2714話
エグジニスの暗部たる、暗殺者ギルド。
その暗殺者ギルド同士の戦いは、密かに……だが、派手に行われていた。
「くそっ、何だって風雪の連中が襲ってくるんだよ!」
「知るか! 今はとにかく迎撃しろ! まずは少しでもこっちの被害を減らすんだ! 応援もすぐに来る!」
「くそっ、この連中レイに尻尾を振りやがったな!」
血の刃の暗殺者が、何とか現在の状況を覆そうと考える。
だが、突然の襲撃である以上、万全の状況で襲ってきた風雪とは違い、血の刃は完全に油断していた。
標的のレイがスラム街に来た時は緊張したものの、何故かレイは血の刃ではなく風雪の拠点に向かい、血の刃を肩すかしさせた。
そのレイも風雪の拠点に行った後でスラム街から出ていったので、結局今日は何も起きないだろうと判断していたのだが……そこに、風雪の暗殺者が襲ってきたのだ。
そこにレイの関与を考えるなという方が無理だった。
とはいえ、そこにレイの関与があろうと何だろうと、自分達が風雪によって攻撃をされているのは事実。
今やるのは、レイの関与に対して不満を口にするのではなく、風雪を撃退することだ。
「畜生、これはただの襲撃じゃねえぞ! ギガラーナまで来てやがる!」
風雪の中で最強の暗殺者までもが襲撃に加わっているという話に、血の刃の暗殺者達は背筋が冷たくなる。
戦力的な問題で、血の刃の被害が非常に大きくなるのがこの時点で決まってしまったのだから。
ましてや、ここ暫くのレイに対する襲撃で、血の刃の暗殺者は二人が使えなくなっており、メイドに変装して星の川亭に入り込んだ女も既にここまでの戦いで殺されてしまっている。
奇襲というのは、暗殺者にとって使い慣れた戦術だ。
しかし、奇襲をするのはともかく、奇襲をされるのには慣れていない。
結果として、血の刃の暗殺者は次々と倒れていく。
勿論、血の刃が一方的に蹂躙されているという訳ではない。
「が……」
「畜生っ、ザーラスがやられた! 強いのがいるぞ、気をつけろ!」
風雪の暗殺者が、首に短剣を突き刺された仲間を見て叫ぶ。
ギガラーナのように風雪の中でも最強の暗殺者がいるのと同時に、当然ながら血の刃にも高い戦闘力を持っている者もいる。
「ここは私に任せて、先にいけ」
「ギガラーナさん!?」
仲間が死んだことを周囲に知らせた男は、敵の前に立ち塞がった人物を見て、驚きと嬉しさが混ざった声を上げる。
今のこの状況で、これ以上頼りになる相手は、そういない。
それが分かっているからこそ、ギガラーナの存在は嬉しかった。
……嬉しかったが、同時にそれは風雪の最強戦力がここにいるということを意味してもいた。
それでいいのか? ギガラーナなら、もっと戦局が厳しい場所に向かえばいいのでは?
そんな疑問を抱きもするが、何かを言うよりも先にギガラーナが口を開く。
「二度も言わせるな。ここは任せて先に行け」
再度出たその言葉に、暗殺者はこれ以上自分がここにいるのは邪魔になるだけだと判断し、頭を下げてその場から立ち去る。
なお、そのようなやり取りをしているような余裕があったのは、ギガラーナが目の前にいる暗殺者を視線や気配で牽制していた為だ。
そうしてこの場にギガラーナと血の刃の暗殺者の二人になると、血の刃の暗殺者が口を開く。
「まさか、お前のような大物まで出て来ているとはな。何を考えてこんな馬鹿な真似をした?」
「馬鹿な真似、か。そうだな。普通に考えればこれは馬鹿な真似だろう。だが、風雪が暗殺者ギルドとして生き残る為には、こうするしかなかったのだ」
「……何?」
ギガラーナの言ってる意味が分からないといった様子の相手。
どうやら今回の件の詳しい事情を知らない……もしくは知ろうとしなかったのだろうと判断し、ギガラーナは短剣を両手に構える。
「どうやら事情は知らないらしいな。なら、こちらからこれ以上言うことはない。死んで貰う」
二刀流というのは、本来なら使いこなすのは難しい。
短剣である以上、長剣の二刀流に比べれば重量という点では非常に楽だが、それでも左右両方の手で別々の動きをする必要がある。
いわゆる、並列思考といったような能力が必要となる。
それが出来なければ、二刀流を使おうとしても十分にその能力を発揮出来ない。
