2672話
盗賊達とレイ、リンディの戦いは呆気なく終わった。
とはいえ、盗賊喰いと呼ばれることもあるレイがいる時点で、盗賊達に勝ち目がある筈もないのだが。
「さて、取りあえず全員無事だな」
「……この様子を見て、無事という言葉を出せるレイに驚くわね」
盗賊達の様子を見て、呆れたようにリンディが呟く。
実際、リンディの言う通り盗賊達の多くは既に身動きが出来ない状態になっている。
そんな盗賊達の様子を見る限り、レイの言葉に素直に頷けるかと言われれば……正直なところ、難しいだろう。
「死んでないんだから、無事なのは間違いないだろ?」
「極端すぎると思うけど。……まぁ、いいわ。情報を得るには十分だもの」
リンディもこれ以上は突っ込むことはなく、盗賊達に視線を向ける。
「さて、お前達を生かしたままにした理由は、今の俺達のやり取りから理解して貰えるな? ……そうだな、まずは情報を聞くにもここだと何だし、お前達のアジトに案内して貰おうか。そうすれば、他の盗賊達が出て来たりといった面倒はなくなるし」
レイとしては、盗賊が出て来ればそれだけ稼ぎが多くなるのは間違いない。
だが、今回の盗賊狩りはあくまで情報を入手するために行われたものだ。
その情報を聞き出している時、他の盗賊が襲ってくるといったことになれば、非常に面倒なことになる。
もっとも、別口の盗賊が出て来ればそれだけ多くの情報を得られるので、決して悪いことばかりではないのだが。
「ちなみに、これは警告というか忠告だが、俺達に嘘は吐かない方がいい。もしそれが嘘だと分かった場合……」
そこで一旦言葉を切ったレイは、ミスティリングの中からデスサイズを取り出す。
巨大な……あまりにも禍々しい大鎌。
それを見た盗賊達は、ここにきてようやく目の前にいるのが誰なのかを理解する。
大鎌は外見は圧倒的な迫力を持つが、同時に扱いにくい武器でもある。
そんな武器を使っているような者で、こうして圧倒的なまでの力を持つ者……つまり、盗賊喰い。盗賊達の間で、そう噂をされている冒険者だと。
盗賊達にとって不運だったのは、レイがセトを連れていなかったことだろう。
セトというグリフォンを見れば、盗賊達も目の前にいる人物が誰なのかを理解出来た筈だ。
そうなればレイを襲うといったような真似をせず、それこそ一目散に逃げ出していた筈だった。
もう一つ盗賊達にとって不運だったのは、エグジニスの周辺でレイが活動したことはなかったから、油断していたことだろう。
あるいは、エグジニスの中に情報を得る伝手を持っている者がいれば、レイはセトの存在を慣れさせる為に連れ歩いていたという情報から、レイの存在について理解出来たかもしれない。
しかし、現在の危険なエグジニスに来る盗賊の多くは楽観的……もしくは単純に何も考えていないような者達だ。
だからこそ、特に情報を集めたりもせず、レイという存在に遭遇するという不運を引き当てることになってしまった。
「と、盗賊喰い……」
「深紅、だと?」
盗賊達が、レイを見て恐怖を込めて呟く。
そんな相手に対し、レイは笑みを浮かべて頷いてみせる。
「俺の正体が分かったところで、大人しくアジトに案内して貰おうか」
レイの言葉に、盗賊達はこれ以上抵抗しても自分達が不利になるだけど判断し……絶望の表情を浮かべながら頷くのだった。
「あまりいい物はないな」
それが盗賊達のアジトを見たレイが口にした言葉だ。
実際、アジトになっている洞窟の中には特に金目の物はない。
精々が商人から奪ったのだろう荷物程度か。
ただし、その荷物に関しても高価な物という訳ではなく、生活雑貨と呼ぶべき代物だ。
「その……俺達は最近エグジニスに来たばかりで……」
盗賊の一人が言いづらそうにそう告げる。
それは、盗賊として本来なら自分達が持っていなければならないような金目の物を持っていないのが、恥ずかしいという思いもあるのだろう。
盗賊とレイは一言で纏めているが、盗賊という存在が多数いるのなら当然ながらその盗賊によってはそれぞれの流儀というものがある。
……レイにしてみれば、その辺についてはあまり興味のないことではあったが。
