2669話
「取りあえず、この素材を研究させて貰うとしよう」
沈黙の後、ロジャーはそう告げる。
新しい技術を得ることが出来るかどうかは分からない。
だが、挑戦しなければ確実にその技術は入手出来ないのだ。
であれば、ここでオークナーガの素材を研究した方がいい。
何しろ、オークナーガは新種のモンスターなのだ。
そうである以上、研究をすれば新しい技術の礎となるような何かが入手出来る可能性は十分にあった。
「そうか。なら、取りあえずその素材はやるよ。けど、注意しろよ。その素材を誰かに奪われたから、また新しい素材が欲しいとか、保存方法が適当だったから素材を駄目にしたので、新しい素材を欲しいとか言っても、それには応じられないからな」
レイの言葉は決して大袈裟なものではない。
ギルムにいる錬金術師達のように、未知の存在を欲するというのは錬金術師達にとって半ば本能に近い。
ロジャーがエグジニスにおいて有名な錬金術師であっても、そんなロジャーが未知のモンスターの素材を持っていると知れば、それを欲する者は間違いなく多い。
中には例えロジャーの物であっても、それを欲して忍び込む……あるいはギルドを通さず個人依頼で冒険者を雇って素材を奪ってくるように頼むといったようなことになってもおかしくはない。
(取りあえず、ギルムにいる錬金術師ならそんな真似をしておかしくないな)
そう思うレイだったが、そんな風に考えつつも、実際にはそのような真似はしないだろうと心の底では思っている。
自分の研究の為に他者を犠牲にしてもいいような者であれば、ダスカーがそのままにしておくとは思えなかった為だ。
とはいえ、実際にそれを口に出すような真似をするつもりはなかったが。
「分かっている。保管の方は万全を期そう。こう見えて、私はエグジニスの中でも腕の立つ錬金術師として知られている」
「だろうな」
あっさりとロジャーの言葉を認めるレイ。
そもそも、ドーラン工房のゴーレムよりも高性能のゴーレムを作れず、その不満から問題行動を起こしていたロジャーだったが、それでも本当の意味で大きな問題にならなかったのは、ロジャーが有能な錬金術師だからというのが大きい。
そうでもなければ、それこそもっと大きな問題となり……最悪、警備兵に捕まっていただろう。
本来なら捕らえる捕らえないの判断を対象によって変えるのはいいことではないのだが、よくも悪くもこのエグジニスという街が錬金術師……それも高性能なゴーレムを製造出来ることが大きな意味を持っているのだろう。
勿論それだけではなく、ロジャーが所属する工房の者が迷惑を掛けた相手に謝罪をして回っていたり、何らかの金銭的な被害があった場合は弁償していたりといったようなことをしていたのも大きいのだが。
「それで、この素材の件はいいとして……代金のゴーレムだな。レイはどのようなゴーレムを希望する? 私が技術の粋を込めて作ってやろう!」
自信満々にそう告げるロジャー。
ロジャーにしてみれば、希望するランクAモンスターの素材ではないにしろ、それでも未知のモンスターの素材を譲って貰ったのだ。
レイには感謝しており、自分の技術を使って可能な限り高性能なゴーレムを作ってやろうと、そう思っていた。思っていたのだが……
「そうか。なら、清掃用のゴーレムを作ってくれ」
「……は?」
レイの口から出て来た予想外の言葉に、ロジャーは間の抜けた声を上げる。
当然だろう。清掃用のゴーレムというのは、基本的に新人であったり技量の未熟な者が作るゴーレムとして知られているのだから。
勿論、中には相応の技術があっても、趣味で清掃用のゴーレムを作る変わり者もいるが。
「もう一度言ってくれ。私はどうやら聞き間違えてしまったようだ」
「いや、聞き間違いじゃない。清掃用のゴーレムが欲しいんだよ」
「……この私に、新人達が作るような清掃用のゴーレムを作れ、と?」
「俺が欲しいのは清掃用のゴーレムだからな」
「夜に見回りをして、怪しい相手がいれば捕らえるといったようなゴーレムはどうだ?」
「俺が住んでいる家は、腕利きの精霊魔法使いがいて、防犯という意味ではかなり高い」
