2697話
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投票締め切りは1月10日の24時となっています。
URLは以下となります。
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「間違いない、見たって! セトがあのマリーナ様の家の敷地内に降りていったのを、俺はしっかりみたんだって!」
そう告げる男の言葉に、周囲にいる他の者達はそれぞれに視線を交わす。
お前は見たか?
いや。見ていない。
お前は?
俺も見ていない。
そんな風に視線だけで言葉を交わす男達。
実際に自分の目でセトを見ていない以上、男の言葉が本当なのかどうかというのは分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えば本当であるという可能性は高い。
(それに……他の連中がどう出るか、だな)
現在男たちがいるのは、貴族街の中でも特にマリーナの家を見ることが出来る場所。
同じように、他にも何人もの男達がマリーナの家の周辺にはいた。
普通に考えれば、怪しい相手として捕まってもおかしくはない。
だが、ここにいるのは全てが貴族街に住んでいる貴族の手の者。
怪しまれても、雇っている貴族が後ろ盾となっている以上、特に問題がないとされるのは間違いなかった。
何故このような真似をしているのか。
それは当然ながら、少しでも早くレイに接触する為だ。
レイとの接触により、クリスタルドラゴンの素材を少しでも早く、多く手に入れたいと考えたのだろう。
このような真似が出来るのは、貴族街に住んでいる貴族の手の者だからだ。
そういう意味では、とてもではないが平等とは言えない。
しかし、貴族達にしてみれば自分達が持っている特権を使っているだけでしかないので、特に気にしていなかった。
そんな中、空からいきなりセトがマリーナの家に降下していったといったようなことを言ったのだから、他の者達も戸惑うのは仕方がない。
「取りあえず、このままこうしていても仕方がないし、上に報告してきた方がいいんじゃないか?」
「そうだな。いつまでもこのままって訳にはいかないだろうし、そうなると、報告しておいた方がいいか。これで報告しないで他の貴族がそれを知ったら、お貴族様は我慢出来ないだろうからな」
「それに、俺達はマリーナ様の家の敷地に入るのを許可されてないし」
ここにいるのは、貴族に雇われている冒険者達だ。
そして貴族が雇っているのは、最近ギルムに来た冒険者ではなく、以前からギルムにいた冒険者達が大半となる。
つまり、その殆どがマリーナがギルドマスターをやっていた時に冒険者として活動していたことになる。
だからこそ、マリーナを尊敬する者が多数だった。
中にはもっと別の感情を抱いている者もいるが、とにかくそんなマリーナの家の敷地内に勝手に入るといったような真似をする者はいない。
いや、最初は何人かそのような真似をした者もいたのだが、そのような者達はマリーナの精霊魔法によってすぐに外に吹き飛ばされることになる。
それにより、マリーナの家に忍び込むといったような真似は不可能だと理解し、多くの冒険者はマリーナの家の敷地内に入ることを止めた。
この辺りの判断は、貴族に雇われるような有能な冒険者だけのことはあるのだろう。
マリーナの性格を知っていれば、その家の敷地内に強引に入ろうとした場合、どうなるのかというのは考えるまでもないと、正常な判断が出来たから、というのもあったが。
ともあれ、セトの姿を見たと主張する者がいる以上、雇い主に報告する必要があるのは間違いない。
これでもし本当にセト……より正確にはレイがいれば、追加の報酬も期待出来るだろう。
もしセトやレイの姿がない場合、叱られる可能性もある。
だが、幸いにしてこの冒険者達の雇い主の器は小さくない。
もし見間違いであっても、そこで厳しく叱れば次からは本当にレイやセトを見て、そう確信してからでないと報告しにこないと、そのように理解はしているだろう。
そうなれば、他の者を出し抜くことが出来なくなる。
だからこそ、多少勇み足であっても雇い主が怒るようなことはない。
