2683話
ストーンゴーレムと半分ロボットのようなゴーレムの戦いは、結局特に見所らしい見所もないまま、相打ちといった結果で終わった。
……寧ろ、レイにとってみどころだったのは戦いが終わった後だ。
双方のゴーレムを製造した開発者は長年のライバルだったらしく、相討ちといった様子で試合が終わったのは、本人達にとっても納得出来なかったらしい。
レイにしてみれば、あの程度の戦いで何を騒いでいる? といった感じだったのだが、制作者達にしてみれば、あの戦いは双方にとって惜しい戦いだったらしく、場外戦といった感じでゴーレムの代わりに錬金術師同士が言い争い始めたのだ。
それを止めなくてもいいのか? と思ったレイだったが、周囲でゴーレムの野試合を見ていた者達はそんな様子を見ても止める気配はない。
それどころか、寧ろもっとやれといったよう感じすら見せている。
周囲にいる者達にとっては、寧ろ錬金術師同士の争いこそが目玉だったのだろう。
そんな言い争いも十分もしないうちに終わり、そして次の野試合が始まる。
「清掃用のゴーレムが四足歩行型だったから、予想していたけど。人型じゃないゴーレムもあるんだ」
「そこまで珍しくないぞ? 妾が知ってる限りだと、ゴーレムの馬に牽かせた馬車で商売をしている者もおるという話じゃ」
セトの背の上に乗ったまま野試合を見ていたマルカが、レイの言葉を聞いてそう言ってくる。
それを聞いたレイは驚き、すぐに納得する。
馬車を引っ張るのは、別に馬でなくてもいいのだ。
実際、レイが知っている限りでも、馬ではなく他の動物であったり、テイムしたモンスターに馬車を牽かせているという者がいる。
馬ではなく他の動物やモンスターが牽いても、馬車という名前なのは……まぁ、習慣のようなものだろうと納得する。
(日本にいた時も、百円ショップって言いながら消費税を入れれば百円以上だったし、もしくは二百円、三百円の商品が置かれていたりもしたし)
そんな風に思いつつ、ならば……と、マルカの話で気になったことを尋ねる。
「それなら、ゴーレムに馬車を牽かせるんじゃなくて、馬車をゴーレムにすればいいんじゃないか? その場合は、何も牽く動物がいなくても馬車が自動的に動くことになるけど」
レイにしてみれば自動車をイメージしての言葉だったが、マルカが首を横に振り……
「おっと、兄さん。お目が高い。……けど、錬金術師としては素人だな?」
マルカが口を開くよりも前に、不意にそんな風にレイに声を掛ける人物がいた。
聞き覚えのない声に視線を向けるが、やはりそこにいるのはレイにとっても知らない相手だ。
ニッキーやマルカ達の知り合いか? といった視線を向けるも、その二人も知り合いを見る視線ではない。
レイよりも早くエグジニスにやってきていたマルカ達だけに、レイよりも知り合いが多くてもおかしくないと思ったのだが、どうやらそれも違うらしい。
「誰だ?」
そんな一行を代表して男に尋ねたのは、ニッキー。
レイを兄貴と慕う舎弟的な口調や、マルカに対する親しみを覚えるような気楽な口調ではなく、警戒心を感じさせる口調。
自分がマルカの護衛であるというのは、忘れていなかったのだろう。
だが、話し掛けた方はニッキーの態度を見ても特に気にする様子もない。
エグジニスの者……特にこの野試合に参加している者であれば、貴族の相手をするのもそう珍しいことではないのだろう。
「いえ、何。今のレイの言葉にちょっと補足をと思ってね」
セトを連れているので当然だったが、相手はレイをレイであると認識しているらしい。
おかしな話だが、それを確認するとニッキーは警戒を解く。
……深紅の異名を持つレイを前に、マルカを襲うといったような真似はしないと判断したのだろう。
「で? その補足ってなんだ? 俺が何かおかしなことを言ったか?」
「いや、おかしなことではないさ。馬のゴーレムに馬車を牽かせるなら、馬車そのものをゴーレムにした方がいい。それは普通に考えれば、誰でも思いつくことだ。だけど……なら、何で未だにそういうゴーレムがないと思う?」