「まぁ、いい。こういうのでも売れば幾らかの金にはなるだろ。あるいは、これはそのままリンディが貰ってもいいのかもしれないな」
「え? いいの? それは、貰えるのなら嬉しいけど」
リンディにしてみれば、金も勿論欲しい。
だが、生活雑貨の類は、孤児院に送ればそのまま使うことが可能なのだ。
唯一の難点としては、金ではなく生活雑貨であるが故に、送るのに相応の料金が必要となることだろうか。
「ああ。正直なところ、こういうのは俺が貰っても意味はないしな」
基本的に生活に使う諸々は、ミスティリングに収納されている。
それがなくても、いざとなったらレイの場合は金に困っていない以上、必要があれば購入するだけだ。
そうである以上、レイはアジトにあるような生活雑貨の類を欲しいとは思わなかった。
「マジックアイテムか何かがあれば、それなりに興味も出たんだろうけど……ないのか?」
「ありません」
盗賊は即座に首を横に振ってレイの言葉を否定する。
なお、盗賊達は全員が後ろ手に縛られ、それぞれを繋げる形となって縛られている。
盗賊である以上、縄抜けの技術を持っている者もいるのだろうが……そのようなことをした場合は、間違いなく殺すとレイは前もって言ってある。
その上、何度か空を飛んでレイ達の真上を通りすぎていたセトの姿を見れば、盗賊達も逃げようなどとは到底思えないだろう。
「取りあえず戦利品についてはこれでいいとして……リンディ。そろそろ情報収集の時間に入りたいと思うけど、構わないか?」
「ええ、私はそれで問題ないわ」
リンディにしてみれば、戦利品の確保という点でも大きかったが、それ以上に重要なのは、やはり情報だ。
その為に、レイと一緒に盗賊狩りに来たようなものなのだから。
「まず最初に……ここ最近、エグジニスの近辺で活動している盗賊達が、不意にいなくなるというのを知ってるか?」
「え?」
レイの問いに、盗賊の一人は一体何を言ってるんだ? といったような表情を浮かべる。
最初、それは情報を隠す為のブラフか何かではないかと思ったのだが、レイが見る限り本当に心の底から疑問に思っているように見えた。
実はこれが演技なのだとすれば、盗賊などという真似をしなくても劇団員か何かで食っていけるのではないかと、そう思えるような様子。
(外れか)
盗賊達を見てそう判断するレイだったが、それでも折角捕まえたのだから、ここで色々と詳しい情報を聞かないという選択はない。
「どうやら知らなかったようだが、最近エグジニスの周辺にいる盗賊達は唐突に姿を消すといったようなことがあるらしいぞ」
「それは……本当なのか……?」
「ああ。そもそもの話、お前達は盗賊として考えてもそこまで規模が大きな集団ではないだろ? なのに、エグジニスからそう離れていない場所にこうしてアジトを構えることが出来るのは、おかしいと思わないか?」
レイの言葉に、初めてそのことに気が付いたといった様子を見せる盗賊。
エグジニスに来る者達の多くが金持ちであることを考えれば、当然だがその近くにはもっと多くの盗賊がいてもおかしくはない。
……いや、実際に少し前までは多数の盗賊がいたのだ。
だが、その盗賊達が次々と消えていき、あるいは知り合いの盗賊達が消えたということで危険を察知して逃げ出したりといったことになった為、今回レイ達が倒したような小規模の盗賊達もここで活動することが出来ている。
少し考えれば分かることなのだが、盗賊達は特に深く考える様子もなくエグジニスにやってきたのだろう。
(まぁ、考える頭があれば、普通は盗賊なんて真似はしないだろうけど)
盗賊というのは、扱い的にはモンスターと同様だ。
それこそ殺したとしても、警備兵に捕まることはないし、裁かれたりといったこともない。
殺されなくても生け捕りにされれば、犯罪奴隷として鉱山や戦場といったような労働環境の激しい場所で働かされる。
もっとも何にでも例外はあり、エッグ達のように腕利きだと判断されれば、裏の存在として雇われたりといったこともあるが……それは本当に例外で、滅多にないからこそ例外だった。
レイが見たところ、目の前にいる盗賊達がその例外に相応しいとはとても思えない。
本当に計画性も何もなく、ただ漠然と盗賊をしていたように思える。