そういう意味では、大鎌と槍という二つの武器を二槍流として使いこなしているレイが、どれだけ異常なのかが分かるだろう。
もっとも、レイの場合はその身体がゼパイル一門の持つ技術力によって作られている……というのも、有利になるように影響しているのだろうが。
ともあれ、そのような理由で二刀流が格好いいと挑戦する者はいるが、それを本当の意味で使いこなせる者となれば、どうしてもその数は少なくなる。
そんな数少ない一人が、ギガラーナだった。
「行くぞっ!」
その叫びと共に、ギガラーナは相手との間合いを詰める。
だが、相手も血の刃の中では最高峰の技量を持つ者の一人。
振るわれた二本の刃を後方に下がることで回避しながら、レイピアを突き出す。
普通の長剣とは違い、突きに特化した武器がレイピアだ。
同じような武器にエストックもあるが、エストックは基本的に両手剣の一種であるのに対し、レイピアは片手で持つようになっている。
つまり、エストックと同様の突きを主体とした武器ではあるが、レイピアの方がより軽い。……つまり、エストックよりも速度のある突きを放てるということを意味していた。
ただし、突きというのは剣技の中で最高速の一撃ではあるが、急所を貫かなければ致命傷にはなりにくい。
そのような状況であっても男がレイピアを使っているのは、その刃に塗られている毒が理由だろう。
相手の急所を貫かなくても、かすり傷でも付ければ自分の勝利は確実となる。
そうなると、最速の突きに特化したレイピアという武器は凶悪な兵器となる。
騎士が行うような決闘であれば、毒を使うというのは卑怯だと罵られてもおかしくはない。
しかし、これは騎士の決闘ではなく暗殺者の戦いだ。
そこにはルールも何もなく、とにかく相手を殺すことが何よりも優先される。
事実、刃が毒に濡れているレイピアを見ても、ギガラーナは特に不満そうな様子はない。
とはいえ、ギガラーナの短剣には毒は付着していない。
これはギガラーナにしてみれば、毒で相手を攻撃するよりも普通に短剣を使った攻撃で倒した方が手っ取り早いというのもある。
また、刃に毒が付着しているということは、その武器の取り扱いを非常に慎重にしなければならない。
その辺りが面倒というのも、ギガラーナが毒を使っていない理由だった。
……相手を殺す為の、それも遅効性といったようなことを考えず、とにかく出来るだけ素早く相手を殺すことを優先した毒だ。
そうである以上、下手にその毒に触れるといったようなことになれば、大惨事となる。
「しゃあっ!」
素早く放たれる突きを回避しながら、ギガラーナは相手との間合いを詰めようとする。
だが、向こうもギガラーナを懐に入れれば自分の勝ち目はないと考えているのか、素早く……それこそ息つく暇もなく連続で突きを放つ。
「やるな。だが……」
トトン、と素早く地面を蹴るギガラーナ。
すると次の瞬間、ギガラーナの走る速度が今まで以上に上がり、一気に敵との間合いを詰める。
その動きは完全に予想外だったのか、男は驚きつつ……それでも素早くレイピアを横薙ぎに振るう。
刃に毒がついている以上、そのような攻撃でも致命傷になりかねない攻撃ではあった。
しかし、ギガラーナはそんな一撃を身体を沈めて回避し、次の瞬間には短剣の切っ先を男の脇腹に突き刺す。
暗殺者である以上、基本的に防具の類はそこまでつけない。
装備するにしても、それはあくまでも身体の動きを妨げないような簡単な物だろう。
それこそ、厚めの布で作られた服のように。
そんな服ではあっても、暗殺者の防具である以上はそれなりに高い防御力を持つ。持つのだが……ギガラーナの持つ短剣は相当な業物で、それを扱う方の腕も一流であれば、その程度の防御など関係ないと言わんばかりに服を貫くような真似が可能だった。
「ぐ……お……」
短剣を突き刺して抜く。
ギガラーナがやったのはそれだけの行動だったが、短剣を引き抜く時にそのまま引き抜くのではなく、手首を捻って内臓を傷付けながら引き抜く。
また、刺した時の傷口をより大きくし、回復しにくくするという意味でも、その行為は有効だった。
……ただし、それを行われた者にしてみれば、普通に刺されるよりも圧倒的な痛みに襲われる結果となったが。
