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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2680/3865

2680話

 結局リンディがどうするのかというのは、すぐに決められなかった。

 それでもリンディは自分に暗殺者は派遣されなかったので、明日はパーティメンバーと共に依頼をこなすと、そう言い張っていたが。

 レイがそのパーティと共に行動するというのが最善なのだろうが、レイとしても色々とやるべきことは多い。

 もう数日したら、一度ギルムに戻ってクリスタルドラゴンの素材をある程度受け取ってこようと思っていたし、そういう意味でもリンディと一緒に行動したりは出来なかった。

 また、リンディと行動を共にしていれば、それこそ盗賊が消えた件やゴライアスが消えた件について調べるような時間はない。

 その辺も、リンディがレイと一緒に行動しないと決めた理由の一つではあるのだろうが。

 リンディにしてみれば、自分の安全の為にレイが自分と一緒に行動するよりも、その時間を使ってゴライアスの一件を調べて欲しいというのが正直なところなのだろう。

 そんな風に考えながら歩いていると、やがて星の川亭に到着する。


「あ、レイ様!」


 宿の中に入ると、従業員の一人がレイの姿を見つけてすぐに駆け寄ってくる。

 それがどのような理由なのかは分かっていたので、レイは従業員に謝る。


「悪い、ちょっと緊急の用事があってな。宿にはちょっと無理をさせた」

「いえ、その……申し訳ありません」

「は?」


 不満を言ったり、あるいは怒られたりといったようなことであれば、レイも従業員の態度に納得出来ただろう。

 だが、まさかここで謝られるといったようなことは、完全に予想外だった。


「えっと、何で謝られる必要があるんだ?」


 何となく嫌な予感がありながらも、そう尋ねる。

 すると、従業員はレイに再び頭を下げてから、レイを宿の奥の方……いわゆる、スタッフルームに連れていく。

 そこには、宿の従業員というよりは傭兵といったような男がいたが、その男はレイを見るなり頭を下げてくる。


「すまない。あんたを狙ってきたという暗殺者だが……逃げられた」

「……そうか」


 従業員の態度から、レイも何となく話の成り行きを理解していたのだろう。

 男の言葉に短くそう返し……改めて尋ねる。


「それで、どうやって逃げ出したんだ? 俺が宿を出た時は気絶していたから、ロープで縛るなりなんなりしていたと思うんだが。こうして見た限りでは、あの女の仲間が取り返しに襲撃してきたって感じでもなさそうだし」

「ああ。妙な物を持ってないか調べて、それで身動き出来ないように縛ってあった筈なんだが。気が付いたらいなくなってた」

「見張りはいなかったのか?」


 気が付いたらいなくなっていたということは、暗殺者から目を離していたということになる。

 何故そのようなことになったのか……正直なところ、レイにはそれが分からない。

 普通なら、捕らえたとはいえ暗殺者から目を離すような真似はしないだろうと。

 これが、例えばその辺の安宿だったり、低ランク冒険者を護衛として雇っているような場所であれば、暗殺者から目を離すといったようなことをしても納得は出来る。

 だが、ここはそのような場所ではなく、多くの貴族や大商人も泊まる、エグジニスの中でも最高峰の宿の一つだ。

 当然ながら、いざという時の為に雇われている冒険者は腕利きとなる。

 それだけに、男が暗殺者を逃したというのはレイには信じられなかった。


「いなかった。いや、正確にはいたんだが、今回の一件で説明を求める客が多くてな。そちらに人手が必要となってしまった」

「それは……」


 もしかしたら、警備として雇っていた冒険者の中に暗殺者と繋がっている者がいたのでは? と思ったレイだったが、男の言葉を聞けば納得する一面もある。

 女の暗殺者が、メイドの姿をしていたとはいえ、星の川亭に入り……ましてや、二階にあるレイの部屋の前まで辿り着いたのだ。

 これで女の暗殺者が腕利きなら、そのようなことも出来たかもしれない。

 しかし、レイが見たところ暗殺者はそこまで腕利きといった様子はなかった。

 中の上……どんなに頑張っても上の下といったところか。

 戦闘力そのものはともかく、標的のすぐ近くで別の人物に対して殺気を放つという時点で、暗殺者としては及第点にも届かない。

 その辺を考えると、よくて下の中といったところか。

 ともあれ、そのような人物だけに星の川亭に招き入れる為の人員がいたとしてもおかしくはないと、そう思ったのだが。


「謝ってすむような話ではないというのは分かっている。だが……それでも、すまない」


 レイに向かって深々と頭を下げる男。

 そんな男の横では、レイをここまで連れて来た従業員も揃って頭を下げる。


「申し訳ありません。代わりといっては何ですが、今回の宿泊費は無料とさせていただきますので、それで何とか納得して貰えないでしょうか? 後程、他にもお詫びの品を用意させて貰いますので」