実際、そのように言われているし、何か異変があったらすぐ知らせるようにとも言われていた。
そうである以上、レイが帰ってきたかもしれないというのを、知らせないという選択肢は冒険者達にはなかった。
そして他の者達……ここにいる冒険者と同様に貴族に雇われており、レイが戻ってきたらすぐ知らせるようにと言われていた者達もまた、同じように自分の雇い主に連絡をする為に走るのだった。
屋敷の周囲で冒険者達が雇い主に異変を知らせている頃、レイはマリーナの家の中庭でエレーナと共に紅茶を楽しんでいた。
ギルドに向かう必要はあるのだが、セトが上空からやってきたのを見られているだろうと判断し、取りあえず周囲の騒動が一段落するまでは待っていた方がいいだろうと、判断した為だ。
「それで、このまま待っていればより多くの者が集まってくると思うのだが、どうするのだ?」
「そうだな。取りあえずセトには悪いけど、俺一人でギルドに向かうつもりだ」
「グルゥ……」
レイの言葉を聞き、残念そうに喉を鳴らすセト。
既にアーラが用意した焼き菓子は食べ終わっており、現在は自分の身体の上で動いているイエロの様子を見ながら、ゆっくりとした時間を楽しんでいたのだが……当然ながら、レイとエレーナの会話は聞こえたのだろう。
「セトがいれば、どうしても俺だとすぐに分かるからな」
「それは……そうであろうな。レイとセトは、常に一緒にいるという認識を持っている者も多い」
体長三mを越えるセトだけに、こっそりと隠れるといったような真似をする訳にはいかない。
一応、サイズ変更であったり、光学迷彩といったスキルもあるものの、サイズ変更はレベル二の現状だと三mが七十cmになるだけだし、その効果も決まっている。
光学迷彩は完全に姿を消すことが出来るものの、透明になっていられるのは六分強で、こちらも効果時間は決まっている。
特に光学迷彩は、周囲から見えなくなるのは間違いないが、その状況でもぶつかれば普通にセトに触れることが出来るので、広い場所ならともかく、街中で使うのには向いていない。
戦闘であれば、話は別なのだが。
そんな訳で、セトが一緒にいればすぐそこにレイがいると認識されてしまう。
普段であれば、それはそれで構わない。
しかし、今回はあくまでも自分だけでギルドに行く必要があった。
「そんな訳で……俺はこのまま正門じゃない場所から出て、それとなくギルドに向かうよ」
「レイの言いたいことは分かるが……それはそれで厳しいぞ? ここが大通りのような場所ならともかく、貴族街をレイのような人物が一人で歩いていると、間違いなく目立つだろう」
エレーナのそんな言葉に、レイは反論出来ない。
ドラゴンローブは隠蔽の効果があり、その外見をその辺のローブと変わらないように周囲の者に認識させる。
だが、それはつまり、貴族街の中を豪華なローブでも何でもない、一般的なローブを着ている人物が歩いていることになるのだ。
それも、パーティの仲間達と一緒に行動している訳ではなく、あくまでもレイだけで。
これで貴族街の見回りをしている者が怪しむなという方が無理だろう。
ただでさえ、現在はギルムに大勢が増築工事の仕事を求めてやって来ているのだ。
その中には色々と怪しい者も多く、中には当然のように犯罪者もいる。
そのような者達が貴族街に入ってこないように、貴族に雇われている冒険者は頻繁に見回りを行っており、そのような者達にしてみれば、ドラゴンローブを着てフードを被り、顔を隠しているレイはあからさまに不審人物と認識されてしまう。
「それは……取りあえず見つかったら走って逃げるとか?」
「本気か? いやまぁ、レイならそのような状況になっても無事に逃げ切れるとは思うが、そうなると不審者として貴族街にいる冒険者達から追われてしまうぞ。まさか、そのような状況でレイの方から手を出す訳にはいかないだろう?」
「……それは否定出来ない事実だな」
自分は逃げているだけであるにも関わらず、一方的に攻撃をされる。
それはとてもではないが面白くない出来事ではあったが、そこで反撃をするような真似をした場合、余計にレイを追う者達が本気になるだろう。
貴族街の見回りをしている冒険者達にしてみれば、正体を隠したレイというのは限りなく怪しい存在だ。
