2684話
野試合を暫く見ていたものの、結局レイが満足出来るような性能のゴーレムを見ることは出来なかった。
リンディやロジャーから色々とエグジニスという街についての話を聞いたのだが、その中でこの野試合について話が出なかった理由が何となく理解出来てしまう。
もっとも、ロジャーは自分の技術に自信があるので話さなかったが、リンディの場合は単純にゴライアスのことを心配していて、話し忘れたといった可能性があったのだが。
「さて、これからどうするのじゃ? 野試合は生憎とレイの好みには合わなかったようじゃがな」
セトの背の上に乗っているマルカが、そうレイに尋ねてくる。
少しだけ残念そうなのは、この野試合はレイなら喜ぶと思って案内したのに、その予想が外れた為だろう。
マルカに対するフォローという訳ではないが、レイは首を横に振る。
「出し物という点ではそれなりに楽しめたぞ。人型以外にも色々なゴーレムがいると知ることが出来たしな。ただ、見物するというのならそれで十分だったが、自分が買うという目線になると、ちょっとな」
それは実際にレイが思ったことで、嘘でも何でもない。
自分が買うゴーレムを探すという意味では意味がなかったが、純粋にゴーレムを見物するという意味では、それなりに面白かったのは事実なのだ。
(そう考えると、俺が欲してるゴーレムってのはもしかして予想以上に高性能な感じなのか?)
ロジャーに頼んで作って貰ったゴーレムが、実は思ったような性能でない場合どうすればいいのか。
そんな疑問を抱きながら、レイは街中を歩く。
すると空気を変えたいと思ったのか、ニッキーが口を開く。
「お嬢様、レイの兄貴、ほら、あれを見て下さいよ。ちょっと珍しいことをやってるみたいっすよ。人が集まってるみたいですし、ちょっと見ていきませんか?」
ニッキーが示した方向を見ると、空き地と思しき場所には多数の人が集まっている。
そうして集まった者達は、その中心部分にいる相手を応援したり、あるいは冷やかしたりといった真似をしていた。
結構な人数が集まっているので、具体的にそこで何が起こっているのかレイには分からない。
だが、喧嘩の類でないのは、集まっている者達の様子を見れば明らかだ。
喧嘩の類は、見ている者が楽しむといったこともあるが、中には見ても楽しめないといった者も珍しくない。
どうしても、人間同士が戦うというのが合わないといった者もいるのだ。
……逆に、闘技場のような場所に通い詰める者もいるので、その辺は完全に人によって違うのだろうが。
「うむ、そうじゃな。見ていこう。レイはそれでいいか?」
「構わない。特に寄りたい店がある訳じゃないしな」
敢えてやりたいことをと考えると、真っ先に思い浮かぶのは当然のように盗賊やゴライアスが消えた件だ。
現状ではレイの知り合いが少ないので、盗賊はともかく冒険者で消えた者となるとゴライアスくらいしか知らないが、もっとしっかりと調べれば他にもいる可能性はあった。
とはいえ、その辺りを調べるにも色々と聞き込みをする必要がある。
ニッキーが見つけた場所で、そのような情報が入手出来るとは、レイも思ってはいない。
だが、何らかの催し物でもあり、それを一緒に見ることで友好的に接することが出来て、その相手から情報を得られる……といった可能性も否定は出来なかった。
そんな訳で、レイ達は人の集まっている空き地に向かう。
最初はレイ達の存在に気が付かなかった者達も、背後から何らかのただならぬ気配を感じて後ろを見ると……そこには、レイ達の姿があった。
実際には、レイではなくレイの側にいる、マルカを背中に乗せたセトを姿を見た者が驚く。
それでも騒動にならなかったのは、セトが大人しかったというのもあるが、それ以上にセトの背にマルカのような可愛らしい少女が乗っていたのが原因だろう。
マルカの正体については知らなくても、マルカが乗っているのなら大丈夫だろうと、そのように思い、セトを見てもそこまで驚くようなことがなかった。
それでもセトの存在は驚きであり、自然と道を空ける。
一人が道を開けると、一体何が? と疑問に思った者が背後を見て、そしてまた道を空け……結局、レイ達は特に何かをした訳でもないのに、一番前まで移動することが出来た。
「ゴーレム……か?」
それが、その場所に存在していた相手を見たレイの第一声。
エグジニスでこうして人が集まっている以上、恐らくはゴーレムだと思われるのだが、そのゴーレムはレイが知っているゴーレムと比べてもかなり趣が違う。
言ってみれば、台座の上にサンドバッグ的な何かが飛び出ているといったような……そんな感じだ。
それがどのような意味を持つゴーレムなのか、レイは過去の経験から半ば直感的に予想する。
(もしかして、パンチングマシーンか?)