その一撃は、毒とは違って即座に致命的な被害を相手に与えるものではない。
腹部の焼けるような激痛に呻く男だったが、それでも何とかその激痛を我慢しながらレイピアを振るう。
当然のようにその一撃は万全の状況であった時と比べると威力や速度、鋭さはかなり落ちている。
それでもその辺の戦い慣れしている者達と比べても、鋭い一撃だったのは間違いないのだが。
そんな一撃ではあったが、万全の状態でもギガラーナには攻撃を命中させることが出来なかったのだから、この状況でどうにかなる筈もない。
レイピアの一撃を回避され、次の瞬間には首を斬り裂かれ……そして男はそのまま床に倒れ込むのだった。
「次だ」
血の刃の中でも強者に分類される男を殺しても、ギガラーナの言葉に疲労の様子はない。
すぐ次の相手を探し、血の刃の拠点を探索していく。
何ヶ所か隠し通路や隠し部屋の類もあったが、そこは同じ暗殺者。
風雪の者達はすぐにそれを見つけていく。
その隠し通路の先にある部屋や隠し部屋といった場所にも血の刃の構成員がいたのだが、すぐに風雪の暗殺者達によって滅ぼされていく。
正面からぶつかり、血の刃の損耗が激しくなったところで、もう血の刃に勝ち目はない。
だが、それでも今の状況を思えば血の刃は抵抗を続ける。
何しろ、自分達が負ければもう全滅するしかないのだ。
あるいは降伏を認められていれば、もう少し違った流れになったかもしれないが……生憎と、風雪にとって血の刃は殲滅するべき対象であって、降伏を認めるような相手ではない。
そんなやり取りをしつつ、戦いは続き……そして最終的に、拠点にいた者はその全員が殺される事になる。
「書類の類と、財宝の類を探せ! 特に重要なのは書類だ! 一体誰が深紅のレイを狙ったのか、それを知る必要がある!」
財宝の類も重要だったが、ギガラーナにとっての最重要は、やはり書類の類だ。
その書類に書かれている情報にこそ、風雪が生き延びられるかどうかが懸かっているのだから。
一応、レイを狙っている血の刃は潰した。
少なくても、今日拠点にいる構成員は全て殺すことに成功している。
中には偶然拠点におらず助かった者もいるのかもしれないが、そのような少数では組織を再興することは不可能だろう。
組織の長も、既に殺したといった情報が入っている。
そういう意味では、心配をする必要はないのだ。
だが、それでも万が一ということがある。
ニナが約束したのは、組織の壊滅の他にも誰かがレイを狙ったのかといった情報。
寧ろレイにしてみれば、自分を狙っている暗殺者ギルドの壊滅よりもそちらの情報の方が重要なのは間違いない。
だとすれば、何としてもその情報に関しては入手しておきたかった。
勿論、レイを殺すように依頼した相手の情報だけではなく、それ以外にも欲しい情報は多数ある。
レイとの取引とはいえ、こうして相応の死人や怪我人を出しながらも血の刃を潰したのだ。
財宝の類もレイに引き渡すといった約束になっている以上、せめて血の刃が持っていた情報で何らかの利益を得ようと思うのは当然の話だった。
レイに関係なく、それでいて風雪にとっては有利な情報。
せめてそのような情報でも持ち帰らなければ、風雪にとってマイナス方面の影響が大きすぎる。
今回の一件で、間違いなく風雪の評判は落ちる。
そうである以上、ここで手を抜くような真似は到底出来なかった。
「ギガラーナさん、これ見て下さい! 血の刃はデルトーナ商会とも繋がりがあったみたいです!」
「デルトーナ商会だと? ある意味で納得出来る事ではあるが」
デルトーナ商会は、エグジニスにおいても評判の悪い商会の一つだ。
そんな商会だけに、血の刃という暗殺者ギルドと繋がっているのはおかしな話ではない。
……もっとも、それを言うのなら自分達も風雪という暗殺者ギルドである以上、あまり人の事はいえないのだが。
「あ、ありました! 金庫の奥に隠されてました! レイの暗殺依頼についてです!」
一番知りたかった情報に、ギガラーナはすぐにその書類を持ってくるようにと言い……
「何? 何故ここがレイを……?」
その書類……契約書に書かれている名前を見て、ギガラーナは驚きの声を上げるのだった。