2693話
掘っ立て小屋から出て来たレイを見て、盗賊の男は隣にいるセトを見る。
ギルムにおいては皆に愛されるセトではあったが、それはあくまでもギルムの住人で、レイと敵対していないからというのが大きい。
そんなギルムの住人と比べて、盗賊の男は明確にレイの敵だ。
それだけに、盗賊の男が何か妙な真似をした場合、セトが男を攻撃するのを躊躇するつもりはない。
男もそれが分かっている……いや、正確にはそこまで細かな事情までは分からずとも、下手な真似をすれば死ぬと分かっているので、動くようなことはしない。
そうした男の前まで戻ってきたレイは、掘っ立て小屋の方を見ながら口を開く。
「一応聞いておくけど、お前達が持っているお宝はあの掘っ立て小屋の中にある奴だけか? 中には何故か斧だけが大量に置かれていたが」
「え? あー……えっと……」
レイの言葉に口籠もる男。
自分が守っていた場所だけに、掘っ立て小屋の中に一体どのような物が置かれているのかというのは、当然ながら知っていたのだろう。
だからこそ、今の状況において何も言わないというのは不味いと判断し、口を開く。
「あの掘っ立て小屋の後ろに、地下室に続く階段が隠されている! お宝はそこだよ!」
男の言葉は、レイの意表を突いたものだ。
当然ながら、盗賊がいて、その近くに建物があれば、そこにお宝が隠されていると判断するだろう。
そして建物の中に何故か斧しかなければ、それ以上探すといったような真似をしても意味がないだろうと理解し、諦める。
(日本で読んだ漫画とかでも、人の死体を隠しておきたいのなら、死体の上に犬の死体か何かを置いておけば、それで誤魔化せる……とか、そういうトリックの類があったような気がするし)
生憎とレイは推理漫画の類はそこまで好きではなかったので、本当にそれが効果があるのかどうかは分からない。
分からないが、普通に考えれば死体を探して地面を掘って、そこにあったのが犬の死体であるとなれば……普通はそれを見て、それ以上掘り進めるような真似はしない。
掘っ立て小屋の件に関しても、恐らくはそれと似たようなものなのだろうと納得する。
「分かった。なら……いや、そうだな。裏に回ってまだ何か隠してあることがあった場合、また聞きに来るのが面倒だ。お前も来い。もし何か罠の類があった場合は、それを後悔することになるだろうけど」
例えば地下通路を崩して俺を生き埋めにしようとした場合はな、と。満面の笑みを浮かべて、レイは男に告げる。
レイの笑みに不吉なものを感じたのだろう。男は必死になって首を横に振り、口を開く。
「そんな罠はない! そもそも、そんな罠があるような場所に、お宝を隠しておける訳がないだろ!」
その言葉には、頷けるところがある。
だが同時に、頷けない場所もあった。
盗賊にとって、自分達が溜め込んできたお宝というのは非常に大きな意味を持つ。
それが奪われるくらいなら、お宝諸共それを奪おうとした相手を殺してしまえといったように思っても、おかしくはない。
お宝の類は、最悪地下が崩落した後で掘り出そうと思えば掘り出せるのだから。
もっともレイの場合はそこまで深くない場所にいる時に地面を崩落させても、何らかの手段で生き残る可能性の方が高いだろうが。
「とにかく、お前も来い。それで何の問題もなければ、それでいいんだから」
そう言い、レイは男を連れて掘っ立て小屋の裏に回る。
「で? あの箱か?」
掘っ立て小屋の後ろには、木の箱が幾つか並んでいた。
それ以外に怪しいところがない以上、地下に続く階段があるとすれば、その木の箱の下程度だろう。
「ああ、そうだ。あの木の箱を寄せると、地下通路になっている」
「そうか。……ちなみに、あの木の箱には何が入ってるんだ?」
