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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
271/3865

0271話

「レイ、呼び出して悪かったな。忙しかったんじゃないか?」

「いえ、お気になさらず。テントの類は既に前もって出してあったので、準備が必要なのは夕食の用意だけでしたから。それに関しても、さすがにこう長期間続けば慣れてきますし」


 夜、レイの姿はダスカーの天幕の中にあった。他にも護衛の騎士数名に、中立派のメンバーだろう貴族の姿が10人程椅子へと腰を掛けていた。


「ダスカー様、その者が先程話に出て来た者ですか?」

「いや、幾ら何でもそれは……小さすぎないか?」


 中立派の貴族達が微かに眉を顰めてレイへと視線を向けている。

 その目に映っているのはレイに対する侮りというよりも、本当にこの者で大丈夫なのか? という心配そうな視線だ。

 だがダスカーはそんなのは心配無用だとばかりに頷き、視線をレイが小さいと言った貴族へと向ける。


「何だ、俺の目が信用出来ないのか?」


 そう問いかけるのだが、その口調は責めているようなものではなく、どちらかと言えばレイを見た貴族達の反応を面白がっている様子だ。


「いえ、ダスカー様の目を疑っている訳では無いです。何しろ辺境で領主を続けているラルクス辺境伯なのですから」


 慌てたように口からでたその言葉に、隣にいた貴族もまた頷く。


「ですが、それはラルクス辺境伯のダスカー様だからこそです。私達は辺境でもない田舎貴族でしかありません。その分、領地にいる冒険者達と会う機会は多いのですが、その時に会う者達は何と言うか、筋骨隆々な者達が多いので……」

「そうですな。私も同様です。基本的に田舎である為か、魔法使いはそれ程いない為にどうしても戦士が多いのですよ」


 次々に同意を示す貴族達だったが、その言葉にダスカーは意地の悪そうな笑みを口元に浮かべる。


「何か勘違いしていないか? 確かにレイは魔法使いでもある。俺には感じ取れないが、魔力を感知出来る魔法使いにしてみれば信じられない程の魔力を持っているらしい。だがこいつは、生粋の魔法使いじゃなくて魔法戦士だ。つまり前衛で戦いながら魔法も操るタイプだな」

「……え?」


 貴族の1人が呆けたような声を漏らす。実際に声を漏らしたのはその1人だけだったのだが、他の貴族達も同様の目をレイへと向けている。

 だがやがて……


「あ、ああ。そうですか。そういえばこの者は、グリフォンを従えていたのでしたな。なら話は分かります。グリフォンに近接戦闘を任せて、この者は魔法に専念する訳ですな」


 苦し紛れとでもいうように出て来た言葉だったが、その言葉にはこれ以上無い程の説得力があったらしい。その場にいた殆どの貴族がそれならば納得出来ると、同意するように頷く。

 だが、再びダスカーが笑みを洩らしつつ首を振ってそれを否定する。


「確かにレイの従魔であるグリフォンは強力極まりないモンスターだ。だが、俺が言っているのはレイ自身に関してだな。実際にその強さは、貴族派の姫将軍を守る為の護衛騎士団を相手にしても一掃出来る程だ。こう言えば、レイ自身がどれ程の実力を持っているのか分かるだろう?」

「……確かに。ケレベル公爵が姫将軍と呼ばれているエレーナ殿を可愛がっており、同時にその有用性を最大限に利用しているというのは私も知っています。そして、当然その愛娘に対して腕の立つ護衛を付けているというのも」


 貴族の1人が呟きながら頷き、改めて視線をレイへと向ける。


「ですが、それはあくまでも1人に対しての実力ですよね? その、こう言っては何ですが、あくまでも対個人の実力を聞かされてもダスカー様の案を任せられるかと言われれば……」


(何の話だ? 俺の実力云々と言ってるからには、間違い無く今回の戦争に関係することなんだろうが)


 自分の存在が何らかの議論の原因になっているのは分かるのだが、それがどのようなものなのかが分からない。自分を置いて話し合われている様子に微かに眉を顰めるレイ。

 その様子に気が付いたのだろう。笑みを浮かべて貴族達の様子を窺っていたダスカーはレイへと声を掛ける。


「レイ、こいつらは俺の同盟相手だ。……いや、仲間と呼んだ方がいいだろうな」


 同盟相手。仲間。その言葉でこの場にいる貴族達がどのような者達であるのかをレイは理解する。

 辺境に一大勢力と呼んでもいいような戦力を持っているラルクス辺境伯のダスカー。そのダスカーが同盟相手や仲間と呼ぶ人物は非常に限られていた。即ち……


「中立派」

「正解だ」


 レイの口から呟かれた言葉に、良くできましたと言わんばかりの笑みで頷くダスカー。

 そこまで言われ、ようやく自分達もまた自己紹介をしていなかったのに気が付いたのだろう。周囲にいた貴族達を代表して、50代程の初老の男が口を開く。


「確かに不躾だったな。儂等はダスカー殿を旗頭として集まった中立派と呼ばれる者達じゃ。お主がどれ程の強さなのかをダスカー殿に聞かされてはいたのだが、その、外見が……な」