自分達はそのような怪しい存在が貴族街に入ってこないように活動しているのだから、そのような相手を逃すというのは有り得ない。
「とはいえ、顔を出して堂々と移動すると、間違いなく面倒なことになるぞ?」
そう告げるレイだったが、実際、その言葉は決して間違ってはいなかった。
もしレイが顔を出して貴族街を歩いている場合、多くの者が接触してくるだろう。
中には、そのような真似をすればレイの機嫌を損ねるだけだと理解し、接触してこない者もいるだろう。
しかし、クリスタルドラゴンの素材に目を奪われた者達にしてみれば、ここで少しでも早くレイと接触しようと考えるのは当然のことだった。
「そうだな。なら……私が馬車を出すというのはどうだろう?」
「エレーナが……? いや、それは助かるけど、いいのか?」
エレーナの馬車には、ケレベル公爵家の紋章がある。
それを見れば、馬車を迂闊に停めるといったような真似は出来ないだろう。
特にここは貴族街だ。
貴族街であるからこそ、ケレベル公爵家というのは大きな意味を持つ。
そういう意味では、非常に助かるのは間違いのない事実だ。
だが……だからこそ、ケレベル公爵家の力を使ってもいいのかと、そんな風にエレーナに尋ねてしまう。
「構わない。私も、ここで延々と訪ねてくる者達の相手をするのは、色々と思うところがあるからな」
エレーナはケレベル公爵家の令嬢であると同時に、姫将軍の異名を持つ武人でもある。
それだけに、本人としては貴族との交渉というのは決して好んでやりたいとは思わない。
……好んでやりたいと思わないだけで、やろうと思えば十分以上に出来るあたり、エレーナの性格と能力に若干の差異があるのだが。
ともあれ、エレーナとしてはこのままマリーナの家にいれば、また多くの貴族がやって来るだろうというのは、容易に予想出来る。
レイがギルムから出て、別の場所に向かったという噂が広まっていても、多くの者がレイと……正確には、レイの身内と判断されているエレーナ達と接触しようとした。
だが、マリーナは診療所で働いており、その邪魔をするのは色々と不味い。
ヴィヘラとビューネはトレントの森で働いているので、ギルムで接触するのは難しい。
そうなると、マリーナの家に来ればいつでも会うことが出来るというエレーナは、貴族達にとって格好の相手だった。
何しろミレアーナ王国の貴族であるという共通点があり、もしレイの件を抜きにしても、エレーナと接触出来るというのは、貴族達にとって悪い話ではないと思えたのだから。
実際には、そのような真似をされたエレーナにしてみれば、有象無象の貴族が多数来ても印象に残らないし、場合によっては嫌悪感すら抱いたりもする。
「そのような訳で、レイが来た以上、このままここにいるのは不味いと判断したのだ」
「それは助かるけど、マリーナの家を留守にしてもいいのか?」
エレーナの馬車で移動するということは、その御者を務める人物が必要となる。
そして現状において、そのような人物はアーラしかいない。
そんなアーラがレイやエレーナと一緒に出掛けるとなると、当然だがこの家には誰もいなくなる。
いや、セトを残していくとレイは考えているし、イエロも恐らく残るだろうから、全く完全な留守になるという訳ではないのだが。
レイが戻ってきたという噂が急激に広がりつつある今の状況で、マリーナの家に誰かが訪ねてきた時、応対出来る人物がいないというのは色々と不味いのでは?
そうレイは思ったのだが、エレーナは問題ないといった様子で口を開く。
「構わない。私が出たというのは、馬車を見ればすぐに分かるだろう。もし何か本当に用事があるのであれば、私が戻ってきてから接触してくる筈だ。であれば、何も問題はない」
正確には問題がない訳ではなかったが、それは問題にする程でもないと、そう言いたいのだろう。
レイにしてみれば、それはそれで問題なのでは? と思わないでもなかったが、今の状況を思えば、やはりここはエレーナの提案に乗った方がいいだろうというのも理解出来た。
「セト、俺はエレーナと一緒にちょっと外に出て来るから、セトはイエロと一緒に待っててくれ」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは少しだけ残念そうにしながらも、受け入れるのだった。