2673話
結局盗賊達はレイの……いや、正確にはデスサイズのスキルであるペインバーストを使った尋問に、最後まで耐えることは出来なかった。
皮膚を軽く斬り裂かれる程度であっても、レベル四のペインバーストは通常の十六倍の痛みを与えるのだ。
これは、ただ痛みを大きく感じるというだけではない。
本来なら、皮膚を斬り裂く程度の痛みはそこまで大きなものではなく、例えそれが十六倍になったとしても痛みに耐えるといったような真似は、レイ達が倒したような盗賊達であっても耐えられる可能性は十分にある。
勿論それが、皮膚だけではなく肉を斬り裂き、骨を断つといったような痛みであれば、また話は別だが。
普通なら、例えば皮膚を斬り裂けばその痛みがどれくらいなのかというのは、これまでの経験から理解出来る。
しかし、ペインバーストによって本来覚悟していた痛みよりも圧倒的な痛みを与えられると……その感覚が狂うのだ。
結果として、完全に予想外の痛みに盗賊達は屈してしまう。
自分には全く理解出来ない、不気味な恐怖……それが、盗賊達の心を折ったと言ってもいい。
「そうか。ここから南にいった場所に大岩があって、その大岩の近くに地下に続く穴があるんだな」
「そ、そうだ。だからこれ以上は勘弁してくれ」
最初にレイに顔の皮膚を斬り裂かれ、その後も十回程皮膚を斬り裂かれ、その度に未知の恐怖に悲鳴を上げていた男は、もう許して欲しいといった視線をレイに向ける。
「他に知ってる盗賊は?」
「し……知らない! これ以上は本当に知らない! 間違いないんだ!」
全力で叫ぶ男から視線を逸らし、レイは他の盗賊を見る。
そうして視線を向けられた盗賊も、口を開かなくてもレイが何を言いたいのか理解したのだろう。
慌てた様子で、自分達も何も知らないと叫ぶ。
どうやら本当にエグジニスに来たばかりで、ろくな情報を持っていない外れの盗賊達なのだと判断したレイは、デスサイズをミスティリングに収納してリンディを見て……そこでリンディが何か信じられないような光景を前にしたかのような態度をとっているのを疑問に思う。
「どうした?」
「どうしたって……一体、何をしたの? ちょっと傷付けただけで、ここまで素直に情報を口にするって、信じられないんだけど」
ペインバーストの効果を知っているレイと、それを実際に受けた盗賊達。
そのような者達と違い、リンディは一連のやり取りを離れた場所から眺めていただけだ。
正直なところ、何がどうなってこのように盗賊達が素直になったのか、全く分からない。
「気にするな。そういうスキルだと思って貰えればいい。それより、どうする? 話は聞いていたと思うけど、一応もう一つ盗賊のアジトの場所は聞き出せた。とはいえ、そっちに向かうとなると、この連中をどうするのかといった問題が出て来るが」
レイとしては、盗賊達を連れていくというのは問答無用で却下だ。
レイ達の存在を向こうに知らせる可能性は……心が完全に折られている今の状況では心配しなくてもいいだろうが、それでも戦いになった場合は足手纏いになる可能性は十分にあった。
向こうの盗賊達にしてみれば、レイやリンディの動きを阻害するという意味で捕まった盗賊達を攻撃するのは躊躇する筈がない。
この盗賊達と向こうの盗賊達は、別に友好関係にある訳でもなんでもないのだから。
そういう意味では、攻撃をするのに躊躇するといったこともない。
「そうね。出来れば全員生かしてエグジニスに連れて帰りたいわ」
レイの言葉にリンディはそう返す。
ただし、それは慈愛の心といったものからくる言葉ではない。
リンディにしてみれば、少しでも孤児院に仕送りする金が必要なのだ。
仕送りを増やす為には、どこからか金を入手する必要がある。
そして盗賊達を生かして警備兵に引き渡せば、犯罪奴隷として売れる。
その金を惜しんだからこその言葉。
……とはいえ、盗賊達にしてみればこのまま山の中を移動して他の盗賊と遭遇した場合、戦いに巻き込まれて死ぬ可能性は高い。
そう考えれば、まだ犯罪奴隷であっても生き残れる方にして貰いたいと思うのは当然だった。
「一応、セトもいるから……大岩の盗賊が出て来たところで、セトを使って一気に向こうの心を折るといった方法も使えるけど?」
そうレイは言ってみたが、リンディは少し考えて首を横に振る。
