2703話
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「戻ったか」
マリーナの家の中庭に入ってきたレイとマリーナを見て、エレーナはそう呟く。
レイがマリーナと共に帰ってきたというのに、特に驚いた様子はない。
だとすれば、やはりレイがマリーナと共に帰ってくるのだと、そう理解していたのだろう。
そんなエレーナの様子を見て、レイはやはりなと思いつつ、それ以上は特に突っ込むような事はしない。
「それで、クリスタルドラゴンの素材はどうであった?」
「ある程度回収してきた。クリスタルドラゴンの肉もあるから、今日はその肉を食おう」
そうレイが言うと、エレーナとマリーナ、アーラはそれぞれ嬉しそうな表情を浮かべる。
いや、その三人だけではなく、中庭の中で遊んでいたセトやイエロもまた、レイの言葉を聞いて嬉しそうな様子を見ていた。
「……イエロが喜んでいるのは、いいのか?」
セトはともかく、イエロは黒竜やブラックドラゴンと呼ばれるドラゴンだ。
そんなイエロが、クリスタルドラゴンの肉を食べるというのは、本当に大丈夫なのか? とレイが疑問に思っても仕方がないだろう。
「む、それは……どうなのだろうな。だが、こうして見る限りではイエロも喜んでいる。そう思えば、今回の一件はそうおかしな話ではないのではないか?」
「イエロは子供なんだから、まだその辺をよく理解していないだけかもしれないわよ?」
マリーナの言葉に、エレーナは悩む。
今の状況を考えると、確かにイエロにクリスタルドラゴンの肉を食べさせるのは不味いかもしれないと、そう思ったのだろう。
とはいえ、皆がクリスタルドラゴンの肉を食べている時に、イエロだけ何も食べられないというのはさすがに可哀想だ。
そう考え……レイはガメリオンの肉を思いつく。
現在は夏も終わりに近付いており、もう少しすればガメリオンの季節になる。
もっとも今年はガメリオンの肉がどこまで手に入れることが出来るのか、分からないが。
ギルムの住人が増築工事で忙しく、そんな中でガメリオン狩りに参加する者は、どうしても例年よりも少なくなるだろう。
レイもまたクリスタルドラゴンの件もあって、あまり人目につきたくはない。
そんな状況だけに、今年はガメリオン狩りに参加する者はそう多くないだろうというのがレイの予想だった。
「ガメリオンの肉だ。この肉も相当に美味いし、イエロにはこれを食べさせないか? これでも駄目なようなら、銀獅子の肉もあるけど」
「銀獅子の肉……最初からそれを食べさせた方がいいのでは? 私達が食べるのは、ランクSのクリスタルドラゴンの肉なのだから、イエロが同種ということでクリスタルドラゴンの肉を食べさせられないのなら、せめて同じランクSモンスターの銀獅子の肉を食べさせた方がいいと思うが」
エレーナの言葉になるほどとレイは頷く。
ガメリオンの肉と銀獅子の肉。
どちらも高価で希少な肉なのは間違いなかったが、それでもやはり肉の格となると、ガメリオンと銀獅子では大きく違った。
「分かった。それでいいのならそうしよう。……ただし、同じランクSモンスターの肉とはいえ、全く種類が違う以上、別の調理をする必要があるぞ? それもかなり丁寧に」
極上の素材であるだけに、調理には当然細心の手間が必要となる。
とはいえ……この家で一番料理の上手いマリーナも、別に料理のプロという訳ではない。
あくまでも家庭料理の域を出ない腕前だった。
それでも十分に美味い料理を作るので、作って貰っているレイは特に不満はなかったが。
「うーん、確かにクリスタルドラゴンと銀獅子だと、共通点はランクSモンスターというくらいよね。でも、イエロだけがガメリオンの肉というのは可哀想だし、頑張ってみるわ」
普通であれば、ガメリオンの肉を食べるのが可哀想という風にはならない。
いや、寧ろガメリオンの肉をこの時期に食べられるのかといったように羨ましく思われるだろう。
だが、今回は銀獅子の肉であったりクリスタルドラゴンの肉であったりと、ランクSモンスターの肉との比較になってしまう以上、それは仕方のないことだった
