2674話
自分達が向かっている方で戦闘が行われている。
そう告げたレイに対し、リンディの表情は厳しく引き締まった。
当然だろう。今回の一件において、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、ゴライアスがいなくなった手掛かりを見つけた可能性があるのだから。
「行くわよ!」
短くそう言うと、リンディはレイを追い抜いて走り出す。
手掛かりを見つけたら、即座に無力化して情報を聞き出す。
そのような思いで、槍の柄を握り締めつつ走る。
レイもそんなリンディを追いつつ、今の状況はどうなっているのかといったことを考え……あまりに都合が良すぎるのでは? といった思いを抱く。
当然だろう。ゴライアスの手掛かりを探して盗賊狩りをしているところ、偶然ゴライアスの失踪に関係ありそうな相手が姿を現す?
普通に考えて、罠であると判断してもおかしくはない出来事だった。
(とはいえ、それでも行くしかないんだよな。罠があるのなら、その罠を喰い千切ってしまえばいいんだし)
一般的な冒険者の場合、自分の向かう先に罠があると知れば回避するだろう。
しかし、レイの場合には実力でその罠を喰い千切る……どころか、破壊することすら、容易に出来るだけの手札が多数ある。
レイの実力があれば大抵の罠はどうにかなるし、それでもどうしようもない場合、空を飛ぶセトに頼るといった選択肢もある。
そんな風に考えつつ走り続けると……やがて、リンディの耳にもしっかりと金属音が聞こえてくるようになったのか、走る速度が一層増す。
槍を手に、茂みを突き破るように戦場となっている場所に突っ込む。
「そこまでよ!」
鋭く叫び、周囲を見回し……そこに広がっている光景に戸惑う。
「リンディ……? どうしたんだよ、こんな場所で」
そう、盗賊と戦っていたのだろう者の一人が、突然茂みから飛び出してきたリンディの姿を見て、驚きの声を上げる。
そこにいたのは、リンディにも見覚えのある顔。
そこまで親しいといった訳ではないが、それでもこれまで何度か協力して依頼を受けたことのあるパーティだった。
「……えっと……」
てっきりゴライアスがいなくなった手掛かりを持っている何か……もしくは誰かがこの場にいるとばかり思っていただけに、目の前に広がっている光景は完全に予想外だった。
ちょうどそのタイミングで、残っていた盗賊の一人がリンディと話していた男の仲間によって倒され……それに若干遅れて、レイが姿を現す。
顔見知りのリンディはともかく、男達にとっては初めて見るレイの姿に警戒の表情を向ける。
とはいえ、リンディと一緒に来たのだから、恐らくはリンディの連れなのだろうと、警戒の視線は向けつつも、攻撃態勢に入るような真似はしなかったが。
「で、どうなってるんだ? この様子を見る限りだと、取りあえずここにいた盗賊達の討伐は先を越されたみたいだが」
レイの口から出た言葉に、男達もようやく何故リンディがここにいるのかを理解し、若干申し訳なさそうに言う。
「悪いな、リンディ。この連中の討伐は俺達の依頼だったんだ。今回の件は早い者勝ちってことで」
「そう……なの」
考えてみれば当然の話なのだが、エグジニスの周辺にいる盗賊が次々と消えているからといって、その隙を狙うかのように新しい盗賊がやって来るのだ。
そうである以上、エグジニスに来る者達が被害を受けるのも変わっておらず……それどころか、盗賊になったばかりの者達が多いこともあり、不必要な程に襲撃を行い、結果として撃退はするものの、襲撃の回数は増えた……といったことにもなっている。
そうである以上、エグジニスに商人だろうが領主だろうが、盗賊の討伐を依頼するのは自然な話だった。
ましてや、エグジニスは自治都市という扱いではあるものの、治安が悪化の一途を辿った場合、最悪自治都市としてやっていけないということで、自治都市の権限を凍結される可能性すらあった。
「討伐については、問題ないわ。ただ、その前にちょっとその盗賊達と話せる?」
「え? まぁ、それはいいけど」
先に討伐をしていた者達にしても、リンディが自分も盗賊を倒すつもりだったのだから、報酬を寄越せといったような無茶ではなく、まだ生きている盗賊と話をさせろといったようなことであれば、何の問題もなく受け入れることが出来た。
