2716話
ソレイユに案内された場所は、星の川亭からそれなりに離れた場所にある裏路地の倉庫。
中にある物が物なので、倉庫の前には風雪の暗殺者が護衛として何人か待機していた。
レイに対し、険悪な視線を向けてくる者もいる。
風雪よりも大きな組織の脅しといった訳ではなく、レイという個人の脅しによって、エグジニス最大の暗殺者ギルドの風雪が都合よく使われたというのが、面白くなかったのだろう。
とはいえ、中にはレイを見て、あるいはレイの隣にいるセトを見て、それだけで交渉をしたニナの判断は的確だったといったように考えている者も多かったが。
(というか、暗殺者が護衛って……いやまぁ、襲ってくるとすれば血の刃の残党とかなんだろうから、そう考えればそこまでおかしな話ではないのか?)
そんな風に思いつつも、視線に関してはそこまで気にする必要もないだろうと判断する。
実際に絡んでくるようなことがあれば話は別だが。
「こちらです」
ソレイユに案内され、レイはセトと共に倉庫の中に入る。
普通の建物ならセトが中に入ることは出来ない。
だが、この倉庫は普段ゴーレムを収納しておく場所だ。
当然、その出入り口は大きく、セトでも全く何の問題もなく中に入るようになっている。
そうして中に入ると……
「これは、また……血の刃ってのは、随分と稼いでいたんだな」
そこに広がっていた、財宝……それは間違いなく財宝と呼ぶに相応しい代物だった。
金貨ではなく金の延べ棒や各種宝石、それ以外にもレイが見てもどこか目を惹かれるような迫力を持つ絵画。
それこそ、人が一生……それも家族と全員が遊んで暮らせるような値段であるのは間違いない。
「血の刃はエグジニスの中でもそれなりに大きな暗殺者ギルドでしたからね。溜め込んだお宝も相応の金額になるのは同然かと」
「へぇ……なら、血の刃よりも大きな組織の風雪は、これよりも多くの財宝を持ってるのか?」
「さぁ、どうでしょうね。私からは何とも言えません」
そう言いつつ、ソレイユはそっと視線を逸らす。
それだけではなく、倉庫の中にいる他の護衛の暗殺者達も、レイの言葉を聞いてそっと視線を逸らした。
ここで何か下手なことを言って、その結果として風雪が再びレイに襲われるといったようなことには絶対にしたくなかったからだろう。
倉庫の外で護衛をしていた暗殺者のように、レイに対して不満を抱いている者もいる。
しかし、そのような者であってもここで何か妙な真似をした場合、不味いことになるというのは分かっているのか、今はレイに絡んだりするような真似はしない。
「まぁ、その辺はどうでもいいけどな。……マジックアイテムの類は何かないのか? こうして見た感じでは、普通の財宝くらいだが」
レイが倉庫の中を見た限り、そこにあるのはレイが言った通り財宝の類しか存在しない。
どこにもマジックアイテムの類はない。
「マジックアイテムは向こうに纏めてあります。ただし、そこまで貴重なマジックアイテムはないようですね」
ソレイユの口から出た言葉は、レイにとって非常に残念なものだった。
それでもレイは自分が集めているのは、あくまでも希少価値の高いマジックアイテムではなく、実戦や依頼の最中に使えるマジックアイテムである以上、もしかしたらという思いがあった。
暗殺者ギルド……それもエグジニスにおいてそれなりの規模であった以上、実際に暗殺をする時に使っているマジックアイテムの類はあるのではないか? そう考えていた為だ。
そこまでレイがマジックアイテムに拘っているのは、やはりここがエグジニスであると……ゴーレム産業が盛んで、錬金術師が多数いるというのも影響しているのだろう。
ただし、エグジニスにいる錬金術師の多くはロジャーのようにゴーレムの製造に特化している存在が多い。
そう考えれば、錬金術師が多くてもマジックアイテムという点ではそこまで希少な物はつくれないのか? と疑問に思う。
(素材という点でも、エグジニスはそこまで恵まれていないしな)
これがギルムであれば、ミレアーナ王国唯一の辺境ということもあって、希少な素材が安く手に入る。