レイが……錬金術については何人かと関わりがあるので少し詳しいといった程度のレイが思いつくことである以上、これまでエグジニスにいるゴーレムの作成に特化した能力を持つ錬金術師達が、それに気が付かなかった筈がない。
にも関わらず、馬車のゴーレムがないのは何故なのか。
そう言われたレイが真っ先に思いついたのは……
「作るとすれば希少な素材が多数必要になるとか?」
「それも間違いじゃないな。ただ、もっと重要なのは、単純に難易度が普通のゴーレムとは比べものにならないくらいに高くなるんだ」
「それは、中に人がいるからか?」
「そうなる。普通のゴーレムは、基本的にそのままの姿だ。まぁ、武器や防具を装備したりで多少は違うけど。それに対して、馬車のゴーレムともなれば、中に人が乗っているというだけでゴーレムを動かす時の行動に気をつける必要がある」
そう言われると、マジックアイテムはともかく、ゴーレムについてはそこまで詳しくないレイはそういうものかと頷くしか出来ない。
「それに、馬車ということは当然だが人や荷物を運ぶ訳だが、乗り込む人数も毎回同じというわけではないし、運搬する荷物の量も同様だ」
「まぁ、それは確かに」
人数はともかく、荷物に関しては商人が使う場合は商品を運ぶ訳だから、毎回微妙に違ってもおかしくはない。
貴族であれば、そこまで変わらない可能性もあるが、何らかの理由で何かを運んだりといったような真似をしてもおかしくはなかった。
「その辺の調整が難しいんだよ。その辺りをどうにかするには、素材もそうだが錬金術師の技量が必要になる」
「それはつまり、腕のいい錬金術師がいて、素材が用意出来ればそういうゴーレムの馬車も作れるってことか?」
「作れるかどうかと言われれば、作れるかもしれないが……けど、その辺の錬金術師は、まず無理だね」
その言葉には、自信があった。
自分も錬金術師だからこそ、並大抵の技術力でそのような馬車を作るのは不可能だと理解しているのだろう。
だが、そんな男と比べて、レイはロジャーという知り合いがいた。
ドーラン工房の作るゴーレムには及ばないものの、それでもロジャーの技術力がエグジニスの中でもトップクラスなのは変わらない。
(とはいえ、もう防御用のゴーレムを頼んでるしな。……いっそ、ドーラン工房からゴーレムを買うことが出来るようになったら、そっちに頼んでもいいか?)
まだレイがドーラン工房からゴーレムを購入出来るというのは決まっていない。
しかし、レイには十分な勝算があった。
何しろ、クリスタルドラゴンという、未知のドラゴンの素材を提供する用意があると主張したのだ。
正確にはまだクリスタルドラゴンの素材は持っていないので、主力は魔の森のランクAモンスターの素材だが。
錬金術師であれば、その素材を欲しいと思わない筈はないだろうと、そのように思っていた。
……ギルムの錬金術師達を知っているからこそ、そのようにレイが思うのは当然だった。
何しろ、トレントの森で伐採した木を持っていくと、その度に珍しい素材はないか、珍しいマジックアイテムはないかといったように言い寄ってくるのだから。
また、エグジニスで会ったロジャーも、セトを見つけるとなりふり構わず攻撃して従えるか、あるいは殺して素材にしようとした。……結果として、襲い掛かって来た者達は全員が倒されてしまったが。
「まぁ、馬車そのものをゴーレムにってのは、何となく思いついたことだしな。無理なら無理でもいい」
実際、レイとしてはそこまで欲しいと思っている訳ではなかった。
もし実現すれば、物流に大きな一石を投じるようなことになるかもしれないが、レイの場合は基本的に移動する時は馬車ではなくセトに乗って移動している。
そうである以上、馬車がゴーレムになってもレイ本人には特に問題はない。
パーティでの移動になった場合には必要かも? と思わないでもなかったが、セト籠がある以上、絶対に必要という訳でもない。
……もっとも、何かあった時の為にゴーレム馬車をミスティリングに収納しておけば、ある程度使い道はあるのではないかと、そう思ったのも事実だったが。
