2718話
とりあえず倉庫にあったお宝はミスティリングの中に収納し、マジックアイテムの類は大半がポーションや毒薬だったので、風雪の専門家にどのような効果を持つのかの分析を頼んだ。
他のマジックアイテムとしては、レイにとってはあまり興味のないような……それこそ金持ちが自慢する為に有するような物だったが、後々何かに使えるだろうと判断してミスティリングに収納しておく。
この手のマジックアイテムは、自分で金を出してまで購入しようとは思わないものの、無料で貰えるのなら……と、そう判断した為だ。
レイがその辺のコレクターであれば、そうして集めても置く場所がないという事で困ったりしてもおかしくはないのだが……幸いにも、レイの場合はミスティリングがある。
使う予定もないが、取りあえず集めておいたといったような代物であっても、置く場所に困るといったことはない。
そういう意味ではレイはコレクターに非常に向いているのだろう。
もっとも、コレクターというのは集めるというのは勿論のことだが、同時に他人に自分のコレクションを見せつけるといったようなことも好む。
普通のコレクターなら、自分の集めたコレクションをすぐにでも他人に見せることが出来るだろうが、レイの場合はコレクションの大半がミスティリングの中に入っている以上、それを他人に見せることが出来ない……こともないが、それは難しい。
特定のコレクションをピンポイントで見せるといったような真似なら、容易に出来るだろう。
しかし、自分の集めたコレクションを並べ立てて見せる……といったような真似は難しい。
(マリーナの家に飾るか? ……いや、怒られるか)
マリーナの家であれば、精霊による防犯という意味では非常に信頼度が高い。
とはいえ、マリーナの家は貴族街にある他の貴族の建物と比べると、非常に小さい。
他の貴族の家が屋敷と呼ぶに相応しいのに対し、マリーナの家は家という表現が相応しい。
そんな建物である以上、当然ながらレイが集めた……そしてこれから集めるだろうマジックアイテムを自由に飾るといったような場所はない。
「今の状況でそんなことを考えても、意味はないか。この先、俺が普通のマジックアイテムを集めるようになるかどうかすら分からないんだし」
「グルルゥ?」
レイの隣を歩いていたセトは、どうしたの? とレイを見て喉を鳴らす。
そんなセトに何でもないと首を横に振り、その身体を撫でながら周囲の様子を見る。
風雪の倉庫からの帰り道。
当然の話だが、現在は特に誰かに狙われるといった様子はない。
いや、正確にはセトを連れているので多くの者に視線を向けられているのは事実だが、それはあくまでも物珍しそうな視線であったり、驚きの視線であったり、友好的な視線であったりする。
しかし、そのような視線の中には殺気が込められた視線といったようなものはない。
そういう意味で、取りあえず自分は誰かに狙われているといったようなことはないと、安心出来た。
(まず、この件は誰に連絡を取るべきだ? やっぱりロジャーか?)
自分を狙っているのがドーラン工房である以上、やはりここは同じ錬金術師……それもエグジニスでは屈指のゴーレム関係の技術を持つロジャーに話を聞くべきか。
そう考えたレイだったが、すぐにそれを否定する。
何故なら、ロジャーの性格を思えば、それこそ今回の一件を大きな騒動にしかねないと、そう思った為だ。
とはいえ、レイにもそれは分からないではない。
ドーラン工房がどのような理由で自分を狙っているのかは分からない。
だが、考えられる可能性としては、やはり盗賊やゴライアスが消えた件か、もしくはレイの持つクリスタルドラゴンの素材を目当てにしたもののどちらかが有力だろう。
あるいは、その二つがどちらも理由であるという可能性もあるが。
どちらが理由であるにしろ、ロジャーにとってドーラン工房の所業は許せるものではないというのがレイの予想だった。
ロジャーにとって、レイは希少な素材を渡してくれた相手だ。
また、こちらはレイの予想でしかないが、ロジャーは多少極端な態度を取ることはあるが、それでもゴーレムを製造するのにプライドを持っている。