 安宿ならともかく、星の川亭は貴族や大商人が泊まる宿だ。

 一見さんお断りの宿でもあり、誰か有力者の紹介がなければ泊まることも出来ない。

 深紅の異名を持つレイがロジャーの紹介状を持っていても、マルカがいなければ泊まれなかったかもしれないような宿だけに、その宿泊料は一般人にはそう払えるものではない。

 その宿泊料を無料にするという提案に、宿がどれだけ本気なのかを理解出来る。

 ましてや、それとは別にお詫びの品まで用意するのだ。

 どれだけ宿側が今回の件を重要視しているのかを、示していた。

 当然だろう。貴族や大商人といった客を相手に商売している宿が、暗殺者の侵入を許し、宿泊客に襲い掛かり、その宿泊客によって倒されて捕縛を任されたのに、まんまと逃がしたのだ。

 暗殺者に襲われたところまでは、既に噂で広がっているのでどうしようもないが、捕らえた暗殺者を逃がしたといった話まで広がれば、宿にとってのダメージは大きい。

 星の川亭はエグジニスの中でも最高峰の宿ではあるが、最高峰であって最高ではない。

 まだ他にも幾つか同じようなランクの宿はあるのだ。

 そんな状況で星の川亭の悪い噂が広がればどうなるか。

 ……もっとも、暗殺者が入り込んだという噂だけでも、受けるダメージは大きいだろうが。

 貴族や大商人だけに、暗殺者に狙われる可能性というのは多くの者が持っている。

 それを考えれば、明日にでも客の半分近くが引き払ったとしても、レイは驚かない。


「分かった。まぁ、暗殺者を逃したのは痛いけど、また襲ってきたらそいつを捕らえればいいだけだしな。それで納得するよ。詫びの品は、実用性のあるマジックアイテムとかだと嬉しいな」


 本来なら、マジックアイテムをいらないと言ってもいい。

 だが、宿の側から詫びの品を用意するというのなら、レイとしてはエグジニスにやってきたことだし、マジックアイテムの一つでも貰えればそれで満足だった。

 どうせゴーレム以外にもマジックアイテムを探してみるといったつもりではあったので、レイとしてはそれが貰えるのなら問題はない。

 ……実用性のある物と指定したのが、十分に守られていればの話だが。

 マジックアイテムとしては有用であっても、実用出来るようなマジックアイテムの類でなければ、レイとしてはあまり興味を抱かない。

 そういう意味で、出来れば実用性のあるマジックアイテムが欲しいという視線を向けるレイに、従業員は即座に頷く。


「分かりました。レイ様に満足していただけるかどうかは分かりませんが、頑張らせて貰います」

「そうか。なら、この件はもういい。……また暗殺者が襲ってきたら、今度は俺がすぐに捕らえて情報を吐かせればいいだけだしな」


 あっさりと、そう告げる。

 そんなレイの言葉に、男は驚く。

 レイはあっさりと倒したようだったが、暗殺者というのは本来そう簡単に倒したり捕らえたりといった真似が出来る相手ではない。

 今回レイが倒した暗殺者も、実際に戦った訳ではないので具体的にどれくらいの実力を持っているのかは分からなかったが、それでも戦った場合に厄介な実力を持っていたということくらいは分かる。

 腕利きの冒険者が警備兵として雇われているものの、それでも暗殺者を相手に互角以上に戦えるかと言われれば……正直、微妙なところだと言う者も多いだろう。


(さすが、異名持ちのランクA冒険者、か)