「やめておきましょう。万が一を考えると、万全状態で挑みたいわ。ゴライアスさんの手掛かりとかもある可能性はあるし」
「分かった」
あっさりと退くレイ。
今回の一件に関しては、あくまでもリンディが主導権を持っての行動で、レイはその手伝いといった形だ。
だからこそリンディがそう判断したのなら、レイとしてはそれに同意するしかない。
勿論、リンディの意見が明らかにおかしい場合は話が別だが、今回の場合は間違っている訳ではない。
レイが頷いたことで、盗賊達も戦いに巻き込まれることはないと判断し、安堵するのだった。
「では、これで手続きは終了です。今回はお疲れさまでした」
リンディの書いた書類を受け取ると、警備兵はそう言ってくる。
なお、盗賊を犯罪奴隷として売る時には、幾つかの方法がある。
警備兵にそのまま売るといった方法や、警備兵を通して奴隷商人に売るといった方法、もしくは懇意にしている奴隷商人がいれば直接交渉したり、場合によってはオークションに出すといった方法もあるだろう。
警備兵に直接売るとなると、支払いは即座に行われるものの、相場より安い金額となる。
警備兵を通して奴隷商人に売るとなると、手数料を取られたり交渉が纏まるまで時間が掛かる。
自分で直接交渉する場合、本人の交渉能力が高ければ相場よりも高く売れるが、低ければかなり安く買い叩かれる。
オークションに出す場合、手続きが面倒だし、オークションが開始されるまで奴隷の面倒を見る必要がある。そしてオークションである以上、高く売れる時は売れるが、安くなると捨て値に近い……いや、それでも売れ残ることがある。
その辺りの事情を考え、最終的にリンディが選択したのは直接警備兵に売るという方法だった。
相場よりも安いというのは、リンディにとって大きな痛手だ。
だが、それでもその場で金を入手出来るというのは、この場合大きな意味を持つ。
これからまたすぐに山に向かい、盗賊を捕らえるのだ。
ここで無駄な時間を使ってる場合ではないという判断もあったのだろう。
「さて、じゃあまたすぐ山に戻るけど、準備はいいか?」
「ええ。……よろしくね、セト」
「グルゥ!」
リンディの言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らす。
エグジニスから盗賊のいる山までは、それなりに距離がある。
レイだけなら、セトに乗って飛んでいけばすぐに到着するが、リンディもいるとなるとそうはいかない。
だが、それはあくまでも空を飛ぶ時の話であって、セトの背にのって地上を走るといった形式なら何も問題はない。……どころか、空を飛ぶ程の速さではないが、それでもその辺の馬よりも圧倒的な速さを持つ。
そうしてレイとリンディは、セトにのって再び山に戻ってくる。
「何だか、こうしてセトの速度を考えると普通に移動するのが馬鹿馬鹿しくなるわね」
山に到着したところで、リンディが半ば呆れたように呟く。
リンディにしてみれば、普段は歩いて移動しているのだ。
金銭的に余裕があったり、急いでいたりすれば馬車に乗ることもあるが、基本的には歩きだ。
それだけに、セトの移動速度には驚くのを通り越して呆れるしかないらしい。
「俺の場合はセトの移動速度に慣れているから、普通の馬車とかだとかなり遅く感じるけどな」
地上を走るセトも速いが、空を飛ぶセトの速度に慣れれば、歩きは勿論、馬車を使っての移動もかなり遅いと感じてしまう。
馬車がエレーナの所有しているようなマジックアイテムであれば、馬車という名目ではあっても実際には部屋……いや、一軒の家に近い状態になっているので、それで移動するのに不満を感じることはない。
だが、当然ながらそのような馬車がその辺にありふれている筈もなかった。
エレーナの馬車も、ケレベル公爵が魔導都市オゾスに特注で注文し、公爵家という爵位であってもそう簡単に出せない金額を支払って購入したものなのだから。
それこそ、この世界において、もしかしたらエレーナしか持っていないと言われても納得してしまうような馬車だ。
「とにかく、まずはさっきの盗賊達のアジトまで移動して、そこから大岩の近くにあるという新しい相手のいる場所に向かうけど、問題ないよな?」
「ええ。……出来れば、次の盗賊がゴライアスさんに関して何か情報を持ってればいいけど……」
