2699話
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倉庫の中では、現在も多くのギルド職員……解体技術に自信のある者、そして上から才能があると認められ、これからのギルドで解体を期待されている者といったような者達がクリスタルドラゴンの解体を行っていた。
とはいえ、ギルド職員としてはそれなりに多いのだが、現在ギルムで行われている増築工事の件で書類仕事が大量にあるので、そちらに集中せざるをえない者も当然のようにいる。
いや、割合的に考えれば、書類仕事をしている者の方が圧倒的に多いだろう。
それでも今の状況を思えば、以前レイが魔の森のランクAモンスターの解体を頼んだ時よりも人の数は多くなっている。
「少し、人数が増えたか?」
「ああ、これだけの大物だ。これを解体するとなると、どうしても以前までの人数だと足りない。……最初は大丈夫だと思ったんだがな」
その言葉は、悔しげな色がありつつも、面白そうだという色もあった。
親方にとって、クリスタルドラゴンというのはそれだけ挑むに値する相手なのだろう。
解体を主な仕事としているだけに、その挑むというのは当然ながらクリスタルドラゴンの死体を解体するといった方法だったが。
「素材の方は、取りあえず俺がミスティリングに収納しておくけど、構わないよな?」
「ああ、それは構わない。ギルドの方と話はついてるんだろう?」
「……ギルドの方って、親方もギルド職員なんだから、そういう言い方でいいのか?」
「構わねえよ。今の俺はこのクリスタルドラゴンの死体を解体することを最優先にしてる。それ以外の件はギルドの方に任せてある。これはギルドも了承してることだ」
ギルドにとっても、未知のモンスター……魔の森に棲息していた、ランクSモンスターのドラゴンともなれば、色々と例外にすることもあるのだろう。
事実、レイは知らなかったが親方はこの件に関してはギルドから大きな権利を与えられている。
クリスタルドラゴンの素材や魔石、肉……ほぼ全てはレイに渡すという契約になっているものの、その解体で得られる情報というのはギルドにとっても非常に大きな意味を持つ。
クリスタルドラゴンがどのような身体の構造をしているのか、そしてどこが弱点でどのように動いているのか。
それらの情報は、ギルドにとって値千金の情報だった。
勿論、クリスタルドラゴンと遭遇するといったことが、そう簡単に起きる訳ではない。
だが、モンスターである以上、いつどこで遭遇するのかは分からないのだ。
特にギルムはこのクリスタルドラゴンが存在する魔の森から一番近い場所にある。
それでも魔の森との距離はかなりあるのだが、ギルムのギルドとしては、クリスタルドラゴンを含む魔の森のモンスターの情報は少しでも多く欲しかった。
このクリスタルドラゴンは魔の森でレイ達が遭遇したモンスターではあったが、場合によっては他の場所でもクリスタルドラゴンと遭遇する可能性は否定出来ない。
だからこそ、ギルドは今は少しでもクリスタルドラゴンの情報を欲していた。
そういう意味では、ギルドにクリスタルドラゴンの解体を任せてくれたという時点で、ギルドマスターのワーカーは、レイに感謝をしている。
……もっとも、クリスタルドラゴンの解体という大仕事をこのように忙しい時に依頼し、そちらに多少なりとも人手を取られてしまったギルド職員達にしてみれば、微妙に納得出来ないところもあったのだろうが。
それでも冷静に考えれば、レイが行った一件は間違いなくギルドにとって利益になるのだ。
今は不満に思っていても、将来的には納得することになるのは間違いなかった。
「さっさと素材を収納してくれ。色々と興味深い点はあったが、置く場所の問題もある」
親方の指示に従い、素材の置かれている場所に向かう。
置かれている素材の中でも、やはり目立つのは皮膚と鱗だろう。
クリスタルドラゴンの名前通り、その皮膚と鱗はクリスタルに近い色や形をしている。
それこそ鱗はクリスタルその物が鱗の形をしているといったようにすら思えた。
しかし、当然ながらそれはクリスタルなどではない。
クリスタルのように見えても、寧ろクリスタルよりも存在の格そのものが違う。
(鱗と皮は、色々と使い勝手がよさそうだよな。特に皮は革にしてローブとかにすればかなりの防御力を発揮しそうだし)
レイの持つドラゴンローブも、ドラゴンの鱗や革を使って作られた代物だ。
もっとも、エンシェントドラゴンと呼ばれる程に長生きして強力なドラゴンという訳ではなく、数百年生きた程度のドラゴンの素材だったが。
他にも肉や内臓の一部、爪……と様々なものがある。
牙がないのは、まだ頭部の解体が終わっていないからか。
(頭部は切断されてるんだから、そっちから最初に解体した方がいいと思うけど。まぁ、ドラゴンの死体だけに、残留魔力の影響でそんなに簡単に悪くなったりはしないだろうし、この倉庫にもその手の魔法が掛けられてるみたいだから、腐る心配はいらないんだろうけど)
ドラゴンの死体を下手に腐らせたりした場合、最悪ギルムのギルドからドラゴンゾンビが出没するといったようなことにもなりかねない。
勿論、親方を始めとした者達はそうならないようにきちんと考え、対策を練っているのだろうが。
(何より、この肉だよな。……ドラゴンの肉、一体どれだけ美味いんだ?)
