2670話
「レイ!? 待ってても来なかったから、今日はもうギルドに来ないのかと思ったわよ」
ギルドに入ったレイの姿を見て、リンディがそう言いながら近付いて来る。
昨日見た時と違って一人である以上、今日は何らかの依頼を受ける為にこうしてギルドに来ているといった訳でもないのだろう。
「ちょっと前に来たんだけどな。その時はリンディがいなかったけど、ロジャーがいた。今までそのロジャーと話してたんだよ」
「……何があったのよ?」
リンディにしてみれば、昨日最後に見た時にレイとロジャーの二人は明確に敵対していた。
そのような状況から、何故今日になって友人と話すような感じになるのか。
その辺が全く理解出来なかった。
「色々とな。男ってのはそういうものなんだよ」
「……いやらしい」
レイの言葉で何かを誤解したのか、リンディはそんな風に告げる。
そんなリンディの考えを理解しているのかいないのか、レイはそれ以上はこの話について特に突っ込む様子もなく、話を逸らす。
レイとしては、オークナーガという新種のモンスターの素材をロジャーに渡したことは、あまり知られたくなかったからという理由もある。
勿論絶対に知られたくないという訳ではなく、出来れば黙っていたいといった程度なのだが。
「それで、今日は依頼は受けないのか?」
「ええ。昨日依頼を達成したから、数日は休みになってるわ」
てっきりゴライアスを捜す為に今日は休んだのでは? と思っていたレイだったが、リンディの話を聞く限りでは、特にそういうこともないらしく普通に今日は休みなのだろう。
「それでギルドに来たのは、俺に用事があったという認識でいいんだよな?」
「ええ。ゴライアスさんの件よ。……とはいえ、ここで話すようなことじゃないし、酒場の方に行きましょうか」
「どうせなら、俺が奢るからもう少し美味い食堂かどこかに行かないか?」
レイとしては、ギルドに併設されている酒場の料理が不味いという訳ではない。
それでも昨日食べた限りでは、いいところ平均的な味といったような料理が大半だったことから、出来れば美味い料理を食べたいと思うのは当然だろう。
「え? 本当? なら、少し高いけど美味しい店があるわ。それでもいい?」
「ああ、美味いのならそれで構わない」
レイにしてみれば、食事に使う金に関してはかなり余裕を持たせてある。
少し使いすぎたと思っても、それなら盗賊狩りでもすれば、使った分以上の金額は入手出来るのだから。
とはいえ、レイがここに来る前に遭遇した盗賊からの情報によれば、エグジニス周辺の盗賊は急激に減っているといったことだったが。
レイが聞いたのは、あくまでも盗賊からの情報だ。
その事実をエグジニスの人間は……特に冒険者として盗賊と戦うこともあるリンディはどう思っているのかというのは、聞いておきたい。
そんな訳で、レイはリンディと共にギルドを出て……セトを引き連れ、ギルドからそれなりに離れた場所にある店に向かうのだった。
「これは……美味いな」
リンディに案内された店で出された料理は、確かに美味かった。
他の店の味を寄せ付けない絶品……といった訳ではないが、それでも美味いものは美味い。
「でしょ? ふふん。私も滅多に来ることが出来ない場所なんだから、レイに奢って貰えて助かったわ」
「そうか? 確かに他の店に比べると少し高めだけど、リンディなら結構稼いでるだろ?」
ギルドで最高峰の腕利きといった訳ではないが、それでもリンディはそれなりに稼いでいるのは間違いなかった。
少なくても新人と呼ばれる者達とは比べものにならない程に稼いでいるだろう。
そうであれば、毎日のようにこの店に来るといったような真似は出来なくても、十日に一度、もしくは二十日に一度といったような頻度で来ることが出来ても、おかしくはない筈だった。
「無理よ。その……生活も楽じゃないの」
楽じゃない? とレイはリンディの言葉に疑問を抱く。
冒険者というのは、装備品や各種道具といった物も基本的には自分で揃える必要がある。
