2694話
昨日、数時間2693話の内容が2692話の内容になっていました。
申し訳ありません。
現在は修正ずみです。
現在、ラノベ人気投票『好きラノ』2020年下期が開催されています。
レジェンドの15巻も対象になっていますので、是非投票をよろしくお願いします。
投票締め切りは1月10日の24時となっています。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2020_07-12/
レイの前にいる男は、深く、深く、深く考え込む。
自分が今まで見て、聞いて、感じてきた全てを思い出すようにしながら。
ここでレイの利益となる情報を思い出すことが出来なければ、自分は警備兵に突き出され、犯罪奴隷として売られる。
男は身体付きもそれなりに逞しく、若く健康な男だ。
そのような犯罪奴隷は、鉱山のような労働環境が厳しいが利益は大きい商売をしている者にしてみればうってつけの労働力となる。
ただし、そのうってつけというのはあくまでも使い捨ての労働力という意味でだ。
勿論最低限の食事や休憩は与えられるだろうが、それは取りあえず死ななければいい。
死んだら死んだで、また新しい奴隷を購入すればいい。
そんな環境で仕事をすることになる。
あるいは、傭兵団や冒険者に買われて肉の盾とされるか。
本当に運がよければ、金持ちの美女に買われて奴隷であってもある程度快適な暮らしが出来るかもしれないが、そんな幸運は普通はない。
そんな訳で、男は何としても過去の出来事を思い出し……自分達にエグジニスについての情報を話した相手のことを思い出す必要があった。
考え込み、数分。
レイとしては、何かを思い出そうとしている相手を急かしても意味はないどころか、逆効果であると知っているので、特に何かを喋ったりはしない。
もっとも、それが余計に盗賊の男にすればプレッシャーに感じられるのだが。
自分よりも圧倒的に強い実力者が目の前に立ち、何も言わずに自分を見ているのだ。
それに焦るなというのは、無理な話だろう。
男の前に立っているレイ本人は、そんな男の様子に全く気が付いた様子はなかったが。
(時間が掛かるな。まぁ、この手のは急いでも意味がないから、待つしかないが。寧ろ、短時間でこうした情報源を見つけられたことを幸運に思った方がいいか)
そうして自分からは何も言わず、更に時間が流れる。
十分、二十分……そして三十分が経過しようとし、さすがにレイもこのまま盗賊が何かを思い出すのを待っているのは不味いのでは? と考え始めた時、不意に盗賊が口を開く。
「そうだ! 思い出した! 俺達にエグジニスの情報を教えてくれたのは、街に潜入していた奴が他の盗賊団の奴から聞いたって話だ!」
盗賊としては、当然ながら襲う相手についての情報というのは常に必要としている。
行き当たりばったりで襲うといったような盗賊達もいるが、少し頭が回れば街中に誰かを侵入させて、いい獲物を探すといった真似をするだろう。
レイの前にいる盗賊もまた、そのような手段を取っており、街中で遭遇した別の盗賊団の手の者からエグジニスについての情報を聞き出したらしい。
(外れか)
男の口から聞いたのは、レイが期待していた言葉ではない。
レイとしては、どこかの組織の手の者が意図的に情報を広めている……そんな人物を捜していたのだ。
「いや、ちょっと待て。そのエグジニスの情報を持っていた盗賊は、本当に別の盗賊団の奴だったのか? そういう風に見せ掛けていただけとか、そういう可能性はないか?」
「ないと思う。顔見知りだったらしいし」
「……そうか」
顔見知りでもなければ、お互いを盗賊だとは分からず、場合によっては殺し合いになったりといったことになってもおかしくはない。
そんな相手ではあるが、今レイが知りたいのは、言ってみればその情報を持ってきた相手がどこの誰からその情報を聞いたのかといったことだ。
しかし、こうして話している限りではレイが欲しい情報は入手出来ない。
「ど、どうだ? あんたの役にたったか?」
男にしてみれば、ここで自分が役に立たなければ犯罪奴隷への道が待っているのだから、必死にもなる。必死にもなるのだが……レイは首を横に振る。
「残念だったな。それは俺が欲しい情報じゃない。俺が欲しい情報というのは、お前達にエグジニスのことを知らせた盗賊が、誰からその情報を聞いたか……エグジニスに盗賊を集めている大元の存在だ」
