2675話
夕日が沈みそうになる頃、レイとリンディはエグジニスに戻ってきた。
結局大岩のところにいた盗賊の後は、他の盗賊を見つけることは出来ず……リンディは出来ればもう少し盗賊を探したかったみたいだったが、夜になる以上はいつまでもエグジニスの外にいる訳にはいかないとして、レイの説得によってエグジニスに戻ってきた。
「レイ、今日はありがとう」
「気にするな。俺はそれなりに利益があったし、リンディも孤児院に送金したり、生活雑貨の類を送ったり出来るくらいの収入はあったんだから、何も悪いことだけじゃないだろ?」
リンディにしてみれば、今回の一件は消えたゴライアスの手掛かりを得る為のものだった。
しかし、結局それらしい手掛かりは何も存在せず……そういう意味では、収穫はなかったと言ってもいい。
「そうね。今日中に手続きをしておけば、お金や生活雑貨の方も近いうちに孤児院に届くと思うわ。……悪いけど、一緒に来てくれる? さすがにあれだけの荷物を渡されても、私だけだと持ち運べないから」
その言葉に、レイは素直に頷く。
最初に倒した盗賊達のアジトにあった、各種生活雑貨。
それも盗賊達が使ったといったものではなく、商人から奪ってきた物がほぼそのままといった状態で置かれていたので、孤児院で使っても何も問題ないと判断してのことだ。
レイもそういう生活物資を貰っても使い道がある訳でもないし、売れば金になるが、そこまで金に困っておらず、交渉するのも面倒だと判断し……結果として、生活雑貨の類はそのままリンディに渡すことにした。
当然だが、商人が馬車で運ぶような生活雑貨の類を、リンディが素手で全て運べる訳がない。
その結果として、現在それらはミスティリングに収納されていた。
(今まで考えたことはなかったんだが、盗賊達を倒した時に生活雑貨とかそういうのがあった場合って、冒険者達はどうしてるんだろうな? 俺の場合はミスティリングに収納出来るけど、普通はそういうのを持ってないし。廉価版のアイテムボックスだって相応の値段がするから持ってる奴の方が少ないだろうし)
そういう場合、金目の物でない場合はどうするのか?
そう疑問に思うレイだったが、恐らくは適当に使う分だけを持って帰り、後はそのままそこに残してくるといったような感じだろうと予想する。
そんな風に考えながらも、レイはリンディに案内されて街中を進む。
当然ながら、そんなレイの側にはセトの姿もあるので相変わらず多くの視線を集めていたが。
ただ、それなりにセトに向かって慣れたような視線を向けてくる者も多い。
レイが頻繁にセトを連れ歩いているからというのもあるが、このエグジニスがゴーレム産業の盛んな街であるから、というのも大きいのだろう。
ゴーレムは色々なサイズが存在するが、家よりも巨大なゴーレムもそれなりにいる。
だからこそ、巨大なゴーレムが街中を移動しているのを見る機会があった者達は、その多くがセトに慣れやすかったのだろう。
やがてとある商会に到着する。
リムロス商会。
そのように書かれている看板が掛かっている建物にリンディは入っていく。
レイはその後を追おうか? と思ったが、その前に建物の中からリンディが声を掛ける。
「私が話をつけてくるから、レイはちょっとそこで待ってて。この商会の人って少し癖があるから」
そう言われ、レイも足を止める。
恐らくレイがこれからリンディの会う人物と相性が悪いと思い、そう言ったのだろうと予想出来た為だ。
実際、リムロス商会という商会が具体的にどれくらいの規模の商会なのかは、レイにも分からない。
しかし、貴族を相手にしても容易に実力行使をするレイだ。
相手が商会……いや大商会と呼ぶべき規模の商会であっても、喧嘩を売られれば正面から買うだろう。
実際、レイは以前ギルムの武器屋や鍛冶師の多くに影響力を持っていたアゾット商会と敵対したことがある。
アゾット商会の手回しによって、多くの武器屋がレイに武器を売れなくなってしまった。
だが、レイはその喧嘩を正面から買い、アゾット商会の会長の家に殴り込んだ。
……結果として、その相手はベスティア帝国と繋がっていたことが明らかになったので、レイとアゾット商会の抗争に関してはアゾット商会が全面降伏するといった形になったのだが。