ライドンから聞いた、人を使ってゴーレムを作っているとなれば、それが許せないと思うのは間違いない。
(普通に考えて、人を素材にしてゴーレムを作ってるってのは、人聞きが悪すぎるしな)
モンスターの素材を使ってゴーレムを作ってるのだから、人を素材にしてもいいのでは? と、そのように思う者が出て来ても、おかしくはない。
そんな風に考えながら歩いていると、やがて星の川亭に戻ってくる。
セトと別れ、部屋に戻ると……
「レイ、どこに行っておったのじゃ! 全く、妾のことを放っておいて!」
「いや、お嬢様。レイの兄貴とは別に約束してなかったっすよね? ……すいません、お嬢様がレイの兄貴と遊びたかったらしいっす」
部屋の前にマルカとニッキーの姿があり、マルカに戻ってくるのが遅い! と叱られる。
そんなマルカの横では、ニッキーがレイに向かって謝っていた。
「そうか、悪いな。ちょっと暗殺者ギルドと接触していたんだよ」
「はぁっ!?」
レイの口から出たのは、マルカにとっても予想外の言葉だったのだろう。
驚きの声を上げつつ、改めてレイを見てくる。
そして慌てて周囲の様子を見る。
幸い、周辺の廊下には誰の姿もなく、今のレイの言葉を聞いてる者はいなかった。
そのことに安堵し、マルカは急いでレイに扉を開けるように言う。
「早く扉を開けるのじゃ。このような場所でそのようなことを言いおって……一体何を考えておる。まずは、部屋の中で詳しい話を聞かせるのじゃ」
マルカに促されたレイは、その言葉に従って扉を開け、部屋の中に入る。
するとマルカはレイが何も言わないうちから部屋の中にあるソファに座る。
既にこの部屋の勝手は慣れたものだと、そう言いたげな様子で。
ニッキーはそんなマルカの様子を見てレイに頭を下げつつ、それでもマルカの横に座った。
本来なら、ニッキーはマルカの護衛だ。
このような場合はいつでもマルカを守れるよう、マルカの後ろで待機している筈だった。
マルカの隣に座るといったような真似をすれば、何かあった時にマルカを守るのに一歩遅れてしまう。
とはいえ、ここはレイの部屋だ。
レイがマルカに危害を加えるような真似をするとは思えないし、また部屋の外から誰かがマルカを狙おうとした場合、自分よりもレイの方が先にそれに気が付く。
そうである以上、ここで自分が無理に護衛をする必要はないと、そう思えた。
そんなニッキーの様子に気が付いているのか、いないのか。
マルカは真剣な様子で……それでいながら好奇心に目を光らせ、レイに尋ねる。
「それで、一体何があったのじゃ?」
「取りあえず、俺は昨夜スラム街に行った。目的は風雪というエグジニスの中でも最大規模の暗殺者ギルドを潰すこと」
「おおう……」
いきなりレイの口から出た言葉に、マルカは驚きの声を漏らす。
そのようなことを昨夜匂わせていたのは事実だったが、まさかその日のうちにいきなり行動に出るというのは、マルカにとっても完全に予想外だったのだ。
とはいえ、そんな危険な真似を! といったようなことはマルカの口から出ない。
レイの実力を知っているからこそのことだ。
「けど、その暗殺者ギルド……風雪って言うんだが、その風雪は俺の暗殺依頼を受けた組織じゃなかった。俺の暗殺依頼を受けるんだから、暗殺者ギルドの中でも一番大きな組織の仕業だと思ったんだけどな」
「それで、風雪という組織はどうなったのじゃ?」
「本来なら、俺にちょっかいを出せばこうなるというのを示す為に、風雪には潰れて貰うつもりだった。だが、風雪の幹部から交渉を持ちかけられてな」
「交渉?」
それはマルカにとっても意外な言葉だったのか、驚いた様子を見せる。
「なるほど、幹部だけあって頭がいいっすね」
マルカの横では、ニッキーが納得の表情を浮かべていた。
マルカが視線でどのようなことなのかと尋ねると、ニッキーは真剣な表情で口を開く。
「いいっすか? レイの兄貴が襲撃してきたんすよ? しかも、レイの兄貴を狙っていた組織じゃないということは、当然だけどレイの兄貴を警戒していた訳ではない筈っす。そんな状況では、例え暗殺者ギルドであっても出来ることは少ないっすよ」
それこそ、交渉くらいしかないっす。
