せる。
そんなレイにマルカは一瞬呆れの表情を浮かべたものの、すぐにまた口を開く。
「そのように、言ってみれば技術の停滞とでも呼ぶべき状態だった中で、ドーラン工房のゴーレムは明らかに異彩を放っていた。だからこそ、そのゴーレムを求めて多くの者がこうしてエグジニスに直接足を運ぶことになった訳じゃが……普通に考えれば、そう簡単に今までとは全く違う技術のゴーレムが出て来るとは考えられんじゃろう?」
「それがつまり、人を素材にしたゴーレムだってことか?」
「恐らくじゃがな。とはいえ、それはそれで疑問がある」
「人を素材に使っている以上、何かあった時……故障したのを修理したり、点検する時に知られる可能性があるか」
マルカが何を言っているのかは、レイにも分かった。
以前から何度もゴーレムの素材に人間が使われていた場合、間違いなくそれを隠し通すのは難しいだろうと、そのように思っていた為だ。
レイの言葉に、マルカは素直に頷く。
「その通りじゃ。妾はゴーレムについてはそれ程詳しくはないのじゃが、それでもゴーレムを購入する為にエグジニスにやってくる前に、簡単にではあるが調べておる。その結果として、もし人を素材として使っているのであれば、それを隠し通すのは不可能……とまでは言わんが、かなり難しいのは間違いない。ましてや、妾ですらそのような感じじゃ。本職の錬金術師が調べれば、確実に判明するじゃろう」
「俺も同じ考えだ。けど……それはあくまでも人の素材をそれと分かる形で使っていた場合だろう? そうでない場合、具体的には人の素材を加工して、一目でそれが人の素材であると見分けることが出来なくなっていたら、どうする?」
「それについては、妾も見分けるのが難しいじゃろうな。じゃが、それはあくまでも妾ならばの話じゃ。先程も言ったように、本職の錬金術師が調べた場合、分からないということはないじゃろう?」
「うーん、お嬢様の言う通りのような気もするっすけど、そのゴーレムを買った者達にしてみれば、既に人の素材を使ったゴーレムを買ってしまった訳っすよね? なら、そのような物を買ったと他人に言えるっすか?」
「言えない者も当然いるだろうな。けど……今まで具体的にどのくらいのゴーレムをドーラン工房が売ってきたのかは分からないが、その全員が全く何も反応しないのはおかしい、か」
世の中には自分にとって不味いことについては口を噤むといった者もいるだろうが、それ以外にも自分の中の正義感に従って行動するといった者も少なからずいる。
あるいは、そのまま黙っていると結果として自分にとって面白くない結果になるといったようなことを考えている者だったり。
「ふむ、そうなると……考えられる可能性としては、先程の妾の説明とは少し矛盾するようじゃが、本職の錬金術師が見ても、それが人間の素材だとは分からないように加工されている、とかはどうじゃ?」
「そういう手段もあるな。とはいえ、そういうのが簡単に出来るのかといった問題があるけど」
「その辺に関しては妾には分からん。あくまでも錬金術の知識について知っているのは一般的なものでしかない。ゴーレムについてはエグジニスに来る前に勉強した程度じゃからな」
公爵家の令嬢が勉強する内容を一般的なものと表現してもいいのかどうか、正直なところレイは分からない。
分からないが、本人が一般的な知識と言っている以上、そういうものだろうと納得しておく。
「そうなると、その辺はそれこそ本職に聞く方がいいんだろうけど……どうだろうな。ロジャーの性格を考えると、もし俺がそういうことを聞けば、何故そんなことを聞いてくるのかといった疑問を抱くし、それで俺が本当のことを言えば、ドーラン工房に突撃しかねない」
「うーむ……否定したいところじゃが、否定出来んのう」
マルカとロジャーはあまり親しくない。
親しくはないのだが、それでも分かるくらいにロジャーは分かりやすい相手だったのだろう。
実際、レイにとってもロジャーという相手は非常に分かりやすいのは間違いない。
「かといって、他にゴーレムに関して詳しい奴もいないしな」
正確には、ゴーレムについて詳しい者ならエグジニスには幾らでもいる。
ゴーレム産業が盛んな街なのだから、その辺は当然だろう。
しかし、そんな中で信頼出来る者となると、極端に数が減ってしまう。
いや、数が減るどころかロジャーくらいしか思いつかないというのが正直なところだ。
それ以外であれば、それこそドーラン工房に報告するか、あるいは解析してもそれを自分の技術にしようとするか。
その辺りがどうなるのか、非常に微妙なとこだろう。
レイとしては、今回の一件の重要さを考えればとてもではないがロジャー以外に相談しようとは思わない。
「お嬢様は誰かゴーレムに詳しい知り合いはいないんすか?」
「妾か? うーむ、そうじゃな。ゴーレムに詳しいというだけであれば何人かおるが、本当に信頼出来るかと言われれば難しいのう。そこまで深い付き合いではないのじゃから。ああ、じゃが公爵領に戻れば話は別じゃぞ?」
「戻れば、か。それなら俺もギルムに……うん、まぁ」
最後まで言い切らずに言葉を濁すのは、ギルムにいる錬金術師達について思い出したからだろう。
勿論、ギルムにいる錬金術師全員がそのような相手ではないのはレイも理解している。
実際にクリスタルドラゴンの素材を受け取る為にギルムに戻った時に話した錬金術師は、本当に普通の感性を持っていたのだから。
とはいえ、やがてレイが知っている錬金術師達に染まるという可能性は否定出来ないのだが。
「取りあえず、ロジャーに話を聞いてみるよ。結局のところ俺の知り合いで一番ゴーレムに詳しいとなると、ロジャーだし」
