2691話
錬金術師に睨まれたレイは、一体何故自分がそのような視線を向けられているのか、全く理解出来ず、戸惑う。
ゴーレムの出来について、レイは褒めたつもりだ。
しかし、向こうにとってレイの口から出た言葉は、褒め言葉とは思えず……それこそ、皮肉のようにすら感じてしまった。
「俺は素直に自分の感想を口にしたつもりだったが、どうやら機嫌を損ねてしまったみたいだな。なら、そろそろ……っと、その前に一応聞いておくが。お前達のゴーレムの感想を言った礼って訳でもないが、ちょっと聞きたい」
ゴーレムの感想については、それこそゴーグルのマジックアイテムについて多少なりとも話を聞いたのだから、それを思えば錬金術師達がレイの質問に答える必要はない。
また、レイの口から出て来たゴーレムについての感想は、それを作った錬金術師達にしてみれば決して許容出来るものではなかった以上、レイの質問に答えたくないと思う者もいる。
しかし、そんな中で冷静な反応をしたのは、未だに錬金術師のリーダー格の男の口を押さえている冒険者だった。
「何だ? 俺達に分かることなら、可能な限り教えさせて貰う」
冒険者の言葉に、レイは少し考えて頷く。
ライドンから、ドーラン工房の件が盗賊と関わっている可能性があるという情報を聞いてはいたが、それはあくまでも裏付けのない情報だ。
その件を錬金術師に聞いてみたかった気もしたが、今は止めておいた方がいいだろうと判断する。
なら、今はまず真偽の怪しい情報よりも、実際に起きている件についての情報を集める方が先だった。
「盗賊の討伐をしていたお前達なら、俺が聞きたいことを知ってるかもしれないな。……最近、エグジニスの周辺で盗賊達が姿を消しているというのは知ってるか?」
「噂では聞いたことがある。その割には、ここにいる盗賊達のように数が減っているとは思えないけどな」
「盗賊が消えても、それを補うように他の場所から盗賊達がやって来ているらしい。……ともあれ、そんな盗賊が消えた件について何か情報は持ってないか?」
「残念ながら、その件については知らないな。それにしても、盗賊達がエグジニスに集まってくる? ……その情報は真実なのか?」
「盗賊が消えているというのは、間違いのない事実だ。だが、それでも盗賊の数が減らないのを考えれば、ここに盗賊が集まってきてるのは間違いないと思うが?」
「誰が、何の為にそんなことを?」
「それを俺に聞かれても分かる訳がないし、そもそも俺もその辺りの情報を知りたいから、こうして調べてるんだよ。それに……ああ、お前達はエグジニスで活動している冒険者だよな? なら、ゴライアスって知ってるか?」
「ああ、知ってる。腕利きの冒険者だが、最近見ないな。待て、今の話の流れでそんな風に聞いてきたってことは、もしかして……」
レイの話の流れから、何となくゴライアスが現在どうしているのかといったようなことが想像出来たのだろう。
レイと話していた男の冒険者だけではなく、他の冒険者達も驚きの表情を浮かべる。
盗賊がいなくなるというのは、噂程度ではあるが知っていた。
しかし、それは言ってみれば敵が勝手に消えている……モンスターがいなくなるような認識だったのだろう。
だが、その消えた相手が盗賊のような倒すべき敵ではなく、冒険者にまで及ぶとなれば、他人事ではない。
「どうだろうな。正直なところ、そういう可能性があるってだけだ。ゴライアスの知り合いの女が、いきなりゴライアスが消えたって主張している。あるいは何らかの理由で女に何も言わずにエグジニスを出た可能性もあるが、もしかしたら盗賊と同じ理由で消えたという可能性も否定は出来ない」
レイがリンディから聞いた話によると、ゴライアスは誰にも……それこそリンディに何も言わずにエグジニスを長期間留守にするといったような真似はしないと、そう言っていた。
あるいはこれがゴライアスという相手に恋心を抱いているからこそ、リンディがそのように思っているだけなのか、それとも本当にそうなのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、取りあえずリンディの言葉を信じて行動するのは、現状では当然の話だった。