……それは、それなりに冒険者の間で人気のあるリンディから好印象を持たれたいと思ったのも、理由にあっただろうが。
「ありがと。……じゃあ、そこの盗賊から話を聞かせて貰おうかしら」
少し離れた場所で、太股を矢に貫かれた盗賊に声を掛ける。
盗賊の男はそのような傷を負っているものの、自分よりも明らかに年下のリンディに対し、鼻で笑ってみせる。
「はっ、お嬢ちゃんに話すようなことは何もないな。もっとも、色仕掛けでもしてくれるのなら……ぐあっ!」
明らかに自分を侮った言葉を口にする男に、リンディは無言のままで蹴りを入れる。
その上、蹴りの狙った場所は男の身体ではなく、太股に刺さっている矢だ。
当然そのような真似をされれば、下手に身体を蹴られるよりも激痛が走る。
ふてぶてしい様子を見せていた男ではあったが、それでも今の一撃には耐えられない。
矢が途中で折れ、地面に転がるのを見ながら、それを行ったリンディは冷たい視線を盗賊の男に向けるだけだ。
普段であれば、リンディも相手が盗賊とはいえ、ここまではしない。
だが、今はゴライアスがどこにいるのかの手掛かりが少しでも欲しいのだ。
そうである以上、情報収集に時間を掛けてはいられない。
盗賊達を倒したのが自分達なら、このような真似をしなくても時間を掛けて説得するといったような真似をしてもいい。
しかし、この盗賊達は自分達が倒した訳ではなく、情報収集出来る時間も限られている。
だからこそ、少しでも早く情報を聞き出す必要があった。
「ええ……」
とはいえ、普段のリンディを知っている者にしてみれば、今の行動は驚き以外のなにものでもない。
まさかリンディがこのような真似をするとは、全く思わなかったのだろう。
「今は少しでも早く情報が欲しいんだろうから、気にするな」
「……あんたは? リンディのパーティメンバーじゃないようだけど」
「ああ、俺はリンディの協力者ってところだな」
レイがドラゴンローブのフードを被っており、セトを連れていないこともあってレイをレイだと気が付いていないのだろう。
相手の質問にそう答える。
レイの言葉を完全に信じた訳ではないだろうが、それでもリンディの様子から一応信じることにしたのだろう。
冒険者の男は、仲間の男達からの視線に押されるようにしながら、レイに尋ねる。
「それで、リンディは盗賊達からどんな情報を聞きたがってるんだ?」
その疑問に、レイはどうするべきか考え……だが、すぐにリンディと盗賊はそれ程離れた場所にいる訳でもないのだから、注意をすれば盗賊との話は聞こえるだろうと判断する。
「リンディの知り合いのゴライアスって冒険者を知ってるか?」
「え? ああ、勿論」
男はゴライアスの名前を聞くと、すぐに頷く。
ゴライアスはエグジニスの中でも腕利きの冒険者として知られてるとリンディが口にしていた言葉が正しかったのだろう。
「そのゴライアスが、いきなりいなくなってしまったらしい。で、リンディはそのゴライアスを捜す手掛かりを盗賊に求めた訳だ」
「……何故盗賊に?」
男にしてみれば、ゴライアスが行方不明になったというのは大事だが、何故それを盗賊が知ってるのかといった疑問を抱くのは当然だろう。
「盗賊達も最近急に消えたりしてるのを知ってるか?」
「そう、なのか? その割には盗賊の総数はそう変わってない印象だけど」
「それは……」
新しい盗賊が次から次にエグジニスに来ているからだ。
そう言おうとしたレイは、ふと疑問を抱く。
それはちょっとおかしいのでは? と。
確かに、エグジニス周辺は盗賊にとって一度の仕事で大きな利益を得られる。
それは間違いないが、同時にそれだけ大きな利益が得られるのなら難易度も相応だ。
余程運がよくない限り、護衛をしている相手に迎撃され、最悪殺されてしまう。
その辺の事情を考えると、レイ達が先程捕らえた盗賊もそうだが、色々と疑問が残るのは間違いない。
(消えた盗賊……それを補充するように次々と現れる、新たな盗賊。それが数回起きたくらいなら、偶然かもしれない。けど……それでも、倒しても倒しても一向に盗賊達の姿がなくなることはないというのは……それもまた偶然なのか?)
