2671話
「待った?」
「いや、俺も少し前に来たところだよ」
聞く者が聞けば、それはデートの待ち合わせのようにも聞こえるやり取り。
だが、レイとセトはいつもと特に変わらない様子だったが、リンディは何らかのモンスターの革で作ったと思われる鎧を身に着け、その手には槍を持っている。
なお、リンディがより防御力の高い金属ではなく革の鎧を着ているのは、金銭的に厳しいというのもあるが、もっと実利的な理由からくるものだった。
冒険者というのは、基本的に歩き回ることが多い。
それだけに、金属の鎧では重量の分だけ体力を消耗する。
勿論世の中には金属鎧であっても革よりも軽いといったような物もあるが、そのような鎧は当然のように非常に高価で、孤児院に仕送りをしているリンディにはとてもではないが購入出来るような値段ではない。
「それにしても、本当に一緒に来るのか? 今日は休みなんだろ? なら、疲れを癒やした方が……」
「そういう訳にはいかないわ。ゴライアスさんがどこにいったのか……それについて手掛かりを得られるかもしれないんだから、ここで大人しくしてるなんて真似は絶対に出来ないわ」
決意の込められた言葉で、そう告げるリンディ。
もしレイがここに置いていっても、間違いなく大人しくはしておらず、自分だけでも盗賊のいる場所に向かうだろうと予想が出来てしまう。
だからこそ、レイはリンディと共に盗賊狩り……いや、盗賊から事情を聞く為、共に行動することにしたのだ。
「言っておくけど、盗賊が本当に見つかるか分からないし、もし見つかっても事情を知ってるかどうかは分からないぞ?」
「構わないわ。ランクA冒険者の勘なんだし、信じるに値するもの。それに……収入が増えることに関しては、寧ろ感謝しているくらいよ」
リンディにしてみれば、臨時収入を得られるのなら、その金額は孤児院に仕送り出来る。
レイから孤児院の事情……今まで寄付をしてくれていた商会が、代替わりした影響で寄付を取りやめたというのを聞いた以上、孤児院に仕送り出来る金は多ければ多い程にいい。
「なら、他の孤児院出身の冒険者も連れて来た方がよかったんじゃないか? 俺はともかく、リンディの場合は盗賊が集団で掛かってきた場合、対処するのは難しいだろ」
レイの場合は、以前から盗賊狩りを趣味にしていただけあって盗賊が集団で掛かってきても対処するのは容易だ。
だが、リンディの場合はそうはいかない。
冒険者としてそれなりの実力を持ってはいるが、一人二人といった盗賊を相手にした時ならともかく、十人、二十人といった数が相手になると、負けてしまう。
勿論、レイとセトがいるのでそれでも問題はないのだが、レイとしては出来ればある程度の数を集めて自分達の手を煩わせるような真似はしないで欲しいというのが正直なところだ。
「そうしたかったんだけど、他の人は依頼でいなかったり、休みでもどこかに出掛けていたりで連絡がつかなかったのよ。……そもそも、普通は思い立ったらすぐに盗賊狩りにはいかないからね?」
「どこかの地方には、思い立ったが吉日って言葉があるらしいけどな」
「……そういう言葉があっても、盗賊狩りは吉日という表現に似合わないと思うけど。とにかく、そういう理由で他の人に連絡はつかなかったの」
「なら、しょうがないか。まさか、普通の冒険者を連れていく訳にはいかないし」
「そうね。孤児院に仕送りする金額が減るのは、あまり嬉しくないわね」
なお、今回の盗賊狩りの報酬は、半分ずつ分けるということで既に話はついている。
リンディにしてみれば、自分とレイと力量差を考えるともっとレイの取り分が多くてもいいと思うのだが、レイは別に金に困っている訳ではない。
ただし、何らかのマジックアイテムや、それ以外にもレイが欲しがるような物があった場合は、レイが優先的に貰うことになっていたが。
「事情を知らない冒険者が入ると、取り分とかで揉める可能性もあるから、そういう意味では俺も嬉しくないな」
リンディの言葉に同意するレイだったが、それ以外にも思うところはあった。
盗賊に関係することである以上、もしかしたら盗賊が行方不明になっているのには冒険者が関わっている可能性もあるのでは? と、そう思ったのだ。
