2705話
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セトの背の上から遠くを見ていると、やがてエグジニスの姿が見えてきた。
エグジニスを見て、レイは取りあえず今回は特に騒動らしい騒動がなかったと、そう安堵する。
エグジニスからギルムに向かう中でも特に騒動らしい騒動はなかったが、ギルムからエグジニスに向かう途中でも騒動がなかったというのは……トラブルホイホイとでも言うべき自分の体質を思えば、レイにとって非常に珍しい事であるのは間違いなかった。
(まぁ、孤児院のある街の上を通りすぎる時までも特に騒動らしい騒動の類はなかったんだし、そう思えばエグジニスまで騒動が起きていないのは当然のことかもしれないけど)
そう思うレイだったが、それはある意味で当然のことでもある。
だが、その当然のことが出来ないのがレイなのだ。
空を飛ぶセトに乗って移動しているにも関わらず、普通なら騒動に巻き込まれるといったようなことは考えなくてもいいのだが。
とはいえ、レイとしては騒動に巻き込まれるのが必ずしも反対という訳ではない。
騒動に巻き込まれたということは、大抵何らかの利益になる可能性が高いのだから。
盗賊に襲撃されている商人を助けた場合は、商人からの謝礼と盗賊を奴隷として売り、盗賊が溜め込んでいたお宝を自分の物に出来るというのは大きい。
それ以外であっても、大抵はレイにとって何らかの利益になることは、間違いのない事実だった。
「よし、セト。エグジニスから少し離れた場所に降りてくれ」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは任せて、と喉を鳴らして地上に降下していく。
ギルムであれば、それこそ現在は街中に直接降りることも許可されている。
それは今だけの話で、クリスタルドラゴンの件が落ち着けば、当然のように街中から自由に飛び立ったり、街中に直接降りてくるといったような真似をするという許可は取り消される可能性が高いのだが。
そんなギルムとは違い、エグジニスはまだレイやセトの存在についてそこまで親しい訳ではない。
そうである以上、正門の近くに降りないといったようなことをするのは当然だろう。
……もっとも、実際にはセトがレイの従魔であるというのは広く知られているので、そんなセトを近くで見たいと思う者は決して少なくないのだが。
特にエグジニスにやって来るのは貴族や成功した商人達が多いので、尚更に。
中には当然のようにセトを怖がる者もいるのだが。
普通なら、体長三m以上の、それもランクAモンスターと認識されている存在が空から降ってくれば、怖がる者の方が多いのだが。
(普通と違うからこそ、貴族や商人として成功するのかもしれないけど)
人と同じ普通では、当然だが他の者に埋まってしまう。
そうならないようにする為には、普通とは違う何かが必要となる。
もっとも、その普通とは違う何かを持っているからとはいえ、それが全てプラスに働くとは限らないのだが。
例えば、貴族として自分の領地の住民から重い税を徴収しているといったように。
そんなことを考えながら、レイはセトに乗ったまま着地し、正門に向かう。
途中で何人かの貴族や商人と思しき相手が話し掛けようとしていたが、そちらに時間を取られるのも面倒なので、レイは気が付かない振りをする。
ここでレイに話し掛けようとするのは、基本的にレイとセトの情報をきちんと知っている者だ。
だとすれば、レイが敵に容赦しないというのは当然のように知っているので、強引に話を聞かせようとする者はいない。
……勿論、中にはレイのことは全く知らず、ただ物珍しさからセトを手に入れようとレイに絡もうとするような者もいたりするのだが、幸いなことに、今この場所にそのような者はおらず、特に騒動に発展するようなことはなかった
(ギルムに行った時、エグジニスに戻ってきた時には、特に何もトラブルは起きなかった。これってもしかして、トラブルホイホイじゃなくなったとか?)
