2667話
「待っていたぞ、レイ!」
ギルドに入ったレイを迎えたのは、リンディ……ではなく、ロジャーだった。
一応リンディにはギルドにいればまた会えるといったように言い残したのだから、ゴライアスの件もあってリンディがギルドにいる可能性は高いと思っていたのだが、そんなレイの予想は大きく外れ、リンディの代わりにここにいたのはロジャー。
「何でロジャーがここにいるんだ? お前との一件は取りあえずもう終わった筈だろ?」
レイにしてみれば、ロジャーがセトに対して危害を加えようとした件については、食事の奢りと色々な情報でチャラになった筈だった。
だというのに、何故ここでロジャーが姿を現すのか。
レイにしてみれば、疑問を抱くのは当然だろう。
とはいえ……そんな疑問を抱きつつも、何となく予想は出来たが。
そもそも、ロジャーが最初から一貫してセトの素材を欲しがっていた。
昨日の一件の後で、またいきなりこうして姿を現す辺りは図々しいと思わなくもなかったが、それがロジャーらしいと言えばらしいのも事実だ。
「勿論、レイに用件があったからに決まっているだろう! 昨日、エグジニスでは入手出来ないような希少なモンスターの素材が色々とあるという話をしていただろう? よければ、買い取らせて貰えないかと思ってね」
「ああ、なるほど」
元々、ロジャーは高い技術……それこそエグジニスにおいても知らない者はいないという程の錬金術師だった。
だが、そんなロジャーもドーラン工房の製造したゴーレムにはとてもではないが敵わない。
それをどうにかしようとして、ロジャーはセトという高ランクモンスターのグリフォンに目を付けたのだ。
……実際には、街中を歩いている時に偶然セトを見つけ、それで何も考えずにセトを捕らえて素材にしようとした、というのが正しいのだが。
そんなロジャーだけに、レイが希少なモンスターの素材を持っているということで、それを欲するというのは当然だろう。
それでも昨日の一件でしっかりと反省をしているのか、レイから強引に力で奪おうといったような真似はしなかったが。
(あるいは……そうしようにも、使える手駒がいなかったとか、そういうことなのかもしれないな)
昨日、ロジャーの護衛、もしくは取り巻きといった者達は、セトによって倒されている。
死んだり、後遺症が残るような重症といった者はいなかったが、それでも骨の一本や二本が折れる程度の怪我をした者はいてもおかしくない。
そうである以上、怪我が治っていないか、もしくは治っていてもレイやセトと顔を合わせのは避けたといった可能性は否定出来なかった。
(とはいえ、それでも護衛がいないというのは問題だが。あるいは、ギルドにいる冒険者が護衛として雇われているのか?)
本来なら、朝にギルドというのは仕事を求める者達でかなり賑わっている。
だが、レイが起きた時間がそれなりに遅かったし、ギルドに来る前にドーラン工房の事務所に寄ってきてもいる。
その結果として、ギルドの混雑のピークはすぎていた。
現在もギルドにはそれなりの人数が残ってはいるものの、それでもかなり空いている。
そうして現在ギルドに残っている冒険者の中に、ロジャーの護衛がいてもおかしくはなかった。
そもそも、ロジャーは腕利きの錬金術師であっても、本人が戦闘に慣れているというのとは全く違う。
もし何者かに襲われた時、ロジャーだけでそれに抵抗出来るかというのは……正直、微妙だろう。
レイが見た限り、ロジャーは特に身体を鍛えている様子もないし、武術の類を習っている訳でもないのは、歩き方を見れば分かる。
「レイ、素材を売ってくれるのか?」
そう言い、レイに詰め寄ってくるロジャー。
レイはそれに対し、どう答えるか迷う。
まず、素材を売るかどうかと言われれば、単純に金で売るといったような真似はするつもりはない。
金という点では、ミスティリングの中に大量に溜め込まれており、特に必要としていないのだから。
あるいはロジャーが腕の立つ錬金術師だというのなら、ゴーレムやマジックアイテムと交換といった形であれば、話は別だったが。
ただし、その場合でも問題はある。