パーティを組んでいたり、あるいは同じ村や街の出身で昔から面倒を見てくれたような相手がいれば、装備品や道具を譲って貰うといったようなことも出来るだろうし、冒険者として活動している上で目を掛けられていても、そういうことは起きるかもしれない。
もっと極論を言えば、リンディの顔立ちはそれなりに整っており、そういう行為をして金を稼ぐといった真似も出来るだろう、……このような行為に関しては、本人が決して望んでいない、というのもあるのかもしれないが。
「そこまで金に困ってるようには見えないけどな。……借金か?」
「まさか。孤児院に送ってるのよ。私の稼ぎじゃそこまで楽にはならないだろうけど、それでもないよりは助かるでしょ?」
そう言われ、レイも納得する。
リンディの稼ぎは、冒険者として自分一人が暮らすにはそう困らないのは間違いないだろう。
しかし、それが孤児院……それこそ食べ盛りの子供達が大量にいて、職員達もいるとなれば、本人が言うようにそこまで楽になるといったことはないと思えた。
「なるほど。そういう意味でも、ゴライアスの捜索は必須な訳か」
「……そうね」
レイの口から出て来たゴライアスという言葉に、リンディは少しだけ食べる速度を落とす。
焼きたての肉と濃厚な木の実のソースの味を楽しんでいたリンディだったが、少しだけその味が落ちたように思える。
ゴライアスは冒険者になった孤児院出身の者達のなかでも、リーダー格のような存在だった。
リンディもそんなゴライアスを尊敬しているし、それ以外の感情も多少なりとも抱いている。
それだけに、絶対にいなくなったゴライアスを見つけたいと思うのは当然だろう。
「これで、実は何らかの依頼でエグジニスの外に出ているだけ……とかだったらいいんだけどな」
「それが最善の結果でしょうけど、だからといってそれに期待は出来ないでしょ?」
リンディにとっても、ゴライアスが実は自分や他の仲間――この場合は孤児院出身の冒険者達――に依頼の件を言い忘れ、実は護衛依頼か何かでエグジニスを出ているといったことであれば、嬉しい。
だが、今の状況を思えばとてもではないがそんなことを期待出来ないのも事実。
「そうなると……そうだな、例えば盗賊の討伐依頼を受けているとか、そういう可能性はないか?」
「盗賊の? それはないと思うけど。特に最近はエグジニス周辺の盗賊の数が減ってきてるって話だし」
「それだ。それに関係している」
盗賊について言及するリンディに、レイはそう言葉を挟む。
「普通に考えて、エグジニスという街は盗賊にとって非常に美味しい場所だ。何しろゴーレムを買う為に多くの金持ちが集まってくるんだからな。……もっとも、そういう連中は当然ながら腕の立つ護衛を引き連れていることが多いから、そういう意味では危険も大きいけど」
まさに、ハイリスクハイリターンという表現が相応しいだろう。
辺境のギルム周辺でもそれを狙って盗賊がやってくることがあるのだが、その多くは辺境であるが故の多種多様のモンスターによって壊滅させられ、あるいは壊滅寸前といったことになって撤退していく。
結果として、辺境の入り口であるアブエロやサブルスタといったようにギルムから近い辺境の入り口周辺にそのような盗賊達が集まることになるのだが。
「そんな風に利益の大きい仕事がある盗賊達なのに、次々と消えていく。俺が集めた情報によると、盗賊達はいつの間にか消えているといったような感じで、それを察知した盗賊がエグジニス周辺から撤退しているらしい」
この辺の情報は、レイが実際にエグジニスから逃げ出した盗賊達から直接聞いた情報なので、間違いではないだろう。
リンディもエグジニスを拠点としているだけあって、その辺の情報については理解していた。
「それで、盗賊達の件がゴライアスさんの一件にどう関わってくるの?」
「盗賊達が何らかの理由によって消えたんだぞ? そうなると、ゴライアスもその何らかの理由によって消えた……そういう可能性は考えられないか?」
チリン、と。
レイの言葉の意味を理解したリンディは、手にしていたスプーンを床に落とす。
そんな金属音が聞こえたのか、すぐに従業員がやってきて取り替えていく。
