2704話
現在、ラノベ人気投票『好きラノ』2020年下期が開催されています。
レジェンドの15巻も対象になっていますので、是非投票をよろしくお願いします。
投票締め切りは1月10日の24時となっています。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2020_07-12/
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……やっぱりレイは強いわね」
ヴィヘラは地面に腰を落としながら、そんな風に告げる。
早朝に行われることが多い模擬戦。
今日は数日ぶりにレイがエグジニスからギルムに戻ってきているということもあり、ヴィヘラが模擬戦の相手として選んだのはレイだった。
「ふぅ……そう言って貰えると、俺も頑張った甲斐があったよ。あるいはこれも昨夜食べたクリスタルドラゴンの肉の影響か?」
「それなら、私も食べたでしょうに」
模擬戦の結果は、互角ということで終わった。
だが、息も切れ切れとなっているヴィヘラと違い、レイは多少は息が荒くなっているものの、そこまで疲れている訳ではない。
この辺りの疲労度が、現在のレイとヴィヘラの実力差といったところだろう。
とはいえ、これはあくまでも模擬戦だ。
ヴィヘラの奥義たる浸魔掌は使っていないし、レイもまた武器の攻撃は寸止めをするつもりだったので、デスサイズや黄昏の槍の一撃の鋭さは決して実戦でのものとは違う。
条件が全く同じといった訳ではないものの、それでもお互いにある程度本気であったのは間違いない。
それでも負けたのだから、ヴィヘラにしてみれば完敗と言ってもいい状況なのは間違いなかった。
そうして朝の模擬戦が終わると軽く汗を流し、そして朝食となり……
「じゃあ、レイ。気をつけて。……まぁ、レイのことだから、わざわざ気をつけてとか言う必要はないと思うけど」
マリーナのその言葉に、中庭にいた他の面々もそれぞれ頷く。
ここにいる者達は、当然のようにレイの強さを知っている者ばかりだ。
だからこそ、この状況で意味もなくレイを心配するような真似をしてもあまり意味がないと、そう理解していたのだろう。
「レイのことだから、本人が気をつけていても何らかの騒動に巻き込まれるのは、ほぼ確定だろう。それでも、レイのことだから心配はいらないと私は思っているよ」
「そうね。寧ろ私はそういう騒動に巻き込まれたいと思うけど。ただ、私が行く訳にもいかないしね。トレントの森の仕事を纏めてビューネだけに投げるという訳にはいかないでしょうし」
「ん」
ビューネはヴィヘラの言葉を聞き、当然といったように頷く。
極度の無口であるビューネだけに、トレントの森で行われている諸々の仕事をどうにかするというのは、難しいだろう。
(まぁ、ヴィヘラが来たら来たで、エグジニスで色々と問題が起きるのは間違いないだろうけど)
そんな風に思いながら、レイはセトの方に視線を向ける。
そこでは、セトがイエロと別れの挨拶をしていた。
イエロにとって、セトは親友と呼んでもいい存在。
だからこそ、たった一日でセトが帰ってしまうのは、イエロにとって非常に残念だった。
それでも、セトはイエロを慰め……またそう遠くないうちに戻ってくるといったように示し、レイの前までやってくる。
実際、レイが次にギルムに戻ってくるのは十日後くらいの予定だ。
クリスタルドラゴンの頭部の解体は、それくらいで終わるとギルドで親方に聞いていたのだから。
「よし、挨拶も終わったか。じゃあ、セト。そろそろ行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、レイが背中に乗りやすいように屈む。
レイの跳躍力や身体能力があれば、別にそこまでするような必要はないのだが、それでもセトが気を利かせてくれたのだから、レイは感謝しながらその背に乗る。
「じゃあ、行ってくる、また十日くらいしたら戻ってくるから」
そうレイが言うと、セトは数歩の助走で空に向かって飛び立つのだった。
マリーナの家の庭からセトが飛んでいった様子は、当然ながらその周囲にいて、どうにかレイと接触したいと思っていた者達にもしっかりと把握出来た。
「ほら、ほら、ほら! 見ろって、あれ! あれあれあれぇっ!」