その後は、特にレイもアゾット商会と揉めるようなこともなく、友好的な関係を築いている。
前アゾット商会の会長の異母弟が現在の会長になっており、レイと敵対するのはデメリットしかないと判断しているからだろう。
「グルルルゥ?」
レイがアゾット商会について考えていると、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
そんなセトに対し、レイは何でもないと首を横に振ると、ミスティリングの中から干した果実を取り出す。
新鮮な果実も非常に美味いのだが、日光によって干されたことで、その甘みは非常に濃厚なものになる。
それこそ、果物の種類によっては甘すぎるのでは? と思ってしまうくらいに。
そのような味だからこそ、レイやセトのように大食いであっても、少量で十分に味を楽しめるのだ。
「甘いな。……っていうか、ちょっと甘すぎないか、これ?」
当然の話だが、干した果実は実際に食べてみるまではどのような味なのかは分からない。
あるいは腕利きの料理人であれば、もしかしたら見たり触っただけで味を見抜けるのかもしれないが、レイにはそこまでの技量はない。
自分で作ったのなら、干す前の果実を味見して甘いかどうかを確認出来るものの、これは購入した奴だ。
それでも味を見るのなら、少しだけ食べてみるといった方法があるが……言ってみれば、それだけでしかない。
また、購入したものだけに、品質はかなり違う。
甘いのもあれば、あまり甘くないのもあるといったように。
そういう意味では、レイの食べたものは一応当たりではあったのだろう。
……当たりすぎて口の中をリセットする為に、果実水を飲むことになったが。
「グルルゥ」
そんなレイに対し、セトが食べたものはそれなりの味だったらしく、満足そうな様子を見せていた。
「羨ましいな」
「グルゥ? グルルルルゥ」
レイに羨ましがられたのが嬉しかったのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなやり取りをしていると、建物の中からリンディが姿を現す。
「レイ、ちょっと一緒に来てちょうだい。荷物を出して貰うから」
「分かった。じゃあ、セト、ここで少し待っててくれ」
そう言い、レイはリンディと共に建物の裏に回る。
そこには二十台近い馬車が用意されており、このリムロス商会という商会がかなり大きな規模の商会であることを示している。
馬車は消耗品で、使い続けていれば修理が必要になる。
盗賊やモンスターに襲われて奪われたり壊されたりといったことにもなるので、その修理費は相応の金額となるだろう。
また、馬車である以上は馬も必要となる。
馬の値段や維持費を考えると、これだけの馬車を牽く馬を用意するというのは、かなりの金銭的負担になる。
「レイ、ここに出してくれる? 後はリムロス商会の人が馬車で運んでくれるから」
「分かった。……これでいいか?」
見る間に、何もない場所からいきなり姿を現した生活雑貨の姿に、レイのミスティリングについて知っていても、リンディの口からは驚きの声が上がる。
とてもではないが、普通に考えた場合は理解出来ない光景なのだから当然だろう。
「じゃあ、取りあえずこれでいいな? ……ちなみに、明日はどうするんだ? また盗賊狩りに行くのか?」
「ううん。依頼じゃないけど、パーティの方でちょっと用事があるから止めておくわ」
「そうか。なら、俺は盗賊の件じゃなくて他のことで色々と動いてみる。……ああ、何かあったら星の川亭に来てくれ」
「ええ。……けど、改めてあんな高級宿に泊まれるなんて、異名持ちのランクA冒険者って凄いのね」
「それは否定しない。けど、それだけ高額の報酬を受けるとなると、当然その報酬に見合った分の難易度だったり、危険度だったりするけどな」
レイはそう言ったが、実際にレイが儲けているのはランクA冒険者になる前に受けていた依頼であったり、今日のように盗賊狩りをしたりといった事で、得た金なのだが。