「レイは腕利きの冒険者だ。ならば、戦闘する時に戦力となるゴーレムはどうだ?」
「俺とセトがいるのに、戦闘用のゴーレム? それこそ、よっぽど高性能じゃないと足手纏いになるぞ?」
「ぐっ……なら、護衛用のゴーレムだ! それならどうだ!」
護衛用のゴーレムと言われ、レイは少し考え込む。
戦闘用のゴーレムであれば、足手纏いになる可能性が高い。
だが、誰かを守る為のゴーレムという意味では、それなりに使えそうなのは間違いない。
基本的にレイが護衛の依頼を受けることはないが、それも絶対ではない。
あるいは、別に護衛の依頼ではなくても他の冒険者と行動を共にした時、その冒険者が足手纏いだったり、もしくは怪我をしたりした時に避難する場所としては使えるかもしれない。
また、レイの仲間の中で最も戦闘力が低いビューネのことを考えると、いざという時に盾となるゴーレムはあってもいい。
……ビューネの戦闘力が低いというのは、あくまでもレイのパーティ……いや、エレーナやアーラといった者達も含めると、仲間という括りにした方がいいのかもしれないが、ともあれそんな者達が平均以上の戦闘力を持っているからからであって、ビューネも一般的に見れば十分高い戦闘力を持つ。
特に盗賊という括りで見た場合、今もまだヴィヘラを始めとした面々との戦闘訓練を行っており、未だに戦闘力は成長し続けている。
「なるほど。護衛用というか、防御用のゴーレムとかはいいかもしれないな。……けど、清掃用のゴーレムも欲しいし……」
「そのくらい、護衛じゃなくて防御用のゴーレムのおまけとして作ってやろう」
ロジャーにしてみれば、防御用のゴーレムの件はともかくとして、清掃用のゴーレムというのは片手間で作れる代物だ。
謝礼品のおまけとして渡しても、特に問題はない。
「そうか? なら、それで頼む。ただ……清掃用のゴーレムを作るのなら、ロジャーの技術の粋を込めて作ってみたりしても、面白いんじゃないか? 今は普通に……それこそ、そこら中に存在する清掃用のゴーレムだけに、技術力の違いを見せるにはいいと思うんだが?」
それは半ば挑発的な言葉ではあったが、同時に事実でもある。
清掃用のゴーレムはエグジニスのそこら中に多数存在する、住人にとっては見慣れた存在だ。
……レイ達のように、エグジニスに来たばかりの者であれば驚いてもおかしくはなかったが。
そのような状況で、ロジャーがその技術で清掃用のゴーレムであっても、明らかに性能が違う……それこそ次世代の清掃用のゴーレムとでも呼ぶべき物を作ったら、どうなるか。
間違いなく話題になる。
あるいは、それによって清掃用のゴーレムの存在価値が見直される可能性すらある。
レイとしては、どうせなら高性能な清掃用のゴーレムを欲しいだけだからそのように言ったのだが。
「ほう、なるほど」
レイの言葉に、少しだけ興味が惹かれた様子を見せるロジャー。
全てがレイの言う通りにいくとは思えない。
だが、もしかしたら……本当にもしかしたら、そのようになるのかもしれないと、そう期待を抱いたのは間違いない。
「どうだ? 挑戦してみる価値はあると思わないか? もしかしたら、それによってドーラン工房のゴーレムよりも評価されるといった可能性も、ないとは言わないし」
「検討してみよう。清掃用のゴーレムの次世代機と言われても、そうすぐに思いつくようなものではないしな。今まで、そのようなことに挑戦した者は……私は知らないが、それでも他にいないという訳でもないだろう。だが、それでも特に変わっていないのを思えば……」
そう簡単なことではない。
そうロジャーは告げる。
レイとは違い、ゴーレムに関してがロジャーにとっての本職である以上、レイが思いつかないことであっても、予想することは出来るのだろう。
同時に、本職であるからこそロジャーが思いつかないようないような突飛なアイディアをレイが口にするといったようなこともあるのだろうが。
「そうか。とにかく、そういうことならロジャーに任せる」
「任せられよう。防御用のゴーレムの方も、しっかりとした物を作るから心配はしないで欲しい」
レイの言葉にロジャーは自信満々に告げる。