レイが……正確にはセトが昨日マリーナの家に降りてきたという話を部下から聞き、それを信じた者達は当然ながらマリーナの家の周囲にいつも以上に人を派遣していた。
昨日は結局誰も接触出来なかったから、今日は何とか……と、そう思っていた中で、いきなり空を飛んでいったセトを見れば、冒険者の一人が空を飛ぶセトを見て騒ぐのは当然だった。
昨日セトが降下してきた時は、それこそ偶然、もしくは何らかの理由で空を見上げていたような者でもなければ、セトの存在に気が付くことが出来なかったが、今日のようにレイとセトがマリーナの家にいるというのが前提として注意して様子を見ていれば、空を飛ぶセトに気が付く者が多数出るのは当然だろう。
そして多くの者がセトの存在に気が付くが……だからといって、空を飛ぶセトに、正確にはそのセトの背に乗っているレイに接触することが出来るかと言われれば、その答えは否だ。
空を飛ぶというのは、この世界においてそれ程特別なことなのだから。
竜騎士はいないし、もしいたとしてもそれはダスカーの部下だろう。
貴族の中には竜騎士を抱えている者もいるが、ギルムに派遣されているのは基本的には貴族ではあっても当主本人や次期当主といった者達ではない。
だからこそ、空を飛ぶセトを見つけても接触する手段がなかった。
「どうする?」
「いや、どうするって言われてもな。セトはレイを連れて飛んでいったって、正直に言うしかないだろう?」
そう告げる仲間の言葉に、セトを見て騒いでいた男は悔しそうにする。
もしここでセトが飛ぶ前に何とか接触し、そして雇い主と会わせることが出来れば、成功報酬としてかなりの金額を貰えることになっていた為だ。
貴族街で働く冒険者というのは、基本的には増築工事以前からギルムで活動していた冒険者の中でも、実力と人望共に問題なしとギルドで判断された者達となる。
当然ながらそのような冒険者達は依頼を受ける際にも相応の報酬――それに比例して危険度が高いが――の依頼を受ける者達だ。
そのような冒険者ですら、是非欲しいと思わせる成功報酬なのだから、それがかなりの金額であるのは間違いないだろう。
だからこそ、冒険者達の多くはレイに接触出来なかったことを悔しがるのだ。
「落ち着け。今日レイが戻ってきたってことは、多分クリスタルドラゴンの素材を回収する為だろう。けど、あの大きさのモンスターの解体……それもランクSモンスターの未知のドラゴンである以上、この短時間で完全に解体したとは思えない」
「そうか! つまり、近いうちにまた来るってことだな!?」
「声が大きい。……ちっ」
相棒の声の大きさに、レイがまた戻ってくると判断していた男が舌打ちする。
当然だろう。今のレイが戻ってくるという言葉を聞き、少し離れた場所にいた冒険者達の気配が変わったのだから。
(しょうがないか。どのみち、いずれ気が付いただろうし)
ここに集まっている冒険者の多くが、有能な冒険者だ。
レイとセトのいきなりの行動に驚きはしただろうが、それでも少しして時間に余裕が出来れば、男と同じような結論になるだろう。
実際、何人かの冒険者は大声を出した男の相棒に責めるような視線を向けている。
そのような視線を向けている以上、当然ながら男と同じ結論になっていたと考えてもおかしくはなかった。
このままここにいると、面倒なことになるかもしれない。
そう判断した男は、すぐに相棒を連れてこの場から離れ、雇い主の屋敷に向かう。
貴族街で意味のない喧嘩騒ぎを起こすよう者はいないと信じたいが、それも絶対ではない。
そう判断しての行動だった。
そんな二人の行動に、他の者達もそれぞれに動き始め……最終的に、マリーナの家の周辺からは殆どの見張りが消えることになる。
マリーナの家の周辺でそんなやり取りがされている頃、レイはセトの背に乗って空の旅を楽しんでいた。
「昨日も見たし、今まで何度も見てきたけど……やっぱり空から見る景色ってのはいいな。特に今日は天気がいいし」
当然ながら、晴れていて天気がいいと明るく、遠くまで見ることが出来る。
これが雨が降っていたり、曇っていたり、もしくは霧が出ていたりといったようなことがあった場合は、暗くて遠くまで見ることが出来ない。
ドラゴンローブを着ているレイやグリフォンのセトには、上空の冷たい風であったり、湿気であったりといったものはあまり気にしないですむ。