ブロック状に切り分けられた肉を、次々にミスティリングに収納していくレイ。
ランクSモンスターということであれば、銀獅子の肉を食べたことがある。
その時の肉も、まさに極上の味……文字通りの意味で天にも昇るかのような、そんな味に思えた。
この世界においては、ランク以上の味の肉というのはそれなりにある。
身近なところだと、オークがそれだろう。
オークは本来ランクDモンスターなのだが、その味はランクC、もしくはランクBにも届く。
オークのランクDというのは、あくまでも個体でのランクでしかない。
群れになるとランクC扱いになるとはいえ、それでもオークの肉はランク以上の味を持つ。
それ以外にも、秋の終わりから冬の始まりに掛けて姿を現すガメリオンもランクCモンスターだが、ランクBモンスター以上の味を持つ。
これらのように、モンスターの中にはランク以上の味を持つモンスターも珍しくはないのだが……そのようなモンスターであっても、ランクSモンスターの肉以上の味というのは、不可能だった。
少なくても、レイが知ってる限りではそのような情報はどこにも存在しない。
そう思えば、やはりこれだけ大量の肉を入手したというのは、レイにとって純粋に嬉しい。
(セトを留守番させてしまったし、今日はこのドラゴンの肉で何かを作るか。……もっとも、こんなにいい肉だ。下手に料理をするよりも、塩胡椒を振って焼いた方がいいのかもしれないけど)
レイが日本にいる時に見た料理漫画で、A5のような肉というのは下手に料理をして手を加えるよりもシンプルに塩胡椒を振って焼いて食べた方がいいというのがあった。
それが真実なのかどうかは、レイにも分からない。
最高の食材だからこそ、より手間を加えて最高の料理にする……というのも、別の料理漫画で見たことがあったのだから。
ただ、レイは料理となると簡単な料理しか出来ない。
この世界にうどんや肉まんの類を伝えたりしたが、それはあくまでもレイが日本で見たTV番組であったり、料理漫画の知識から捻り出した知識でしかない。
そんなレイがドラゴンの肉に相応しい調理など出来る筈もなく、料理が得意なマリーナも、あくまで素人にしては料理が上手いといった程度だ。
であれば、やはりドラゴンの肉はシンプルに食べた方がいいだろうと判断する。
そうして素材をミスティリングに収納すると、レイはクリスタルドラゴンの解体の指揮を執っている親方に声を掛ける。
「親方、ギルドに預けた魔石がどうなったか分かるか?」
レイが倒したランクAモンスターの魔石は、現在ギルドに預けられている。
その魔石からでも、多少なりともモンスターの情報を読み取ることが可能なのだ。
もっとも、それはあくまでもある程度といったところだし、運も大きく影響してくるのだが。
「いや、何も聞いてねえな。まだ調べてる最中なんだろ」
「盗まれたとか、そういう話は?」
レイが一番懸念しているのが、それだった。
ランクAモンスター……それも魔の森に棲息するランクAモンスターの魔石だ。
知識のある者であれば、それだけで大きな利益とすることが出来るだろう。
それ以外にも、錬金術師にとっては喉から手が出る程に欲している代物だ。
そうである以上、何らかの手段で奪おうと考える者が出て来てもおかしくはない。
クリスタルドラゴンの護衛に多くの戦力を割いているというのも、ランクAモンスターの魔石を欲している者にしてみれば、甘い誘惑といったように思えてもおかしくはない。
だが、レイの言葉に対し、親方は首を横に振る。
「そのような話は聞いておらん。もっとも、ずっとこの倉庫にいる以上、情報が入ってきていないだけかもしれんがな」
「そうか。なら、いい」
他のギルド職員……自分の担当のレノラ辺りに聞いてみた方がいいのか?