本来なら、この時期に干し肉や塩漬けといったように保存食ではないガメリオンの肉が食えると言われれば、幾らでも金を出す者がいるのだが。
「分かった。マリーナがそう言うのなら任せるよ。……で、ヴィヘラとビューネはいつくらいに帰ってくるんだ?」
この場にいない二人を心配するレイだったが、具体的にいつくらいになれば帰ってくるのかというのは、そう簡単に分かる訳ではない。
レイがトレントの森で働いていた時も、不測の事態が起こるというのはよくあったのだから。
とはいえ、レイの場合はセトが一緒にいた。
それこそトレントの森からギルムまで、数分で到着出来る速度で飛行出来るセトが。
寧ろ、ギルムに到着してから中に入る手続きをし、貴族街にあるマリーナの家に到着するまでの時間の方が圧倒的に長い。
今はダスカーの配慮によってマリーナの家に直接降下するといった真似が出来るので、それこそマリーナの家から魔の森まで数分程度で移動出来るのだが。
「うーん、いつくらいかしら。レイが戻ってきてると知れば、出来るだけ早く帰ってくると思うけど。それが分からない以上、もしかしたら今日は生誕の塔の方に泊まるかもしれないわね」
「いっそ、俺が呼んできた方がいいか?」
レイならセトに乗ってトレントの森まで移動するのはすぐだ。
それこそ、現在は街中で直接飛んだり降りたり出来る許可を貰っている以上、レイがその気になればセトに乗って数分でトレントの森に到着するといったような真似が出来る。
マリーナもそれが分かっているからこそ、レイの言葉に頷こうとし……動きを止め、笑みを浮かべて口を開く。
「どうやら、その心配はいらないみたいよ?」
そう告げた。
え? と、一瞬レイにはマリーナが何を言ってるのか分かっていなかったが、その言葉の意味はすぐに理解出来た。
何故なら、中庭にヴィヘラとビューネの二人が姿を現した為だ。
「あら、レイ。戻ってきていたの?」
エレーナやマリーナと同様、ヴィヘラもレイの姿を見ても驚いた様子はない。
勿論、数日ぶりにレイと会ったので、それが嬉しくて笑みを浮かべてはいたが。
「ああ、ちょうど今日な。それにしても、タイミングがよかったな。いつ戻ってくるか分からないって話だったから、少しトレントの森まで迎えに行こうかと思っていたんだが」
「うーん。そうなると、もう少しトレントの森にいた方がよかったのかしら?」
ヴィヘラとしては、恋する乙女としてレイが迎えに来るというシチュエーションに興味はあった。
興味はあったのだが、それでも今の状況を思えば、レイに無理をさせるよりは自分がさっさと帰ってきた方がよかったかもと、そう思い直す。
「ともあれ、今日の夕食は豪華な食材を使うぞ。ギルドで引き取ってきた、クリスタルドラゴンの肉だ」
「ん!」
レイの言葉に、ヴィヘラよりも先に反応したのは当然のようにビューネだった。
食べるという行為が好きなビューネにとって、レイの口から出た言葉は決して聞き流せるようなものではなかった。
「料理をするのはこれからだけど……マリーナ、頼めるか? 料理が出来るまでは、適当に俺が料理を出しておくから」
クリスタルドラゴンの肉と、イエロの分だけとはいえ、銀獅子の肉の調理だ。
当然だが、そんな極上の食材の調理を行う以上、レイとしてはそちらに集中して欲しい。
それ以外の料理は、ミスティリングの中に入っている料理で十分だろうと判断する。
「そうね。でも、そんなにいい食材なら、あまり手を掛けない方がいいわね。下手に手を加えると、折角の一流の食材の味が落ちるでしょうし」
「取りあえず、これな」
そう言い、レイはミスティリングからクリスタルドラゴンの肉の塊を取り出す。
ギルド職員達の中でも、特に腕の立つ者達が解体しただけあって、肉は綺麗に切断されていた。
素人……いや、多少は腕に覚えのある者が解体しようとしても、ここまで綺麗に肉を切り分けるような真似は出来ないだろう。
実際、エルジィンに来た当初と比べれば大分解体の腕前が上がったレイではあったが、このように上手い具合に解体出来るかと言われれば、頷くことは出来ない。
デスサイズを使って骨ごと切断するといったような真似なら、出来るかもしれなかったが。