そんな風に思っていたレイだったが、そう考えたのが、ある意味でフラグとなってしまったのだろう。
エグジニスの中に入り、少し歩いた瞬間……不意に悲鳴が聞こえてきた。
「どいてくれ、どいてくれ、どいてくれぇっ! 馬が暴走しているんだ、どいてくれぇっ!」
その悲鳴の主は、馬車に乗っていた。
必死になって暴走している馬を抑えようとしているものの、馬はそんな御者のことは全く相手にせず、思う存分暴走していた。
それも、二頭が揃って。
二頭の馬は暴走しているという割には別の方向に走ったりといったような真似はせず、レイのいる方に向かって真っ直ぐに走ってくる。
暴走している為か、二頭の馬はセトの存在を察知しても怯える様子はない。
口から泡を吐いており、半ば白目を剥いている状態であるのを見れば、あるいは二頭の馬はセトの存在そのものを感知していないという可能性すらあった。
(どうする?)
そう迷ったのは一瞬。
何しろ自分の後ろには通行人が多数いる。
背後からはいきなりの出来事で驚いたのか、子供の泣き声すら聞こえていた。
この状況でレイが暴走してくる馬車を回避するのは難しくはない。
だがそうした場合、間違いなくレイの背後にいる通行人達に被害が出てしまう。
通行人とレイは全く関係ない間柄である以上、ここで見捨てても誰もレイを責めたりはしない。
……いや、レイ自身が自分を責めてしまう。
そう判断すると、レイの行動は素早い。
急激に自分との間合いを詰めてくる馬車に対し、素手のままで自分から足を進める。
武器を持たないのは、見ている者達には自殺行為に思えた。
それこそ、近くにいるセトに目が入らず、レイが小さいからこそ子供と認識――それでも十代とは認識されていたが――されており、そんな子供が恐怖のあまりに無茶な行動をしていると。
レイは自分に向けられている視線を感じつつも、一歩も退く様子はない。
自分から進んで馬車に近付いて距離を縮めると、やがて馬車を牽く二頭の馬はレイを邪魔者と判断した……訳ではなく、単純にセトと同様に全く目に入っている様子もなく、突っ込んでいく。
「少し痛いぞ!」
そう言い、レイは自分に向かって突っ込んできた二頭の馬のうち、一頭ずつを片手で抑え……そして次の瞬間、強引に地面に伏せさせる。
普通に考えれば、とてもではないが不可能な行動。
だが、レイはそれを容易にやってのけ……
「ちぃっ!」
だが、馬を地面に伏せさせた瞬間、いきなり馬の動きが止まったことによりバランスを崩したのか、御者が突っ込んでくる。
(いや、違う!)
御者が突っ込んでくるのは事実だが、御者の手には短剣が握られていた。
それも刀身には何らかの黒い液体が付着した、そんな短剣を。
そのまま身体ごと突っ込んでくる御者……否、暗殺者。
自分が暗殺者に狙われているのは、メイドの姿をした暗殺者が星の川亭にやって来たことから理解していたものの、まさかエグジニスに戻ってきて早々に襲われるとは思っていなかった。
それも暗殺という言葉とは相応しくないような、こんな堂々とした攻撃方法で。
しかし、レイはこれまで何度も危機を潜り抜けてきた。
ましてや、暗殺者に狙われるということであれば、それこそベスティア帝国にいた時に何度も経験していた。
そうである以上、レイはこの程度の状況で動揺するといったようなことはなく、短剣の切っ先をドラゴンローブで受け止めることにする。
ドラゴンローブはドラゴンの革を使っているマジックアイテムだ。
それもただの革ではなく、革と革の間にドラゴンの鱗が挟まれているような作りとなっている。
ましてや、制作者は歴史上最高の錬金術師と言われているエスタ・ノールだ。
そんなドラゴンローブだけに、魔剣や魔槍といったような強力なマジックアイテムであればともかく、毒か何かの液体を塗ってはいても、ただの短剣でその守りを突き破れる筈もない。
事実、短剣の切っ先はドラゴンローブに包まれ、鱗に阻まれ、結局ドラゴンローブを突き破るような真似は出来なかった。
御者に扮した暗殺者は、致命的な一撃を与える筈だった自分の攻撃がレイに対して一切ダメージを与えることが出来なかったことに気が付くと、愕然とした表情を浮かべる。
暗殺者にしてみれば、この襲撃は絶対に上手くいくと、そう思っていたのだろう。