一般的な食堂の類や、レストランといった様子の店でも安い場所であれば、木のスプーンを使っている店も多いのだが、この店はそれなりの高級店ということでスプーンを含めて食器は全て金属製となっていた。
そうして新たに用意されたスプーンに、リンディは従業員に感謝の言葉を口にする。
そして、気分を落ち着かせてから改めてレイを見る。
「今の話、本当?」
「どうだろうな。正直なところは分からない。ただ、可能性としては十分にあると思う。……リンディはそうは思わないか?」
「それは……」
レイの言葉に、リンディは何も言えなくなる。
実際にレイの言葉通りの可能性があるかどうかと言われれば、十分にあると理解した為だ。
「落ち着け。あくまでも可能性の話だ。絶対にそうなったと言った訳じゃない」
あからさまに動揺した様子を見せるリンディを見たレイは、そう告げる。
とはいえ、この言葉はあくまでもリンディを落ち着かせる為に言ったものであり、レイの予想しては盗賊の消失に巻き込まれたのだろうというのは半ば確信していた。
レイが聞いたゴライアスという人物の性格を考えれば、何も言わないで姿を消すといったことをするとは思えないから。
(とはいえ、それも絶対じゃないけど。例えば、どこぞの身分のある相手との駆け落ちとかだったら、仲間に迷惑を掛けないよう、事情を話さずに姿を消すといった可能性は十分にある)
それはあくまでもレイの予想だ。
予想だったが……それでも可能性としては十分に有り得るのだ。
あるいは、何らかのトラブルに巻き込まれて身動き出来ない状態になっているといった可能性も否定は出来なかったが。
「そう、よね。ゴライアスさんは腕利きの冒険者だもの。何があっても、大抵のことならどうにか出来る筈よ」
半ば自分に言い聞かせるような感じではあったが、リンディはそう呟く。
「他にも盗賊とかは関係なく、何らかの問題を起こしたか、もしくは巻き込まれたかしたといった可能性は否定は出来ないぞ」
盗賊の件も巻き込まれたと言ってもいいのかもしれないが、その辺については言わないでおく。
「ゴライアスさんの性格を考えると、それは否定出来ないわね。何だかんだと面倒見のいい人だから。……そう見せないようにしてるけど、見る人が見ればすぐに分かると思うわ」
そう告げるリンディの言葉に、レイはそうなのか? と疑問を抱く。
今まで聞いてきた話からすると、レイにはとてもそのようには思えなかったのだが。
とはいえ、レイは気が付いていないがリンディはゴライアスに抱いている感情を考えれば、何でもいいように捉えてしまうのは仕方のないことなのかもしれないが。
「そういう性格なら、確かに何らかの問題に巻き込まれている可能性が高いな。特に弱い相手とかがいるのなら、そういう連中を助けようとしたりとか、そんな風に余計に動けなくなっている可能性は否定出来ないし」
「……そうね」
レイの言葉を完全に信じた訳ではなかったのだろうが、それでも今のリンディにはそう答えるしかない。
「ともあれ、それでもやっぱり一番可能性が高いのは盗賊の件に巻き込まれたんだと思う」
これは、レイが盗賊の件について興味深く調べたがっているというのもあるが、盗賊達が消える……それも何の痕跡もなく消えるというのは、明らかにおかしいと思う。
そして同時に……いや、レイがエグジニスに会う途中で盗賊に会ったというのを考えると、実際にはタイミングはそれなりに前後しているのかもしれないが、それでもほぼ同時期にゴライアスが消えたとなると、そこに何らかの関係性を見出すなという方が無理だった。
「でも、盗賊でしょう? どうやって調べるの?」
「盗賊の扱いについては、俺は一家言がある。伊達に盗賊喰いとか呼ばれてないことを教えてやるよ」
若干自慢げに言うレイだったが、リンディとしてはそれを信じていいものかどうか迷う。
盗賊の扱いに一家言を持っていると言われても、それは素直に信用していいものなのか?
そして何より、盗賊喰いというその言葉はかなり不吉な印象をリンディに抱かせるには十分だったのだから。
とはいえ、今の状況を思えばレイしか頼る存在もなく……やがて、不安そうにしながらもリンディはレイの言葉に頷くのだった。