レイの通っていた高校からそう離れていない場所にある、デパート。
以前はそのデパートの中にしっかりとしたゲームセンターがあり、その中にはパンチングマシーンもあった。
中学生の時に一時期パンチングマシーンが流行り、レイもまた友人達と挑戦した記憶がある。
……冷静になって考えてみれば、そこまで流行るようなものなのか? という思いがあるのだが、実際に流行っていたのだから仕方がない。
もっとも、今ではそのデパートのゲームセンターも普通のゲームセンターではなく、コインゲームが大半になっていたが。
レイが興味深そうにゴーレムを見ているのに気が付いたのだろう。
ゴーレムの側にいた錬金術師が、声を掛けてくる。
「坊ちゃん……えっと、嬢ちゃん?」
「男だ」
現在レイはドラゴンローブのフードを被っているので、最初錬金術師もレイが男か女か分からなかったのだろう。
これでニッキーくらいの体格であれば迷う必要もなかったのだろうが、レイはかなり小柄である以上、錬金術師が迷うのも仕方がない。
「坊ちゃんか。坊ちゃんは俺のゴーレムに興味津々だけど、このゴーレムがどういうゴーレムなのか分かるか?」
やはりこれはゴーレムだったのかと思いつつ、レイは口を開く。
「多分だけど、殴った時にどれくらいの威力なのかを計る性能を持ったゴーレムなんじゃないか?」
「な……」
いきなりレイに正解を口にされた為か、錬金術士は驚きに声を失う。
だが、それでもすぐに我に返ると、満面の笑みを浮かべて頷く。
「正解! その通り! このゴーレムは、殴った際にどれくらいの威力だったのかを計る為のゴーレムだ。どうだい、坊ちゃん。ちょっと挑戦してみないか? 挑戦料は銅貨五枚だが、一定以上成果を出せば報酬を渡せるぜ」
「あー……それは止めた方が……」
ニッキーが錬金術師にそう言う。
錬金術師にしてみれば、レイは小柄でとてもではないが力があるようには見えない。
だが、ニッキーはレイがどれだけの実力を持っているのか知っている。
深紅の噂は王族派の中でもそれなりに有名だし、現在は所用でマルカの側から離れているコアンやマルカからも、レイの実力については聞いていた。
また、ニッキーもコアンの代理としてマルカの護衛を任されるだけの実力の持ち主だ。
当然のように、レイを直接見ただけでレイがどれだけの実力者なのかとういのは、容易に理解出来た。
だからこそ、レイの外見だけを見て力という一点では強くないと判断し、いいカモだと考えて話し掛けた錬金術師を止めたのだが……当の錬金術師は、レイを誘うのに必死でニッキーの言葉は全く聞いていない。
ニッキーは錬金術の様子を見て、これ以上忠告しても無駄だと判断する。
自分の言葉が無視されたのが面白くなかったというのがあるのも、間違いないだろうが。
「ふむ、ではレイ。やってみてはどうじゃ? 向こうがここまで勧めるのじゃ。力試しをしてみても構わぬのではないか?」
「おや、これは……貴族のお嬢様ですか。お嬢様が勧めたのであれば坊ちゃんも男として逃げる訳にはいかないな」
錬金術師にしてみれば、どうあってもレイをパンチ力を計測するゴーレムに挑戦させたいらしい。
レイもそれが分かった以上、しかたがないかと判断する。
元々が銅貨五枚程度の挑戦料だ。
それで自分が挑戦して何か賞品を貰えるのなら、向こうがそれを勧めてきた以上断る必要はないだろうと、そのように思って。
「分かった。ちなみに賞品ってのはどういうのがあるんだ?」
「お、やる気になったか。いいね、いいね。賞品は、一撃の威力が規定した数値を超えれば、それだけ豪華になっていく。威力が高ければ高い程、いい物になっていくから頑張ってくれよ」
その言葉に挑戦料の銅貨を渡し、ゴーレムの前に立つ。
そして殴ろうとし……ふと、気になって視線を錬金術師に向ける。