実際、それを目当てにギルムに移住する錬金術師も多く、そのような錬金術師によって性能の高いマジックアイテムが作られていた。
レイの持つ黄昏の槍も、そんなマジックアイテムの一つだ。
それに比べると、エグジニスは錬金術師が多く集まっていても、マジックアイテムを作る素材はどうしても不足する。
ましてや、ゴーレム産業が盛んである以上、素材の多くもゴーレムに回されてしまう。
そうなると、どうしてもマジックアイテムには回らない。
「ああ、それでもポーションや解毒薬といった薬類。それに……毒薬も多数ありましたから、それらはレイさんの役に立つかもしれませんね」
あまりにレイが落ち込んだ様子を見せた為だろう。ソレイユは励ますようにそう告げる。
「ポーションはともかく、毒か。……暗殺者だし、当然か」
実際、馬車でレイに特攻してきた暗殺者が使っていた短剣にも毒が塗られていた。
それを思えば、血の刃の拠点に毒の類が置かれているのは当然の話だろう。
「毒は嫌いですか?」
「それを好きな奴なんていないと思うけどな。いやまぁ、世の中には特殊な趣味を持ってる奴もいるし、中には毒が大好きって奴もいるかもしれないけど」
ふと、レイは日本にいた時に見た漫画を思い出す。
幾つかの格闘漫画でやっていた、手に毒を馴染ませて毒手とするというもの。
実際にそのような真似が可能なのかどうかは、レイにも分からない。
ただ、普通に考えれば手に毒を馴染ませる過程で手だけではなく身体全体に毒が回るのでは? と思える。
だが、それはあくまでも日本……いや、地球での常識。
この世界は魔法やマジックアイテムといった存在がある以上。毒手の類を実際に使える者がいてもおかしくはない。
「もし毒の類がいらないのであれば、こちらで引き取りますが?」
レイが考え込んでいるのを見て、毒をどうするか迷っているように見えたのだろう。ソレイユがそう提案してくる。
しかし、レイはそんなソレイユに対して首を横に振る。
「いや、何かに使えるかもしれないし、貰っておく。ただ、どういう毒なのかが分かるようにしておいてくれ」
「それは構いませんが……いいのですか? 血の刃が使っていた毒ですよ?」
「それは別に構わない。毒は毒で使い道があるしな」
「……レイさんがそう言うのであれば、私としてはそれで構いません。では、そのように準備させて貰いますね。ポーションの方はどうします?」
「そっちは……そうだな。一応調べてくれ。暗殺者ギルドが持っていたポーションだけに、実はポーションのように見える毒でしたとか、そういうのになったら困るしな」
普通ならそこまで心配する必要はないのだが、暗殺者ギルドにあったポーションだけに、心配しすぎるということはない。
レイの頼みにソレイユは頷くが、次に不思議そうな視線をレイに向ける。
「それは構いませんけど、いいんですか? 血の刃のポーションですが、それを調べるのも同じ暗殺者ギルドの風雪ですよ?」
騙されるとは思わないのか。
そう言ってくるソレイユに、レイは笑みを浮かべる。
ただし、それは相手に対して友好を示す為の笑みではなく、獰猛な肉食獣の如き笑み。
「そうなった場合、俺はまた風雪の拠点に行くだろうな。それこそ、今度はニナの交渉も何もないまま、風雪という組織は消滅することになる」
レイが本気でそう言っているのが理解出来たのだろう。
ソレイユは……いや、ソレイユ以外にも倉庫の中にいた者達は、全員がそんなレイの言葉を聞き息を呑む。
そんなソレイユ達の様子を見て、これ以上脅かしすぎるのもどうかと思ったレイは、気を取り直すように言葉を続ける。
「とはいえ、風雪はそんな真似をして俺の怒りを買うつもりはないんだろ?」
「え、ええ。勿論そのつもりです。折角レイさんといい関係を築けたというのに、ここでそれを自分から手放すような真似は、とてもではないですが出来ませんよ」
「なら、それでいい。そっちが妙な真似をしない限り、俺からお前達に攻撃するような真似はしないし」
本来なら、暗殺者ギルドというのは全て壊滅させた方がいいのかもしれない。