それを言えば、ロジャーの気分を害することになるとは思うが、同時にそれを言わなければロジャーが納得しないというのも理解出来るので、しかたがないと素直に口を開く。
「素材はそれなりあるけど、魔の森で倒したランクAモンスターの素材はドーラン工房のゴーレムを購入する際に使うかもしれないから、それを渡す訳にはいかないぞ」
「な……」
言葉に詰まるロジャー。
ロジャーにしてみれば、まさか既にレイがドーラン工房と接触しているとは、思いもしなかったのだろう。
昨日の今日、それも今は少し遅いが、まだ午前中でもある。
だからこそ、まだドーラン工房の事務所には行ってないと、そう思ったのだ。
「悪いな」
「ぐぬぬ……なら、それでも構わない。今の話を聞く限りでは、ランクAモンスター以外の素材であれば、譲ってくれるのだろう?」
へぇ、と。少しだけレイは感心した様子を見せる。
てっきり自分がドーラン工房に接触したことを怒るのかと思ったのだが、それで爆発するようなことはないまま、妥協案を口にしたのだから。
昨日の一件で、しっかりと学んだということなのだろう。
「そうだな。ランクB以下のモンスターの素材なら、譲ってもいい。ただ、その場合は売るじゃなくて、マジックアイテムやゴーレムと交換といった形になるな。こう見えて、金には困ってないし」
「む……ランクBモンスター以下か……」
レイの口から出た妥協案に、ロジャーは迷う。
ランクBモンスターの素材に関しても、実際にはそう簡単に入手出来るものではない。
特に、レイが持ってるような辺境のランクBモンスターや、魔の森のランクBモンスターの素材となれば、その地理的な要因もあってそう簡単に入手することは不可能なのだから。
「どうする? 俺としては、ロジャーは錬金術としての技量は高いって話だったから、それを期待しての提案なんだが」
ぐぬぅ、と。
レイの言葉を聞いたロジャーは言葉に詰まる。
自分が錬金術師として……正確にはゴーレムに関しては、相当の腕利きだというのは、当然ながら自覚していた。
それでも、ドーラン工房のゴーレムには現状だと到底敵わない。
だからこそ荒れに荒れ、ロジャーの評判が悪くなっていたのだが。
そんな中で、レイはロジャーを腕のいい錬金術師と評した。
……勿論、それはあくまでもレイが感じたことであるし、何よりもドーラン工房の方が上だというのは、ロジャーにも理解出来ている。
しかし、それでもレイという異名持ちのランクA冒険者から自分の技量を認められたことは、やはり嬉しかったのだ。
「分かった。取りあえず素材を見せて貰う。それが役に立ちそうなら、ゴーレムの仕事を引き受けてもいい」
半ば照れ隠しに近い様子を見せつつ、告げるロジャー。
レイはそんなロジャーの言葉に頷き、尋ねる。
「じゃあ、どうする? まさか、ここで素材を出す訳にはいかないだろ? いやまぁ、出してもいいなら構わないけど」
ギルドの中で、辺境の……それも魔の森という、領主が近付くのを禁じている場所で倒したモンスターの素材を出すといったような真似をすれば、間違いなく目立つ。
レイのことはセトを連れていることで既に多くの者が知ってるだろうが、それでも中には目の前にぶら下げられた素材に目が眩み、レイに手を出してくるといったような者がいてもおかしくはない。
エグジニスには多くの冒険者が集まっているが、その中には自分なら何でも出来るといったような、根拠のないプライドを抱いている者もいるのだから。
大抵は、周囲にいるベテランの冒険者がそのような者を止めるのだろうが、それも絶対ではない。
「いや、止めておこう。ここでレイがそんな真似をすれば、他の者にいらない欲を出させてしまう可能性がある」
ロジャーも、エグジニスの錬金術師だ。
未知の素材を見た冒険者がどのように反応するのかというのは、容易に想像出来る。
正確には、錬金術師と何らかの理由で繋がっている冒険者が、なのだが。
「そうか。なら、一度ギルドから出るか。……目的の人物もいないみたいだし」
改めてギルドの中を見回すレイだったが、目的の人物……リンディの姿はどこにもない。