実際、多少なりとも計画性があるのなら、情報収集の為に仲間をエグジニスに忍び込ませるなりなんなりしていた筈だ。
もしそうなれば、あるいはレイの存在を知ることが出来て、盗賊喰いと呼ばれているレイを襲うといったような真似は、まずしなかっただろう。
「質問を変えるぞ。この辺りにお前達以外の盗賊はいるか? もしいるのなら、そのアジトやどういう奴がいるのかを教えろ」
レイの言葉に、盗賊達はそれぞれ何も言わずに視線を交わす。
その様子を見ただけで、レイは盗賊達が自分達以外の盗賊を知っていると理解する。
少しだけ意外ではあったが。
レイが見たところ、目の前にいる盗賊達は自分達だけで固まっており、他の相手に興味を示すようには思えない。
勿論、それが狙うべき標的であるとなれば、話は別だが。
「素直に言った方がいいと思うがな。ここで無理に隠しても、結局は警備兵に絞られて情報を聞き出されることになるだろうし」
これは脅しでも何でもなく、事実だ。
盗賊が警備兵に捕まった場合、過酷な尋問によって情報を搾り取られる。
その尋問は、盗賊にしてみれば絶望を抱かせるには十分なくらい厳しい。
……盗賊は基本的に犯罪奴隷として売られるので、そういう意味では行動に支障が出る程の怪我をしなくてもいいというのは、不幸中の幸いといったところか。
もっとも、盗賊達にしてみればそれで喜べという方が無理な話だが。
レイの口から出た言葉に、盗賊達は最初黙っていた。
それは仲間……とまではいかないが、それでも自分達と同じ盗賊を売るといったような真似をするのが裏切り行為に思えるといったものでもあったし、同時にレイの言葉が本当なのかどうかも分からなかったからだ。
はぁ、と。
レイは面倒臭そうに息を吐くと、ミスティリングの中からデスサイズを取り出す。
洞窟というアジトの中では、デスサイズのような長物を振るうような真似は出来ない。
それでも、アジトの中だからこそレイの持つデスサイズを間近で見ることになり、盗賊達はその巨大な刃に我知らず息を呑む。
「な、何を……するつもりだ……?」
「何って決まってるだろ? 拷問、……ああ、いや。違った。尋問だ」
尋問を拷問と言い間違えたのは、レイにとってこれから行われるのは尋問であり、拷問であると考えている為だろう。
それが盗賊達にも分かったのか、恐怖の視線をレイの持つデスサイズに向ける。
(今までは自分達が暴力で他人を従わせてきたのに、いざ自分の番になるとこうなるのか)
そんな盗賊達の様子に呆れながらも、安心させる為に……そして同時に脅しの意味も込めて、レイは口を開く。
「取りあえずこれから俺がやる尋問で、お前達が死んだりすることないから安心しろ。ただし、それは死なないというだけで、実際にどう感じるのかは俺にも分からないけどな」
「え?」
「ペインバースト」
盗賊達がレイの言葉に戸惑ったような声を上げたが、レイはそれを気にした様子もなくスキルを発動する。
ペインバースト……それは、相手に痛みをより大きく与えるといったスキルで、戦闘で有用なスキルでもあるが、同時に今回のような尋問にも向いているスキルでもあった。
そしてペインバーストを使い、デスサイズの刃で盗賊の顔を軽く斬り裂く。
眼球を抉った訳でもなく、あるいは肉を斬り、骨を切断した訳でもない……本当に皮を斬った程度の攻撃。
皮だけを狙って斬るといったようなことを出来るのは、相応の技量が必要ではあるが、そこまでの難易度ではない。
それこそ、盗賊であれば皮が斬られるといった程度の傷は、そう珍しくはない。
だが……
「ぎゃああああああああああああっ!」
皮一枚を斬られるといった程度の傷であるにも関わらず、盗賊の男が悲鳴を上げる。
周囲にいる他の盗賊達は、一体何故このような悲鳴を上げるのかと疑問を浮かべていた。
ペインバーストは相手に与える痛みを増やすといった効果を持つスキルだ。
そして現在のペインバーストはレベル四。
十六倍の痛みを当たるといった効果を持つのだ。
皮一枚を斬るといった程度でも、盗賊に与える痛みは圧倒的なものだった。
「ほら、騒ぐな。……言いたくなったら、早く情報を言えよ?」
そう言い、レイは再びペインバーストを発動するのだった。