2696話
これが今年最初の更新となります。
今年も1年、よろしくお願いします。
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レジェンドの15巻も対象になっていますので、是非投票をよろしくお願いします。
投票締め切りは1月10日の24時となっています。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2020_07-12/
「むぅ……では、レイ。出来るだけ早く帰ってくるのじゃぞ」
「分かっている。そっちも、俺に情報を持ってくる奴がいたら、しっかりと話を聞いておいてくれよ」
鉄のインゴットを持っていた盗賊を捕らえた翌日、レイは数日ぶりに、ギルムに戻ることにした。
そろそろクリスタルドラゴンの素材がそれなりに剥ぎ取り終わっているだろうと、そう判断してのことだ。
正直なところ、レイとしてはもう少しエグジニスに残っていたかった。
エグジニスでは、色々と調べている事が多いのだから。
ゴライアスの一件や、盗賊の一件。また、盗賊の消失がドーラン工房のゴーレムに関わっているという噂。
何より、ドーラン工房がいつゴーレムを売る相手を決めるか分からない。
また、ロジャーがやっているオークナーガの素材の解析や、あわよくばそれを使った防御用のゴーレムの受け取り……といった具合に、エグジニスでやるべきことは多々ある。
しかし、エグジニスに気になることが多々あるからといって、ギルムに行くのを止める訳にはいかない。
クリスタルドラゴンの素材というのは、エグジニスにある諸々と同様……いや、それ以上にレイにとって重要な物なのだから。
だからこそ、レイはギルムに戻ることを決めた。
もし昨日遭遇した錬金術師や冒険者達が星の川亭に情報を持ってきても、その情報を自分の代わりにマルカが受け取れるようにと、宿の従業員達に言っておくような真似もして。
「レイの兄貴、気をつけて」
マルカの隣でニッキーがレイに向かってそう言ってくる。
ニッキーにしてみれば、レイは尊敬すべき兄貴分だ。
それは今朝、星の川亭の庭で行った模擬戦によって、より強くそう思うようになった。
幾らか自分を卑下しつつあるニッキーだったが、それでもマルカの護衛を任されるくらいだけに、内心ではそれなりに自分の実力に自信があったのだが……レイとの模擬戦では完封されてしまう。
レイを本気にさせるどころか、指導のようなことをさせてしまった。
そこにあるのは、圧倒的な……ニッキーにとっては、越えられるかどうかすら分からないような、そんな圧倒的な壁。
そんな壁を感じたからこそ、ニッキーはよりレイを尊敬するようになった。
勿論、模擬戦前でもレイの実力を感じ取り、尊敬していたのは間違いない。
それがより大きくなったのだ。
「ああ、マルカはお転婆だから、振り回されないようにしろよ」
「待て、レイ。お主、言うにことかいてお転婆者と!? 妾を一体何だと思っておるのじゃ!」
「だから、お転婆だろう? ……まさか、自覚がないとは言わないよな?」
「ぐ……」
そう尋ねてくるレイに、マルカは言葉に詰まる。
自分のこれまでの言動を思えば、お転婆だと言われても仕方のないことだと、そう理解してしまっていたからだ。
……とはいえ、だからといってそれを素直に認められるかどうかは、また別の話だったが。
不満そうなマルカと、心配そうなニッキーをその場に残し、レイはセトと共にエグジニスから出るのだった。
セトに乗って空を飛ぶレイは、上空から見える景色を堪能する。
今まで何度となくセトに乗って移動してきたのだが、空から見る景色というのは、何度見ても飽きるといったことはない。
レイにしてみれば、それこそいつまででも見ていたい気分にさせる光景だった。
とはいえ、本当にいつまでも見ている訳にはいかない。
(いやまぁ、この状態で俺がやるべきことは殆どないんだから、景色に目を奪われていても全く問題はないんだけど)
空を飛ぶという行為の中で、レイが出来るのは周囲の様子を警戒するくらいだ。
しかし、レイよりもセトの方が鋭い五感や第六感を持っているので、そちらもセトに任せておいた方がいいのは、間違いない。
結局のところ、レイがこの状態でやれるのは、景色を楽しむか、何かを食べるかといったようなことしかなかった。