ロジャーにしてみれば、レイから受け取った素材を研究してゴーレムにどう活かすかといった思いもある。
だが、それ以上に重要なのは、レイが自分のゴーレムの製造技術に関して信頼しているというのを示したことだ。
今回の一件は、それだけロジャーにとって大きな意味を持つ。
少し前まではドーラン工房のゴーレムよりも高性能のゴーレムを作りたい、作るべきだ、作る必要があると思っていても、それを達成することは出来なかった。
そんな鬱屈とした思いが、周囲に当たり散らして悪い評判となっていたのだろう。
レイにしてみれば、ロジャーがそこまでやる気になっているのは分からず、もし知ったとしても何故そこまで? と若干疑問に思ったりもしたのだろうが。
「じゃあ、素材の管理はそっちに任せるからな。ゴーレムが出来たら、星の川亭に来てくれ。俺はあそこに泊まってるから」
「泊まることが出来たのか」
「……おい、紹介状を書いたのはお前だろう? それだと、お前の紹介状があっても泊まることが出来なかったかもしれないと言ってるみたいだぞ?」
ロジャーにそう言いながらも、何となくレイはその言葉に納得してしまうところがあった。
実際、昨日はロジャーの紹介状を渡しても雰囲気的にそのまま泊まるといったことは出来なさそうだったのだから。
そんな中で上手い具合に泊まることが出来たのは、国王派の中でも大きな影響力を持つクエント公爵家の一人娘、マルカが星の川亭に泊まっていたからというのが大きい。
そんなマルカの口添えで、レイは無事星の川亭に泊まることが出来たのだ。
そう思えば、レイとしてはロジャーに言いたいことがあるのは間違いなかった。
「そう言われても、私の紹介状があれば普通は泊まれる筈だぞ? レイの方に何か問題があったのではないか?」
「そう思うか?」
言いながら、テーブルの上にあるオークナーガの素材の視線を向けると、その意味が分かったのだろう。
ロジャーは慌てて首を横に振る。
「勿論、そのようなことは思っていないとも。レイは頼りになる人物だからな」
「……まぁ、そういうことにしておいてやるよ。それよりもそろそろ俺はギルドに戻らせて貰うぞ。ゴーレムの方は頼んだ」
そう言い、レイは座っていた椅子から立ち上がるのだった。
「あちゃあ……まぁ、考えてみれば、そこそこ治安は悪い場所らしいし、こんな風になるのも仕方がないか」
「グルルルゥ」
やりすぎた? とセトはレイに対して喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分にちょっかいを掛けてきた相手を倒しただけにすぎない。
だが、それがレイの迷惑になったのでは? と少しだけ心配そうな視線をレイに向ける。
レイはそんなセトに、問題はないと首を横に振る。
「気にするな。セトのことだし、向こうから手を出してきたんだろ? それに……」
そこで言葉を切ったレイは、改めて倒れている者達に視線を向ける。
倒れている者達は、全員がまだ生きているのを示すかのように微かにではあるが身体を動かしていた。
「生きてるんだから、問題はない」
倒れている者達が、一体何を考えてセトに手を出したのかは分からない。
ロジャーと同じく、高ランクモンスターのセトの素材を欲したのか、あるいは単純に従魔という存在が嫌いだったのか。もしくは、グリフォンというモンスターが街中にいるのを見て危険だと判断したのか。
レイとしては、正直どれが正解なのかは分からなかったが、もう気絶しているのならこれ以上攻撃する必要はないだろうと判断し、セトと共にその場を離れる。
(気絶している連中は、多分ロジャーが何とかするだろうし)
後始末はロジャーに任せて。
自分がやったことと同じことを他の者達がやったと聞けば、一体どのように思うか。
少しだけそれが気になったレイだったが、今のロジャーならもしかして自分の研究に熱中して、気絶している者達は放っておくのでは? といった疑問も抱く。
とはいえ、今は晩夏とはいえ、夏だ。
日中ということもあり、風邪を引くことはないだろうと考え、熱中症に関しても問題はないだろうと判断し、レイはセトと共にギルドに向かうのだった。