「ちなみにだけど、一番いい賞品って一体なんだ?」
「お? 一番いい賞品に挑戦するのか? けど、ちょーっと坊ちゃんには難しいじゃないか?」
「挑戦することに価値があるって、どこかでは言われてるらしいぞ」
そう尋ねつつも、今の状況を思えば男の出す賞品には何となく想像が出来たので、そこまで興味はなかった。
このようなお遊び的なゴーレムを作るのだから、その賞品となるのもそれに類するものだろうと。
あるいは。清掃用のゴーレムは数が多ければ多い程にいいので、どうせならそういう賞品がいいと思っていたのだが……
「最高の賞品は、高級ポーションだ。それもちょっとやそっとの高級品じゃないぞ? エグジニスでもなかなか購入出来ないくらい、高級で品薄になるポーション。ただし、当然だがそんなポーションだけに、そう簡単に手に入れることは出来ないぞ?」
自信満々に言う錬金術師。
レイのような小柄な体格の男では、どんなに頑張っても最高の賞品として用意したポーションを貰えるとは思っていないのだろう。
実際、その判断は間違っていない。
この世界においても、少数の例外を除けば、殴る力というのは体格に比例する。
魔法やスキル、マジックアイテムの類を使えばその辺をどうにか出来るかもしれないが、錬金術師にとって、レイはそのような相手には思えないのだろう。
そのように思ってもおかしくはない
おかしくはないが……錬金術士にとって不運だったのは、自分の話した相手がレイだったことだろう。
これで賞品がレイにとって興味のないものであればまだしも、ポーション……それも高品質のポーションだ。
レイにとっては喉から手が出る程に欲しいとまではいかないが、それでも何かあった時の為に可能な限り入手しておきたかった。
特に今は、レイはともかくリンディも暗殺者に狙われてもおかしくはないのだ。
あるいは、ゴライアスを見つけた時にポーションが必要なくらいに怪我をしている可能性もあった。
「よし、やるか。……で、具体的にどうなれば、その高品質なポーションを貰えるんだ?」
あっさりとそう告げるレイに、錬金術師は一瞬嫌な予感に襲われる。
もしかしたら。
そのように思ったのだろう。
あるいは、錬金術師がレイの着ているドラゴンローブの隠蔽の効果を見破るような能力を持っていれば、それに気がつけたかもしれない。
しかし、それは無理だ。
残念ながら、錬金術師にそこまでの能力はない。
だからこそ、レイは外見通りの力しか持たないだろうと判断し……そして何より、ゴーレムの細工を考えれば大丈夫だと自分に言い聞かせ、口を開く。
「標的部分を殴ればいい。そうすれば、殴った時の強さに応じて標的の背後にある複数の棒が起き上がる。その棒が全部起き上がったら、見事賞品のポーションは坊ちゃんの物だ」
その言葉にレイは頷き、ゴーレムの前で拳を握る。
周囲で様子を見ている観客達は、そんなレイの様子を見て一体どのくらいのパンチ力があるのかといったことを、興味深そうに眺めていた。
普通に考えれば、レイのような小柄な体格でそこまで力があるとは思えない。
実際、錬金術師がレイに声を掛けたのも、レイのような身体付きなら問題ないと判断した為だろう。
だが、しかし。
レイはそんな錬金術師の様子を見て、これ幸いと拳を握り締める。
こういうゲームでポーションを入手出来るのなら、それこそ寧ろ望むところだと、そんな風に思いながら。
「行くぞ。……はぁっ!」
地面に踏み込み、その反発力によって生じた力でを足首、膝、太股、腰、背中、肩、肘、手首といったように力を伝えていき……そして最後に、力を乗せたまま拳を放つ。
そうして放たれた一撃は、ゴーレムの殴る部分に命中し、勢いよく後ろに倒れ込む。
その勢いを計測する棒は、次々と起き上がっていき……気が付けば、全ての棒が起き上がっていたのだった。