 言いにくそうに呟く男に、これまでに限りなく外見でトラブルに巻き込まれてきたレイは首を振る。


「俺の見た目が強そうに見えないというのは、十分に承知しています。なのでお気になさらず」

「う、うむ。すまんな。……それよりダスカー殿、いつまでもこの者だけを立たせておくというのも何ですし、座って話をしてはどうだろうか?」


 その言葉にダスカーも頷き、自分の護衛の騎士へと目配せをして椅子を持ってこさせる。

 さすがにラルクス辺境伯の持っているマジックアイテムの天幕というべきか、エレーナが持っていた物には及ばないにしても、かなりの広さをもち10畳程度の広さはある。

 この地への行軍中に草原の狼の件もあって何度か中に入ったことはあったが、レイは改めてその広さに感心していた。


「どうぞ」


 騎士に差し出された椅子へと腰を掛け、改めてダスカーを含む中立派の貴族達へと視線を向けるレイ。

 まず最初に口火を切ったのは、当然の如く中立派の中心人物でもあるダスカーだった。


「実は、今日の昼過ぎにこの陣地についてから早速貴族派、国王派と戦争についての話をしたんだがな。……国王派はどうやらこの戦争をいつもの定期的な襲撃だとしか思っていないらしい」

「全く! あれだけダスカー様が情報源となるベスティア帝国の者を捕らえて王都へと送ったというのに! それでも尚、いつものことだと抜かしおって」


 余程我慢が出来なかったのか、先程レイへと声を掛けて来た男が忌々しそうに呟く。


「まあ、落ち着け。……で、話を戻すが、国王派としてはこの戦争がいつもの定期的なものと思っている以上、このセレムース平原を守りきってミレアーナ王国が勝つと考えている訳だ。さて、質問だ。確実に勝つ戦争が起きると思っている国王派は何を考えると思う?」

「何を……? ベスティア帝国の軍により大きい被害を与えること、ですか?」


 定期的に攻め込んでくるとはいっても、その度にミレアーナ王国側も軍を派遣しなければならない。そうなると当然資金が掛かる。

 特にサブルスタの街で領主代理が金を使いたくない為、派遣された部隊の人数が少なかったのを覚えているレイとしては当然の意見だった。だがそれを聞いたダスカーは首を振り、同時に他の貴族達もまた同様に首を振る。

 その意見は間違っていると態度で示しつつも、レイへと向ける視線はどこか柔らかい。自分達は貴族としての権力闘争に慣れてしまった為にどうしても物事の裏を読むのが当然となっていた。そんな自分達に対してレイの意見は未熟で青臭くはあるが、それでも気持ちのいいものだったからだ。

 まだレイの戦闘力については半信半疑の者が多かったが、例えダスカーから聞かされたのが話半分だとしてもそれは恐るべき力だ。そんな人物が戦闘力の他に鋭い頭脳を持っていれば危険因子と見なされるのは間違い無かったが、レイの意見を聞く限りではそんな様子は無い。むしろ好ましいと、その場にいるダスカー以外の者は安堵の気持ちを抱いていた。

 自らの見識の低さ故に貴族達の警戒心を解いたと知ればレイとしては面白くないだろう。だが、幸か不幸かレイがそれに気が付くことは無く話は続く。


「ん、ゴホン。それでだ、話を戻すが……」


 ダスカーとしてはレイとある程度付き合ってきたり、あるいはランガや冒険者ギルドからの報告書でレイの性格をかなり理解している。その為、今更レイが政治的な野心を持っているという心配は全くしていなかった。


「すみません、ダスカー様。話を遮ってしまって」


 貴族の中の1人がそう言い、申し訳なさそうな顔をする。

 それを見て気にする必要は無いと首を振り、再びレイへと向かってダスカーは口を開く。


「で、だ。この戦争に勝つのを既定事項としている国王派。そいつらが狙うのは、当然自分達の派閥の影響力を増すことだ」

「……つまり、国王派がベスティア帝国軍に対して総攻撃でも仕掛けると?」

「違う」


 レイの言葉に、はっきりと首を振るダスカー。

 その様子に、レイは不思議そうな顔をして口を開く。


「何故です? 影響力を増すということは、当然今回の戦争で手柄を立てるということでしょう?」

「確かにこの戦争で大きな手柄を立てれば国王派の影響力は上がるだろう。だが、それには高い危険性も伴う。例えばだ、ベスティア帝国軍に対して全面攻勢を掛けたとする。それで敵を敗走させれば確かに影響力は上がるだろうが、攻撃に失敗したら影響力は下がり、更には自分達の戦力も減る訳だ。けど、敵に攻撃を仕掛けるのが俺達中立派だったり貴族派だったりしたらどうだ?」