そう告げるニッキーの言葉に、マルカも納得する。
レイという強大な戦力を相手にするのだ。
何の準備もしていない場所にいきなり突っ込んでくるような真似をされれば、それに対処するのは難しいだろう。
もっともマルカにしてみれば、例え襲撃について知っていてもレイと戦いたいとは思わない。
レイとは戦うということになった時点で最悪の未来しか待っていない……そんな一種の災厄に近い存在なのだ。
そうである以上、戦わないようにするのが最善の選択であり、そういう意味では風雪の交渉役が取った選択肢は最善のものだった。
マルカは風雪の行動に感心する。
「で、その交渉の結果、風雪が俺を狙っている暗殺者ギルド……血の刃って名前だったらしいが、そこを潰して、誰が俺を殺すように依頼したのかの情報を入手するってことになった」
「それはまた……言ってみれば身代わりに等しいものじゃな」
正直にそう口にするマルカだったが、実際レイもそう思うし、交渉役のニナもそのつもりだったのは間違いない。
ただし、その身代わりは実際にレイを狙っていたのだから、特にその件について責めるつもりはなかった。
「そうなる。で、そういう約束をして俺が風雪のアジトから出たら、すぐに血の刃の拠点を襲ったらしい」
「それはまた……」
レイの説明に、マルカの口からは先程と全く同じ言葉が漏れる。
当然だろう。マルカであっても、普通ならそのような場合は偵察であったり、襲撃についての段取りをしっかりと整えてから攻撃をすると、そう思うのだから。
しかし、今の状況から考えるととてもではないがそのようには思えない。
だが、それでもレイが不満そうにしていないのを見れば、その襲撃が成功だったということを意味していた。
「で、その時に入手したお宝とか、契約書とかを受け取って戻ってきた訳だ」
「契約書……じゃあ、誰がレイの兄貴を狙ったのか、分かったんすか?」
今までは大人しく話を聞いていたニッキーだったが、そこは聞き流せないと思ったのか、そう聞いてくる。
ニッキーにしてみれば、レイは年下ではあっても尊敬する兄貴分だ。
それだけに、そんなレイを狙った相手が誰なのかというのは是非知っておきたい。
他にも、レイとマルカは仲がいいだけに、今日のように一緒の時間をすごすことも珍しくはない。
それだけに、そんなレイを暗殺しようとする者がいるのなら、ここでしっかりとその相手について知っておきたいと、そう思っての発言だった。
そして……ニッキーの問いに、レイは頷く。
「ああ、分かった。……ドーラン工房だ」
『えっ!?』
レイの口から出て来たのが、予想外の名前だったのだろう。
ニッキーと……そしてマルカも揃って驚きの声を上げた。
「ドーラン工房じゃと? それは何かの間違いではなくか?」
驚きのままにそうマルカが尋ねたのは、やはりレイの口から出て来たのがドーラン工房といった名前だったからか。
マルカがニッキーと共にエグジニスに来ているのも、ドーラン工房のゴーレムを購入しようとしてのことだ。
いや、マルカだけではなく、そのドーラン工房に狙われているレイもまた同様だった筈だ。
なのに、何故レイがドーラン工房に狙われるのか。
そう疑問に思ってしまうのは、当然の話だろう。
「それについては、俺も正確には分からない。契約書には狙う理由なんて書いてないしな」
そう言い、ミスティリングから取り出した契約書をマルカとニッキーに渡し、再び口を開く。
「ただ、可能性は幾つか考えられる。盗賊の消失とライドンが言っていた、ドーラン工房のゴーレムには人を素材としているというもの。あるいは、俺がクリスタルドラゴンの素材を持っている事から、それを狙ってのことという可能性も否定出来ない。他にも何か理由があるのかもしれないが、その辺については俺には分からなかった」
そんなレイの言葉に、マルカとニッキーは契約書を見ながら難しい表情を浮かべる。
レイの話す内容の可能性は十分に有り得ると、そのように思ったからだろう。
そして同時に、マルカ達もドーラン工房のゴーレムを欲している関係上、レイが口にした人を素材にしたゴーレムというのは、決して他人事ではなかった。