「石とか砂とか」
盗賊達にしてみれば、お宝の置いてある地下通路を発見させない為に、木の箱で隠しているのだ。
中身は何でもいいが、迂闊に動かせないような物を入れておく必要がある。
……そうなると、新たに得たお宝を隠す時に大変になるのだが、それは仕方がないのだと割り切っている。
「なら、問題はないな」
レイは盗賊の男の言葉にそう返すと。木の箱に触れて次々とミスティリングに収納していく。
そして木の箱がなくなると、そこには鉄で出来た扉が埋まっていた。
「な……」
盗賊にとっては、完全に予想外の光景だったのだろう。
驚きの声を上げたまま、動きを止める。
そんな盗賊をその場に残し、レイは扉を開けて地下に進む。
……なお、その扉も力自慢の男数人が集まってようやく開けることが出来るといったような重量を持っていたのだが、レイにしてみればその程度の扉を開けるのは難しい話ではない。
そうして地下に向かったレイだったが、地下へと続く階段はそこまで長くはなく、五m程も降りるとすぐに地下室に到着した。
こちらにも鉄の扉があり、更には鍵が掛かっていたが……レイにとって、そのような物は何の問題もない。
強引に扉を開け、鍵を壊す。
ある意味単純明快ではあるものの、かなり効率的な鍵開けですらあった。
……勿論、そうやって開けられる鍵には限度がある。
もっとしっかりとした鍵であれば、レイでも強引に開けるといった真似は出来なかっただろう。
そうして地下室の中に入ったレイが見たのは……
「これは、また……まぁ、金にはなるかもしれないけど、盗賊にしてみれば使い道はなかっただろうな」
そう、呟く。
何しろ、そこにあったのは大半が鉄のインゴットなのだから。
鍛冶師に売れば相応の金になるだろうが、盗賊に普通の鍛冶師に伝手がある訳がない。
そうなると、盗賊と取引をする闇商人に売る必要があるのだが、鉄のインゴットとなれば、当然ながら相応の重量となる。
そして闇商人は、警備兵の類に見つかれば捕まってしまう。
中には一部の警備兵に賄賂を渡し、友好的な関係を築いている者もいる――というか大半の闇商人がそうだ――が、そのような闇商人にしたところで、インゴットを売るとなると、手間が掛かってしまう割に儲けは少ない。
これが魔法鉱石のインゴットといった物であれば話は別なのだが、レイの前にあるのは鉄のインゴットでしかない。
おまけに盗賊が手に入れたということで、そのインゴットの純度に関しても一つずつ調べる必要がある。
手間が掛かる割には、金にならない。
(とはいえ、価値があるのは間違いない。だからこそ、盗賊達も捨てるに捨てられなかったんだろうな)
結構な量のインゴットがあり、これを相場の値段で売れば相応の金額になるのは間違いない。
だからこそ盗賊も、捨てるに捨てられずここに隠してあったのだろう。
他にも宝石や金貨、銀貨といった金が置いてあるが、それでもやはり量的には鉄のインゴットの方が圧倒的に多い。
「俺の場合は、使い道が色々とあるから、貰っていくけどな」
そう言いながら、地下室にある物を全てミスティリングに収納していく。
インゴットを売るのが難しいのは、闇商人としてあまり目立つ訳にもいかないというのもあるし、盗賊から買うとなれば、買った値段以上で売らなければ赤字となる。
だが、レイの場合は盗賊を倒して――大多数はいなかったが――そのお宝を奪うといった形なので、元手は掛かっていない。
それこそ銅貨数枚で売っても黒字にはなる。
勿論、レイとしてはそんな値段で売るつもりはないが。
あるいは、鍛冶師や商人に売らなくても、投擲用の武器として使える。
もしくは火災旋風を使った時に、そこに投げ入れて殺傷力を増すか。
投擲武器の方が使い勝手はいいか?