 当然ながら、警備兵として雇われている冒険者の纏め役をしている男は、目の前にいる人物がどのような存在なのかというのは、知っていた。

 ましてや、深紅という異名はミレアーナ王国の中でも広く知られているのだから。

 ……それでも、目の前にいる人物がその相手だというのは、外見から予想するのは難しかったが。


「分かりました。貴方がそう言うのであれば、こちらも今回はその御言葉に甘えさせて貰います」


 結局警備を任されている男は、レイに対してそう言い、頭を下げる。

 レイにしてみれば、暗殺者を逃したのは残念だったが、また来たら捕らえて情報を聞き出せばいいと考える。


(とはいえ、情報を入手出来なかったのは痛いんだけどな。……てっきり盗賊がゴライアスの一件が関係していると思ったからリンディに会いに行ったけど、向こうは特に襲撃らしい襲撃もなかったみたいだし。もしかして、俺を殺した後でリンディを襲うつもりだったとか?)


 そう思うも、その場合は襲う順番が逆だろう。

 まずは難易度の低い相手を倒して、それからレイを狙うといった真似をすれば、最低でも一人は殺せた筈だ。

 実際に、それが出来たのかどうかは別として。


「ああ、それと。レイ様」


 用件はもうすんだと判断し、スタッフルームと思しき場所を出ようとしたレイに対し、従業員の方が声を掛けてくる。


「どうした?」

「その、厩舎の方でレイ様の従魔が落ち着かない様子だったので、顔を出してはいかがでしょう?」

「セトが?」


 従業員の言葉に少し驚いたレイだったが、改めて考えてみればセトが落ち着かない様子だというのも納得出来た。

 レイとセトは魔力的に繋がっているし、また鋭い感覚を持つセトなら当然のようにレイの気配を察することも出来るだろう。

 そうである以上、レイがセトに何も言わずに飛び出すといったような真似をすれば、セトにそれを気にするなという方が無理だった。

 ……あるいは、ここがホームとも言うべきギルムでなら、セトもそこまで心配するようなことはなかっただろう。

 だが、生憎とここはギルムではなくエグジニスだ。

 それも、まだ来てから一日しか経っていない場所だった。

 そうである以上、セトが心細く思っても仕方がなかった。

 ……普通に考えれば、ランクS相当と評されているセトをどうにか出来るような相手というのは滅多にいないのだが、それでもレイが側にいないのは心細い思いというのがあるのだろう。


「分かった。なら、ちょっと厩舎に顔を出してみるよ」


 そう言い、レイは今度こそスタッフルームを出るのだった。






「グルルルゥ!」


 厩舎に顔を出すと、その瞬間にセトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイが厩舎に近付いて来るのは、セトにも十分に理解出来ていたのだろう。

 先程いきなり星の川亭からレイが出て行ったので、セトにとってはかなり心配をしていたのだが……こうして目の前に姿を現したので、嬉しくなるのは当然だった。


「悪かったな、セト。ちょっと急いでたんだよ」


 嬉しそうに喉を慣らしつつ頭を擦りつけてくるセトを、レイは撫でながらそう告げる。

 実際、宿を飛び出した時はリンディも暗殺者に狙われている可能性が高い……場合によっては既に襲撃されているかもしれないと判断したので、セトに声を掛けていく余裕がなかったのは間違いない。

 それだけではなく、酔っ払いが多い時間帯だけに、セトと一緒に移動した場合は騒動になる可能性が高いというのもある。

 とはいえ、それはあくまでもレイの理屈だ。

 置いていかれたセトにしてみれば、レイが何も言わずに自分を置いていったという結果が全てなのだ。

 ……とはいえ、セトもレイがそこまでするというのは、何か一刻を争う状況だったという予想くらいは出来る。

 だからこそ、少しだけ拗ねつつもレイに甘える程度ですませているのだろうが。


「暗殺者が来てな。まぁ、暗殺者の質は低かったから大して問題はなかったんだけど、今日の一件……盗賊やゴライアスが消えた件が理由で暗殺者が送られてきた場合、リンディにも暗殺者が送られていた可能性があったんだよ。だから、そっちに急いだんだ」

「グルルルゥ?」


 それで、リンディはどうしたの? と喉を鳴らすセト。

 セトにとっても、リンディは今日一緒に行動した相手だ。

 そんなリンディに暗殺者が送られたとなれば、心配するなという方が無理だろう。


「大丈夫だ。暗殺者はどこにもいなかったよ」


 そう告げるレイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らすのだった。

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