それは間違っていない。
もし暗殺する相手がレイではなく他の者であれば、この襲撃は成功していた可能性が高いだろう。
だが……今回暗殺者が襲ったのは、その辺にいる普通の相手ではなく、レイだ。
自分の攻撃が失敗したと判断した暗殺者だったが、馬が抑えられた勢いを利用して身体ごとレイに突っ込むといった形で攻撃をした為、その身体はレイに密着しており、身体を掴まれて逃げ出せる状況ではない。
これが服だけを掴んでいるのなら、何とか逃げ出せたのかもしれないが、レイの場合は暗殺者の服だけではなく、身体までをもしっかりと掴んでいた。
そのような状況で逃げ出すには、それこそ掴まれている場所をレイの手で毟りとらせるといったような真似をしなければならない。
いや、そのような真似をして逃げ出そうにも、レイがそのような状況で逃がすとは到底思えない以上、今のような状況で暗殺者が出来ることは決まっていた。
「ぐっ……」
「は?」
小さく呻くと、口から血を吐き出しながらその場に倒れ込む。
レイがその身体を掴んでいたので、暗殺者が地面に倒れ込むといったようなことはなかったものの、身体は痙攣して血を吐き出している現在の状況を見れば、一体何が起きたのかは明らかだった。
「毒か!」
そう叫ぶも、既に遅い。
かなり即効性の高い毒を奥歯かどこかに仕込んでいたらしく、レイが毒だと見破った時には既に暗殺者は死んでいた。
そんな暗殺者の様子を見て、舌打ちをするレイ。
周囲で今の様子を見ていた者達にしてみれば、一体何が起きたのか理解出来ないといった様子なのは当然だろう。
突然馬が暴走して走ってきたと思ったら、いきなりレイがその馬を受け止め、強引に地面に伏せさせるといったような真似をしたと思ったら、レイが毒かと叫んだのだから。
見ている者にしてみれば、一体何が起きたのかと疑問に思うのは当然だろう。
ただし……レイの側にいた男が口から血を吐き、地面に倒れているのを見れば、当然ながら大きな騒動となる。
これがギルムなら、多くの冒険者が集まっている関係から住人達も血を流す喧嘩沙汰についてはそれなりに慣れている。
しかし、ここはギルムではなくエグジニスだ。
ゴーレム産業で有名な街であり、そうである以上は街の住人もそこまで血を見るのに慣れてはいない。
……レイが数日前に見たように、盗賊の存在する山でゴーレムを使い、性能試験をするといったような真似はそれなりにあるのだろうが。
それはあくまでもゴーレムを製造している錬金術師達がやることで、街の住人が見るといったようなことはない。
だからこそ、いきなりの光景に多くの者が理解出来ないといった様子を見せる。
ただ、中には短剣のやり取りを見ておらず、御者が口から血を吐いて倒れたのは今回の事故が原因と認識している者もいたが。
冒険者……それも相応の腕を持つ冒険者達は、御者が短剣を構えてレイに突っ込んだのを認識していたので、さりげなく周囲の様子を窺っている者もいる。
暗殺者に狙われているレイに自分から関わり合いになりたくはないが、暗殺者がこうして騒動を起こした以上、もしかしたら他にも暗殺者がいるのではないかと、そのように思っても不思議ではない。
そして他にも暗殺者がいた場合、自分達が巻き込まれるのではないかと考え、何かあった時、すぐにでも反応出来るように準備をしていたのだろう。
「大丈夫か! 何があった!」
そんな中、ようやく今の騒動を聞きつけたのか、警備兵がやってくる。
もっとも、ようやくと思ったレイではあったが、実際には馬車が暴走してレイに突っ込んできてから、数分と経っていない。
今のやり取りが暗殺者に関してのものだったので、集中しすぎた結果として、レイは警備兵がやって来るのが悠長だと、そのように感じたのだろう。
「馬車の事故か?」
警備兵がそう尋ねてくるが、レイはそれに対して首を横に振る。
「いや、暗殺だ」
「っ!?」
レイの言葉に驚きつつも、警備兵は真剣な様子で口を開く。
「本当か?」
「ああ。そこに落ちている短剣で狙われた。生け捕りにしようと思ったんだが、捕まったと判断したら即座に毒を飲んだらしくてな」
そう告げるレイの視線の先には、口から血を流し、死体となっている暗殺者の姿があった。