何しろランクA冒険者になったばかりのレイなのだから、そんな高ランク冒険者の受ける仕事云々というのはまだ受けたことがない。
代わりに、ランクが関係なく腕利きのレイだからこそ受けられる仕事の類は、かなりあったが。
それらの依頼は、危険ではあるものの、だからこそ多額の報酬であったり、普通なら購入することが難しい希少なマジックアイテムであったりといった諸々を貰えた。
「リンディもエグジニスで頑張っていればランクが上がっていくだろうし、そうなれば孤児院の連中を呼んで星の川亭に泊まるといったような真似も出来るかもしれないぞ」
「私が? ……そうなればいいんだけど、いつになればそんな真似が出来るのかしらね」
レイの言葉は、リンディにとってお世辞か何かのようにしか思えなかった。
リンディにしてみれば、現在の自分の状況はともかく、現在よりも上のランクになれるかと言われれば、首を傾げるしかない。
とてもではないが、ランクBやランクAといった高ランク冒険者になって孤児院の全員を星の川亭のような高級な宿に招待するといったことが出来るとは思えない。
(ゴライアスさんなら、もしかしたらそんな真似も出来るかもしれないけど)
リンディにとって、ゴライアスというのは好意を抱いている相手というだけではなく、単純に自分よりも腕利きの冒険者であるという認識もある。
そんなゴライアスだからこそ、いずれ高ランク冒険者になれるのではないかと、そう思っていた。
「出来るかどうかは、自分次第だろ。何をするにしても、とにかく鍛える必要はあるだろうから、依頼を受けるだけじゃなくてそっち関係もやった方がいいぞ」
レイも基本的には戦闘訓練をしているし、冒険者の中には自分の技術を伸ばす為にどこかの道場に通ったり、あるいは腕の立つ人物に弟子入りをしたりといったこともある。
レイにとって身近なところだと、ビューネがヴィヘラに戦闘訓練をつけて貰っている。
(ヴィヘラとビューネの関係は、師匠と弟子というよりも、保護者と被保護者といった関係の方が間違いないだろうけど)
そんな風に考えつつ、レイはリンディとはその場で別れ、建物の表にいたセトと共に宿に向かう。
「そう言えば、セトには聞いてなかったけど……星の川亭の厩舎は満足出来るか?」
「グルゥ? ……グルルルルゥ」
レイの言葉に、快適だよと喉を鳴らすセト。
エグジニスの中でも最高級の宿だけに、厩舎も十分な広さがあり、今まで泊まった他の宿のように馬との距離もあるので、馬がそこまで怖がるといったことはない。
セトにしてみれば、その馬とも遊びたいのだが、馬の方はセトの気配に圧倒されており、とてもではないがセトと友好的にするといった真似は出来ない。
それでもある程度の時間一緒にいれば、セトが怖い相手であっても無意味に襲ってくるような存在ではないと判断してか、ある程度慣れはするのだが。
「そうか。……まぁ、それでもマリーナの家に比べると窮屈だろうけど、その辺は我慢してくれ」
厩舎が広くて快適なのは間違いないが、それでもやはりマリーナの家の中庭で自由に行動していたセトにしてみれば、窮屈だといった風に思っても仕方がない。
だからこそ、出来ればセトには我慢をさせるとレイは思ったのだが、そんなレイの予想とは違い、セトは嬉しそうに喉を鳴らすだけだ。
一体何故? とそんな疑問を抱くレイだったが、取りあえずセトが嬉しそうにしているのならそれでいいだろうと判断し、宿に戻る。
「レイ、待っておったぞ」
そうして宿の前までやってくると、そこにはマルカとニッキーの姿があった。
「マルカ? ニッキーも。どうしたんだ?」
「それはこちらの台詞じゃ。朝に出ていったと思ったら、夕方になるまで戻ってこないのじゃからな。レイのことじゃから、心配はないと思っておったが、それでも何かあったのではないかと思うのは当然じゃろう」
「お嬢様、レイの兄貴に構って……痛ぁっ!」
最後まで言わせず、マルカの蹴りがニッキーの足に命中する。
マルカは基本的に魔法使いとして優秀な人物ではあるが、当然ながら公爵家の令嬢として相応の護身術は鍛えている。
それだけに、マルカの蹴りはニッキーに悲鳴を上げさせるには十分な威力を持っていたのだった。