2710話
胴体を上下に切断された暗殺者の死体。
その死体を見ていたレイは、取りあえず先程の結界、もしくはバリアで一度は自分の攻撃を防いだのがマジックアイテムであれば……とそう考え、死体を調べる。
しかし、死体は特にマジックアイテムらしい物を持っていない。
暗殺者として行動する為なのか、何らかの所属を示すと思われるような物も何も持っていなかった。
「これは……となると、スキルか? もしくは……」
レイは死体の持つ長剣に視線を向ける。
この男が使っていた長剣は、見た限り魔剣の類ではない。
それなりの業物ではあるが、買おうと思えば普通に買える程度の武器だ。
そんな長剣をミスティリングに収納するレイ。
レイは長剣を使わないが、投擲武器として斧と一緒に投げたり、一緒に行動している者が武器をなくした時に渡したり、あるいは売ってもいい。
「そうなると、残ってるのは鎧か?」
デスサイズの一撃を防いだのは、鎧の胴体部分だった。
それを思えば、鎧がマジックアイテムで敵の攻撃を防ぐ能力があるというのは十分に理解出来る。
しかし、それはあくまでも鎧が完全な状態であればの話だ。
中に入っていた胴体諸共デスサイズによって真っ二つになってしまっている以上、もし鎧がマジックアイテムであっても完全に壊れてしまっているだろう。
レイにしてみれば、胴体を真っ二つにしたのは致命的な失敗だったと言ってもいい。
(とはいえ、この様子を見る限りだと鎧もマジックアイテムには見えないから、多分違うけど)
マジックアイテムを集める趣味を持つレイは、本職の錬金術師程ではないにしろ、それなりにマジックアイテムを見る目を持つ。
そんなレイの目から見て、鎧は恐らくマジックアイテムの類ではないだろうと、そう判断出来た。
勿論、実はレイの着ているドラゴンローブのように隠蔽の効果でマジックアイテムだと認識されないようにしているといった可能性もあるが。
ただ、やはり可能性として考えた場合、やはりスキルの可能性が一番高いと予想出来た。
……何より、もし鎧がマジックアイテムだとしても、内臓が周囲に散らばって付着している鎧を剥ぎ取って収納するのは、かなり面倒だ。
(それに……)
レイはセトに視線を向ける。
正確には、周囲の様子を警戒しているセトに。
周囲の様子を見つつ、セトは危険は存在しないと態度で示している。
だが、それはレイやセトにとっての危険はないという意味で、この近辺に住んでいるスラム街の住人は当然のように近くにいた。
戦いの巻き添えにならないように、息を殺しながらだが。
そんなスラム街の住人にとって、死体というのは金になる存在だ。
装備品の類は勿論、それ以外にも……レイにとってはあまり好ましくないが、色々と。
いきなりこのような場所で戦いを始め、怯えさせてしまった代価として、鎧はそのまま残しておくことにする。
長剣はそれなりの品だったので、レイが貰ったが。
「よし。取りあえずこの件はこれでいいとして……暗殺者ギルドを潰しに行くか」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは喉を鳴らす。
わざわざ自分のこれからの行動を意図的に口にするのは、この周辺にいるスラム街の住人達に、自分がこれからいなくなるというのを教えたというのもあるし、同時にまだ周囲に暗殺者ギルドの手の者がいた場合、宣戦布告という意味もあった。
セトが把握していない以上、先程の男のように攻撃をしてくる相手はいないと考えてもいいだろう。
だが、暗殺者ギルドに所属している者は、実際に暗殺を行うような者だけではない。
それこそ、情報収集を専門にするような者がいてもおかしくはなかった。
……もしくは、暗殺者ギルドに所属していなくても、情報屋と呼ぶべき存在もいるだろう。
そのような者達にしてみれば、レイがこれから暗殺者ギルドに攻め込むというのは重要な情報の筈だった。
(とはいえ、俺達がどこの暗殺者ギルドを襲撃するのかは、分からないだろうが)
普通に考えれば、メイドに変装した女や馬車で特攻してきた男、こうして正面から戦いに来た者達が所属している暗殺者ギルドをレイが襲撃すると考えるだろうが、レイが知っている暗殺者ギルドの場所は、先程二人のチンピラから聞いた場所だけだ。