「そ……待て。盗賊を集めている?」
それでは話が違う。
そう言おうとしたらしい男だったが、それを言うより前にレイの言葉を聞き咎めたのだろう。
抗議の声を上げる前に、言葉の内容を変える。
「そうだ。実際、お前達は何らかの理由でここに集められてるんだよ」
「何で俺達を?」
「ああ、その言い方だと勘違いさせたか。この場合のお前達というのは、お前の所属している盗賊団という意味ではなく、盗賊であれば誰でもいいという意味でのお前達だ」
「なんでそんな真似を?」
「さあな。それは俺にも分からない。それを調べる為に、俺はこうして盗賊狩りをしている訳だ。……半ば趣味の部分もあるけど」
「趣味、か。さすが盗賊喰いともなれば、言うことが違うな」
「俺の正体に気が付いていたのか?」
「グリフォンを連れた冒険者が、そう多くいて堪るか。……で、相談なんだが、どうせなら俺を雇わないか? 俺はこう見えても、盗賊の中ではそれなりに強いし、盗賊の事情にも通じている」
レイを盗賊喰いと認め、すぐに自分を売り込んでくるその姿に、少しだけ感心した様子を見せる。
普通に考えれば、このような状況でそんな真似を言うといったようなことは出来ないだろう。
だが……レイは先程に引き続き、首を横に振る。
「生憎とそこまでお前を信用は出来ない。俺が欲しい情報を持っていなかった以上、当初の予定通り警備兵に引き渡す。ちなみに……逃げようとした場合、どうなるか分かってるな」
「グルルルゥ」
レイの言葉に合わせるように、セトが喉を鳴らす。
それが何を意味するのか、考えるのは難しくなかった。
「分かってる、分かってるよ。そもそも、腕を縛られてるんだ。こんな状況で逃げられる訳がないだろ?」
そう告げるも、盗賊であればこの状況から逃げ出そうとする可能性は否定出来ない。
ただし、それで本当に逃げられるかどうかとなれば、また別の話だったが。
少なくても盗賊の男は、自分がこの状況でレイとセトから逃げ出せるとは思っていない。
男の様子から、諦めたと理解したのだろう。
レイはセトに向かって声を掛ける。
「じゃあ、セト。行くか。こいつは一人だし、足で掴んで運ぶぞ」
「グルルゥ」
「え? ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
犯罪奴隷として売られるのはもう諦めた男だったが、それでも今のレイの言葉は聞き逃すことが出来なかった。
今、レイは足で掴んで運ぶと、そう言ったのだ。
当然、その足というのは、レイの足ではない。
セトを見て話していたのだから、当然ながらそれはセトの足で間違いない筈だった。
てっきり、男はここからエグジニスまで歩いていくのだと、そう思っていたのだが……そこでいきなり足で掴んでと言われれば、勘弁してくれと思うのは当然だろう。
とはいえ、逃げようにも先程話したように逃げ切れる訳がなく……そうなると、男の運命は決まってしまった。
その前に、掘っ立て小屋の中にある斧も一応という感じで全てがミスティリングに収納されてから、だが。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
空を飛ぶセトの足下から、そんな絶叫が聞こえてくる。
声だけを聞けば、それは喜んでいるように思えなくもない声なのだが、その声の主が上げているのは、歓声ではなく絶叫だ。
それもジェットコースターに乗った時に叫ぶような、ある意味で楽しさが混ざっているような絶叫ではなく、心の底から恐怖しての絶叫。
この世界において、空を飛ぶことが出来る者というのは、多くはない。
それこそワイバーンに乗っているような者達が主流で、そのような立場にはなかなかなれない。
ましてや、現在セトが掴んでいるのは盗賊の男で、そんな人物が空を飛ぶというのは当然ながら初めての体験だった。
人によっては、初めて空を飛ぶという体験は嬉しく思うだろう。
しかし、セトの前足によって身体を掴まれて逃げられない状態で空を飛ぶといった真似は、男にとってとてもではないが喜べるものではない。
セトの前足が掴んでいる自分の身体は、今のところ地面に落ちる様子はないし、握り潰されるといった心配もない。
だが、それだけの能力を持っている存在が自分の身体を掴んでいるというのは、非常に心配だ。