セトと話すという選択肢もあるが、そのような真似をすれば周囲の様子を警戒しているセトの邪魔をすることになる。
モンスター辞典のように、ミスティリングに収納している本を読むといったことも出来ない訳ではなかったが、上空を飛んでいる状況でそのような真似をするのは危険だ。
レイならセトの背から落ちても、スレイプニルの靴を使えば問題はなかったりするのだが……それでも、やはり落ちない方がいいのは、間違いない。
「これで草原に沈む夕日とか見れば、かなり風情があるんだけどな」
「グルルルゥ?」
レイの口から出た言葉に、セトはどうしたの? と視線を向ける。
「いや、何でもない。こうしてセトと一緒に行動出来るのが嬉しいと思ってな」
「グルゥ!」
自分も! と、喉を鳴らすセトの首の後ろを撫でながら、レイはそのままギルムに向かい……レイにしては珍しく、本当に珍しく、特に何かトラブルの類に遭遇することもないまま、やがてギルムが遠くに見えてくる。
地上を移動するのなら、盗賊の類に遭遇することもあるし、何らかの理由でその地の領主の問題に巻き込まれるといったこともあるだろう。あるいは、川の増水や土砂崩れで街道が通れず、大きく遠回りをしたり……といったように。
しかし、空を飛んでいればそのような問題の大部分を無視することが出来る。
領主の問題は、そもそも空を飛んでいるので接触することすらない。
増水や土砂崩れは、地上ではなく空を飛んでいるセトには関わりがない。
唯一、盗賊が問題になってくるが、それはレイ達が盗賊に襲われるといった話ではなく、盗賊に襲われている誰かを助ける為に戦いに乱入するといったような形でだ。
それだって、レイは自分の趣味だから盗賊の襲撃に乱入して盗賊狩りを行ったりするが、別に絶対にやらなければならないという訳ではない。
(こうして考えると、つくづく空の旅って便利だよな。……まぁ、普通の冒険者なら馬車とかでも十分に便利なのかもしれないけど)
この世界において、最も一般的な移動法はやはり歩くことだ。
一応馬車の類もそれなりに用意されているが、それらに乗るには当然ながら相応の金額が必要となる。
安全を重視したいのなら馬車を使った方がいいのだが、それなりの金額である為に、少しでも節約しようと歩いて移動する者もいた。
盗賊にしてみれば、歩いている一人を狙うよりも馬車を狙った方が実入りも大きい。
そういう意味では一人、もしくは少数で歩いている方が安全なのかもしれないが、盗賊の中には稼ぎよりも弱者を痛めつけるというのを好む者もいる。
身を守る実力がない場合、そのような盗賊との遭遇は死を意味する。
「とはいえ、ギルムの周辺では基本的に盗賊が活動することはないんだけどな」
辺境にあるギルムの周辺には、時に高ランクモンスターが姿を現すこともある。
そのような場所で盗賊として働くのは……無理ではないものの、かなり厳しい。
下手をすれば、ランクBモンスターが普通に現れたりする可能性もあるのだ。
冒険者であっても容易に倒せないような存在のランクBモンスターと盗賊が遭遇したらどうなるか。
その盗賊達が、それこそランクBモンスターを相手にしても、勝てるか逃げられるかといった実力の持ち主でなければ、他人を食い物にしている盗賊達が、物理的な意味でモンスターの食べ物となってしまう。
実際、今までにも何度か盗賊達がギルムの近くで活動しようとしたことはあったのだが、その大半がモンスターによって全滅させられたり、冒険者によって討伐されたりし、あるいはギルム周辺から逃げ出していた。
「セト、マリーナの家の中庭に直接降りてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らし、地上に向かって降下していく。
本来なら、ギルムの上空には空を飛ぶモンスターが降りてこないように結界が展開されている。
だが、現在のギルムは増築工事中で、その結界も展開されていなかったり、もしくは簡易的な結界に変えられている。
そういう意味ではかなり危険な状態なのだが。その辺に関しては腕利きの冒険者であったり魔法使いであったり、錬金術師であったりが対応している。
(一応、俺はそういうのを関係なく地上に降りる許可を貰ってるんだが……今更だけど、本当に大丈夫なのか?)
地上にあるマリーナの家の中庭に向かい、降下していくセトの背の上で、そんな風に思う。
そこまで自分を特別扱いするというのも、色々と不味いのでは?