普通に盗賊を倒しているだけなら、それは全く何の問題もない。
しかし、そこにゴライアスの件も関わってくるとなると、色々と問題を含む可能性があるのも事実だ。
レイとしては、背中を警戒しながら盗賊狩りはしたくない。
そんな訳で、結局レイはリンディと……そして当然ながらセトと共に、エグジニスの外に出るのだった。
「いないわね」
「うーん……セトも離れているし、それなりに盗賊が出て来てもいいと思うんだけどな」
リンディの言葉に、レイはそう返す。
既にエグジニスを出て、盗賊の探索を始めてから二時間程が経過していた。
レイが言うように、セトはレイから離れた場所で待機している。
もっとも、待機しているとはいえ、自由に空を飛んだり現在レイとリンディがいる山の中を歩き回ったりと、自由にすごしているというのが正しいのだが。
盗賊も、もしグリフォンを連れている冒険者を見れば一目でレイをレイだと……盗賊喰いと呼ばれている人物だと認識してしまうだろう。
そうなれば、余程自分の力に自信があるか、もしくは現実を見ることが出来ないような馬鹿でもない限り襲ってきたりはしない。
ただでさえエグジニスの周辺では最近盗賊が行方不明になっているのだ。
そうである以上、盗賊達も用心深くなっているのは間違いない。
盗賊だからこそ、自分達の身の安全については慎重になるのだ。
そのようなことが出来ない者は、それこそレイ達に襲撃されるまでもなく大規模な商会を襲って撃退されたり、盗賊の討伐の依頼を受けた冒険者達に見つかって殺されたりする。
(とはいえ、それでもここまで襲われないというのは、さすがに予想外だったけどな。……もしかして、この周辺に残っている盗賊は俺が想像している以上に少ないのか?)
レイがエグジニスに来る途中で遭遇した盗賊から聞き出せた情報からでは、まだ結構な数の盗賊がエグジニスの周辺にはいるといったような風に言っていた覚えがある。
また、それを抜きにしてもエグジニスという絶好の場所を、この付近の盗賊が見逃すといったような真似をするとは思えない。
エグジニス周辺にいた盗賊がいなくなったと判断すれば、警戒心が薄かったり、あるいは欲望に正直な盗賊達が次々とエグジニスにやってきてもおかしくはない。
相応に有能な盗賊達であれば、エグジニスに周辺にいる盗賊達が次から次に消えているというのを考え、危険を察知して近付かない……といったようなことになっても、おかしくはないのだが。
「盗賊、出て来ないわね」
「俺はともかく、リンディは見るからに冒険者といった様子だから警戒してるとか?」
「……レイにそういう事を言われると、それはそれで納得出来ないんだけど」
レイの呟きに不満そうな様子を見せるリンディ。
とはいえ、客観的に見た場合、レイとリンディではどちらの方が危険そうかと言われると、大半の者はリンディと答えるだろう。
何しろレイは、隠蔽の効果で普通のローブにしか見えないドラゴンローブを身に纏っているだけで、何も武器を手にしていない。
杖すらも持ってないので、魔法使いといったようにすら見られることはないだろう。
それに対して、リンディは革鎧を身に着けており、手には槍を持っているのだ。
一見しただけで、どちらが危険なのか……考えるまでもなく明らかだろう。
もっとも、マジックアイテムを見る目をもっていたり、あるいはちょっとした仕草から相手の実力を察することが出来る者がいれば、また話は別かもしれないが。
「ともあれ、このまま盗賊が自分から出て来るのを待っているだけだと、意味はない。だとすればいっそ俺がセトと一緒に上空から探してみるか? もっとも、こういう山の中だと木の枝が邪魔で見つけられるかどうかは分からないけど」
もう少し時間が経ち、晩夏から秋となり晩秋となれば、多くの木の枝から葉が落ちて上空からでも地上の様子をしっかりと確認出来るようになる。
しかし、今の季節ではそんな真似は出来ない。
勿論、山の全てが木々によて覆われている訳ではなく、中には木の生えていない場所もある。
そのような場所に偶然盗賊がいれば、見つけることは出来るだろう。
ただし、そのような偶然に期待するというのが間違っているが。