「へぇ、これが……凄いわね」
ここにいる中で一番長く生きているマリーナも、目の前に置かれたクリスタルドラゴンの肉を見て感嘆の声を上げる。
他の者達も、倉庫の中でその肉を見ているレイ以外の者達は全員がクリスタルドラゴンの肉に視線を奪われていた。
「で、こっちが銀獅子の肉な」
次に銀獅子の肉をミスティリングから取り出す。
その肉も、クリスタルドラゴンの肉に負けない程の肉の質で、多くの者の視線を惹き付ける。
そうして皆が二種類の肉に意識を集中させている中で、レイが軽く手を叩く。
パンッという音が周囲に響き、その音で肉に意識を集中していたエレーナ達は我に返る。
「さて、じゃあマリーナ。頼んだ」
「ええ。まずは下処理をしてくるわ。レイはマジックアイテムの窯を出しておいてちょうだい。出来るだけ高火力で一気に表面を焼いてから、その後はじっくりと中に火を通して行きたいから」
「分かった。そっちは任せておけ」
レイはマリーナの言葉に頷いて窯を取り出したが、ふと日本で読んでいた料理漫画のことを思い出す。
それによると、ステーキ等で料理をする時、肉の表面を焼き固めて肉汁を外に出さないようにするというのは、既に時代遅れの調理法だというものだった。
もっとも、それはあくまでもレイが漫画で読んだだけの内容であって、実際の料理でもそのようになっているのかどうかは、分からない。
分からないし、時代遅れではあっても新しい料理法を分からなかった以上、レイとしてはマリーナの指示に従うしかなかったのだが。
「じゃあ、準備してくるから少し待っててちょうだい」
笑みを浮かべたマリーナは、肉の塊を手に家の中に入っていく。
肉の塊はそれなりの重量があるのだが、マリーナにしてみればその程度の重量は何の問題にもならないのだろう。
あるいは、こちらもまた精霊魔法の効果によってしっかりと対処しているのかもしれなかったが。
そんなマリーナの姿を見送ると、レイはすぐに食事の準備に入る。
まずはマリーナが出して欲しいと言った、マジックアイテムの窯を取り出し、いつでも使えるようにする。
他にもミスティリングの中に入っている料理をテーブルの上に出していく。
出来たての料理をそのままミスティリングに入れたので、料理によっては、それこそ購入してから数年経っている料理であっても出来たてという、色々な意味で信じられない料理になっていた。
とはいえ、ここにいる面子はレイと行動を共にするようになって長い。
ミスティリングから出来たての料理が出て来るというのは、それこそ今まで何度も経験している。
何より、レイが出す料理はいつ購入したものなのかというのを知っているのはレイだけだ。
そうである以上、その料理を見ても特に何かを感じたりしないのは当然だろう。
もっとも、その料理が実は数年前に作られた料理だといったように言えば、それはそれで驚くかもしれないが。
とはいえ、レイもわざわざそのようなことを口にしたりといったような真似はしない。
誰でも知らなければいいということは、相応にあるのだ。
そういう意味では、レイのその判断は正しかった。
「これ、美味しいわね」
テーブルの上に置かれた料理を口に運んだヴィヘラが、驚いたように呟く。
レイのミスティリングに入っている料理は、どれもレイが美味いと思った料理だ。
そんな料理を食べ慣れていたヴィヘラだったが、それでも美味いと言ったのだから、その料理がどれだけ美味いのかということの証となる。
とはいえ、いつもなら肉の料理が多いのだが、今日はサラダを始めとした、野菜を使った料理。
そして以前に身内だけで海に行った時に獲ってきた魚介の類も出す。
魚介の類は、マジックアイテムの窯の様子を見る為にもそっちで焼く。
肉に関しては、それこそこれからクリスタルドラゴンの肉を食べる以上、そちらを美味しく食べる為に、今は敢えて肉料理を出さない。
出来れば美味い肉を食べたいと、そう思うのはレイとしては当然であり、ここに残っている他の者達も同様にレイの料理の選択に不満を口にするようなことはない。
……唯一、食べるのが好きなビューネだけは若干不満そうにしている一面もあったが。