もっと詳しく聞けば、もしかしたら複数の暗殺者ギルドの場所を知っていたのかもしれないが、レイにしてみれば襲うのは一ヶ所だけでいい。
それもこのエグジニスにおいて、最も巨大な暗殺者ギルドを襲うつもりだった。
もし今のレイの言葉を聞いたり、レイがスラム街に入ってきたという情報を持っている暗殺者ギルドがあれば、もしかしたら完全に意表を突かれるかもしれない。
「それを狙ってのことだけどな」
「グルゥ? グルルルルゥ、グルルゥ」
どうしたの? 早く行こうよ。そう喉を鳴らすセトにレイは頷き、その場を後にする。
レイとセトがいなくなると、周囲に隠れていたスラム街の住人が上下に身体を切断されて死んでいる死体に群がってきた。
スラム街の住人の狙いの中で最優先なのは、鎧。
例えデスサイズによって真っ二つにされていても、その鎧はスラム街の住人にとってはお宝だ。
スラム街の住人同士で争い……そして勝者が、そのお宝を得るのだった。
「さて、スラム街の中でもかなり奥にやってきたが……そろそろの筈だよな」
暗殺者と戦ってから三十分程。
レイとセトの存在は既にスラム街に広がっているのか、あるいはセトを連れているのが大きいのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、とにかく最初の襲撃以降は特にトラブルの類もなく進むことが出来ていた。
スラム街の住人が絡んでくることがなくなったのはともかく、何故今の状況で暗殺者の襲撃までもがなくなったのか。
それがレイにとっては若干の疑問ではあったが。
レイを狙っている暗殺者ギルドにしてみれば、レイがスラム街に来たのは自分達への反撃の為だと思ってもおかしくはない。
だが、こうしてスラム街を歩いていても新たな暗殺者が襲ってくることはまったくなかった。
それがレイにとってはかなりの疑問となっている。
(向こうの戦力が限界を迎えたのか? 考えて見れば三人の手練れが負けたんだ。暗殺者ギルドも戦力の枯渇を考えてもおかしくない……のか? メイドに変装していた女はまだ無事の筈だから、あの女がまた襲ってくる可能性はあるけど)
とはいえ、レイの感覚ではメイドに変装していた女は暗殺者……敵を騙し討ちにしたり、あるいはメイドの振りをして毒の入った食べ物や飲み物を使うといったような真似は得意なのかもしれないが、正面からの戦いという点では劣っていた。
馬車で特攻しつつ、レイにドラゴンローブを使った防御をさせたり、もしくはスラム街で戦った男のように正面から攻撃をしてくる男と違い、純粋な戦闘力という点では明らかに劣っていた。
(そう考えると、俺を狙っている暗殺者ギルドの質はそこまで高くないのかもしれないな)
そんな風に考えながら歩いていると、やがて一軒の建物が見えてくる。
スラム街にある建物としては比較的状態のいい建物だが、それでもエグジニスの中で最大の暗殺者ギルドの拠点とは思えないような建物だ。
とはいえ、情報源の二人のチンピラから聞いた話によると、あの建物こそが暗殺者ギルド風雪の拠点であるのは間違いない。
建物はそこまで大きくないので、恐らく建物の地下に広い空間があるのだろうと予想出来る。
建物の前には、一見すると普通のスラム街の住人にしか見えない男が二人、地面に座り込んでいる。
だが、エグジニスの中で最も勢力のある暗殺者ギルド風雪の拠点の前でそうして座り込んでいる以上、何の意味もなくそのような真似をしている訳ではないだろう。
普通に考えて、門番的な役割といったところだろう。
「とはいえ、そういう相手がいても、足を止めるといったようなことはないんだが。セト、行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
そんなレイとセトの存在に気が付いたのか、建物の前にいたスラム街の住人は鋭い視線をレイに向けつつ、立ち上がる。
二人のうち、片方は短剣を、そしてもう片方は短めの棍棒を手にしており、明らかにレイとセトを敵と認識していた。
(当然か。俺達がスラム街に入ったってのは、当然知られている筈だ。それに俺が風雪を潰しに来たという情報が入っていても、おかしくはない……と思う)