そう呟くリンディだったが、レイとしては恐らく駄目だろうなという予想をする。
そもそも盗賊の集団失踪とゴライアスの姿が消えたのを一緒にしてもいいのかどうか。
消えたという点では同じだが、盗賊と冒険者……エグジニスの外にいる盗賊達と中にいる冒険者。
その二つを一緒にしてもいいのかと言われれば、レイは素直に頷くことは出来ない。
とはいえ、何らかの手掛かりを探すとなれば、今のところ手掛かりらしい手掛かりは盗賊達の集団失踪くらいしかないのも事実だったが。
「グルルゥ?」
山の中を歩いていると、セトが自分はどうするの? と喉を鳴らす。
山の道はそれなりに広いが、体長三mオーバーのセトが自由に動き回れる程のものではない。
また、何よりもセトは非常に強い存在感がある。
もしこれからレイ達が向かおうとしている盗賊達の中に、気配の察知が得意な者がいた場合はセトの気配を察知されてもおかしくはない。
先程の盗賊達のように、盗賊とは名ばかりの素人集団であれば、気配の察知が得意な者はいない可能性が高いが、それなりに長い間エグジニス周辺で活動しており、未だに失踪していないような盗賊達の場合は、セトの気配を察知すれば即座に逃げ出してもおかしくはない。
「セトは上空から警戒を頼む。もし向こうが逃げ出すようなことがあったら、セトが逃げ出した連中をどうにかしてくれ」
「グルゥ!」
自分にも役目が貰え、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトはそのままレイ達のいる場所を離れ、空に向かって飛び立つ。
「……いいの? あそこまで自由にして。セトがレイの従魔というのは、今までの一件でしっかりと分かっているけど、それでも自由にさせすぎじゃない?」
空を飛ぶセトを見ながら、リンディが心配そうに呟く。
レイは何故リンディがそこまで心配しているのかが分からなかったので、先程の盗賊の時のことを口にする。
「さっきの盗賊達と遭遇した時も、セトは離れた場所で行動していただろ? なら、今度も大丈夫だよ」
「それでも……」
レイの言葉を聞いても素直に納得出来ないのは、エグジニスには従魔を連れた冒険者がいないというのが大きいだろう。
いや、あるいはいるのかもしれないが、リンディがその相手を知らないだけという可能性もあるが。
「セトは賢い。何があっても、問題なくこっちの要望には応えてくれるから、その辺を心配する必要はない。……それどころか、こっちが思ってもいないような手柄を挙げる可能性もあるぞ?」
それは全くの出鱈目といった訳ではない。
実際、今までセトがレイと別行動をしている時に、お手柄だったことは何度もある。
そう自信満々に言うレイを見て、リンディもそれ以上は追及するのを止める。
この様子を見る限り、レイは心の底からセトを信じているというのが十分に理解出来たからだ。
そんなレイを見て、リンディはゴライアスがいない不安がセトを信じることが出来るのかといった感情にすり替わっていたことに気が付く。
正確には、そのように思い込むことでゴライアスに対する心配を考えないようにしていたといったところか。
「それよりも、ほら。さっきの盗賊のアジトが見えてきたぞ。ここから大岩があるという場所に向かうんだから、気を入れ直せ。余計な心配をしている暇はないぞ」
レイの言葉に、リンディは頷く。
そして気合いを入れ直すように、自分の頬を両手で叩く。
痛そうな音が周囲に響いたが、それを行ったリンディは今の行動で考えを切り替えたのだろう。
もう迷った様子を見せることはなかった。
そうして洞窟の前から、レイとリンディは大岩のある方に進む。
盗賊達から情報を聞いていたというのもあるし、それ以外にも空を飛んでいるセトがそれとなく誘導してくれているというのもあり、迷うことはなく進んでいたがのだが……
唐突に、レイはキィンッという甲高い金属音が聞こえたきたのを耳にし足を止める。
「どうしたの?」
常人よりも優れているレイの聴覚で、ようやく聞こえてきた金属音だ。
リンディには聞こえておらず、何故レイがここで足を止めたのかが理解出来ない。
「どうやら、俺達が向かっている方向で戦闘が起きているらしい」
そう告げるレイの言葉に、リンディは表情を厳しく引き締めるのだった。