いつ間違って身体を握り潰されるか……もしくは、地上に落とされるかもしれない。
そんな心配をしてしまうくらいに、セトに掴まれている状況というのは決して許容出来るものではなかった。
だが、レイに捕まった男がこれ以上何をどうしようとも何らかの意味がある訳でもない。
結局のところ、男に出来るのはこの状況の中で必死に叫んで自分の中にある恐怖を誤魔化すだけだった。
幸い……いや、これを幸いと表現するべきなのかどうかは微妙なところだが、男を掴んでいる状態であっても、セトが空を飛ぶ速度は速い。
余計な荷物を持っている分、万全の状態で空を飛ぶよりは遅いのは間違いないが、それでも誤差にすぎなかった。
そうして空を飛び……数分もしないうちに、エグジニスのすぐ側にセトが着地する。
「げふっ!」
セトが着地する以上、当然ながら男を掴んだままという訳にはいかないので、一旦地上近くまで降下してから、セトの前足が掴んでいた男の身体を離す。
手が結ばれている関係で着地はしたものの、勢いを完全に殺すことは出来ずに転び、そのまま地面を削りながら滑る男。
セトが足を離す時に限界まで速度を殺していたので、そのような状況になっても、男は悲鳴を上げつつも、怪我をするといったことはない。
ある意味でこの隙に逃げないようにさせるという意味では、セトの行為は決して悪いものではなかったのだろう。
……ただし、エグジニスに入る手続きをする為に並んでいた者達の中には、いきなりの光景に驚くような者も多かったが。
レイとセトがエグジニスに来てから、まだ数日だ。
エグジニスにいる者達の中には、そんなレイとセトの存在に多少は慣れた者がいてもおかしくはない。
しかし、現在エグジニスに入ろうとして並んでいる者達は、当然のようにセトを初めて見るのだ。
そんな者達にしてみれば、いきなり目の前でセトが飛ぶというのは、驚きでしかない。
それでもエグジニスに来る者の大半は貴族や裕福な商人達となる。
だからこそ、セトを見てもその背にレイが乗っているのを見れば、セトが普通のモンスターではなく、レイの従魔であると認識する者が多く、そしてそこからレイという存在を思いつく者もいる。
それを思い出せないで動揺する者も当然のようにいるが、そのような者達にはレイの存在を知っている者達が、訳知り顔で教えていた。
それは親切心……ではなく、相手の知らないことを自分が知っているという優越感からくるものだったのかもしれないが。
それでも、おかげでセトの存在を見て騒動になるようなことがなかったのは、幸運だったと言ってもいいだろう。
盗賊を地面に下ろし――落とし――たセトは、一度空に舞い上がると再び地上に向かって降下してきて、無事に地面に着地する。
「少し、エグジニスに近すぎたか?」
セトの背の上で、レイは周囲の様子を見てそんな風に呟く。
自分達が、エグジニスに入る為に並んでいる者達から多くの視線を向けられているというのは、見れば明らかだった為だ。
とはいえ、盗賊を引き連れて移動する以上、出来れば手っ取り早くやりたいというのが、レイの正直なところだ。
これが多数の盗賊……十人、二十人といった盗賊が相手なら、セトも空を飛んで運ぶといった真似は出来ない。
しかし、今回の盗賊は一人で、手っ取り早く運ぶといった真似もそう難しい話ではなかった。
だからこそ、こうして今回はかなりの速度で山からエグジニスにまで戻ってくることが出来たのだから。
「さて、後は……警備兵がこっちに来てくれると助かるんだけど」
地面に降りたセトの背の上で、レイがそう呟く。
セトという、これ以上ない程に目立つ存在と共に姿を現した以上、場合によっては何かを勘違いした貴族や商人にちょっかいを掛けられる可能性も否定は出来ない。
だからこそ、今の状況を考えると少しでも早く警備兵がやってきて、諸々の手続きをして、盗賊をとっとと引き渡したかった。
「ぐ……痛……」
地面に倒れていた盗賊が、そんな声を上げながら起き上がる。
かすり傷の類はともかく、大きな怪我の類をしていないのはさすがと言うべきだろう。
人生において、初めての空を飛ぶといった体験をし……それでも、今はこうして軽い怪我ですんでいるのを見る限り、盗賊ではなく冒険者としてもやっていけたのでは? とレイは思う。
もっとも、今更そのようなことを考えても遅かったが。
こちらに近付いて来る警備兵を見ながら、そうレイは考えるのだった。