そんな風に考えつつ、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出そうとし……ふと、ここの情報を教えてくれたチンピラ二人に渡しても、まだ残っていた斧があることを思い出す。
どうせ使い道は殆どない斧なのだから、この機会に使ってしまおう。
そう判断し、斧をミスティリングから取り出し、レイ達を待ち構えている敵に向かって投擲する。
暗殺者達は、レイとセトは近接戦闘を挑んでくると、そう考えていたのだろう。
実際にいつものレイであればそうしていたのは間違いない。
それだけに、斧を投擲されるというのは完全に意表を突かれた形となる。
斧を投擲したのが、その辺のスラム街の住人であれば暗殺者達も回避するのはそう難しい話ではなかっただろう。
しかし、それを行ったのはレイだ。
レイの筋力で投擲された斧は、それこそ暗殺者にとっても回避するのは難しく……
「ぐぎゃ!」
それでも幸運だったのは、レイの投擲した斧は回転しながら飛んでいったので、刃の部分ではなく柄の部分が顔に命中したことだろう。
……頬骨が骨折し、眼球が飛び出るといったような被害を受けても幸運だと言えるのかどうかは微妙なところだが。
「な!?」
「グルルルゥ!」
予想外の攻撃に驚きの声を上げたもう一人の門番……あるいは暗殺者は、完全に予想外の攻撃に驚いて一瞬身体が止まったところで猛スピードで近付いてきたセトの一撃により、あっさり地面に沈む。
死んだのか、気絶しただけなのか、レイには分からない。
分からないが、それでも無力化したのだから問題はないだろうと、そう判断する。
「グルルルゥ」
褒めて褒めて、とセトがレイに向かって喉を鳴らしながら、顔を擦りつけてくる。
レイはそんなセトを撫でながら、建物の様子を確認する。
当然ながら、その建物はスラム街に建っているだけあって、決して大きくはない。
(サイズ縮小を使えばセトは通れるかもしれないけど、サイズ縮小は時間制限があるしな。それにこの先……地下に続くだろう道は、もっと狭くなっている可能性もある。そう考えると、やっぱりここでセトを連れていく訳にはいかないか)
建物の中に入る際にセトを連れていけないのは、今までにもよくあった。
これから向かうのは暗殺者ギルド風雪の拠点である以上、戦いでは厄介なことになってもおかしくはない。
そう理解しているからこそ、レイとしては出来ればセトを連れていきたかったのだが。
しかし、こうして無理な以上は諦めるしかない。
(いっそ、この拠点を外から燃やすか? それはそれでありだけど、そうなった場合は誰が俺を狙ったのかといった手掛かりがないしな)
風雪が自分を狙っているのかどうかは、レイには分からない。
だが、エグジニスにおける最大手の暗殺者ギルドであるという話を考えれば、その可能性は十分にあった。
そうである以上、自分を狙った相手の情報は是非確保しておきたい。
自分を狙った暗殺者、そして自分を狙うように依頼した相手……そのどちらも、レイにとっては潰すべき相手なのだから。
特に依頼をした相手は、一体何故レイを暗殺するように依頼したのか、その辺りについての情報も、レイとしては欲しい。
盗賊の消失やゴライアスの一件に関係して自分を暗殺するように依頼したのなら。それこそレイが一番知りたい事情について知ることが出来るのだろうから。
(結局のところ、こうして俺が直接向かうのが一番いいんだよな。……今後のことを考えないなら、どうとでも対処は出来るんだが)
そんな風に考えながら、レイはセトを撫でて口を開く。
「いいか、セト。俺はこれから風雪の拠点に侵入してくる。多分大きな騒動になると思うから、もし逃げ出す奴がいたらセトの方で確保しておいてくれ。それと、俺が建物の中にいる間に誰かが中に入ろうとしたら、そっちも止めて欲しい。頼めるか?」
「グルルゥ、グルゥ!」
大丈夫、任せて! と、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイからの頼みである以上、セトはそれを聞かないという選択肢は全くない。
そんなセトを感謝を込めて撫でると、レイはセトをその場に残して建物の中に入っていくのだった。