「なるほどな。……悪いけど、盗賊が消えたという話はそれなりに聞くが、冒険者が消えたって話は初めて聞いた。もし本当に冒険者が消えてるのなら、もっと大きな騒動になっていてもおかしくないんだけどな」
だろうな、と。
レイもその冒険者の言葉に同意する。
他の冒険者達も……そして錬金術師の何人かも、その言葉に同意するように頷いていた。
「俺もその意見には賛成だ。ただ、この騒動を起こしてる奴なら当然そこを考えてもいると思う。そうである以上、盗賊ならともかく冒険者はそう頻繁に行方不明にしたりはしない筈だ」
冒険者と盗賊では、どうしてもいなくなった時の騒動の大きさに違いが出る。
そうである以上、敵は騒動を大きくしない為に、騒動になりやすい冒険者を狙うのは避けるだろう。
あるいは、普通の冒険者なら依頼に失敗して死んだと、そんな風に認識されてもおかしくはないのだが……生憎と、今回狙われたゴライアスは、腕利きの冒険者として知られている人物だ。
(となると、盗賊で量を集めて冒険者で質を集めるってことか? まぁ、それが具体的にどういう意味での量や質なのかは分からないけど)
レイにしてみれば、今回の件を誰が企んでいるのかというのはまだ分からない。
だが、ゴライアスの件を抜きにしても、盗賊の件は明らかに個人で出来るとは思えなかった。
盗賊は当然ながら一定の集団で活動しており、それを消す……それも集団全員を一人も逃さずに消すといった真似をするのなら、魔法やスキル、マジックアイテムを使わない場合は、一定の人数が必要になる可能性が高い。
また、消えた盗賊の補充をするとなると、そちらにも人手を割く必要があるのは間違いなかった。
であれば、やはり今回の一件に関しては何らかの組織が後ろにいるというのが、レイの予想となる。
「ともあれ、その件について何か分かったら教えてくれ。情報料はそれなりに支払ってもいいぞ。それと……」
冒険者達にそこまで言ってから、次にレイの視線が向けられたのは錬金術師達。
特に未だに口を押さえられている錬金術師を見ながら言葉を続ける。
「盗賊や冒険者が消えているという一件で、何らかの情報を持ってきたらゴーレムの模擬戦を受けてもいい」
レイの口から出た言葉の効果は、大きかった。
錬金術師達にしてみれば、今回蹂躙した盗賊ではなく、もっと強者との模擬戦のデータが欲しいのだから。
一方的に相手を蹂躙するのは、戦闘としては正しいのだろう。
だが、少しでもゴーレムの完成度を高めようとしている錬金術師達にとっては、蹂躙出来るような相手よりも、強敵と戦って欲しいというのが正直なところだった。
錬金術師達が、この一件でどこまで情報を得られるのかはレイにも分からない。
しかし、情報を得る為の伝手は、多ければ多い程にいい。
ドーラン工房の一件が、今回の件に関わっているというランディからの情報もある。
……もっとも、ランディはその情報は信じるに足るものではないと、そのように思っていたが。
レイもその意見には賛成だ。
正確には、ドーラン工房のゴーレムを欲している身としては、違っていて欲しいと思える。
さすがに人をどうにかしたゴーレムとなれば、レイとしても欲しくはない。
ともあれ、錬金術師には錬金術師。
ドーラン工房が黒か白かは分からないが、それでも同じ錬金術師ならではで、何らかの手掛かりを見つける可能性も皆無ではない。
可能性は低いかもしれないが、その辺りについて手を打っておくのは、悪くないとレイは判断する。
とはいえ、もし盗賊の消失にドーラン工房が関わっている場合、それを調べる錬金術師達も危険な目に遭う可能性が否定出来ないのだが……その辺は調べる内容を思えば自分達でも理解している筈だった。
「そんな訳で、何か情報を得たら……ギルド経由だと誰に話を聞かれるか分からないから、星の川亭まで来てくれ。俺がいれば対応出来得るし、俺がいなくても手紙か何かで情報を残してくれればいい」
「星の川亭……」
冒険者の一人が、レイの泊まっている宿の名前に驚きの声を上げる。
リンディもそうだったが、エグジニスにおいて星の川亭というのは最高級の宿で、普通の冒険者が泊まれるような場所ではない。