だが、それでもやはり気分的に良好かどうかと聞かれれば、その答えには否と答えるのは当然だった。
「グルルルゥ?」
空を飛んでいると、不意にセトが喉を鳴らす。
何かあったのか? と疑問に思ったレイだったが、セトが見ている方に視線を向けると、そこには多数の馬車の集団があった。
商人……それも大商人と呼ばれる者達の商隊か、あるいは普通の商人が集団で移動しているだけなのか。
その辺はレイにも分からなかったが、それでもこうして見ている限りでは、何故セトがその商隊……ギルムに向かっている商隊に興味を持ったのか、分からなかった。
特にモンスターや盗賊に襲われているといった様子もない。
多少速度を出してはいるが、周囲にはまだ朝のせいか街道を使っている者は少なかった。
何故セトがそのような商隊に対して興味を抱いたのか、レイには分からない。
とはいえ、セトの様子を見る限りでは危険が迫っているといったような様子ではなかった為、あの商隊に危険が迫っているといったような訳ではないのだろうが。
ただし、それはあくまでもレイがそのように思っているだけでしかない。
もしかしたら……本当にもしかしたら、あの商隊には何かがある可能性は十分にある。
「どうする、セト。あの商隊が気になるのなら、ちょっと降りてあの商隊と接触してみるか?」
「グルルゥ? ……グルゥ」
レイの言葉に、セトは少し考えてから首を横に振る。
今はそこまでする必要はないと、そう思ったのだろう。
レイは別にそこまで商隊に接触したかった訳でもないので、セトがそう言うのであれば、特に無理に接触するような気持ちにもならず、そのまま商隊から離れていく。
(それにしても、あの商隊の何がセトの注意を惹いたんだろうな? マタタビとかそういうのがあったりしたのか? いや、それ以前にセトにマタタビとかが効果があるのかどうかは分からないけど)
猫にマタタビというのは、レイも日本にいた時にTVや漫画、アニメ、小説、ゲームといった諸々で知ったことがある。
そして猫ではなく、猫科の動物に対してもマタタビは効果があった。
だが、セトの場合はグリフォンだ。
上半身は鷲で、獅子の要素は下半身にしかない。
そのような状況でもマタタビの効果があるのか。
そう考えると、微妙に気になってしまう。
とはいえ、それを試してみたいとは思わないが。
(いや、でも一応試してみた方がいいのか?)
レイはそのような真似をしたいとは思わないものの、実際にセトにマタタビを使った時に効果があるかどうかは、確認しておいた方がいいのは間違いない。
もしここで面倒臭がって何もしておらず、実戦で何らかの理由によってマタタビが使われ、それがセトに効果があったら……と、そんな風に思ってしまう。
もっとも、どのような理由があれば戦闘中に敵がマタタビを使うといったようなことになるのかは、レイにも分からないが。
そもそもエルジィンにマタタビがあるのかどうかすら、この場合ははっきりとしていない。
日本にはマタタビが存在したが、このエルジィンも存在しているのか。
マタタビについて調べるのなら、まずはその辺からしっかりと調べる必要がある。
(とはいえ、マタタビの正式名称とか知らないしな。……いや、考えてみれば正式名称を知らなくても、この世界でマタタビを探すのに苦労はしないのか)
日本で調べるのに必要なマタタビの正式な名称の類を知っていても、ここは異世界のエルジィンだ。
そうである以上、猫を酔っ払わせるような効果を持つ植物、と。
そんな条件で探せばいいだろう。
あるいはこのエルジィンという世界には、マタタビ以上に猫に効果のある植物があってもおかしくはない。
(トレントって訳じゃないけど、そういう効果を持つ草のモンスターとか出て来れば、少し厄介だな)
レイだけなら、例えどのような相手であっても普通に戦える。
だが、セトであればどうなるかが分からない。
一度どうなるのかを試しておく必要があった。
(とはいえ、問題なのはどうやってその手の植物を入手するかだよな。下手な相手から購入するような真似をしたら、そこから誰かに情報が流れかねないし)
それでもマタタビがセトに効果がなければいい。
だが、もしセトに効果があった場合……それはレイにとって決して許容出来るようなことにはならない筈だった。