「……どうだ、と言われても。国王派と同じなのでは?」


 レイの返事に、ダスカーは再び首を振る。


「影響力が上がるという意味では同じかもしれない。だが、元々持っている影響力が違うんだよ。国王派は国王を中心にした派閥だけあって、勢力自体が大きい。例え、この戦争で俺達中立派や貴族派が大きな手柄を立てても影響が無いくらいにはな」


 そこまで言われると、さすがにレイも国王派が何を考えたのかを理解した。つまり。


「ダスカー様達の中立派や貴族派に戦いを押しつける、と?」

「そうだ。もし俺達がこの戦争で勝ったとしても、得られる影響力は限定的なものになるだろう。最大派閥の国王派としては、自分達を越える影響力を持つなんてことは絶対に許さないだろう。更に勝ったとしても必ず俺達の戦力は減る。まさか1人も死人を出さずに勝つなんて真似は出来ないだろうしな」

「それはそうでしょうね。どんなに完勝したとしても、死人がいないなんてことはまずあり得ませんから」


(可能性があるとしたら、遠距離からの一方的な攻撃で敵が近付く前に殲滅するとかか? いや、それでも向こうにだって当然遠距離から攻撃する手段はあるんだ。どう考えても死人を出さずに勝つなんて真似は出来ないだろう)


 内心で呟きつつ、ダスカーの言葉に頷くレイ。


「そして、俺達にとっては最悪の展開にして、国王派がもっとも望んでいるのが、中立派と貴族派がベスティア帝国軍と消耗し合って戦線を維持出来なくなったところで、仕上げとして国王派の戦力が攻撃を仕掛けて戦の勝利を決定づけることだな」


 ダスカーの言葉に、天幕の中にいた貴族達が眉を顰めて渋い表情を浮かべる。

 その様子を見ていたレイは、国王派が今ダスカーの言ったことを実行しようとしているのだと理解した。


「その顔は理解したようだな。そうだ、今俺が言ったのが国王派が今回の戦争で実行しようとしていることだ。……さて、話が長くなったがここでお前を呼んだ理由が出て来る訳だ」

「……俺にも先陣に立て、と?」

「そうだ」


 レイの言葉に、躊躇無く頷くダスカー。

 もちろんダスカー本来の気持ちとしてはレイを先陣に出す。……即ち、自軍の盾にするともいえるこの考えは決して好むものではない。だが、中立派の現状がそれを許さない。もちろんダスカーが率いているギルムの街の冒険者や騎士、兵士達は辺境で鍛えられた者達である以上、人数はともかく練度でいえばミレアーナ王国軍の中でも屈指のものだ。だが、戦争で重要なのは基本的に10の力を持つ1人よりも、2の力を持つ5人だ。もちろん色々と例外はあるだろうが。


「話は分かりましたが、先頭に立つというのなら俺じゃなくてもエルクとかでもいいのでは?」

「ああ。もちろんエルクには真っ先にこの話をした。そして躊躇無く引き受けてくれたよ」

「……なるほど」


 その言葉でエルクがレイに行うことになっていた謝罪として、今回の戦争で敵を倒しまくるという行為を本気でやろうとしていたのだと納得するレイ。


「お前と雷神の斧の件はこちらにも情報が入って来ている。エルクがこちらの頼みを引き受けたのはそれも大きな理由だろうな」


 レイと同じことを思ったのだろう。ダスカーもまた頷きながらそう告げる。

 そして数秒程考えていたレイが、今回のような場合にこれ以上無い程に便利な魔法を思い出す。

 セトと協力して放つ、広範囲殲滅魔法とも呼べるその魔法を。


「……ダスカー様、ようはベスティア帝国軍と正面からぶつかった時にこっちの被害が少なければいいんですよね?」

「ん? まあ、正直に言えばそうだ」

「手段は問いませんか?」

「戦争で普通に使うような手段なら問題無いだろう。ただ、人質とかを取るような真似をすると戦後国王派辺りが貴族の誇り云々と言ってきそうだから、後ろ暗い真似は止めてくれると助かる」

「……なら、こんな手段はどうでしょう?」


 そう言い、自分が持っている切り札とも言える魔法をレイはダスカーへと説明し、その提案は採用されることになる。

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