あるいは、空ではなく純粋にセトの嗅覚を使って盗賊を探すといった手段もある。
特にセトの場合は嗅覚上昇のスキルがある以上、より確実性は高い。
「どうする? セトを……いや、いらないか。こういうのが噂をすれば何とやらって言うのかもしれないな」
リンディにセトを呼ぶか? と話そうとしたレイだったが、こちらに近付いて来る気配を感じ、途中で言葉を変える。
「え? どうしたの?」
感覚……気配を察知する能力という意味では、レイよりも未熟なリンディは、何故レイが突然そのようなことを言ったのかが、理解出来ない。
「お客さんだ。どうやら、ようやく俺達を見つけてくれたらしい」
「それって……」
レイの言ってるお客さんというのが、誰なのか分かったのだろう。
リンディは手にした槍をいつでも振るえるようにしながら、その場で待ち構える。
そして……数分もしないうちに、十人近い男達が姿を現す。
見るからに盗賊といったような者達。
珍しいところでは、そんな盗賊の中に一人だけ女の姿があったことか。
とはいえ、盗賊の中に女がいるというのは珍しい話ではあるが、突出して何かおかしいといった訳でもない。
そうである以上、特に気にする必要もなかった。
「へいへいへいへい、止まって貰おうか。こんな山の中に二人……もしかして誘ってるのか?」
「正解」
相手の余計な言葉を聞いても意味はないと、挑発気味に言ってきた盗賊に向かってレイはそう告げる。
「へ?」
そして盗賊の方は、まさか自分の言葉に対してそんな風に言ってくるとは思わなかったのか、一瞬だけ間の抜けた様子を見せる。
盗賊達にしてみれば、脅威となるのは槍を持つリンディだけ。
そんなリンディも、この人数で一斉に攻撃すれば数の差でどうにかなると、そう思っていたのだ。
それだけに、まさかおまけと思っていたレイの方からそんなことを言われるというのは完全に予想外だったのだろう。
「リンディ、取りあえず適当に相手をしててくれ」
「分かったわ」
リンディの方も盗賊を待ち構えていただけに、レイの言葉を聞いてすぐに対処する準備をし……そんな二人に対し、盗賊達は自分達の予想とは違う流れに、苛立ちも露わに叫ぼうとする。
「ぐぼっ!」
だが次の瞬間、離れた場所にいた筈のレイがいつの間にか自分のすぐ近くにいて、鳩尾を殴られる。
一応革鎧を身に着けてはいたものの、盗賊が使っているだけに決して上質な装備ではない。
事実、レイの一撃の衝撃を殺すような真似は出来ず、一撃で意識を失う。
レイがやったのは、結果だけみればヴィヘラが使う浸魔掌という、相手の内部に直接衝撃を叩き込むといったスキルに似た攻撃ではある。
ただ違うのは、レイの一撃は革鎧を強引に殴ってその衝撃で相手の体内に衝撃を与える……といったような、力業で強引に似たような効果をもたらしたにすぎないのだが。
「おいおい。冗談はその辺に……え?」
最初、盗賊達はレイの攻撃で倒れ込んだ仲間は、演技か何かでレイをからかおうとしているように思えたのだろう。
だが、倒れ込んだ男は地面に向かって胃の中のものを全て吐き出し、それでもまだ苦しそうな様子を見せていた。
そんな様子を見れば、とてもではないが冗談や演技といった行為でそのような行為を行えるとは思えない。
ここで、盗賊達の技量が高ければ即座にレイを警戒したのだろう。
だが、小柄で特に武器らしい武器を持っていないというのが、盗賊達に現実を理解させるのに時間を必要とした。
そしてリンディは、そんな様子を見逃す筈もなく……素早く槍を振るい、近くにいた盗賊の頭部を柄で殴りつける。
もしこれが普通の盗賊狩りであれば、そのような真似をしなくても穂先で頭部を貫くなり、喉を斬り裂くなりといったような真似をしたのだろうが……今回レイやリンディ達がここにいるのは、あくまでも盗賊達から情報を聞き出す為だ。
殺す訳にはいかない。
それ以外にも、リンディにしてみれば盗賊を生け捕りにすれば奴隷として売ることでより多くの金を入手出来て、それだけ孤児院に仕送りが出来るという思いもあったのかもしれないが。
そうして、レイとリンディが素早く動き……気が付けば、あっさりと戦いは終わっていたのだった。