だが、現在エグジニスの中でも最大勢力である風雪を滅ぼしてしまえば、最終的にそこに残るのは風雪の後釜を巡っての、暗殺者ギルド同士の争い、あるいはそれを狙って新たな組織がエグジニスの外からやって来る……といったようなものだろう。
そのようなことになれば、結果としてエグジニスにおける被害が大きくなるのは間違いない。
そうである以上、迂闊に風雪を潰すといったような真似は出来なかった。
勿論、それはあくまでも風雪がレイに危害を加えるような真似をしなければの話だ。
もし風雪がレイを狙うようなことがあった場合、レイはエグジニスにおける勢力云々というのは全く気にした様子もなく、殲滅するだろう。
ソレイユ達はレイの口調や態度からそのことを察し、改めてレイを敵に回すことの愚を理解していた。
普通なら個人で組織を相手にするのは無謀としか言えないのだが、この世界においては質は量を凌駕する。
そのような存在を敵に回すというのは、風雪にとって致命的なのは間違いなかった。
「取りあえず、レイさんに危害を加えないように、敵対しないようにというのは組織の方に言っておきます。……いいですね?」
ソレイユが改めてそう尋ねたのは、倉庫の中にいた暗殺者達だ。
中にはレイに対して不満を抱いている者もいたのだが、今のやり取りで手を出していけない存在だというのは理解したのだろう。
暗殺者達の多くが頷いていた。
「さて、そうなると……次は俺を狙った相手の件だな。契約書があるんだったよな?」
元々レイがこの倉庫にやって来たのは、その契約書こそが最大の理由だった。
勿論、お宝であったりマジックアイテムといった諸々は、レイにとっても欲しい物だったのは間違いない。
それで、やはり一番大きな理由として上げられるのは契約書……より正確には、一体誰が自分を狙ったのかといったことを示す書類だった。
「はい、勿論こちらにあります。向こうへどうぞ」
そう言い、ソレイユはレイを倉庫の奥まで案内する。
倉庫の中には護衛の暗殺者がかなりいたが、倉庫の奥には更に多数の護衛がいる。
それだけ、そこにある物が大事だということなのだろう。
そしてそれが何なのかは、今までの話の流れから当然のようにレイにも理解出来た。
(契約書、か。それにしても、ここまで厳重に守る必要があるってのは、どうなんだ? つまり、血の刃に俺の暗殺を頼んだのはそれだけ強い影響力を持つ組織だったってことになるのか? それはそれで疑問だが)
普通に考えた場合、それだけの力のある組織ならレイの暗殺を頼む場合、血の刃ではなくもっと実力のある暗殺者ギルドに頼んでおかしくはない。
血の刃もエグジニスの中では上位に位置する暗殺者ギルドだが、それより規模の大きな暗殺者ギルドは他にもある。例えば……風雪のように。
勿論、風雪がその依頼を受けるかどうかというのは、また別の話だが。
レイの脅威を知らない状況ならまだしも、レイがどれだけの力を持っているのかを理解している以上、もし風雪にレイの暗殺依頼があってもそれを受けるといったことはないだろう。
もしその依頼を受けようものなら、それこそレイが当初考えていたように風雪は消滅してしまうだろう。
それこそ、レイがニナに言ったように直接殴り込むのではなく、外から魔法で一掃するといたような感じで。
「こちらが契約書となります」
ソレイユが暗殺者の一人から受け取った一枚の紙をレイに渡す。
念には念を入れて、契約書はその辺に置いておくのではなく、暗殺者の一人が預かっていたのだろう。
この内容こそが、レイが一番知りたかった情報である以上、そこまで用心をするというのはレイにとってはありがたい。
下手にその辺に置いておき、血の刃の残党……もしくはそれ以外でも他の暗殺者ギルドか何かが、現在の風雪の状態を絶好の機会と判断して襲撃をするといった可能性は皆無とは言えないのだから。
そうして受け取った契約書に、早速レイは目を通し……依頼者の場所に書かれている名前を見て、動きを止める。
何故なら、そこに書かれていたのは……ある意味で予想はしていたものの、出来れば当たって欲しくないと思っていた名前……ドーラン工房としっかりと書かれていた為だ。