リンディから色々と情報を聞く為にギルドに来たのだが、そのリンディがいない以上、いつまでもここにいる必要はない。
それを残念に思いはするが、その代わりにロジャーと取引をしてゴーレムを購入――物々交換だが――することが出来るので、悪い結果ではなかったが。
あくまで、レイの提供出来る素材を見たロジャーがそれを使えると判断したらの話だが。
「では、出るとしよう」
ロジャーのその言葉に、レイも頷く。
そうしてギルドから出るレイ達に対して、何人かが意味ありげな視線を向けていた。
ロジャーはそれに気が付いてはいなかったが、レイは当然のようにその視線に気が付いている。
とはいえ、その視線を向けてきている者は特に何か行動に移している訳ではない以上、レイとしては今の時点で何か動くつもりはなかったが。
ギルドから出ると、すぐにセトがレイ達の近くまでやってくる。
レイと一緒にロジャーがいることに気が付いて少し戸惑った様子を見せはしたが、セトも昨日の一件は食堂でロジャーの財布を軽くしたことによって、許したのだろう。
これは、それなりに珍しいことだ。
普段であれば、一度敵と認識した相手に対しては許すといったような真似はそう簡単には行わない。
しかし、セトはこうしてロジャーに対してこうして許した様子を見せているのだ。
「……セト、か」
セトを見て、数秒の沈黙の後でロジャーはそう呟く。
セトがロジャーに対して何かを思ったように、ロジャーもまたセトに対しては思うところがあるのだろう。
レイから受け取る素材は、ランクB以下ということになっているが、セトの素材ならそれなりに余分にあるのでは? とも思う。
とはいえ、既に決まったことでこれ以上何かを言っても意味はない。
セトから視線を逸らし、自分に続いてギルドから出て来た冒険者達……護衛に向け、口を開く。
「レイが一緒にいるから、護衛に関してはあまり心配しなくてもいいと思う。だが、何かあった時は頼む」
「分かりましたよ。その辺は心配しないで下さい。こっちはこっちでしっかりと護衛をしますから」
冒険者の中でもリーダー格の男が、ロジャーに向かってそう告げる。
そんなやり取りを聞きつつも、レイとしては複雑な気分でもあった。
自分がいる以上、ロジャーが襲撃をされるといった心配はない。
……もし襲撃されるとすれば、それこそロジャーよりも自分の可能性が高いだろうと、そう思っていたのだ。
レイとしては、それだけにロジャーの心配はあまりしていなかったが、それでもこうして自分と一緒に行動している以上、もし何らかの理由でロジャーが襲撃されたら、助けるだろうと判断する。
それこそ、護衛の冒険者の仕事を奪ってしまいかねなかったが。
「悪いな、もしロジャーが襲われたら、俺も手出しをすることになる」
「い、いえ。レイさんがそう判断したのなら、構いません」
ロジャーに向けるよりも、明らかに敬意の込められた言葉。
そんな冒険者達の様子に、ロジャーは少しだけ不満そうな様子を見せる。
ロジャーにしてみれば、雇い主の自分よりもレイに敬意を払うというのはどうこうことかと、そのように思うのだろう。
だが、冒険者達もロジャーの依頼を受けてはいるが、エグジニスにいる以上、当然のようにロジャーの評判の悪さは知っている。
それでもロジャーの護衛という依頼を受けたのは、依頼の期間が本来の護衛――昨日セトに倒された者達――が復帰するまでの短い間だというのもあったし、報酬が平均よりも上……それも少しではなくかなりの上の額だったというのも大きい。
そして決め手となったのは、レイと接触出来る機会があるかもしれないと、そう思ってのものなのだろう。
何かを企んでレイを接触したいといった訳ではなく、異名持ちの冒険者と話してみたいという。
レイは、自分に向かって話し掛けてくる冒険者達を見て、そうなのだろうと予想する。
自分を見ている目が尊敬や憧れといった色に染まっているのだから、間違えようもない。
(エグジニスも大きな街だし、ゴーレム産業で有名なんだから、異名持ちがいておかしくはないと思うんだけどな)
そんな風に思いつつも、レイは冒険者達と話しながらロジャーの相手もしつつ、移動するのだった。