あるいは星の川亭に泊まるような貴族や大商人の護衛をしていれば、その関係で星の川亭に泊まることもあるかもしれないが。
ここにいる者達は、とてもではないが星の川亭に泊まるといったような真似は出来なかった。
中には、宿というのは身体を休める場所である以上、一定の水準があればそれで問題はないと考え、星の川亭のような高級宿に泊まるのは見栄でしかないと思っている者もいたが。
とはいえ、レイの場合は見栄というより少しでもセトがゆっくり出来る厩舎のある場所という点から選んだ一面が大きい。
普通の宿では厩舎がない宿もあるし、厩舎があっても狭苦しい――セトが普通の馬よりも巨体だというのが影響しているが――場合が多い。
また、食べるという行為が好きなレイとしては、安くて美味い料理も好きだが、高級な料理も当然好きだ。
安くて美味い料理は、それこそ食堂とかに行けば食べられるが、星の川亭の食堂で食べられる料理は……一応高級なレストランの類もあるが、それでもどうしても数は少なくなってしまう。
それなら、星の川亭にある食堂……レストランと呼ぶのが相応しい場所を使えばいい。
実際には高級料理だけではなく、一般的な料理の類も頼もうと思えば頼める。
本当の意味で一流の料理が揃っているのだ。
(まぁ、それでも夕暮れの小麦亭の味より劣るように感じるのは……食材の質や新鮮さとか、その辺が関わってくるんだろうな)
辺境にあるギルムは、周辺に多くのモンスターが存在している。
その中には、高ランクモンスターと呼ぶに相応しいモンスターもいて、高ランクモンスターになればなる程、魔力の関係によってか肉の味は増す。
それに比べると、エグジニスは自治都市ではあっても普通の立地でしかない。
これがダンジョンがあるとかであれば、新鮮で高品質な肉も入手出来る可能性があったが。
「まぁ、そんな訳で星の川亭に来てくれれば、俺に話が通るように従業員達には言っておく。それで問題ないか?」
「……必ずその手の情報を入手出来るとは限らないぞ?」
冒険者の男が確認を求めるように尋ねててくる。
向こうにしてみれば、レイからの提案は話が美味すぎると、そのように思ったのだろう。
レイにとってはそこまでいい条件を用意したといったようなつもりはなかったのだが。
その辺りは、レイと一般の冒険者や錬金術師との認識の違いといったところか。
「ああ、情報を入手出来たらでいい。なら、それで……」
「待って下さい!」
話は終わったと判断したレイがセトと共にその場を立ち去ろうとしたところで、不意に声をかけられる。
誰だ? と視線を向けると、レイに声をかけてきたのはマジックアイテムのゴーグルを身に着けている錬金術師の女だった。
「どうかしたのか?」
「その、少し確認しておきたいのですが……盗賊が消えたという件の情報を持っていった場合、報酬としてそちらのグリフォンの素材を貰えたりはしますか?」
馬鹿っ! と、錬金術師の女の口から出た言葉を聞いていた冒険者達が、叫びたくなる。
レイについての噂を知っていれば、レイがグリフォンを……セトを可愛がっているというのは、知っていてもおかしくはない。
それだけに、そんなセトの素材を寄越せと言われて、もしレイが怒ったらどうするのか。
異名持ちのランクA冒険者を相手にした場合、とてもではないがここにいる面子だけで対処するのは難しい。
それこそ、錬金術師達が開発したゴーレムなどがあっても、それは大した意味をなさないと、そのように思えた。
実際、その表現は間違っている訳ではない。
もしレイが本気になれば、先程自分で口にしたように、ゴーレムをあっさりと倒すことが出来るのだから。
そのような状況だからこそ、レイを怒らせるような真似は絶対に止めて欲しいというのが正直なところだった。
「ほう? 素材? それは具体的にどういう意味でだ?」
「え? いえ、その……」
ここにいたり、ようやく錬金術師の女も自分の言葉の意味を理解したのか、慌てて口を開く。
「羽根とかそういうのです!」
「……まぁ、それならいい。情報の質次第だが、検討してやろう」
そう、レイは告げるのだった。