金に目が眩んだ盗賊達であっても、当然ながら自分の命は大事だ。
次から次に盗賊達が消えているという話を聞けば、怖じ気づく者が出て来てもおかしくはない。
だというのに、こうして途切れることなく盗賊が押し寄せてくるのだ。
この辺りの盗賊が消えたり逃げ出すといったような真似をしない限り、盗賊の過密地帯になってもおかしくはない程に。
それが偶然から起きるのか。
そう言われれば、レイも素直に頷くことは出来ない。
明らかに人為的な何かが働いているように思える。
(だとすれば、一体何の為に? それは盗賊を集めるんだから、盗賊が多ければ多い程にいい。つまり、ここに盗賊が来るように情報を流している者がいる? だが、盗賊を集めて何をする?)
考えつつも、レイは盗賊に向かってゴライアスについて何か知らないかと尋問しているリンディに、そしてリンディに鬼気迫った様子に驚いている他の冒険者達に視線を向ける。
(冒険者達の仕事を確保する為? いや、幾らなんでもそれはないだろ)
盗賊の討伐という仕事があれば、冒険者達が仕事に困ることはないだろう。
それでも、多数の盗賊がエグジニスの周辺にいるというのは、リスクとリターンを考えた場合、リスクが大きすぎて、リターンは驚く程に小さい。
「レイ」
盗賊についての疑問を考えていたレイは、不意に自分の名前を呼ばれて我に返る。
誰が自分の名前を呼んだのかと視線を向ければ、そこにいるのは当然ながらリンディ。
「もういいのか?」
「ええ。ゴライアスさんについての情報は何も持っていなかったわ」
不満そうな様子を隠さないリンディ。
リンディにしてみれば、エグジニスの周辺でそれなりに長い間活動していたというこの盗賊達なら、もしかしたらゴライアスの情報を何か持っているのかもしれないと、そう思っていたのだが……その予想が完全に外れた形だ。
「そうか。他の盗賊についての情報は?」
レイの問いに、リンディは首を横に振る。
「かなり口が硬いわ。ちょっとやそっとの尋問だと、情報を聞き出すのはまず無理ね。レイが尋問すればどうにかなるかもしれないけど」
「そんな時間はない、か」
リンディに尋問をさせてくれた冒険者も、出来るだけ早く警備兵に生きている盗賊達を引き渡したいし、盗賊達が溜め込んでいたお宝を確認したいと思うだろう。
だが、リンディはともかくレイという見知らぬ相手がいる現状では、そのような真似は出来ない。
場合によっては、そのお宝を取り合って戦いになる可能性も否定は出来ないのだから。
レイはそのようなことを考えていないが、それはあくまでもレイがそう思っているだけで、冒険者達に言った訳ではないし、言ったとしても信じて貰えるかどうかは微妙なところだろう。
「そうだな。まぁ、別の盗賊を探す方法はまだあるし、ここの盗賊にこだわる必要もないか」
レイは空を見上げ、そう告げる。
セトが空を飛んでいるのだから、山の中にいる盗賊達を見つけ出すのは、難しいが不可能ではない。
木の枝によって隠されていたり、洞窟の中に隠れているといったようなことがあれば見つけるのは難しいだろうが……それでも、何の手掛かりがない状態で探すよりは、間違いなく有効だろう。
レイとリンディの会話を聞いていた冒険者達のうちに何人かが、興味深そうな視線をレイに向ける。
この盗賊を討伐した冒険者達も、このアジトを見つけるのにはかなり苦労をしたのだろう。
それだけに、新たな盗賊を見つけられる可能性が高いということを口にするレイの言葉は、興味深いと思ってもおかしくはなかった。
とはいえ、今はまずレイに話を聞くよりも自分の仕事のことを最優先するべきだと考え、盗賊達がしっかりと縛られているのを確認すると、見張りを残して地下にあるアジトに向かう。
そんな冒険者達を見送り、レイはリンディと共にその場を離れる。
これ以上ここにいては、顔見知りのリンディだけならともかく、自分は怪しまれるだろうと、そう思ってのことだった。