そう思いつつ……
「あ」
中庭のテーブルで、エレーナとアーラが休憩して紅茶を飲んでいるのが見えたレイは、そんな風に小さく声を漏らす。
セトもそんな地上の様子に気が付いたのか、降下速度を落とし……そして、周囲に風や土埃を巻き起こさないようにしながら、無事に中庭に着地する。
現在の時間的には、そろそろ夕方になるかどうかといった、そんな時間だ。
それだけに、エレーナとアーラはまだ会いに来ているだろう客……貴族の相手をしているだろうと、そう思っていたのだが。
何より、レイがマリーナの家にいるというのは、大きく知られている。
そしてレイがクリスタルドラゴンを倒し、その死体を公開してからまだ数日だ。
エグジニスに行ったレイ的には、それこそ数日ではなくもっと多くの時間が経過したように思えたのだが。
ともあれ、何とかレイと接触したい、クリスタルドラゴンの素材を少しでも欲しいと考える者達が、マリーナの家にやって来て面会を求めてもおかしくはない。
不幸中の幸いと言うべきか、レイが住んでいるマリーナの家は、精霊によってしっかりと防犯している。
交渉でも何でもなく、最初から悪意を抱いてレイに接触しようとする者には、とてもではないが愉快とは言えない未来が待っているだろう。
地上に向かって降下していくセトに気が付いたのか、紅茶を飲んでいたエレーナが視線を上に、向ける。
精霊による結界とでも呼ぶべきものの中にいるエレーナだったが、それでも近付いて来るセトの存在に気が付く辺り、その実力を十分に発揮しているのだろう。
「アーラ、レイ達が帰ってきたようだぞ」
「え?」
エレーナはレイの存在に気が付いたものの、アーラがそれに気が付くというのは難しかった。
それでもエレーナの様子を見て、何かを察したのだろう。
笑みを浮かべ、頷く。
「では、紅茶の用意をしましょう。……イエロは……あら」
エレーナが気が付いたことである以上、エレーナの使い魔として魔力を通して繋がっているイエロも、当然のようにセトの存在には気が付いたらしい。
その小さな羽根を羽ばたかせ、必死に上空に向かって飛ぶ。
そんなイエロの様子から、レイとセトが戻ってきたのは上空からであると判断したのだろう。
アーラは空を見上げ……ちょうどそのタイミングで、セトが精霊の結界を突き抜け、中庭に着地する。
「きゃあっ!」
アーラの口から可愛らしい悲鳴が上がる。
本人は自分がそんな言葉を口にしたというのに気が付いたのだろう。
慌てて口を押さえるも、当然ながらその悲鳴は近くにいたエレーナにも……そして、地上に降下してきたセトやレイの耳にも聞こえていた。
とはいえ、ここでその件について言えばアーラが照れ隠しにどのような反応に出るのか分からない以上、レイは取りあえずその件について突っ込むのは止めておく。
「っと、ありがとな、セト。お前のおかげで、エグジニスから早くここまで来ることが出来たよ」
「グルルゥ」
レイが感謝の言葉を口にして頭を撫でると、それに対して嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、自分の行動でレイが喜んでくれるというのはそれだけで嬉しかった。
「久しぶり……って感じじゃないけど、俺の感覚だと随分と久しぶりに思えるな」
「それだけ、エグジニスでの日々が充実していたのだろう。それで、今日戻ってきたのはエグジニスの用事が終わったから……ではなく、クリスタルドラゴンの素材の件か?」
「ああ。ギルドに預けて俺が出発してから数日が経過したしな。そろそろ、ある程度の素材を剥ぎ取ったのかと思って。それに、ランクAモンスターの魔石についても上手くいけば解析が終わっていて返して貰えるかもしれないしな」
魔石は、レイにとって……そしてセトにとって、大きな意味を持つ代物だ。
そうである以上、出来るだけ早いうちに回収しておきたいというのが、レイの正直な気持ちだった。
「そうか。だが……レイが戻ってきたとなると、またこの家も騒がしくなりそうだな」
「そうですね」
エレーナの言葉に、アーラはしみじみと同意する。
そうしながらも、セトの前に焼き菓子の入った皿を置く。
セトはそんな焼き菓子を、嬉しそうに食べるのだった。