そう思うも、今の自分がギルドの建物の中に直接顔を出せば、間違いなく騒動になってしまうだろうことは明白だった。
ギルド職員はともかく、冒険者の中にはレイと接触して素材を売って貰おうといったように考える者もいるだろう。
その素材を馴染みの商人か何かに転売するのか、もしくは自分の装備品を作る為の素材として使うのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、ともあれそういう者が出て来るのは明らかであり、そしてレイに対して色々と思うところが多い者がいるだろうというのも、予想は出来た。
「ともあれ、事情を知っているギルド職員から話を聞けば……」
そうレイが言った瞬間、倉庫の扉が開く音がする。
誰だ? とレイが視線を向けると、そこにはレノラの姿があった。
「レイさん、戻ってきていたんですね」
「レノラ? ああ、クリスタルドラゴンの素材を回収する為にな。そっちこそどうしたんだ? いやまぁ、俺の担当のレノラがこうして姿を現したんだから、考えるまでもないと思うけど」
レイがこの倉庫に入る前に会った冒険者が、レイが来たことをギルドに知らせると言っていたのを思い出す。
そうである以上、レイの件を知ったギルドから誰かがやって来るのは当然のことだろう。
そしてやって来るのがギルド職員の中でもレイの担当であるレノラだというのも、おかしなところは何もない。
いや、寧ろこれは当然と言ってもいい。
「レイさんが来たという報告がありましたので、手の空いた私が会いに来たんですよ」
正確には手の空いたではなく、手を空けたという表現の方が正しいのだろう。
真面目な性格をしており、それだけに書類仕事にも決して手を抜かないレノラだ。
そんなレノラが手を空けたということは、レノラの担当分の仕事は取りあえず後回しにしてきたのか、もしくは他の誰かに任せてきたのか。
恐らくは後者だな、と。レノラの性格からレイは予想する。
あるいは親友のケニー辺りに書類を押し付けてきたという可能性くらいはあるのかもしれないが。
「レイさんがいなくなってから、大変だったんですよ? ギルドにはレイさんと面会したいという人や、レイさんに指名依頼をしたいという人が溢れて」
ただでさえ書類仕事で忙しかったところに、追加でそのような者達の相手もしなければならなかったのだろう。
それに関しては、レイも若干悪いと思う。
とはいえ、指名依頼というのはレイにとっても少し予想外だった。
「指名依頼か。ちなみにだけど、それは本当に俺じゃないと駄目な依頼だったのか?」
「いえ、単純にレイさんと接触を持ちたかっただけでしたね。そういう意味では、レイさんでなければ駄目というのはあったんでしょうが」
その言葉に、レイは取りあえず気にする必要はないかと、そう判断する。
ギルドにしてみれば面倒な出来事だったのだろうが、クリスタルドラゴンの解体というのは、そんな面倒な出来事を込みで考えても、十分に利益になるのは間違いなかった。
だからこそ、ギルドも今回の一件を引き受けたのだから。
「そうか。なら、これからも意味のない依頼は蹴ってくれていい。俺じゃないと駄目な依頼なら、条件によっては考えてもいいけど」
「いいんですか? どういう依頼でも、今は引き受けない方がいいと思うんですが」
レノラは心配そうに、そう告げるのだった。