「……大丈夫か?」
「その辺は、いざとなったら力ずくでどうにかする。そうなると、残る問題はリンディをどうするか、だな」
「む……」
レイが何を言いたいのかを理解したのだろう。マルカは言葉に詰まる。
リンディが今回の一件でレイに協力しているのは、盗賊の消失がゴライアスの消失にも繋がっているのではないかと、そのように思っている為だ。
リンディにとってゴライアスは、好意を……恋と呼んでもいい程の好意を抱いている相手だった。
もし盗賊がドーラン工房のゴーレムの部品として使われている場合、盗賊と同じく姿を消したゴライアスもまた、そのような結末になっている可能性が高い。
勿論、実はゴライアスは盗賊の消失とは全く関係なく、何らかの理由でエグジニスを離れているといった可能性もあった。
だが、リンディとも親しい以上、本来ならもしエグジニスを出るのならリンディにその辺について話してもおかしくはない。
そうである以上、リンディがもしかして……と、そう思うのは当然の話だろう。
「誰がリンディに話すかだな」
「それはレイじゃろ」
「レイの兄貴しかいないっすよね」
レイの呟きに、マルカとニッキーが即座にそう言ってくる。
レイとしては、そんな二人の言葉に何で俺に決まっている? といった思いで視線を向ける。
「俺か?」
「当然じゃろう。そもそも、リンディと一番親しいのはレイじゃ。そうである以上、レイがリンディに事情を話すのは当然じゃろう?」
「ぐ……それは……」
マルカの口から出たのが正論だった為、レイは反論出来ない。
実際、リンディと一番付き合いが長い――それでも誤差範囲だが――のはレイで間違いない。
そうである以上、やはりここはレイがリンディに説明するのが一番いいのは間違いなかった。
「分かった。そうなると……そうだな、ロジャーと一緒に話した方がいいか。面倒は出来るだけ一度ですませたいし。それに二人がいればどっちかが暴走といったこともないと思うし」
「……場合によっては、二人が暴走するような気がするのじゃが」
マルカの疑問に隣で話を聞いていたニッキーも同意するように頷く。
ロジャーやリンディの性格を詳細に知っている訳ではないが、それでも一度会っただけでそんな風になるのは予想出来てしまった。
だからこそ、今回の一件においては暴走してしまうのでは? それこそドーラン工房に突撃するのでは? と、そんな風に疑問を抱いてもおかしくはない。
「ロジャーの方はゴーレムについての話を聞く必要がある以上、話す必要はあるっすけど……リンディの方は今は無理をして話す必要はないんじゃないっすか?」
ニッキーのその言葉が一理あるのは事実。
そもそもの話、ゴライアスの一件が盗賊の消失と本当に同じ理由でそのようなことになったのかどうかは、まだ不明なのだ。
恐らくは、多分、予想では……そんな風に、他に何の情報もないからこそ、そのように思えているというのが正しい。
そうである以上、ゴライアスの一件は本来なら話さなくても構わないのでは?
ニッキーの言葉に対し、そのように思うレイだったが……少し考えてから、やがて首を横に振る。
「ニッキーの言いたいことも分かるが、リンディは俺にとって非常に重要な協力者だ」
レイにしてみれば、エグジニスの中で信用出来る冒険者となると、それこそリンディくらいしかいないのも事実だ。
他にも何人か情報を持ってきたら金を払うといったような協力要請をしている冒険者はいるが、そちらは完全に取引だけの繋がりとなる。
そのリンディがレイに協力している理由は、レイが孤児院を助けたというのもあるのだろうが……それ以上に、やはりいなくなったゴライアスを捜すというのが最大の目的なのは間違いない。
だからこそ、ゴライアスに続く……かもしれない情報をレイが入手したにも関わらず、それをリンディに教えないといったようなことになった場合、リンディはレイに協力をするかどうかは微妙な問題となる。
リンディがそれを知った場合、もうレイは頼りにならないと判断し、一人でゴライアスを捜す……といったような真似をしてもおかしくはなかった。
レイとしては、そのような事態になるのは絶対に避けたい。
そうである以上、この状況でレイが出来るのはやはりドーラン工房の件をリンディにもしっかりと話すことだった。
「その件でリンディが暴走しそうになるかもしれないが、そちらに関してはこっちで何とか止めるよ」
最終的に、レイはそのように告げるのだった。
「さて……リンディとロジャーを見つけるか。多分大丈夫だとは思うけど、もし暴走したらセトも止めるのを手伝ってくれよ」
「グルルゥ」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
普通なら、少し前に宿に戻ってきたばかりでまた出掛けるとなれば、面倒臭そうに、もしくは嫌そうにしてもおかしくはないのだが、セトにしてみればレイと一緒に出掛けることが出来るというだけで十分に嬉しい出来事なのだ。
そうである以上、嬉しがることはあっても不満に思うことはない。
「まずはギルドによってリンディを見つけて、それからロジャーの隠れ家に向かうといった感じか」
正確には以前行った場所はロジャーの隠れ家といった訳ではない。
しかし、それでもロジャーのいる場所としてレイが真っ先に思いつくのはそこだった。
そこにいなければ、ロジャーの所属している工房に行く必要があったが、レイとしては出来れば隠れ家にいて欲しいと思う。
また、リンディも冒険者である以上、ギルドにいるか、もしくは依頼を受けているのか。
その辺も判別せず……結局なるようになれといった気持ちで、レイはセトと共にギルドに向かうのだった。