「そうか? まぁ、何らかの技術革新があったりした場合は、レイが言うようなゴーレムの馬車が出来たりといったような事になる可能性もあるから、その時を楽しみにしていればいい」
「そうだな。いつかそういうゴーレムを見ることが出来るのを楽しみにしてるよ」
そう男に返すと、レイは改めて野試合の会場に視線を向ける。
先程の動物型のゴーレムの野試合は既に終わっており、次に出て来たのは三m程の身長を持つゴーレムだ。
レイが来た時に野試合をやっていたゴーレムと同じくらいの大きさではあったが、動きの方は幾分かスムーズになっていた。
なっていたのはいいのだが……対戦するゴーレムの棍棒による一撃で、あっさりと壊されてしまった。
「おい、一撃って……幾ら何でも脆すぎないか?」
「サタルカーノ工房のゴーレムだから、しょうがないさ」
レイの感想に対し、馬車のゴーレムについて説明した錬金術師がそんな風に言ってくる。
どういう意味だ? と視線を向けると、どこか得意げに男は口を開く。
「サタルカーノ工房のゴーレムは、人間のように自由に動くというのを目的にして開発されるんだが、設計の問題上……というか、技術の問題上、どうしても脆くなってしまうんだよ」
それは、ゴーレムとしてどうなんだ? と疑問を抱いたレイだったが、そう言えばこの場所はゴーレムの見本市であると同時に、ゴーレムの性能を確認する為の場所でもあったのだと思い出す。
「つまり、人間同様に動けるゴーレムの性能をここで確認してる訳か。……一発殴られただけで戦闘不能になるとなると、ちょっと疑問だが。というか、人間に近い動きが出来るのなら一発殴られた程度でどうにかなったりとかはしないと思うんだが」
それは、レイの純粋な疑問だ。
人間であっても、一発殴れた程度で気絶するということは……ないとは言わないが、それでもそこまで多くはない。
勿論、レイやニッキーのように腕利きの者がその辺の一般人を殴るといったような真似をすれば話は別だが、一般的に考えた場合、同程度の技量の相手に一発殴られても痛みは覚えるものの、それだけで気絶するというのは考えにくい。
余程当たり所が悪ければ、話は別だろうが。
だというのに、レイの視線の先にあったゴーレムは一発で倒れ込んでしまい、起き上がるようなことが出来ない。
それを見れば、人間らしい動きをしているとはいえ、それがどれだけ脆いのかということを示していた。
人間らしい動きというのには若干興味はあったものの、それでもここまで脆いと興味は抱いても購入したいとは思わない。
「ちなみに、俺はまだエグジニスに来たばかりであまり錬金術師の工房に関しては詳しくないんだが、工房同士で技術提携をしたりとかはしないのか? あの人間らしい動きを目指しているゴーレムも、サタルカーノ工房だったか? その工房だけでは足りない技術を、どこか他の工房と技術提携出来れば解決しそうな気がするけど」
「そういうのに積極的な工房もあるが、サタルカーノ工房は閉鎖的だな。人のようにゴーレムを動かせるというのは、ゴーレムを制作する錬金術師にしてみれば、大きな技術だ。それを思えば、自分達の技術を広めたくないと思ってもおかしくはない」
錬金術師の言葉に疑問を口にしたのは、マルカだ。
何か腑に落ちないことがあったのか、不思議そうな視線を向けつつ口を開く。
「じゃが、そのサタルカーノ工房とやらもゴーレムを売っておるのじゃろう? であれば、その売っているゴーレムを購入すれば、自然とサタルカーノ工房で使われているゴーレムの技術を得られるのではないか?」
「その辺はどの工房もしっかりとしているよ。肝心の技術については簡単に解き明かせないよう、魔法的に封印されている」
「なるほど」
その言葉を聞いてレイが思い浮かべたのは、日本にいた時に見たニュースの事だ。
アメリカ軍の兵器を購入した国が、ブラックボックスとなっている部分を無理矢理こじ開け、その結果その兵器が動かなくなってしまって世界的に恥を晒したという、そんなニュース。
この世界でも恐らく同じようなことが起こってるだろうなと思いつつ、レイは納得の表情を浮かべるのだった。