インゴットだけあって、全てが同じ形をしている。
そのおかげで、投擲する時も風の抵抗とかそういうのをあまり気にせずとも、同じような感じで使えるというのはありがたい。
「収穫という意味では、悪くなかったな。……俺にとってはだけど」
盗賊はインゴットを捨てるに捨てられず、処分に困っていたのかもしれない。
だが、レイにとってインゴットはそのままでも武器として使えるという意味で、非常に大きな意味を持っていた。
もっとも、インゴットをそのように使うというのは、鍛冶師が聞いたら目を剥いて怒ってもおかしくはなかったし、何よりインゴットを持っていた盗賊達にしてみれば、到底許容出来るようなことではないだろうが。
「後は、情報か。……とはいえ、話を聞いた限りだと昔からこの辺で活動していた盗賊の生き残りって訳でもないらしいし、そういう意味ではあまり期待は出来ないよな」
軽く話を聞いた限りでは、あの盗賊達は最近ここにやってきたばかりらしい。
そうである以上、今の状況を思えばレイが欲しい情報を持っている可能性は非常に少なかった。
それでも、もしかしたら……本当にもしかしたら、万が一にも、レイの欲しい情報を持っている可能性は否定出来なかったので、情報収集はするつもりだったのだが。
そんなことを考えながら外に出ると、そこではレイが地下室に入る前と同じく、セトと盗賊の男の姿がある。
盗賊の男にしてみれば、もし逃げようとしようものなら、間違いなく自分はセトに殺されてしまう。
そう思っているからこそ、セトが地面で横になって目を瞑っているにも関わらず、逃げ出すといった真似が出来なかったのだろう。
実際、レイもそれは正しいと思う。
セトが眠っているように見えるからとはいえ、もし逃げ出そうものなら……そんな状況で待っているのは、間違いなく死なのだから。
レイに頼まれた以上、セトが盗賊を逃がすといった選択肢はまずなかった。
「どうやら大人しくしていたみたいだな」
「この状況で、逃げられる訳がないだろ。……それで、地下室はどうだった?」
ここまで来ると、男も現状ではどうしようもないと判断したのか、ある程度落ち着いた様子を見せていた。
「まさか、鉄のインゴットがあれだけあるとは思わなかった」
そんなレイの言葉に、何故か驚いた様子を見せる男。
男は恐る恐るといった様子で口を開く。
「よく、あれが鉄のインゴットだと分かったな。俺達でも最初に手に入れた時は何だか分からなくて、それを持っていた商人に話を聞いてようやく分かったってのに」
「仕事柄、色々と見る機会が多いからな。鉄のインゴットを見るようなことも、珍しくはないんだよ」
これは大袈裟でも何でもなく、事実だ。
冒険者として色々と活動し、鉄のインゴットだけではなく、ミスリルを始めとした魔法金属の類も、それなりに見る機会はあった。
勿論、それはレイが腕の立つ冒険者だからの話であって、普通の冒険者はそう簡単にそのような機会に恵まれるといったようなことはないが。
「お宝の件が解決したところで、尋問といくか」
「尋問……? これ以上何を聞きたいんだ?」
男にしてみれば、仲間の盗賊が数日戻ってこないといったことは既に説明してある。
そうでる以上、他に何を聞きたいのかと、そう疑問に思うのは当然だろう。
「まず、お前達がこの山に……エグジニスの近くにまでやって来たのは、何でだ?」
「何でと言われても、そっちの方が儲かると聞いたからだ」
「それだ。その話は一体誰から聞いた?」
盗賊達をエグジニスに補充している者は、当然ながら盗賊の消失している原因についても理解している筈だった。
そうである以上、誰からエグジニスの周辺で稼げるのかといったようなことを聞いたのが、レイにとっては大きな手掛かりになる。
しかし、そんなレイの思いとは裏腹に……盗賊の男は首を横に振る。
「誰と言われても、噂で誰からともなくとしか……」
「思い出せ。それを思い出せば、お前を逃がしてやってもいい」
「本当か!?」
レイの口から出たのが、予想外の言葉だったからだろう。
男は信じられないといった様子でレイに視線を向けてくる。
だが、レイにしてみれば盗賊を一人見逃すのと、欲している情報のどちらが重要なのかと言われれば、明らかに後者だ。
エグジニスに来る途中で遭遇した盗賊に関しても、重要な情報をもたらしたからということで見逃してもいる。
それに、目の前の男はもう盗賊を続けることは出来ないだろう。
少なくても、エグジニスで盗賊を続けるのは無理だ。
自分が留守番として残っていたのに、レイによってお宝を全て奪われたのだから。
その大半が鉄のインゴットであっても、もしそれが適正の値段で売れれば、相応の金額になるのは間違いない。
それを奪われた男だ。
他の盗賊達がそれを知れば、間違いなく殺しに来るだろう。
「ただし、助かりたいからといって適当な情報を言ったらどうなるか。それは分かっているな?」
殺気を込めたレイの言葉に、男は何度も頷くのだった。